エルフの村にて―夜襲・上―
週末全然時間取れなくて遅くなりました。
モトレッドは村で最も大きな建物――おそらくは集会所――に、捕虜と老エルフを集めた。
壁に据え付けられたかがり火が室内を煌々と照らす中、捕虜の腕は後ろ手に拘束し、逃げられないよう入口を兵で固めた。さらに捕虜の周りには弩を構えた兵士が取り囲んでいる。
老エルフと捕虜のエルフがこそこそと会話している姿を視界に入れながら、モトレッドは苛々と建物内を歩き回った。
そうしながら、
「……いい加減に吐け」
もう何度同じ台詞を云ったか覚えていない。
「状況的にいってお前達の中に犯人がいることは間違いないんだ」
モトレッドの言葉を聞いた一人の男が口を開く。
「だから俺達じゃねえって! さっきから何回同じこと云わせりゃ気が済むんだよ!!」
答えた男は似たような年頃の青年を指差しながら、
「つまり、こいつらって事だ。な、隊長さん」
ニヘラッと笑う男にモトレッドのこめかみが引きつった。
「口の利き方に気をつけろ、若造。特に自分の命が他人に握られている場合は」
モトレッドはそう云って指差された青年の方を見る。こちらにいる三人は先程の男の仲間とは別口で、あからさまに迷惑そうな顔をしていた。
青年は心外だといわんばかりに首を振る。
「俺は出来るなら自白してもらいたいと思っている。本人が否定するのをこちらが決めつけて処刑するのはなるべくならやりたくないんでな」
「何が自白だ!! 証拠もないのに決めつけんな!!」
指差した男が云った。その偉そうな態度に、
「貴様ぁ!! 分を弁えろ!!」
副官が剣の鞘で男の耳を殴りつける。
「アキムッ!?」
叩かれて蹲った男に、別の男が呼びかけた。
モトレッドは副官の手から剣を取ると抜き放い、呼びかけた男の首にそっと当てた。
「いい加減に吐いたらどうだ?」
「え……?」
呼びかけた男はまさか自分が標的になるとは予想していなかったのか、目を丸くして目の前の刃を凝める。
どす黒く晴れ上がった顔に切れた唇。これでシラを切り通せると本当に思っているのなら大した奴だと云わざるを得ない。
「俺の目をふし穴だとでも思っているのか? せっかく罪を軽くするために自ら告白する時間を作ってやったというのに」
「お、俺じゃない……」
「――ほほう。俺じゃない、とな」
モトレッドは刃で男の頬をピタピタと叩いた。
「お前のこの顔はどうした? だいぶ腫れてるじゃないか。誰かと殴り合いでもしたか? うん?」
「いや……こ、これは……」
「殺された兵には殴られた跡があったぞ?」
「そ、そんなのは――」
「証拠にならない――か? 勿論わかっているとも。だから質問していただろうが。このまま誰も名乗り出ないと全員処刑することになるが、犯人は皆に申し訳ないと思わないのかね?」
「だから俺じゃないって――」
「今正直に云えば処刑は止めて生かしたまま国に連行してやるぞ? だがこれ以上否定するのなら全員一緒に首を刎ねる」
「お、俺は、元々こういう顔なんだ。文句なら産んだ母ちゃんに……」
「母ちゃんだと……?」
モトレッドは鼻の頭に皺を作り、
「――もういい。黙れ」
「本当なんだ! 信じてくれ!!」
男はまだらに変色した顔でモトレッドを真摯に凝める。
怒りしか湧いてこなかった。男が真面目な対応をすればするほど、その顔と相まって小馬鹿にされているような印象を受ける。
「黙れと云った。さっきから聞いていればどいつもこいつもふざけた態度を取りおって。どうやらお前達には危機感というものが欠如しているらしい。よくいるのだ。自分は大丈夫、自分だけは死なないと勘違いしているガキがな」
「………」
顔の腫れた男は何も答えなかった。
「……ふん。残念だ」
モトレッドは剣を副官に返し、
「非常に残念だ。……明日の朝お前達は全員処刑する。恨むのなら犯人を恨むのだな」
