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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
69/125

村にて―名乗り・上―

「く、来るなぁっ!!」

「こいつらぁっ!!」


 直前まで自分達が使っていた剣を振りかぶったゴブリンやオーク達に襲いかかられた兵士達の反応は様々だった。ある物は仲間を押し退けて逃げ惑い、ある物は素手で抗しようと戦闘態勢をとる。

 しかし逃げ場などはなく、素手で立ち向かった猛者も一体を仕留めるのに手こずり、その間に別の個体に襲われ命を散らしていく。

 増え続ける死体が兵士達の動きを阻害し、加速度的に両者の戦力差が開いていった。


「ターシャよ、包囲の輪から逃げ出す者がいれば始末するのだ」


 傷を負いながらも包囲網を突破し、武器の山に飛びつこうとした兵士を輪の中に蹴り飛ばしながらシドは云った。次いで、非難の言葉を投げかけるであろうマリーディアに目を向ける。


「う、嘘をついたのか……?」

「その通りよ」


 シドは間髪入れずに答えた。


「拘留する余裕がない。こいつらが金で動く傭兵ならまだ考える余地もあったが、敗戦してもいない国軍など、現時点では邪魔にしかならん」

「ぶ、武器を奪って解放すれば――」

「阿呆。これからやる事に横槍を入れられる危険を犯せというのか。それで犠牲になるのは付き従う兵達なのだぞ。そしてその中にはお前の兄も含まれているのだ」

「………」

「協定や約束事は互いの了解があって初めて成り立つ。だが、そんなものは結局自分達が逆の立場に置かれた時を恐れ掛けられた保険に過ぎん。馴れ合って戦うくらいなら初めから殺し合いなどしなければいいのだ。降伏すれば無条件で命が助かる? 一体何の遊戯だ、それは。そのような遊びで命を失う兵こそ哀れよ」


 自然下では無闇に数を減らさない為に規定(ルール)に則って競い合う種は確かに存在する。しかしそれは共通の認識を持つ同種だからこそ成り立つものであって、異種族間での戦いは常に命懸けである。そこにあるのはいかなる手を使ってでも生き延びようとする飽くなき執念だ。彼等が死を擬態し、それを反撃に繋げたとして誰が責めることができようか。


「あの……」


 敵が数える程にまで減った頃、ターシャがおずおずと口を開いた。


「どうした?」

「さっきこの村のエルフに聞いたのですが、人間達が捕らえた捕虜が集会所に集められているそうです」

「ふむ……」


 さっき指揮官の男が降伏する旨を説明する時に、出会った場所の方へ兵を遣わせ呼び戻していた。戦闘時にわざわざ兵を割いていたのはそれなりの理由があってだろう。


「よし。マリーディア、お前は集会所とやらに行き、捕虜の面子を確認してこい。前に渡したナイフは持っているな?」

「え……? 持ってるけど、ワ、ワタシが行くのか……?」

「そうだ。早く行け」

「で、でも――」

「もし降伏を善しとせず逃亡を図った生き残りがいたら、無力な女の振りで油断させてから刺せ」

「……わかった」


 マリーディアはどう見てもわかってなさそうな表情で返事をした。そしてシドが手で催促するとトボトボと歩き出す。

 マリーディアがいなくなるとターシャが、


「私は何をすれば?」

「お前はエルフ達の中に入り、奴等の動向を監視しろ。ゴブリンやオークに防具を分配し、食事を取らせたい。連戦は避けられるなら避けたいからな」


 エルフが敵となるか味方となるかはまだわからない。しかし、だからといってずっと臨戦態勢を維持するのは知能の低いゴブリン達にはきついだろう。さらに、ここはエルフの村で地の利は向こうにある。戦闘になれば甚大な被害を被ることは想像に難くない。

 どうせ被害が出るのなら、ここは開き直って灰色の立ち位置である今のうちに休ませておく。


「この村の奴等が我々に対し敵対行動を取るようなら事前に教えるのだ」

「……わかりました」


 次はゴブリンとオーク達だ。

 シドはざっと見渡し、カタがついたと判断して声をかけた。


「終わったなら死体から防具を剥ぎ取れ。それが済んだら食事とする。食い散らかさず、余った分は一箇所に積み上げておけ」

『どうするんですか?』

「(エルフが大人しく従うようなら保存食に加工させるのだ。これだけの人的資源だ。今の状況では惜しかろう)」

『暑いですからその前に腐るかもしれませんが……』

「(肉は腐りかけが一番旨いらしいぞ)」

『腐りかけと腐ってるのは全然違いますよ!』

「(うるさい奴だな。そういう文句は誰かが死んでから云え。この星にも腐った肉を食べる生物はいる筈だ)」

『そりゃどこかにはいるでしょうけど……』

「(まだ食えないと決まったわけではないのだ。食えないなら食えないで、その時に考えれば良い。それよりも――)」


 ゴブリンやオークが剥ぎ取った防具の中から自分の気に入ったものを身につけている。ゴブリン達は胸甲や背甲、兜などしか装備できないが、ゴブリンよりも大きなオーク達は殆どの防具を着用出来そうだった。

