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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
60/125

森にて―偵察―

「……少し待て」


 先頭を歩き、皆を先導していたミエロンはそう云うと手をあげて歩みを停止させた。足の下には普段村のエルフ達が踏みならした小道がある。


「おう、どうした? 重てーんだからさっさと進んでくれよ」


 シドの荷物を地面に置いたヴェガスが額の汗を拭いながら前にやって来た。


「……これを見てくれ」

「あん?」


 ヴェガスはミエロンが指し示した地面に目をやった。踏まれて硬くなった土がほじられたようになっている。


「……靴跡か」

「そうだ。我々はこのような靴を履かない。それにこの先には村しかない」


 遠く離れた場所なら偶然も考えられたが、これは違うだろう。


「深く鋭い。武装している可能性がある」

「森で武器を持たないで歩く奴なんざいねーよ」


 ヴェガスは鼻で笑うが、ミエロンは首を振って否定した。


「これはどう見てもスパイクの跡で、こんなものを履いて森に来るのは人間くらいだ」


 そもそも村は金属の流通量に乏しく、靴にまで使用する余裕はない。足跡の主がこの森のエルフでない事だけは確かだった。


「なら人間が来たんだろ」

「そうだ。そして村に来る人間は大抵ろくな事を考えていない。稀に古い知識を求めて訪れるまともな人間もいるが、大抵はどうにかして外にエルフを連れ出そうと考える輩ばかりだ。そういった奴等は自分の思うように事が運ばないと知るや力にものを云わせる」

「ふん。まるでシドみたいじゃねえか」

「………」

「それでどうすんだ? まさか引き返すとかバカな事は云わねえだろうな」


 もし云ったら殴る。口にはしないが語気からそれが読み取れるような云い方だった。ミエロンはここで皆には一度待ってもらい、一人で様子を見に行こうと思っていたが考え直した。結局、村で何が起きていようとも自分には彼等が行くのを押し止める事は出来ない。それに、もし最悪の事態になろうとも死ぬのは彼等だ。

 ミエロンにとって優先すべきは家族の命、次に同胞だった。村にいる妻は気になるが、そちらは今更急いだところでどうにかなるものではない。ヴェガス達が構わず進むなら村への対策は良しとし、傍にいる息子と娘の安全を確保すべきだ。


「行くのは構わないが、危険かもしれないとわかっているのだ。レントゥス達をほいほいやるわけにはいかない。まず俺やあんた達で行く。それでいいか?」

「……しょーがねえ」


 ヴェガスはしばし考え答えた。


「居たってたいして役に立つわけでもねーしな。お前と他の二人が代わりになるんならそれでいいぜ」


 ヴェガスが云う二人とはミエロンと共に王都に来たエルフ二人の事だろう。


「それでいい」


 ミエロンは頷く。自分達の住む村の事である。あの二人も嫌とは云わない筈だ。


「では様子を見に行く者を選出してくれ。あの、牢獄から一緒に逃げて来た男達と娘を一緒に置いておくんだ。信用できる者を残して欲しい」

「そうだな……。アキムがあんな調子だから、あいつを残しとこう。いくら機嫌が悪いといっても目の前で団員が襲われてたら見過ごしにはしないだろ」

「アキム? あの妹妹云ってる男か?」

「そうだが」

「……他にはいないのか?」

「他っつってもな……。あとはミラとサラしかいねーぞ」

「ミラ達か……」


 あの姉妹とは久しぶりに顔を合わせたが、村にいた頃とは微妙に違っていた。元々二人で固まって行動し、何を考えているかわかりにくいところはあったが、ここまでではなかった。特に感情を表に出さない姉の方はそれがより顕著だ。

