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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
61/125

森にて―命令―

 ――アキム達を連れて来い


 トトの頭の中でシドの言葉が何度も何度も繰り返し木霊する。

 丸太のような足で地を蹴り、枝をへし折りながらトトと五体のオーガ達は駆けた。

 通常ならば殺すであろう他の生き物と遭遇しても目もくれなかった。五体のオーガはただ付き従い、トトの頭にはシドの言葉しか存在しなかった。

 この近辺では最上位、しかも隠密行動の命令もない。ドスドスという足音を響かせながら六体は走り続ける。

 腹が減っても喉が渇いても止まらなかった。この集団のリーダーはトトで、トトが止まらない限り他のオーガも止まらない。止まれないのだ。

 トトは大柄な身体とオーガという種に相応しく頑健で、人間やエルフとはあらゆる面で耐久力は上だった。

 馬のような速度で、馬よりも粘り強い。六体の通った跡は明白で、それをシドが追ってくるだろう事は想像するに容易く、それを思うとトトの肉体はこれまでにも増して気炎をあげるのだった。

 一体どれだけの時間を走っただろうか。少なくとも時を告げる鐘の二つ、三つは鳴ったであろう時間一心不乱に動き続けていた足が止まった。

 トトが止まると自然、後ろのオーガ達もそれに倣った。さすがに荒くなった息を吐く。

 トトの潰れたような鼻がヒクヒクと動いた。

 臭いがする――と、トトは思った。嗅いだことのある臭いと、嗅いだことのない臭い。人間と、エルフと、金属の臭いだ。緑の臭いと小さな動物達の臭いにまぎれ、それが鼻腔を刺激した。

 森に住む四足の獣ほどではないが、オーガの五感は人間やエルフとは比べ物にならない。それがトトに教えてくる。

 獲物の臭いだ。トトの本能が囁いた。今すぐまっしぐらに駆け、血と臓物の雨を降らせたいという衝動が湧き上がり、戦斧を握る腕の筋肉が盛り上がる。

 一方で、嗅いだことのある臭いが頭の中に木霊していた言葉と結びついた。それは暴れだそうとする本能を強固な鎖で縛り付け、トトに冷静さをもたらす。


 ――アキム達を連れて来い


 これは群れのリーダーが放った言葉だ。それが出てくるという事は、この臭いこそがアキム達だと、トトは思った。この臭いの元を連れて行くのだ。

 火傷しそうなくらい熱を持った吐息が出てくる。嗅いだことのある臭いは連れて行く。では嗅いだことのない臭いはどうすべきだろうか――

 殺そう――と本能は云った。殺してはいけないと命令されていないし、なにより邪魔をするかもしれない。

 連れて行けなくなるかもしれない――と理性は云った。相手が自分より弱いという保証はない。負ければ連れて行くのは無理になる。

 凶悪な顔をさらに歪めて葛藤するトトを、他のオーガ達が不思議そうに見た。五体のオーガに最初から共に行動していた二体は含まれていないのだ。トトは直接命令されたが、あの二体は違う。故にシドと行動することを選んだ。

 とりあえず殺してみよう――トトは悩んだ末にそう決めた。殺せるなら殺し、殺せないなら臭いの元を連れて行けばいい。

 そう決まるとトトの頭はすっきりした。笑顔を作って、


「ガルァッ!!」


 と戦いが近いという事を知らせる。五体のオーガが連れて行く臭いの元を殺してはいけないのでそれも教える必要があったが、今は無理だ。

 狩りの本能に従って、トトはなるべく音を立てないように走り出した。臭いが段々強くなり、強くなるほど足音は小さくなっていった。

 人間やエルフよりも遥か先を見通せる目に、木々の隙間からチラチラと瞬く誰かの背中が見えた。

  

  









 振り下ろされる棍棒を盾で弾いたマリオは、右手の剣でゴブリンの頸部を深く切り裂いた。吹き出した血を避け、後ろをチラリと確認する。

 ビットリオが戦鎚で同じくゴブリンを仕留め、ヒックとジェイリンはエルフと女の子の傍でつまらなそうにこちらを観察していた。

 生き残ったゴブリンを睨みつけると慌てて背を見せる。樹木を避けて逃げる相手に、剣を鞘に戻して体に巻いた革ベルトから投擲用の短剣を抜いたマリオは、肘を曲げ鋭い声を発して投げた。

