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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
65/125

森にて―捕縛―

「――そうか。では一旦兵をここに集めろ。村の外に出した者はそのままでいい」


 目の前で兵の報告を受けていた副官がそう云ってこちらに向き直った。

 エルフの村の様子を観察していたモトレッドは視線を彼に戻す。

 副官は肩を竦めた。


「何もなし、です。どうしますか?」

「………」


 モトレッドは腕を組み、難しい顔で考え込む。兵士が二人死に、村の周りの森に敵対的な何かがいるのは間違いない。しかし、だからといってそれがエルフであるという確証もないのだ。国から与えられた明確な指針が存在するので村のエルフを拘束するわけにもいかなかった。


「とりあえず外を偵察する兵を増やしておけ。俺は村長の所へ行ってくる」


 後を副官に任せ、村で一番大きな建物へ向かう。後ろを用心で置いている兵士の二人が黙ってついてきた。

 モトレッドが向かった建物は入口に扉がなく、風雨が入り込まないようひさしが突き出ている。建物に入りきれなかったエルフ達が周囲を取り巻いているが、モトレッドの姿を見て道を開けた。

 二つに割れた集団の間を歩き、ひさしの影に入る。エルフ達がモトレッドに向ける視線はさまざまだが、その多くを占めるのは非難や恐怖だ。暑い日差しから避難でき、ほっとした顔をしていた兵士の表情が向けられる視線に曇る。

 入口から中を覗くと二十人程のエルフが見えた。このような状況に置かれた時に取る行動は人間もエルフも変わらない。おそらくは戦える者が中心となって対応を決めているのだろう。

 モトレッドは入口の壁をトントンと叩いた。

 集まって顔を寄せ合っていたエルフ達の一人が立ち上がり、入口にやって来る。顔に皺の多い、エルフとしてもかなりの高齢であろうその人物に、


「家屋の捜索は終わった。協力感謝する」

「そうですか。それで、何か問題はありましたかな?」

「いや――」


 モトレッドは老エルフの顔をじっと凝めた。仕草や、表情といえる表情がない。初めて会話した時からそうだったが、モトレッドとこのエルフでは踏んだ場数が違い過ぎた。まるで木石と話しているようで欠片程の情報も得られないのだ。


「……問題はなかった。どうやら我々の取り越し苦労だったようだ」


 モトレッドは諦めて云った。


「そうですか。ならばもうここには用はありませんな」

「そうだ。しかし、兵が殺されている。そちら側の仕業とは云わないが――」

「私達は、基本弓か魔法を使う。剣を使うものが皆無というわけではないが、少なくとも、殴り合いを得意とするエルフがこの村にいないことは断言できますぞ」

「………」

「死体の形跡と、死体そのものが残っていたことから、エルフか人間の仕業なのは間違いがないでしょう。しかし現在村のエルフは殆どが村内にいる。いないのはだいぶ前に行方知れずになった者や所用で村を遠く離れている者達だけです。そしてその中にも殴り合いを得意とする者はおりません」

「ふむ……」


 モトレッドはどうすればこの村を拠点に活動できるか考える。どこにどのような敵が潜んでいるかわからないまま森を行軍するのは遠慮したい。出来るなら拠点を決めて組織的に捜索したかった。


「厚かましいとは思うが、配下の安全を――」


 老エルフはモトレッドの言葉を遮って云った。


「今だかつて、私達が貴方達人間の街に入った時、身の安全を保証された事が一度としてあったでしょうか。私達は自分の身を自ら守ってきたし、貴方達もそうするべきだ」

「だが――」

「貴方達は確かに良心的に振舞っている。だがそれは決して我等に対する人道的な道徳観から来たものではない筈だ。こちらがそれを汲み取って対応するにはエルフと人間の関係は悪化し過ぎていますな」

「それは認めよう。しかし私にもある程度の裁量は与えられている。最悪の場合、そちらにとっても幸せな結末にはならないだろう」

「私達は馬鹿ではない。貴方達の対応について理由に思い至らないとでも? それをわかった上で申しているのですよ。この村のエルフは貴方達に手を出さないし、そうである以上貴方達もこちらには手を出さない――違いますか?」