 ミエロンは渋々と了承する。何を考えているかわからないが最も頼りになる男と、この集団にいたエルフで最も年長者だった者が同時にいなくなったのは痛かった。


「決まりだな。んじゃ――」


 ヴェガスは背後に向けて叫ぶ。


「――おう! アキムとキリイとミラはこっち来い!!」

「……もう少し静かに話せないのか」


 非常に先行きが不安だ。

 ヴェガスがやって来た三人に説明している間、ミエロンはレントゥスとレティシアを呼んだ。


「お前達はここで待て。村の様子を偵察に行ってくる」

「なら僕も――」

「いや、お前はここでレティを見てるんだ」

「でも――」

「云う通りにしろ! それともまさか妹をここに一人残して行くつもりか?」

「………」

「もしもの場合はシドという男の元へ行け。あの囚人達とは一緒に行動するんじゃないぞ」

「でも父さん、あいつは――」

「ナグダムを殺したあの男を恨む気持ちはわかるが、彼は同時に俺やレティの恩人でもある事を忘れるな。お前は恩を仇で返すつもりか?」


 息子から聞いた戦いの経緯を考えれば、あの男は寧ろ上等な部類だ。人間の街で堂々と姿を晒すエルフを五体満足で生活させていたという事実の前には友の戦死など霞む。

 そもそもエルフを悪い意味で特別視しない者との戦闘で死んだのだ。そこには下卑た欲望はなく、その恨みだけを一方的に主張するのは恥ずべき事である。


「恨みは一つ。恩は二つ。差し引きすると残るのはどちらだ?」

「………」

「残るのは恩義だ。もしどうしても恨みをぶつけたいのなら、恩を二つ返してからにしろ。どちらかが死んでしまっては何も出来なくなる」


 云いはしたものの、もしそうなっても力尽くで止めるつもりだ。レントゥスとあの男では役者が違い過ぎる。逆立ちしても勝てないのは明らかだった。


「レティもいいな。男達が少しでも不穏な様子を見せたら躊躇せずこの場から逃げるんだ。俺を待とうなどとは考えず、自分の身を優先しろ」

「わかりました」


 ミエロンは他に云い忘れてることはないだろうかと眉間に皺を寄せた。

 その光景にレントゥスが、


「こっちにはミラ達もいるから大丈夫だよ」

「……そうか」


 まだ心配そうな様子を隠さないミエロンだったが、時間切れだ。ヴェガスとキリイがやって来たのでミエロンも街について来てくれた同村の二人を呼んだ。

 五人で輪になって作戦を決める。


「考えたってしょうがねえ。とりあえず村に入っちまおう」


 ヴェガスが云うとキリイが反論した。


「人間が来てるから偵察に行くんだろ? ここはまず俺が迷ったふりをして村に入った方がいい」


 それは中々いい手だ――ミエロンは賛同の声を上げた。しかし、


「駄目だ駄目だ! いきなり襲われたらどーすんだ!! 俺が護衛してやる!!」

「………」

「………」


 ミエロンとキリイは顔を見合わせる。ヴェガスはどうしてもついて行きたいらしい。ひしひしと伝わってくる。


「まぁ、道に迷ったって理由の支障にはならないだろうが……」

「そうだぜ! それに森を一人で行動してる人間なんて怪しんでくれと云ってるようなもんだ!」

「……それより少し静かに話せないのか?」


 何故いちいち叫ぶ必要があるのか。ミエロンには全く理解できなかった。


「じゃあ村の様子が見える場所まで案内する。ついて来てくれ」

「おう!!」

「………」


 ミエロンが先導し、道を外れて村の方へ進む。途中迂回して木々の生い茂った緑の濃い方へ向かった。しばらく歩いた後、姿勢を低くして村の近くに。潅木の上から頭半分を出して村の外周を窺う。


「……誰もいない」

「俺にも見せてみろ」


 ヴェガスが真似をして頭を出した。


「ふーむ。占領されてんじゃねーのか?」

「適当な事を云わないでくれ! 死体や血痕が全然見えないだろうが!」

「馬っ鹿野郎!! でかい声を出す奴があるか!!」


 ヴェガスの胴間声が朗々と響き渡り、その場にいる四人は青くなった。


「ミエロン。誰か来た」


 エルフの一人が云った。村の奥から男が一人歩いてくる。遠目にもキラキラと光を反射する鎧と兜をかぶっているのがわかった。上衣を羽織り、いかにも森に似つかわしくない出で立ちだ。