 血に塗れた武器と防具を着用した彼等はその姿と相まって実に凶悪そうに見えた。ゴブリンなどは人間よりも小さく、オークは見るからに頭が悪そうだが、そんな彼等がひと所に集まり、一個の統率者の元で行動している様子は完璧に管理された兵隊とはまた違った趣がある。もし地獄というものが実在しているのなら、そこにいる兵士はこのような姿をしているに違いなかった。

 そしてこの兵隊達の統率者とはシド自身であるのだ。

 シドは仰々しく手を差し上げて云った。


「(――見よ、ドリス)」


 その手が指し示すのは、目の前に存在している、シドが集めた、シドの命令で働く、シドの為の暴力装置だった。


「(敵から武器を奪い、その武器で敵を殺す。殺した敵を喰らい、その活力(エネルギー)で更なる敵を求める。維持するのに必要なのは敵だけという、究極の軍隊の一つの形がここにある)」


 それは、今はまだ小さいが、勝ち続けてさえいれば冬山を転がる雪玉の如く巨大になっていくだろう。


『そんな事よりいいんですか?』

「(……何がだ)」


 気分良く語っていたところに水をさされたシドは腕を組んで唸るように訊き返した。女の人格、物の考え方はまったく話にならない。軍隊の素晴らしさが理解できないのは惰弱か女だと相場は決まっているのだ。


『人間を食料として利用すると、これから先かなりの反発が予想されますよ』

「(――ふん。どうやらお前は俺の頭が飾りだと思っているらしいな。そんなものは考えれば誰にでもわかる事だ。無論俺も例外ではない)」


 個の力で全てを管理するのは不可能に近い。神の如き能力でも持っていれば別だが、生憎シドにはそこまでの性能はない。組織が巨大になればなるほど、目の届かぬ場所が生まれていくことは予想できた。

 しかし死んだ人間を棺桶に入れるなどの非効率的な処置は到底受け入れ難かった。火葬などもってのほかである。人間の死体はそれ以外の生物の糧とならなければいけないというのは譲れない線だ。

 元いた世界では宇宙葬や火葬、果ては冷凍保存まで勝手気ままに行われており、勿論シドはそれにケチをつけることなどできなかったが、ここでは違う。ここでは文字通りシドの望む形で組織を作り上げる事が可能なのだ。


「(まずは自分達の種族が特別だという勘違いを訂正させることから始めねばなるまい。種ではなく所属や力の有無による選民意識を植え付ける。俺が認めた者だけが人間と名乗れ、人間として扱われる社会だ。そこでは余所者は全て家畜となる)」

『上手く行きますかね……?』

「(それだけではないぞ)」


 シドは不安そうなドリスを安心させるように、


「(余裕がないならともかく、そうではないのに無理に嫌いな物を食べさせようとは思っておらん。食いたい者だけが食えばいいのだ。俺としても人間を主食とする文化の構築は予定していないしな。おそらくだが、最終的には工場を作って粉末状に加工し、家畜の飼料や農作物の肥料といった利用方法に落ち着く筈だ)」

『……私はどうなっても知りませんよ』

「(それはそうだ。実行に移すのは俺であり、反動を受けるのも俺なのだからな。だが、お前はいずれ俺の足元に宇宙戦艦を幻視するだろう)」

『ハァ……』


 ドリスは呆れたようだった。


『まぁ、その前に、まずはエルフ達の掌握ですね』

「(――フ。エルフを掌握する事など、袋の中の玉をまさぐるが如き些事よ。奴等は既にこの星における覇権争いに敗れつつあるのだ。そんな種族が俺の提案に乗らない筈がないではないか)」

『何か具体的な策でもあるのですか?』

「(いや……。実はそのことなのだがな……)」


 シドは珍しく云い淀んだ。これから提案しようとしている事はシドにとって初めての経験となる。上手くいくかどうか全く予測できなかった。


「(先程選民意識を植え付けると云ったが、それを試験的にエルフで行い反応を確認しようと考えているのだ。これから、この村でな)」

『なるほど。いきなり大衆に対して行って暴動でも起きたらたまりませんからね。いい考えだと思います』

「(うむ。ここでなら失敗してもなかったことにできる)」

『………』

「(それでその方法なのだが、まず、選民意識とは、要は自分達は他者とは違う、特別な存在なんだと思うことなわけだ)」

『まさに選ばれた民ということですね』

「(然り。だがここで選別の理由が問題となる。本来なら血統や種の優等性を掲げるのが簡単で理解し易いのだが、それを行うには主張する当の本人が同じ優良種でなければ破綻してしまう。他種族がそれを行っても、相手が自分達は特別だと信じ込んだ時点で提唱者の支配から逃れようとするからな)」