 モトレッドは小さく舌打ちした。麾下の部隊のエルフに対する態度が一般的ではなかった時点でこちらの思惑は半分透けて見えている。話し合いに関してはハンデを背負っているも同然だ。


「……仕方がない。兵を休ませたら出発する。一晩くらいは構わないだろう?」

「……まぁ構わんでしょう。村人もいつまでも仕事を放棄している訳にもいきませんので。しかし兵士の達の行動は――」

「無論狼藉を働くことがないよう気を付けよう」


 モトレッドはしばし老エルフと睨み合った後、背中を見せた。

 遣り取りに耳を澄ませていたエルフ達の間を縫うように通り、副官の元へ戻る。

 副官の前には森に派遣した兵以外が揃っていた。


「いかがでしたか?」

「話にならんな。早く出て行けと、さ」


 訊ねてきた副官に答える。


「本来どこまで譲歩できるかはお互い隠し、探り合うものだが、こちらの線引きは村への対応で筒抜けになっているようなものだからな。恫喝が意味を持たん」

「今からでも制圧できますが――」

「馬鹿。それが出来るなら初めからやっている」


 国王から与えられた命令にはエルフという種族を敵に回す行動の一切が禁じられている。勿論向こうから攻撃された場合はその限りではないが、駐留を拒まれたからといって制圧するのは命令違反になるだろう。


「森にいる敵はどうしますか?」

「そうだな……」


 モトレッドは顎鬚を撫でながら目を閉じた。冷たい鉄のような雰囲気を放っていた瞳が隠れると、優しげな父親のような印象だけが残る。


「偵察に出した兵達が戻ってきたら休ませろ。明朝出発する」


 目を開けたモトレッドは命令した。


「他の村を探すのですか?」

「いや、森を出る。国へ帰るぞ。森にいる敵は今はどうしようもない。動けば反応が変わるだろう」


 副官が待機していた兵士達に命令を伝達すると、一部の者は不満そうな顔をした。

 モトレッドはそれを見逃さなかった。兵士達に向かい、


「お前達に云っておくが、もしここでエルフを敵に回せば我々は生きて森を出られないと思え」


 と、念を押しておく。

 兵士達には云わなかったが、実際にはモトレッド達の生命で済めば安い方で、最悪は国とエルフ達の戦争に、ひいてはそれが隣国との戦争にまで発展するだろう。

 この森はエルフや魔物を駆逐して得るには旨みが少なく、かといって隣国に与えるには問題があり過ぎる土地なのだ。暗黙の了解で森に国境を接している国々は手を出さないことになっている。

 噂だが、今回の派兵も侯爵が強力に推さなければ実現しなかったという。モトレッドにしてみればわざわざ兵を送って調べるような事態でもないと思うが、国王を説得した侯爵は余程弁が立つらしい。

 

「三百の兵数で、エルフの一部族全てと森で戦って勝てると思う者は遠慮せずに意見具申しろ」


 誰も手をあげなかった。

 エルフと戦争になっても構わないという者もいるかもしれないが、もしそうなれば国がまともにぶつかる前にモトレッド率いる部隊は地図上から消えているだろう。戦争になっても構わないというのと死んでも構わないというのは別の問題なのだ。

 モトレッドに与えられた兵数は三百だ。簡単には手を出そうという気にならず、エルフ達に攻め込んできたとも思われないだろう数。また、森を制圧するには圧倒的に不足しているので他国を刺激しないで済む。

 仮に戦えば一時は村を制圧できる自信はあった。しかし村のエルフを一人残らず抹殺できると自惚れるほどモトレッドは自信家ではない。そうなると、いずれ国元に帰る時は撤退戦の様相を呈す。気づかぬうちに数が減らされていく行軍は辛いものだ。そしてなによりここを制圧する戦略的な意味が皆無だった。兵士が減るには相応の理由が必要であり、制圧するのは役に立つ場所でなければならない。