「兵士だ」


 ミエロンが呆然と言葉を漏らした。

 兵士は慎重に木々の間に目を凝らしている。中々近付いてこようとしない。


「よし。行けキリイ」


 ヴェガスが云うとキリイは首を振って、


「今立つのは怪しすぎる。あの兵士がいなくなってからにする」

「いついなくなるんだよ?」

「そんな事俺が知るわけないだろ」

「くそっ。俺は待つのは嫌いなんだが……」

「………」


 時間をかけたらまずい事になる。キリイとエルフ達は心を同じくした。


「良い事を思いついたぜ」


 ヴェガスが目を輝かせて四人を見た。


「あいつを殺して着ている物を奪おう。んでキリイ、それをお前が着て村に入るんだ」

「迷ったふりは?」

「問答無用で始末されてもいいなら好きにしな」

「……鎧を奪おうか」


 キリイは即決する。ヴェガスの指摘は尤もだった。森でこそこそ動いている軍はどう考えても質が悪い。


「どうやら俺がついてきて正解だったようだ」


 重々しく述べたヴェガスは口に手を当て、大きく息を吸い込んだ。


「GIGYEー!!」


 いきなり間近で発せられた鳴き声に一同はギョッとする。しかし兵士の足音が近づいてきたので驚きを押し殺し、息を呑んでその時を待った。


「おい! 今のは何だ!?」

「あの辺からした筈だ」


 兵士が二人に増えた。


「………」


 ヴェガスは気まずそうに目を逸らし、


「……二人一緒に始末すれば問題ない」


 五人が身を潜める潅木の側に兵士達が近づいてくる。


「魔物かもしれないから用心しろ」

「わかってる」


 向こう側から剣が突き立てられ、何度目かでそれがヴェガスの頬を浅く切り裂いた。

 頬を触ったヴェガスは、その手に赤い物が付着しているのを知るや、


「こ、こここのクソ野郎がぁっ!!」

「――え?」


 立ち上がって兵士の頭を掴み、腕力に物をいわせて捻る。

 呆気に取られたエルフ達と違い、キリイの反応は早かった。潅木から飛び出してもう一人に躍りかかる。


「敵だ――」

「大人しくしやがれ!!」


 キリイは叫ぼうとする兵士を地面に転がすと殴りつけた。


「この野郎! この野郎!!」

「貴様っ――」

「死ねこの野郎!!」

「て、敵しゅ――」

「さっさと死ね!!」

「くそっ……」


 兵士はまともに叫べないと悟るとキリイと拳の応酬を始める。馬乗りになったキリイが怯んだところで位置を入れ替える。


「死ぬのは貴様だっ」


 上から拳が振りおろされ、キリイの鼻から血が流れ出た。

 キリイはなんとか上になろうとするも、鎧を着て篭手を填めた相手との殴り合いは軽装のキリイには厳しいものがある。


「どうしたどうしたっ」


 一方的に殴られ、キリイの手の動きが段々弱々しくなっていった。


「ハッハッハ――」

「なにやってんだ手前ぇ」


 高笑いする兵士の頭をヴェガスが掴んだ。左手で押さえ、空いた右手にぎりぎりと力を込める。


「調子に乗ってんじゃねーぞこらぁっ!!」

「――へぐっ」


 喉に拳が埋まり、首が変な角度に曲がった兵士は飛んでいって動かなくなった。

 ヴェガスとエルフ達は気の毒そうにキリイを見下ろす。


「……大丈夫か、オメー」

「………」


 キリイは右手をあげて無事を伝えるとムクリと起き上がった。顔が血塗れで晴れ上がっており、どう見ても大丈夫そうに見えない。

 ヨロヨロと歩き、落ちている剣を拾って倒れた兵士の元へ行くと兜を脱がす。あらわになった顔を、細くなった目でじっと凝めてから、剣を振りかぶって何度も何度も斬りつけた。

 兵士の顔を親でも見分けがつかないようにした後、


「むがぁーっ!!」


 と叫んで剣を突き立てる。そして懐をまさぐって財布を奪った。


「その……なんだ。とりあえず一旦戻るか……」

「……そ、そうだな」


 ヴェガスが云うとエルフ達は一斉に頷いた。












 ――数とは力である。

 シドは己に付き従う者達を見てその言葉を思い出し、怪しいものだと首を振った。

 周囲には大勢のゴブリンやオーク、そしてオーガがいた。後ろにも前にも横にもいる。直近を最初に集めたオークやゴブリンがコンテナを持って歩いている。それを囲むように三十程のオーガが占め、その外にオーク、最外縁にはゴブリンがいた。おそらく先だっての戦いで減らしてしまったからか、オーガの数が最も少なく、そして合流してから唯一増えない。オークとゴブリンは何故か今も増え続けている。行き先を決めるのはシドなのに前を歩くものだから、時折前と左右が入れ替わった。

 おそらく何らかの集団心理が働いたのだ。彼等は皆弱肉強食を地で行く生活を営んでいる。通常ならば上位者からは逃げるが、同族が死なずに付き従っているとしたらどうだろうか。特に外側にいる者達は、殺されるなら近い側から――と思っている筈で、安全だと信じているのなら同族が付き従う理由や大きな群れに属することへの安心感からこの集団に留まるのもおかしな事ではない。その推察を裏付けるように、現在いる種族以外の生き物は出会った瞬間命を奪われていた。

 周り中から聞こえる奇声を無視しながらシドは先を進む。予定よりだいぶ遅くなってしまったどころか、現在進行形で速度は落ち続けている。

 原因はわかっていた。荷物を運ぶ役を負ったオークやゴブリンが交代しないからだ。どういう思考を辿ったのか、数が増えるにつれ、彼等の中ではシドの荷物を運ぶ役が特別視され始めた。最も内側――オーガにすら守られている位置――にいるからか、はたまた単に光る物が好きなのか。

