道中にて―飴と鞭―
ローマ字の方が迫力出そうだから雄叫びだけそうしたのですが、読みづらい等々思う人もいるかもしれません。
しかし修正するとなると最初期の頃に遡らねばいけませんので、とりあえずこのままいこうと思います。
地表に向かって斜めに穴を掘らせ、そこから大量の荷物を運び出す。槍とナイフは使い勝手がいいのでそのまま持っていくが、そうするとシドが持てる荷物は右手で扱えるひと箱になってしまう。
シドは目の前に積まれた、差し込む陽光を反射してきらきらと輝いている弾薬コンテナを眺めた。
『……それで、どうやってこれを運ぶんです?』
「(俺が運ぶのが無理なら他の者に運ばせるしかあるまい)」
槍でコンテナをガンガン叩くと、森に不釣合いな音が響き渡り、周囲から生き物の鳴き声が消えた。
シン、と静まり返った森の中、黙って待つ。
『あのー、一体何を……』
「(すぐにわかる)」
程なく、ガサガサと下草を踏み分ける音がして背の低い人影が姿を現した。
現れた生き物――ゴブリンは忙しなく当たりを見回し、荷物の前で突っ立っているシドに気がつくと、
「グゲェェェ!」
と叫んだ。
背後からわらわらと仲間が湧いて出る。腰布しか身につけていない者、武器しか持っていない者などてんでバラバラの服装で、最初の個体と同じくシドを目にした彼等は一様に目を輝かせ、周りを囲むようにしてにじり寄ってきた。
シドは槍を置き、用意してあったワイヤーを手に取った。両手に持って左右に張れば、ギシリと悲鳴をあげるワイヤー。
運び人がやって来たのだ。
「ギエッ!」
大柄な身体を持ったゴブリンが指示らしき声をあげると、周囲のゴブリンが一斉に襲いかかってきた。殴りかかり、噛み付き、欠けた刃で刺そうとする。
シドはそれらを全て無視し、適当に一体を捕獲した。暴れる身体を押さえつけ、抱きしめるようにして右手でワイヤーを首に巻き、ワイヤプラーを使って適度に締め上げる。
そして簡単には折れそうにない太さの幹に当たりをつけ、そこまで引っ張っていく。
「ビィィィッ!!」
捕獲されたゴブリンは首輪から伸びたワイヤーを掴み、必死に足を踏ん張って抵抗した。ズルズルと地面に線を引きながら連れて行かれるその姿に、仲間のゴブリンが加勢に入る。
俺が綱引きで負ける筈がない――と、シドが意にも介さず歩を進めると、
「ゲェェェ」
絶息するような声が聞こえた。
背後を振り向くと、意識を失ったゴブリンを、それでもめげずに仲間のゴブリン達が引っ張っている。
シドは急いで駆け寄った。ゴブリン達が蜘蛛の子を散らすように離れる。
気絶したゴブリンを寝かせ胸に手を当てたが、動いていない。どうやら死んでしまったようだ。
『マスター、心臓マッサージを!!』
ドリスの言葉に、死んだゴブリンの代わりなどいくらでもいると考えていたシドはハッとした。
呼び集めるより蘇生した方が確かに速い。
「(うむ)」
しかし、返事はしたものの、解析線を当ててもどれが心臓なのか皆目見当がつかなかった。体液があるなら循環させるポンプもあっておかしくない。人型で、それなりの大きさを持つなら必要な臓器は大して違わない筈だ。
『その大きいのが心臓だと思います!』
ドリスはやけに断定的だ。
だが、シドは首を振った。
「(いや、大きさからいってこれは肺だろう)」
『肺はその二つあるやつでは?』
「(肺が二つとは限らないではないか)」
『それを云うなら心臓だって二つあるのかもしれません。さらに云うなら胸の部分にはないのかもしれないんですよ?』
「(……心臓からは血管が伸びている筈だ。つまり、これだ)」
胸の中央のそれらしき臓器のある部分を指差したシドは、
『えー……』
というドリスの声を聞き流し、拳を作るとそっと押し当てた。
『ちゃんと手加減を忘れずに!』
「(わかっている)」
まず軽く叩いた。ゴブリンの肉体が揺れるが、息を吹き返す様子はない。
『手加減し過ぎです! もうちょっと強く!!』
「(任せておけ)」
少し強く叩いた。ゴブリンの肉体が大きく揺れるが、生き返る様子は微塵もない。
『何をやっているんですか!! 強く!! もっと強く!!』
「(………)」
さらに強く叩くと、衝撃で肉体が跳ね上がり、ガボッと音がして口から何かが飛び散った。
