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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
63/125

森にて―話し合い―

「俺の土地で何をしている」


 ゴブリンとの戦闘中に突然現れた見たこともないような大男を、何だこいつは――と、マリオは目を細めて見た。

 オーガを追って魔物の集団と鉢合わせたマリオ達。長時間走り続け魔法も使っているが、何かあった時の為に余力は残しており、なし崩し的に戦闘に雪崩込んだが、想定外の事態が二度も続き肉体的にも精神的にも余裕が失くなりつつあった。


「何者だ」


 マリオは男の問いかけを無視して訊き返した。まともに受け取っても理解不能な内容で、普段なら戯言に付き合ったかもしれないが今は無理だ。


「通りすがりの地主だ」

「………」

「こちらの質問にも答えてもらおうか」

「……俺達はただの傭兵で、ご覧の通り戦闘中だ」


 目の前の男が敵かどうか判断がつかず、マリオは渋々答えた。

 常識的に考えるなら、今この場に居合わせる顔ぶれからいって味方である。しかしゴブリンやオーガが大人しくしているのが気にかかる。

 男は左手に槍を持ち大きな荷物を背負っているが、その荷物はどう見てもただの背負い袋ではない。考えても用途が不明な物は魔道具の類である可能性があり、それを使って魔物を支配下に置いているなら話し合う余地はあるだろう。例え男が魔物を使って良からぬ事を企んでいようと、今のマリオ達には関係がなかった。

 その場合の問題は目撃者となったマリオ達を見逃してくれるか――だ。


「傭兵が何の用だ。ここには俺の物か、将来俺の物になるモノ(・・)しかない」

「………」


 この期に及んで戯言を続けるつもりなのか、それとも実は本気で云っているのか。マリオはビットリオと顔を見合わせる。

 ビットリオは無言で首を横に振った。そこから聞き流せ、という意を汲んだマリオは、


「……俺達は仕事でここに来ただけだ。一緒にいた女性二人がオーガに攫われたので追いかけて、見ての通りの状況になった」

「一緒に?」


 男の露出している顔の下半分が微かに歪んだ。自由の身になっている女性二人の方に向け、


「今のは本当か?」

「はい。まぁ、彼等から見たら、という注釈がつきますが……」


 ターシャというエルフが答える。


「そもそも何故お前達は二人で行動しているのだ。アキム達はどうした?」

「いえ、それが――」


 男とエルフがマリオ達にはわからない会話を始めた。

 マリオは女性二人が男の知人だったことを知り、自分達の立場が傾くのを感じずにはいられなかった。

 まずは周囲の魔物が男とどのような関係であるか把握しなければならない。


「話しているところ済まないが、周りの魔物達をどうにかしたい。囲まれたままだとどうも落ち着かないんだ」


 会話が一区切りついたのを見計らい割り込む。魔物を殺すか引かせるか、どちらを選ぶかではっきりするだろう。


「いいだろう」


 男は手をあげて大声を出した。


「お前達、出てこい!」


 横からオーガが姿を見せ、数をカウントしていたマリオの表情が強ばった。魔物は男の配下であり、予想以上にオーガの数が多い。しかも何故どうにかしたいと云ったマリオの言葉に包囲の輪を狭めるのか。

 やはり仲間の元に戻ろうとした二人の邪魔をしたと受け取ったのだろうか――マリオは仲間内で最も言動の軽いヒックに目で釘を刺し、慎重に言葉を選んだ。


「俺達は別にそこの二人に含む所があった訳ではない。助けようとしただけだ。何の準備もなく難儀しているようだったからな」


 裏はあったが馬鹿正直に述べる必要はない。今はここから離れる事だけを考えるべきだった。魔物の数は多く、男の力は未知数。もし男の首を取るのが目的だったなら好機とばかりに襲いかかっただろうが、侯爵の依頼はこの男と全く関係がなく、ここでエルフに固執して戦うのは本末転倒だ。幸い村の方角はわかっている。ここを離脱してまっすぐ向かえばこの集団よりも先につけるだろう。エルフがいればすんなりと村に入り込めたが、そうしなければ依頼が遂行出来ない訳でもない。難易度は上がるが欲をかきすぎて寿命を縮めるのは愚かというものだ。