 シドが一度強引にコンテナを取り上げたら、それを運んでいたゴブリンはオーガの輪から出た瞬間八つ裂きにされた。彼は今、オークの腹の中にいる。

 役目を取り上げることは見捨てたと見られるのだ。それに気づいてからは交代はなしでやってきたが、さすがにこのままでは問題があった。


『交代しろという命令を無視してますから、始末してはどうでしょう』

「(そのやり方だと交代の度に間引かなければいけなくなるぞ。それにコンテナを運ぶから殺さなかったのだ。運んだ後に殺すという行為を繰り返せば誰も運ばなくなる)」


 ドリスの云うようにすれば、荷物を運ばなければ殺され、疲れて交代しても殺され、交代しなくても殺される。いくら知能が低いとはいっても、これは気づくだろう。 


「(要はアキム達と合流できればいいのだ。俺が向こうに合わせるのではなく、向こうが俺に合わせればいい)」

『具体的には?』

「(オーガを先行させてこちらに呼ぶ)」


 これはどの道そうしなければならない事だ。今のまま出会ったら問答無用で前部は襲いかかる。


『今の速度で増え続けた場合、糧食の問題が生じますが……』

「(共食いさせればよかろう)」


 どんな役目を背負っていようが、どんな種族であろうが、脱落したら食われる。彼等には馴染みやすいやり方の筈である。


「(弱者は淘汰され、強者だけが生き残るのだ)」

『雌の個体はどうしますか?』

「(変わらん。戦場に出るなら雄と同じに扱う)」


 シドは初期からいる大柄なオーガを呼んだ。凶悪な顔を見上げながら、


「仲間を何体か連れてアキム達を探してこい」

「ワカッタ」

「ふむ……」


 顎に手を当てて考え込む。数が増えたし、これからこのオーガにはまとまった人数をつける事になるだろう。


「(呼び名がないと不便だな)」

『よくぞ相談してくれました! 私が決めましょう!!』

「(機会(チャンス)は一度だ)」

『そんなぁ……』

「(それが名前か。ドリスと同じでセンスのない呼び名だ)」

『ちょっと待ってくださいよ!! 今のは名前じゃありませんって!! それとさりげなく馬鹿にしないでください!!』

「(冗談だ。さっさと云え)」

『マスターの冗談はわかりにくいんですよ。……トト、でどうでしょうか?』

「(………)」

『……駄目ですかね?』

「お前の事を今からトトと呼ぶ事に決めた」


 シドはオーガに手を振って行けと促した。


『全く素直じゃないんですから!』


 トトと名前の決まったオーガが仲間に声をかけて走り去る。五体が後を追って行った。


「さて――」


 しばらくして、シドは振り返って左手に持った槍を構えた。シドが立ち止まった事で群れ全体が停止する。

 視界内にオーガ数体がそれぞれの武器を弄びながら笑っている姿が入った。


『ああっ!? こいつら――』

「(構わん。当然だ)」


 新しく集めたオーガ達が付き従っていたのはあくまでもトトである。彼等にはシドに従う理由がないのだ。

 近くにいたオークとゴブリンが戦いの気配を感じ取り慌てて距離をとった。

 一体が前に進み出てシドと対峙した。長柄の斧を両手に持ち、視線を槍に固定してじりじりと近寄って来る。

 黙って佇むシドが攻撃範囲に入ったとみるや、最短の動作で突いてきた。

 シドは衝撃に備えながら同じように槍を突き出す。

 斧の上端がシドの胸部で止まると同時にオーガの腹に槍が突き刺さった。


「ガハ――」

「だいぶ食いでがありそうだな、これは」


 槍を振ってオーガを投げると、観戦していたオークとゴブリンがわっと落下地点に群がる。


「GAAAAA!!」


 立ち上がろうと片膝をついたオーガの頭に石斧が食い込んだ。雷に撃たれたように身体を硬直させたところに蟻のようにまとわりつく。腹の穴に腕を突っ込んで内蔵を引きずり出し、まだ繋がったままのそれの奪い合いが始まった。


「次はどいつだ」

 

 シドが驚いた様子のオーガ達に云うと、さっきの獲物からあぶれたオークやゴブリンがドンドンと武器を地面に打ち付ける。

 突如出現した闘技場に、オーガ達はやっと立場を悟った。ここでは王者は目の前の男で、自分達は挑戦者だった。しかも敗者は観客に食われるのだ。

 目を血走らせて涎を垂らす観客は、武器を捨てた途端襲いかかってきそうな程興奮している。

 覚悟を決めた一体が前に出ると、開始の合図とばかりに誰かがコンテナを打ち鳴らした。

  


 


 

  

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