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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
66/125

森にて―喧嘩―

「もうじき村です」


 むせ返るような緑の匂いの中、不意に後ろを歩いていたターシャが口を開き、シドは顔を向けた。


「私達がよく通る道は大体似たような痕跡が残ります。何度も踏まれた木の根や折られた枝など……。少し前から歩きやすいと感じるようになりました」


 確かにそれはシドも感じていた。なるべく歩きやすいよう木々の隙間のある場所を選んで進んできたが、ここにきて道を選択する煩わしさから開放されつつあった。


「少し様子を見てくるか」


 シドは群れを停止させ、マリーディアを地に下ろす。

 長時間同じ体勢でいたせいか、もぞもぞと身体を動かしていた少女は二本の足で地面に立った瞬間よろめいた。

 それを支えてやると恨めしげな顔で見てくる。


「まだケリがついていないのか」

「………」

「悩むのは時間の無駄だ。己を責める言葉は自身の内から出ているのだからな。それとも、これから先誰かを殺すたびに己に対する云い訳を考えるつもりか? これを解決する方法はただ一つ。それは受け入れる事だ。お前は何も悪い事はしていない。世界全てが否定しても俺が肯定してやろう」

「……ワタシは悪い事をしたと思っている」

「違うとも。お前は良い事をしたのだ。あの男は何もしていないゴブリンを殺したではないか。俺の部下を殺した。ただゴブリンであるという理由だけで。そういう男を殺したお前の行いは俺の元では賞賛される」


 シドはしゃがみ込み、マリーディアの顔の高さに己の顔をもってきた。


「お前は俺に常々云ってきたな。殺すのはよくない――と。だが、この世には殺しが溢れている。そうする事で生命は成り立っているのだ」


 顔に手を当て、頬を撫でる。


「お前の顔も、身体も、全ては誰かや何かを殺さねば存在し得なかった。初めて会った時にも似たようなことを云ったが、そんなお前が殺しを忌避する言葉を吐くのは自身が属する人という種族が特別だと主張しているようなものだぞ」

「ワタシは別に――!」

「別にそれ自体を責めはせん。自らの種族を特別だと思う者は多い。特に知能の発達した種族はな。しかし状況は変わった」


 シドはマリーディアの顎に手を当て、目を覗き込んだ。


「俺の影響の及ぶ範囲において、お前達人はこの星の上位種族ではなくなった。今はまだ少数の人間達にしか手が届かぬが、いずれ俺の手はこの星の地表を覆い尽くすだろう。お前が信じる人間の立場と事実に齟齬が生じたのだ。お前はまずそこを改めねばならん」


 マリーディアは唇を引き結んでシドに抵抗していたが、瞳には力がなかった。


「お前も(じか)に生命を脅かされればわかるだろう。殆どの生物は死に物狂いで生き延びようとする。人もまた例外ではない。稀に殺すくらいなら、と己の生命を差し出す者もいないとは云わんが――」


 シドは立ち上がった。


「――そのような出来損ないは俺が地上から一掃してやる」


 そしてターシャに向かって、


「では行ってくる。後は頼んだぞ。ゴブリンやオークが反抗の素振りを見せたら先手を打って処分しろ。もし後手に回るようなら逃げに徹するのだ」

「はい。お気を付けて」


 思考が単純な兵は動かしやすいが不便だった。状況の変化で対応が変わるのは当然だが、論理的でないそれには即応性が求められ、常にシドが近くにいなければならないからだ。一抹の不安はあったが、何かあっても己の元へ来れるだろうと考え、背を向けた。

 歩きやすい獣道もどきを辿る。重さを感じさせない挙動とは裏腹に、一歩進むたびにぬかるんだ地面に深く足が食い込んだ。

 しばらく歩くと家屋の立ち並ぶ村の一角に着く。

 幹から顔だけを出して様子を観察したシドは、


「(……なんだあれは)」

『アキム達ではないようですね……』


 家屋の間に兵士達がポツリポツリと立っている。どこかで見た覚えのあるような鎧だった。


「(ドリス。ここに来て出会った兵士の着用していた鎧であれに似たような鎧はなかったか?)」

『ちょっとお待ちを』

「(………)」

『出ました。同じではありませんが、デザインが少し似通っている感じですね』

「(いつの物だ?)」

『アキム達と出会ってすぐの戦闘です』

「(ミアータを襲っていた奴等か)」


 シドは一旦村から離れ、周囲をぐるりと回った。

 村の規模はそれほど大きくはない。兵が溢れていないことから大凡の数を推測する。


『どうしますか?』

「(そうだな……)」


 問題はアキム達が村にいるかどうか、そしていた場合の兵士との関係。そしてエルフと兵士の関係だ。


「(……ふむ)」


 だが、果たしてそれが問題になるのだろうか。シドは自問した。あの兵士達は殺しても構わない。己が率いる軍に属しない兵士は敵か、いずれ敵になる存在だ。エルフと兵士が友好関係を結んでいるなら諸共に制圧するのがいい。