 木々の隙間から見えるゴブリンの背中に刃が深く食い込み、カン高い鳴き声をあげて倒れる。マリオは慎重に近付くと背中に足をかけ、捻りながら短剣を引き抜いた。

 マリオが皆の所へ戻ると、マリーディアが表情を緩めるのがわかった。


「そう心配することはない。この程度の相手にやられたりはしない」


 不安を解消する為に発せられた言葉を耳にしたヒックがマリーディアに向き直る。


「そうそう。魔法を使うまでもなかったしな。森の浅い所にいる奴等ならどれだけ来ようが大丈夫さ」


 エルフが住むという事は、少なくとも彼等が集団になれば勝てる魔物しかいないという事だ。ヒックの言葉は自信に溢れている。

 遣り取りに耳を澄ましていたターシャが目を細めて四人の武器を観察するのにマリオは気づいた。しかし別に隠すような理由もないし、武器を見ればわかる事だ。逆に用心してもらった方が迂闊な行動に出ないだろうと踏んでそれを無視する。


「それより急ごう。水や食料が無限にあるわけじゃないんだからな」


 マリオが云うと、皆はゴブリンと出会う前のように並んだ。


「さっきと同じ方向でいいんだな?」

「はい」


 エルフに方向を訊ね、歩き出した。

 無言で進むマリオ、ビットリオ、ジェイリンの三人と違い、


「ねね、マリーちゃんはどこから来たの?」


 これまでの道中と同じようにヒックが後ろを向きながら質問を浴びせると、少女は云い淀む事なく、


「ワタシ達はミルバニアの王都から来た」

「へえぇ。二人だけで旅をしてるのかい?」


 最後尾のターシャが渋い顔をするのに構わず、ヒックは会話を続けた。これまでの道程で少女が出会う者全てに警戒心を抱くような性格ではないことはわかっていた。後ろのエルフは違うようだが、あからさまに話すなとは云えまいと予想して。


「違う。もっと大勢いたのだが、はぐれてしまったんだ。ワタシが森に駆け込んだせいで……」

「大勢? 商隊でも組んでたのかい? エルフがいる商隊なんて珍しいけど」

「いや、商隊じゃなくて――」


 マリーディアはなんと言葉にすればいいか少し迷い、


「――傭兵団? たぶんそうなると思うんだが……」

「傭兵団? 王都から来たってことはミルバニアの傭兵団って事?」

「そう……かな?」

「ふーん。ミルバニアの傭兵団ねぇ……」


 王都から出て南に下っていたということは何かの依頼を受けていたのだろうか。しかしそれを直接ぶつけるのは不自然だ。マリオが自分から目的を話したのは信用してもらうという理由があったからであり、ただの興味本位で訊ねるのは非常識だし、最悪、実は知る必要があると勘ぐられかねない。

 質問は相手の情報を得られるだけではないのだ。何を質問したかによって訊き手が何に興味を持っているかという情報を相手に与えることにもなる。

 共に行動している今、立ち位置をわざわざ白や黒に近づける必要はない。灰色のままで十分だった。

 こちらからは好奇心にしか見えないような言葉を投げかけ、向こうが自分から話すように仕向けさせる。ヒックはさも自分達の強さを自慢したがっているという風を装い、


「ならマリーちゃんは運が良かったよ。俺達は数こそ四人だけど、全員が魔法を使えるしね。元々いた所より俺達と一緒にいた方が安全だ」

「そうかな……?」

「勿論そうさ! あ、でも村までしか一緒にいられないか……」


 ヒックはポンと手を叩いた。


「――そうだ! 俺達と一緒に来なよ! 村で用事を済ませたら街へ戻るんだけど、そこで仲間を待てばいい! 仲間を探して二人でうろうろするのは危険だよ?」

「いや、エルフの村まで行けば会える筈だ」

「え? そうなの?」

「うむ。元々そこに行く予定だった――」

「――ちょっと」


 唐突に、ターシャが割り込んでマリーディアの言葉を中断させた。










「――ちょっと」


 つい我慢出来ずに割り込んだターシャだったが、続く言葉が出てこずに云い淀んだ。仲良く話すなと云って雰囲気が険悪になるのは好ましくない。相手がどう主張しようがこちらの運命が向こうの意志次第という事実は消えないのだ。


「……喋ると体力の消耗が早くなりますよ」


 結局、じっと見つめる軽薄そうな男とマリーディアにそれだけを云った。

 ヒックがつまらなそうに鼻を鳴らし、マリーディアはそこまでヤワじゃないと目で語る。

 ターシャはもう一人で行動した方がマシな気がしてきたが、それを云い出した途端四人の態度が豹変しては目も当てられない。

 見た限りマリオとビットリオは三十代、ヒックとジェイリンは二十代だ。ヒックを除く三人は理知的で感情の抑制が効いているように見える。だがこれは果たして幸運なのか否か。抑制が効いているという事は、不用意な発言もしないということである。