「ちょっと待ちなさいよ!!」
処刑を宣言したモトレッドにエルフの女がカン高い声で喚いた。
「私は何もしてないのになんで――きゃっ!?」
云い終わる前に隣にいたもう一人のエルフに押し倒される。
「何か云いたい事があるなら聞くぞ?」
「……何もないです」
押し倒したエルフはボソリと答え、そっくりな顔つきをしたもう一人のエルフを睨みつけた。
モトレッドは副官に向き直り、
「猿轡を噛ませておけ。明朝処刑する」
「ハッ」
副官は威勢良く返事をし、声を潜ませてモトレッドに囁く。
「……しかし、よろしいのですか?」
「何がだ?」
「いえ……。犯人でない者も一緒に処刑してしまうのは……」
「心配するな。傭兵などどうせ叩けば埃が出る身だ」
死を目前にしたら庇おうなどという気持ちは吹き飛ぶだろう。可能性の高い者から順に処刑すれば、おそらく何度目かで自白する者が出る筈だ。
まずは顔の腫れた男を筆頭に、態度の大きい集団の男連中からだ。モトレッドの予想ではエルフで処刑が止まる。エルフが命をかけてまで人間を庇い立てするとは思えなかった。
それに、最悪全員処刑することになっても騒ぎ立てる者などいない。
「ちょ、ちょっと待ってくだされ」
老エルフが手をあげて話しかけた。
「そこにいる者達は――」
「村とは関係がない――そうだな?」
「い、いえ……それが……」
「昼間云っていた事と違うな。お前は犯人はこの村のエルフではないと云っていた」
「………」
「もしエルフ共の仲間内に犯人がいれば、ここにいるエルフは村の者ではないということになるわけだ。それとも単に俺の兵を殺した奴等を庇っているのか? もしそうならこちらとしてもやり方を変える必要があるが」
モトレッドは老エルフを冷たく見据えた。
「王から預かった兵が死んでいるのだ。手を出さなかったから泣き寝入りするとでも思ったか? ――ハッ、まさかな。実際に手をかけた者は処刑するし、その一味は国へ連行する。邪魔する者も同罪だ」
モトレッドは別にエルフに執着があるわけではない。しかしエルフを手に入れて帰れば小うるさい貴族連中が重箱の隅をつつくように将軍を責めるのを防げる。
「ちょっと村長!! 何か云い返しなさいよ!!」
藍色の髪を二つに結んだエルフがまた口を開いた。
「なんだ、知り合いか?」
「いえ……」
モトレッドが薄く笑って訊ねると老エルフは黙って顔を背けた。
「――このクソジジイ!! 村の仲間を見捨てる気!?」
「………」
「おい、さっさと口を閉じさせろ」
副官が周りの兵に命令し、捕虜全員の口に猿轡を噛ませた。
「明日の朝、処刑後に村を発つ。まだ仲間が周辺にいるかもしれんので警戒は怠るな」
「ハッ」
既に村の外に出した兵は全員戻り、一夜が過ぎれば帰途につける。問題事にメドがつき、気が楽になったモドレッドが今日の晩飯に思いを馳せた時だった。
――にわかに外が騒がしくなった。
大勢の怒号と悲鳴らしきものが交錯し、遂には硬い物同士がぶつかる耳障りな音も聞こえ始める。
厄介事だと直感したモトレッドが外に出るより早く、配下の兵士が建物に駆け込んできた。
「敵襲です、隊長っ!!」
報告に来た兵士は急いてはいたが冷静だった。
「敵はゴブリンとオークで、数は確実に百を超えています!!」
「エルフ共はどうしている?」
「我々と一緒に応戦しています!」
「そうか……」
もしやエルフと魔物が手を組んだかと危惧したが違ったようである。
「個々に対応するな。広場に兵を集めて陣を組み、エルフ共に弓で援護させるのだ」
「ハッ」
兵が走り去るとモトレッドは捕虜を監視している兵を半分に減らし、残った者にさらにきつく監視するように云った。
捕虜にも変な真似はしないよう釘を刺し、副官や兵士と共に外に出る。
「おお――」