『マスターには無理ですね』

「(そうだ。故に、俺が認めたということ、俺の側に所属しているという事実そのものに意味を持たせる必要がある。優秀だから選ばれた民なのではなく、特別な存在である俺に従うから選ばれた民なのだと)」


 そうする事で逆らう者、従わない者はいつでも処分できるようになる。大衆を動かすのに口実があるのとないのでは大違いだ。


「(そのやり方を選択した場合、全ての鍵を握るのは俺自身をどのような場所に置くかだ。王、皇帝、総統――そんな者はありふれている。この星に少なからずいる人間共と同じ位階の者に、お前は選ばれた、と云われても優越感などたかが知れていよう)」


 選ばれたというただその事実のみで大衆を戦争に駆り立てるには他に類のない存在にならなければいけなかった。それは、仮に同じように名乗る者がいても決して劣化しない特別な呼称だ。例え相手が王や皇帝だったとしても跪けと宣うことが可能な存在。

 それ即ち――


「(――俺は神になる)」


 シドは空を見上げながら宣言した。


「(この世界に舞い降りた一種一匹の神となりて、選んだ民――神民――を率い世界を導くのだ)」

『あ、あの……』

「(そうすれば大衆を動かすのにいちいち理由をでっちあげる必要はなくなる。神に逆らう不届き者に天罰が下るのは当然のことだからな)」

『………』

「(それに宇宙軍は神の存在を認めていない。認めていない称号など有名無実。実に都合が良い)」 


 言葉とは共通認識の元で成り立つ概念に過ぎない。神という言葉に人知の及ばぬ存在を当て嵌める者もいれば、ある特定の技術を持つ者がその分野の熟練者をそう呼び表すこともある。神という言葉は非常に曖昧な呼称で、王や皇帝などと違って必ずしも支配者を指すわけでもないのだ。


「(不死同然で老いず、食事を取る必要も、子孫を残す必要もない。俺という存在の特徴全てが神になれと云っているようだ。そう思わんか?)」

『思いません……』

「(なに!? 何か不都合な点があるのか?)」

『いえ、私は思いませんが、どうせ騙すのはこの星の人間だし、いいのではないかと……』

「(ならば問題はなしということで、今からそう名乗る事にしよう)」


 そう云ったシドがこれからの事を考えながらゴブリン達を観察していると、


『ところでマスター。何の神ですか?』

「(うん?)」

『神ですよ、神。いろいろと種類があるじゃないですか』

「(俺は戦闘が得意だから戦いの神でよかろう)」

『これだから!! そんなの駄目ですよ!! 戦いの神って事は戦い以外は無能だと云ってるようなもんです!!』

「(ふむ……。ならば只の神でどうだ。単純だからこそ融通が利く)」

『インパクトが足りませんね。これぞ神様! って名前がいいですよ』

「(ううむ……)」

『――ああっ!?』

「(どうした。いい名前が決まったか?)」

『違います! あの女が戻ってきました!』

「(あの女?)」


 シドが後ろを振り返ると、マリーディアが戻ってきていた。


「何か問題でも起きたか?」

「そ、そうなんだ!」


 マリーディアは大げさに身振り手振りを交えて云う。


「云われた通り大きな建物に入ったんだ! そしたらアキム達がいたんだけど……」

「………」

「あの、盾の男の仲間もいたんだ! 三人とも!」

「――ほう」

「それで、どうしたらいいのかと思って……」

「ナイフで殺せばよかろう」

「――ええっ!?」

「まあ、冗談だ。奴等はそれなりにできそうだったからな。お前だけで下手に近づかなかったのは正解だ」

「………」

「とりあえず向かうぞ。アキム達はもう解放したか?」

「い、いや。……まだ」

「そうか。今度ばかりはお前の弱さが役に立った」

「え? どういう意味だ?」

「奴等には利用価値があるということさ」


 何しろあの三人は魔法を使うのだ。魔法を使って戦う三人を見せしめに殺せばエルフの首も動きやすくなるだろう。


「ところでマリーディアよ」


 少女と集会所に向かいながら、シドは改まって声をかけた。


「実はお前達に秘密にしていた事があったのだ」

「うん? なんだ?」

「これはまだ誰にも云っていない事なのだが、お前に一番最初に聞く名誉を与えてやろう」


 マリーディアは熟していない果実を口にしたかのような渋い顔をした。


「実は結婚して子供がいるとかか?」

「違うな」

「実はワタシの事が好きだとか?」

「違うな」

「さらっと答えられると、冗談だとわかっていてもちょっと傷つくんだが……」

「実は俺はな――」


 シドは前かがみになると、少女の耳元で静かに囁いた。



  

 



 


  

 


 

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