 これが人間同士の戦であったなら兵士の数を減らすことに意味はあるが、国元の貴族はエルフの女子供が減ることを望まないだろう。先に手を出したことが露見すればモトレッドが処罰される可能性は低くない。

 ――例え、モトレッドが国軍を率いる将軍の片腕だったとしても。


「日が暮れる前に野営の準備をさせておけ。場所は村の広場だ」

「ハッ」


 家屋を借りて休みたいという気持ちはあったが我慢した。無言で立ち、戦闘になった時のことを考えて村の配置をもう一度確認する。

 兵士のやることは大きく分けて三つある。戦う事、訓練する事、待機する事だ。モトレッドも例に漏れず普段からそのどれかを繰り返してきた。待つ事のできない者は指揮官として失格である。

 待機中に、想定される事態に対する対応を決めておけばいざという時即断できる。

 モトレッドは再び目を閉じた。











「手前ェ等、ちょっと静かにしろ。誰か来る」


 ヴェガスがそう云った時、顔の腫れ上がったキリイやミエロン達、元囚人達はビクリと肩を震わせた。

 そんな中、アキムは一人つまらなそうな顔で、


「多方お前等が殺した兵士の仲間だろうよ。要らねーことしやがって」


 と云った。 

 アキムは早く村に行きたかった。何故ならそこにマリーディアがいるかもしれないからだ。少なくともここで兵士達から逃げ回っているだけでは妹に会えない。


「しょうがなかったんだよ。どこの誰だかわからん兵士に命令されんのは御免だぜ」

「ふん――」


 アキムは鼻を鳴らして、


「数は何人だ?」

「多くない。四より下だな」

「他にいそうな感じは……ないよな」


 一人ごちる。ここは村からそれなりに距離がある。村の兵士が警戒して周囲の偵察をするだろうことを見越し、シドが来るであろう村の北側に移動したのだ。ここまで離れた場所まで密集して捜索できる数がいるとは考えにくかった。ヴェガス達の話を聞くに、兵士達は村に入りきれる数の筈だ。