 向こうの狙い目はヒックで、こちらはマリーディアだ。もしヒックの相手をするのがミラだったらターシャは安心していられたかもしれないが、マリーディアでは話にならなかった。口を閉じておくという選択肢も取れないのかと思う。

 マリーディアがこの四人を困っている時に助けてくれた人達としてしか認識していないのが問題なのだが、これは別にマリーディアが悪いのではないというのもわかっていた。

 マリーディアは街で育った貴族の家の娘だし、今となっては自分が共に行動している集団が国から追われているという情報も与えられていないのだ。親切にしてくれた人間を一方的に警戒しろと求めるのがおかしいのだ。

 出会った時に彼女がターシャに云ったように、襲う気ならいつでもその機会はあった。警戒する理由を訊かれても、ターシャには相手が人間だから、としか答えようがない。エルフならともかく人間のマリーディアにそれを理解しろというのは無理な話だ。

 故に、ターシャは再び目の前で始まる会話を黙って見ているしかなかった。今のところはたいした内容ではないが、それだってターシャの持つ情報で判断した物に過ぎない。相手には相手の判断基準が有り、情報がある。それに通された結果、どのような答えが導き出されるかはわからないのだ。

 基本人間は敵とみなしてきたターシャにとって、味方でも敵でもない人間と行動することは非常に神経を使った。アキムやキリイは人間だが、味方だというのは理解している。シドという存在を通すことによって彼等はターシャ達と同じ位置に落ちてきたからだ。

 アキム達と出会った時、あの二人の命はシドに握られていたも同然だった。種族の差など気にしないシドの前にあってはエルフであるか人間であるかは些細な違い、どころか問題にすらならない。シドにとってはターシャ達はエルフである以前に弱者であり、アキム達は人間である以前に弱者だった。種族云々の前に、一生物として同じ位置に存在していたのだ。

 そういう意味では立ち位置の定まらない人間と長時間行動を共にするのはターシャにとって初めてと云える。しかも立場上こちらが不利な状況だ。これで精神的圧迫を受けないわけがなかった。

 自分で想像していたよりも、私はシドの傍を気に入っていたらしい――と、ターシャは気づいた。

 あそこでのターシャには何の責任もなかった。村の仲間と過ごしていた時だって役割はあったし、今もこうしてマリーディアという少女の生命に対して責任を負っている。しかしシドの傍では本人すらどうでもいいと思っているフシがある会計係が回ってきただけだ。それも赤字になれば売られるなどという緊張感とは無縁で、金が足りなくなったらただ伝えればいいという認識だった。そうすると男達がどうにかして調達してくるのだ。

 とても仕事や責務と呼べるようなものではなく、ままごとのようだった。小さい時、それだけが課された役割だったように怪我に注意して遊んでいる感じだ。彼の非常識さに目を瞑る事が出来るなら、あそこ程居心地のいい場所はない。

 きっとサラもそれを感じている、と思う。彼女はあの集団の中で特に我侭な部類だ。シドの下には今の所序列がない。サラの上には姉であるミラを例外とすればシドしかいないのだ。つまりシドにしか遠慮する必要がない。そして我侭な振る舞いで敵を作ってもシドの元に逃げ込むだろう。

 そんな事を考えていたからか、それとも四人が警戒しているから油断していたのか、ターシャが後ろから迫る足音に気づく前にヒックが叫んだ。


「――オーガだぁっ!!」

「――え?」


 いち早く気づいたヒックの手には、いつ持ったのか、既に武器が握られている。

 弓を持って後ろを振り向いたターシャは、土を抉りながら走ってくる先頭のオーガを見て目を見開いた。


「――嘘っ!?」


 大柄な身体に戦斧。オーガの姿など覚えるほどに何度も直視したことがある者は少ない。殺すか殺されるか、だからだ。しかし向かってくるオーガには見覚えがある。という事はつまり――


「こっちに来なさい!!」


 ターシャは弓を構えずに硬直するマリーディアの手を引っ張った。マリオ達のいる方ではなく、オーガの方へ向かう。


「馬っ鹿野郎!! 死にてーのか!!」


 ヒックが助けようとやってくる。

 ターシャが脇に避けると先頭のオーガは素通りした。すれ違う際、眼球が微かに動きターシャを捉える。


「グルグ!!」

 

 オーガが吠えた。

 やっぱり――とターシャは確信した。同時に他のオーガが二人を抱え上げ、一目散に来た道を戻り始める。 


「GAAAAA!!」


 さっきまでいた場所で、見覚えのある戦斧が渾身の力を込めて振り下ろされる。

 マリーディアを助けようとしていたヒックが迷わず自分の防御に切り替えた。 

 交差させた短槍と鈍く光る戦斧がぶつかり合い、火花を散らした。

 

    


  

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