 そしてまたアキム達が村にいた場合、兵士と友好関係である事も有り得ない。シドの敵はアキム達の敵でもあるからだ。

 シドはエルフ達と兵士が敵でも味方でもなかった場合の事を考え、兵士を攻撃目標にしてエルフは歯向かった場合のみ殺害することにした。


「(夜襲をかける)」

『アキム達がいたらどうします?』

「(支障ない。捕虜を人質にするには戦っている相手と捕虜の関係が明白でなければならん。夜間に魔物の群れに襲われたとて、いきなり捕虜を始末する馬鹿はおるまいよ)」

『追跡していた三人は……?』

「(そうだな……)」


 別の方向に行ったならひとまず諦めるしかない。進路を変えていなかったのならここら近辺か村にいる。

 村にいた場合は一緒に始末すればいいだけだが、オークやゴブリンにあまり複雑な命令は出したくなかった。

 それにあの三人がシドの事を兵士達の指揮官に伝えた可能性もある。


「(いきなり姿を見せるのではなく、兵を隠れ蓑にまずは味方の有無を確認すべきだな)」


 森におけるゴブリン達との遭遇率を考えると、シドを視認するまで確証は持てない筈なのでその隙をつくのだ。

 方針を決めたシドは村を後にした。

 枝葉を揺らさないよう元来た道を戻る。

 マリーディアやターシャ、オーク、ゴブリンは出発した時と何も変わっていないようだった。

 シドの姿を確認したターシャが目に見えて安堵した表情になる。


「おかえりなさい。どうでしたか?」

「うむ。村はあったが人間の兵士がいた」

「え? に、人間が……?」

「そうだ」

「……どうするのですか?」


 ターシャはシドを見定めるように訊いた。


「とりあえず襲撃をかける。日没後にな」

「ミルバニアの兵だったのですか?」

「いいや、違う。ミアータと初めて会った時を覚えているか? あの時戦った奴等と似た感じの鎧を纏っていた」

「いいんですか……? 殺してしまっても……?」

「勿論構わない」


 とんでもない疑問だ――と、シドは語気を強めた。


「考えてみるがいい。ある村に行こうと旅をし、やっと着いたと思ったらそこには大勢の武装した男達がいたのだ。気分を害して殺してしまったとして、いったい誰が俺を責められようか」

「………」

「それに、ちょうどオークやゴブリンに着せる防具が欲しいと思っていたところでもある」


 そこまで云ったシドはマリーディアがやけに静かなのに気づいた。


「……どうした。俺がいない間に何か問題が生じたのか?」

「………」


 少女は俯いて返事をしなかった。

 シドは顎を持って強制的に顔を上げさせる。


「――む?」


 マリーディアの片頬が赤く腫れていた。本人は不貞腐れたように視線をあらぬ方へ向けている。


「これは……虫刺されか?」

『どう見ても張り手の跡ですよ!』

「張り手か……」


 一体誰がこんな事を……と考えるまでもなかった。指揮官不在中に新兵に体罰を与える。この事実が意味するのはたった一つしかない。


「どうやら――」


 シドはこれまで大人しくついてきていた配下に目を向けた。見抜けなかった己を恥じ、迂闊であったとの思いを噛み締めながら続ける。


「どうやら――お前達の中に先任軍曹が紛れ込んでいたようだな」


 意味する事はわからねど、流れから疑いをかけられたと察したオークやゴブリン達はぶんぶんと首を横に振った。

 彼等の向かう先は皆同じであり、追いかけるとそこには一人のエルフがいるのだった。


「………」

「………」


 ターシャはシドから目を逸した。苦し紛れに、


「ちょっとした意見の相違です。女同士の……」

「女同士だと……?」


 シドは、己の無類の硬さを誇る顎――その顎でも噛み潰せない物を口にしたかのような苦い顔をする。


「女同士だと……」


 頭を振って壊れた蓄音機のように繰り返す。 

 マリーディアがぐしぐしと目元を腕で拭った。


「………」


 立ち尽くすオークやゴブリン達も心なしか気まずそうで、シドに向ける瞳が状況を打開しろと暗に訴えている。


『マスター! 今こそマスターの甲斐性を見せる時! 男しかフォロー出来ない上官はいずれ後ろから刺される運命なのです!!』

「(これをどうフォローしろと云うのだ。……喧嘩両成敗か?)」

『それは処罰でしょう! こういう時は優しく言葉をかければいいのです! 二人のマスターに対する忠誠は増しに増すこと間違いなしです!!』

「(優しい言葉か……)」


 つまり肯定してやるわけである。シドはそう判断した。

 問題は肯定する場所であった。本来ならば取った行動を褒めるのが吉だ。しかし――


「………」

「………」


 ターシャとマリーディア。二人の女がこの話題についてこれ以上言及して欲しくないと思っているのは明らかだった。まるで発火直前の気化燃料のような、人を遠ざける何かが身体を霧のように取り巻いている。

 シドは熟達した天気予報士のように空気を読んだ。

 そして結論を出す。肯定するのは話題とは何の関係もない分野にすべきだと。

 今ではないいつか、この星ではないどこかで、誰かが云っていた言葉が脳裏に蘇る。


(女は髪と服さえ褒めておけば問題を起こさない)


 シドは答えを見出した哲学者の気分がわかった気がした。


「――ターシャよ」


 首に手を伸ばす。罰を受けると思ったか、ターシャの肩が跳ね上がった。そしてシドがその襟元を正すに至り、顔から血の気が引く。

 白かった肌が真っ青になったターシャにシドは云った。


NiceJacket(いい服だな)

  


 

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