 男の配下であるゴブリンやオーガを殺した事を、女性二人を助けた事で相殺する。方針を決めたマリオは武器を収めた。失敗すれば逃げる。逃げるのに武器は不要だ。中途半端に戦おうとしながら逃げ切れる程オーガの足は遅くない。さらにこうする事で争う意思がないと態度で示せる。

 しかし程なく、マリオは失敗を悟った。武器を収めたというのに場の空気が全然柔らかくならないのだ。

 剣を鞘に収めたマリオを見て男が口を開く。


「降伏するなら受け入れよう」

(――っ!? 何故そうなる!!)


 らしからぬ事だが、マリオは心中で毒づいた。知らずにやった事だし、短いとはいえ二人の面倒をみたのだ。


「無理に戦おうという気はないが、だからといって降伏する理由もない。俺達の目的はあんたとは無関係だ。あんたの手下を殺したのは悪かったが、女性二人の水や食料の面倒を見たという事で差し引きゼロにしないか?」


 埓があかないのでとうとう言葉にする。ゴブリンを殺して謝るなど前代未聞だが、話し合いで大事なのは相手がどう思っているかを見極めることで、この男がそう思っているのならマリオはそれを認めるしかない。相手の価値観を全て否定しては話し合いなど不可能だ。


「勝手に助け、勝手に殺し、差し引きゼロにしろと云うのか」

「………」

「だいたい――」

「――ちょっと待ってください」


 エルフが口を挟んだ。その顔は自分達ではなく男に向けられていて、マリオは嫌な予感がした。


「さっきからそこの男は私達を助けたなどと主張していますが、あれは取引でした。代わりに村に案内するという条件があった筈です」

「なるほど」


 男は重々しく頷く。


「取引か……。ターシャよ、この取引を最後まで続けるか? 気に食わないなら破棄してもいいぞ」

「いいんですか?」

「勿論だ。異論を唱える奴はすぐにいなくなるだろう」

「それなら――」


 エルフは少し考える素振りを見せ、


「私達が消費した分は、村のある方角を教えたという事でチャラにします。道中の様子から、方角さえわかれば時間はかかるにしろ彼等が村に辿り着くのはほぼ確実です。村が平和的に受け入れるかどうかまでは保証しかねますが、こちらも村までの水食料を貰っているわけではないので」


 嫌な予感が当たった。それではこちらが一方的にゴブリンやオーガを殺した非を負う羽目になる。


「ま、待ってくれ! こちらにも都合というものがある。そちらの云い分だけで取引を破棄されるのは困る。二人分の水や食料は提供しよう。その代わりきちんと村まで案内してくれ」


 マリオが云うとエルフは男を見上げた。


「どうやら駄目みたいです」

「云った筈だぞ。異論を唱える奴はいなくなると」


 男はエルフの肩に驚く程大きな手を載せ、後ろに下がらせた。


「俺は利益の出る時にしか嘘はつかない」


 そして自分は槍を構えようとする。

 自慢にもならない台詞を格好つけて云った男にマリオは慌てて話しかけた。右手を身体の前で振りながら、


「いや、異論はない。今なくなった。村まではなんとか辿り着けるだろうから、取引は破棄してくれて構わないとも」


 男は顔半分後ろを振り向いた。


「見ろ。もういなくなった」

「本当ですね……」


 エルフはちょっと呆れた風だったが、その顔が何か悪戯を思いついた子供のように輝いた。


「そういえば少しお腹が空きました。喉も乾いたかもしれません」


 このクソエルフが――という小さな罵倒が耳に入り、マリオはヒックを睨んだ。敵対するのはいつでも出来る。まずは相手の要求が何なのかを知ってからでも遅くないのだ。要求を知ることと支払うことは同義ではない。