「……とりあえずとっ捕まえるか。兵士なら村の様子が聞けるだろう」 

「そうだな。俺もこそこそするのはいい加減飽きてきたとこだ」

「――ちょっと待ってくれ」


 アキムとヴェガスが物騒な会話をしていると、ミエロンが口を挟む。 


「もしかしたらエルフかもしれない。まずは様子見を――」

「もうおせーよ」


 ヴェガスが云うと、ガサガサと茂みを掻き分けて三人の人間が姿を現した。

 兵士達ではなかった。男が二人、女が一人で、三人とも武器を構えて険しい目つきをしている。


「なんだこりゃ」


 短槍を二本持った青年が口を開いた。


「エルフに亜人に人間。どういう組み合わせだ、これ」

「………」


 誰も、何も答えなかった。


「無視かよ。感じ悪い奴等だなぁ」

「よせ、ヒック。先を急ぐぞ」


 髪のない大きな男が仲間を諌め、


「お前達、ここにはもうすぐ魔物の群れが来る。早いところ避難した方がいいぞ」

「魔物の群れだと!?」


 ミエロンが驚いて訊き返した。

 それに対し短槍を持った青年が、


「そうそう。しかも率いているのは人間だぜ」

「……人間?」

「云っとくが、人間だからといって話し合おうなんて考えるのは止めときな。言葉は通じるが話が通じない奴だからな、そいつは」

「話の通じない人間で、魔物を率いている……」


 ミエロンが呟くと、アキム達は変なものでも口にした表情で顔を見合わせた。皆の頭に浮かぶのは一人の男だ。


「ちょっと待ってくれ」


 アキムは去ろうとする三人を引き止め、


「その人間の特徴を教えてくれ」

「あん? ……目を隠した大男だ。でかい荷物を背負ったな」

「………」

「……なんだよ、ひょっとしてオメーらの知り合いか?」


 短槍の青年の言葉に、禿頭の男が動きを止めた。軋む音が聞こえてきそうなくらいゆっくりと顔を向ける。


「……あの男の知り合いだと?」

「ちげーよ。特徴がわからないと警戒できないだろうが」


 アキムは済ました顔で嘘をついた。いきさつは知らないが、肯定したらヤバそうな雰囲気を感じる。


「ところで話は変わるが、俺は妹とはぐれちまった。見かけなかったか?」

「妹ぉ?」


 名も知らぬ三人は眉を寄せて凝めあい、青年が、


「女の子とはあったけどな……」

「なっにぃ!? どんな容姿だ!? 年齢は!? 外見は!? 名前は訊いたか!?」

「でもたぶん違うと思うぞ。さっきいった男の仲間だし……」

「いいから教えてくれ!!」

「……名前はマリーディアだな。俺、この仕事が終わったらあの娘と結婚するんだ」

「ぶっ殺してやる!!」


 カッとなったアキムは剣を抜いて躍りかかった。


「うおっ!? ――あっぶねえ。いきなりキレるとか、お前頭大丈夫か?」


 後ろに跳んで一撃を躱した青年は構えを取り、


「俺の台詞のどこにキレる要素があったよ?」

「お前が存在してる事が許せねぇ!!」

「なんだそりゃ。――ハハァン、もしかしてマリーちゃんが妹だったのか? お前が俺の義兄になるとかゾッとするなぁ」

「……解体(バラ)してゴブリンの餌にしてやるぜ」


 アキムは青年に剣を向け対峙した。

 その横では、ヴェガスが禿頭の男を警戒して身構えている。


「お前達、あの男の仲間か……」

「まぁ、こうなったら隠しても意味がなさそうだしな」

「あの男にも仲間を失う苦しみを味わってもらおう」


 そう云う男の目は据わっていた。


「ちょっとビットリオ。こんな事してる時間は――」

「――すぐに終わる」

「とてもそうは見えないわよ」

「………」


 ビットリオと呼ばれた男は仲間である女の言葉に耳を貸さなかった。戦鎚を構えて今にも襲いかかってきそうだ。


「……もしここにマリオがいたら何て云ったでしょうね」


 女が疲れたように云うと、男の唇がピクリと動いた。


「……おらん」

「え?」

「……もう、おらん」

「………」

「マリオはっ!! もうっ!! おらんのだぁっ!!」


 男は叫ぶと、失敗したと云いたげに顔を顰めた女を後に残し、猛然とヴェガスに突進した。

 攻撃を避けようと、戦鎚を注視するヴェガス。

 いきなり始まった二つの戦闘――しかもどちらも私怨がたっぷり詰まっている――に、エルフ達は呆気に取られて見ているだけである。

 禿頭の男とアキムの形相は、そこにいる誰もに正面切ったぶつかり合いは不可避だと思わせるものだった。

 しかしその瞬間、笛の音が響き渡り、殺し合おうとしていた四者は動きを止めて辺りに素早く目を光らせる。


「全員動くなぁっ!!」


 弩を構えた兵士達が木の陰から姿を見せ、


「動こうとした奴は殺す!! 口も開くな!!」


 兵士の数は五人だった。笛のせいで時間をかければ反抗するのは無理になる。やるなら今しかなかった。

 だが誰も動かない。兵士達は武器を構えた者やエルフ達を目を血走らせて警戒していた。最初に動こうとした一人はまず死ぬだろう。

 悪態もつけないアキム達がどうしようか迷っているうちに、笛の音を聞きつけた兵士達が五人づつ増えていった。

 数が二十を超えたところで、


「よーし、お前達!! 全員武器を捨てろ!!」


 兵士の言葉を受け、アキムは相対していた青年に剣を放り投げた。――なるべく刺さるように。


「うおおおっ!?」


 驚愕の声と共に横に飛びすさった青年が、


「貴っ様ぁ!! 動くなと云っただろうがぁ!!」

「げっ――!?」


 兵士から殴られるのを見てほくそ笑む。

 青年の言葉によると、マリーディアとシドは一緒にいるようである。シドといるなら余程の事がない限り身の安全は保証されている。

 不機嫌そうに武装解除される仲間を尻目に、アキムは気楽そうな顔で空を見上げた。       

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