外に出たモトレッドは思わず声をあげた。喚声飛び交う夕闇の中、粗末な武器で飛びかかり、その都度斬り殺される魔物達の姿が、兵士達が起こした炊事の火に浮かび上がっている。
バラバラに向かってくるオークヤゴブリンを、兵士達は互いに協力し合ってよく防いでいた。敵は闇の向こう側から終わりがないかのように湧き出してきている。数は多いが統制が取れておらず、それに対して兵士達は一人が防ぎその隙に攻撃するといった風で、時折複数同時にかかられた兵が倒れるも、転がる死体の過半数を魔物共が占めているのは傍目にも明らかだった。
「心配するほどの事はなさそうですね」
副官がその光景を見て云った。
「うむ。しかし楽観は禁物だ。これほどの数、しかも異種族が混じっているのだ。まとめあげているのはどれほどの魔物か」
「おそらくはオーガでしょう。複数の種族を動かす知能を持ち、しかも村落に襲撃をかけるのは他におりますまい。ライカンやヴァンパイアは単独で動く事を好みますので」
「まぁ、十中八九はな……」
モトレッドもおそらくはそうだろうと思った。副官があげた二種は見掛け上人に紛れ込みやすく、発見されるのは大抵都市部だった。
「何にせよ、姿が見えないのが気にかかる。兵達に敵の第二陣に警戒するよう云っておくか」
「それがよろしいかと」
周囲にいる弩を持った兵を伝令に出そうかと口を開きかけたモトレッド。
しかしその兵が声を張り上げた。
「――隊長っ!!」
「――ん?」
視線を追ったモトレッドは目を凝らした。闇の中に薄らと人影が見える。
「出たかっ!?」
人影の大きさから対象をオーガだと判断したモトレッドは右手をかざした。
合図を受けた兵士達が矢を番えてあった弩を構える。
かざした手をそのままにモトレッドは待った。距離はもう少し近くても大丈夫だ。遠すぎるのは論外だが、近すぎても相手の動きに追従しにくくなる。
近づいてきた人影の正体を目にしたモトレッドは目を細めた。
「人間だと……? 傭兵か……?」
オーガと見間違えたのもむべなるかな。人影の正体は見たこともないような背丈の大きな人間であった。
その男は驚いたことに少女を連れていた。年の頃は十代の、黒色の髪をしたこの場には似つかわしくない娘だ。
おどおどとした少女を脇につかせた男は無造作に近寄ってくる。
「そこで止まれぇっ!!」
モトレッドは叫びのような命令を発し、男はピタリと足を止めた。近過ぎも、遠過ぎもしない微妙な距離だった。
「素性と目的を述べよ!!」
モトレッドの問いに、しかし男は答えなかった。隣の少女が肘でつつくも、それを無視して左右を見回す。
顔を正面に戻した男は云った。
「いいものだな」
「――なに?」
「――どこで。――誰と。――何を使って戦うか。違いはあれども変わらぬものがある」
「………」
男は応えを必要としていないようだった。まるでここが舞台であるかのように独白を続ける。
「戦いに臨む兵士達の勝利への渇望、死への恐怖、そして飽くなき欲望すらも、戦場ではたった一つの想いへと収束する。それは即ち――」
男は左手に持った槍を持ち上げる。
ぎりり――と、力強く握り締められた槍の悲鳴が聞こえた気がした。
「――敵を、滅せよ」
男から感じ取れるのは一切の妥協を許さない殺意のみであった。そこには愛も憎しみも、欲も名誉もない。その理由なき鋭さは未だかつて経験したことのないものであり、モトレッドはこの世に殺意があると初めて知った子供のように混乱しかけている自分を感じた。
「………」
浮かび上がる男の影が揺らりと動く。
焚き火の上で炙られる薪がピシリと弾け、モトレッドはハッと我に返った。上げていた手を勢いよく振り下ろす。
「射てぇっ!!」
震える手でレバーを押し込んだ兵士達から十を超える矢が猟犬のように放たれた。