「じゃあお互いもう話は残っていないという事で、俺達は行かせてもらう」

「――待て」


 云うのはタダだと、流れに乗って去ろうとしたマリオに声がかかる。


「ゴブリン達を殺したツケが残っている」


 男は近くにいる、マリオ達が追跡していたオーガ達を眺め、


「オーガの数も一体減っているな。これは大事だぞ」


 マリオは石を投げたくなった。ゴブリンやオーガを殺しただけで何が大事だ!

 しかしこの団のリーダーであり、交渉役であるマリオが匙を投げる事は許されない。出来る事はやるという責任があった。


「……そちらの要求は?」

「全部だ」

「――は?」

「生命以外の全てを置いていけ」

「………」

「飲むのか飲まないのか答えろ」

「……生命以外を置いていけと云うが、そんな要求を飲めば森で立ち往生するのが関の山だ。死ねと云っているようなものだぞ。飲めるわけがない」


 なんとか我慢して答えた。ヒックがキレなかったのは奇跡だ。


「何か思い違いをしているようだな」

「……何?」

「俺は生命以外の全てと云った。差し出したお前達に自由が残るなどと何故考えるのだ」

「――なっ!?」


 マリオの身体がプルプルと震えた。ヒックより前に自分がキレそうだった。


「お前達は裸で荷物持ちをする事になる。水や食料は与えよう。生命の心配はいらないし、手柄を立てれば装備も返してやる」  

「ウオオオオオオオッ!!」


 森に、怒りのこもった雄叫びが響き渡った。

 青筋を立てたマリオは引き抜いた剣を男に突きつけ、口から唾を飛ばして捲し立てる。


「な、なな、なにが荷物持ちだこのイカれ野郎が!! 魔物を殺したくらいで偉そうにふんぞり返りやがって!! 何様のつもりだこの糞がぁっ!!」

「………」


 場が凍りついた。周りの魔物を気にしてか口を閉じていた少女も、男の後ろで面白そうに眺めていたエルフも、ヒックもビットリオもジェイリンも目を丸くしてマリオを見ている。


「お、落ち着けよマリオ。そういうのは俺の役目だろ? いつも云ってるじゃないか、冷静さを失ったら負けだって」


 いつもとは逆の立場になったからか、戸惑ったようにヒックが云った。


「す、済まない」


 マリオはすぐに冷静さを取り戻した。一度吐き出したせいか、だいぶ気持ちが軽くなっていた。


「俺としたことが我を忘れるとは。まだまだ修行が足りないようだ……」

「気にするな。お前はよくやっている。たまには羽目を外さんとこちらが心配になってくるほどだ」

「そうよ。選択肢はないんだし、我慢する必要なんてないわ」


 ビットリオとジェイリンもリーダーをフォローし、四人は綻んだ顔で頷き合う。

 マリオは再度剣を鞘に戻した。右手を盾の内側に入れ、そこにくくりつけた玉の中から赤い玉を選び、取り出す。放り投げると、玉は男の足元に転がった。

  

 ――三

 

 地面に落下した瞬間から頭の中で数える。皆もそうしている筈だ。

 

 ――二

 

 三人がマリオに近づく。包囲の形成しているゴブリンやオーガが動き出そうとするのがわかった。

 

 ――一

 

 目を閉じる。地を蹴る音が聞こえ、迫る魔物の姿が鮮明に脳裏に浮かび上がった。

 

 ――零


「『閃煌(フラッシュ)』」 


 唱えると小さな爆発音が聞こえ、皮膚の剥き出しになっている箇所が熱を浴びた。音と熱があるのは発動を知らせる為のサインだ。

 あらかじめ玉の色で魔法の種類を決めておき、打ち合わせなしに攪乱用の魔法を使用する。いざという時の為の保険だった。

例え外からは見えずとも、中からもそうだとは限らない。見えているなら効果はある。

 逃げる前に男を殺す事にしたマリオは目を開ける。追いかけっこをする気はない。統率者が死ねば魔物の群れは瓦解するだろう。


「――っ!?」

「マリオっ!!」


 ヒックが叫んだ。

 何故こんな近くに男がいるのか――考える前に身体が動く。癖で盾を持ち上げていたのも幸いした。

 ビットリオ以上の巨体から繰り出されるであろう一撃は重い。そう考えたマリオは瞬時に身体を捻る。

 

 槍の穂先が目の前に迫っていた。









 小さな爆発音と閃光に、目潰しだと判断したシドは一気に距離を詰めた。目を開けた男が己を認識する前に当てるつもりで槍を繰り出す。


「マリオっ!!」


 マリオと呼ばれた男が素晴らしい早さで盾を構えた。同時に槍が盾を弾こうとする力を利用して身体を穂先の辿る線上から逃がす。するりと槍をすり抜けた感さえある動きだった。

 シドは右肩を突き出して半身をさらけ出した男にぶつかった。


「ぐうぅっ!?」


 骨の折れる音が聞こえた。

 飛んでいった男に他の三人が駆け寄り、禿頭の男が背負うと一目散に逃げ出す。魔法を使ったのか、逃げる速度が尋常ではなかった。

 追おうとしたシドは考え直す。追いつくのは可能だが、いつまでもまとまって逃げるという保証はない。散り散りになって逃げる相手を一人ずつ追いかけるのは時間がかかり過ぎる。


「目がぁ……目がぁ……」


 目を押さえたマリーディアがふらふらと前を横切る。

 シドは首根っこを引っ掴まえた。


「わわわっ!?」

「落ち着け。俺だ」

「シ、シドか……? め、目が見えないんだ……」

「見ればわかる。しばらくすれば治るだろう」


 同じく目を押さえているターシャやオーガ、ゴブリン達を眺める。

 もう少しでゴブリン達を労働から開放してやれたのだが、惜しい事をしてしまった。あの四人の装備を人数分に分けて褒美として与えれば箔がつき、コンテナ持ちから開放しても殺される事はなくなっていた筈だ。速度も上がり、いい事尽くしの予定だった。

 しかし仕方がない。目の見えなくなった連中をここに放置して、いつまでかかるかわからない行動に走る訳にもいかなかった。


「あいつらはどうなりましたか?」


 ターシャが訊ねてくる。


「逃げたが心配するな。向かう先が同じならいずれ会うだろう。その時に精算させる」

「追いつけるでしょうか?」

「これまでの速度では無理だ。隊を二つに分けるしかあるまい」


 オーガが一体殺されたのならトトをまた送るのは止めておいた方がいい。殺せる可能性はあるが被害が出るだろうし、なにより確実性がなかった。


「荷物を運ぶゴブリン達とオーガを護衛に残す。残りは俺と共に奴等を追うぞ」


 トトを呼んで命令する。


「ゴブリンを守って後を追ってこい。ゴブリンが死んだ場合はお前達で荷物を運ぶんだ」


 トトは不満げながらも頷いた。


「従っている奴等の世話もするんだ。面倒だからと殺すなよ」


 早く追いつくためにゴブリンを始末して自分達で運んでくる可能性があるので云っておく。速度を上げなければ部隊が死地に晒されるのならともかく、大人しく従う連中を無意味に殺すのはシドの本意ではなかった。


「視力が戻るまで小休止にする」


 シドはどっかと腰を下ろした。こういう時に上が立ったままでは下の者は寛げないのだ。上が堂々と休む姿を見せることによって初めて下の者も気を休める事が出来る。

 もうじき日が沈む。シドは空を見上げながら思った。

 

 ――今夜は奴等にとってさぞやいい夜になるに違いない。

      

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