「(む、生き返ったか!?)」
『………』
シドは立ち上がると首にかかったワイヤーを引っ張った。
「さあ、立つんだ」
上半身だけを持ち上げられたゴブリンは返事をしなかった。口からダラダラと血を垂れ流し、首がぐにゃりとしている。
「(………)」
『………』
後ろから引っ張らなければこんな事にはならなかった。シドは無言で死体の首からワイヤーを回収し、
「お前達、よくもやってくれたな」
ゴブリン達に向けて云った。憎々しげに睨みつける彼等と睨み合う。
湿気を含んだ風が、対峙する両者の間を吹き抜ける。
「GAAAAA!!」
痺れを切らした大柄なゴブリンが手斧を振りかぶって走ってきた。先程相手にならなかった手下のゴブリン達は息を呑んで様子を窺っている。
シドは振り下ろされる手斧を手で払い、素早く首にワイヤーを巻きつけた。
「ギアアアアッ!!」
指揮官ゴブリンは暴れに暴れた。それを力づくで押さえつけ、さっきの二の舞にならないよう、今度は肩に担ぎ木の側まで運んだ。幹にワイヤーを結び、簡単にはほどけないようきつく締める。
残りを回収にかかると、先程までとは一転、襲う者から襲われる者に変化を遂げたゴブリン等は算を乱して逃げた。
背後から首に腕を回し二体を確保する。片方を地面に転がし、逃げられないように足を載せてもう片方にワイヤーを取り付け、それが済むともう一体にも首輪を取り付けた。それ以外のゴブリン達は木々の中に姿を消した。
これで運び手は三体となったが、
「全然足りんな」
幹に結びつけながら一人ごちる。
『もっと大きな生き物を利用したほうがいいと思います』
「(そうそう都合良くは来てくれん。あるものを利用するしかない)」
荷物の所に戻り、再び槍で大きな音を立てた。
しばらく待つと、再度下草を踏み分ける音がして、何かがやって来る。
「グピピ」
姿を見せた、豚の頭部をもった生き物が鳴いた。
「これだけいれば大丈夫だろう」
シドは木の周りに呼び集めた運び人達を眺めながら満足そうに云う。数えると全部で二十体になった。ゴブリンが十三で、オークが七だ。
初めこそ逃れようと無駄な抵抗をしていたものの、自分達を結びつけるワイヤーが、暴れても、牙を立てても千切れないと悟ってからは皆大人しくしていた。
一番小さな弾薬コンテナを取り、中身を調整した後、近くにいるゴブリンに押し付ける。
「これがお前の担当分となる。丁寧に扱え」
オーガのように簡単な単語なら聞き取れる可能性があるので、きちんと説明した。
ゴブリンは返事をしなかった。無言でシドを睨む。行動の自由は奪われても命令は聞かないぞと、その瞳が物語っていた。他のゴブリンやオーク達は唇を吊り上げてそれを見ている。
「これを持て」
重ねて云うと、ゴブリンは手を後ろに回し、汚い歯を見せた。
どうやら意地でも持つ気はないらしい。シドが黙って押し付けるとゴブリンは後退する。後ろに下がった分、さらに押し付ける。押せば押す程後ろに下がるが、それもゴブリンの背中が幹に当たった事で終わりとなった。
「これを持つんだ」
押し付ける腕に力を込めるとゴブリンの顔からニヤニヤ笑いが消えた。押し返そうとコンテナに手をかける。
「ギイイッ!! ギーッ!!」
コンテナが胸部を圧迫し、ゴブリンは顔を左右に振りたくって叫んだ。
シドは足を地面に食い込ませ、ぎりぎりと押す。コンテナを通して何かが折れる手応えを感じ取った。
目を飛び出させ喚くゴブリンの口と鼻から青い血が出てくる。立て続けに身体の中でポキポキと音がした。
シドはもうコンテナを持ち上げてはいなかった。ゴブリンに向かって押し付ける事でコンテナを保持している。押す事が生きがいである男のようにシドは押し続けた。
ゴブリンがぐったりするとようやっとコンテナを身体から離す。
幹に背中を預けたゴブリンは支えを失い前に倒れ込んだ。胸部はもうぺちゃんこだ。
その様子を静かに眺め、動かないのを確認したシドは別のゴブリンに近づき、
「これがお前の担当分となる」
そう云ってまたコンテナを差し出した。
次のゴブリンは血のついたコンテナを目を丸くして凝め、慌てて両手で抱えた。あまりの重さに前かがみにながら上目遣いでシドの様子を窺う。
シドはその頭に手を載せ、二、三度軽く叩いた。
「その調子だ」
ゴブリンは目に見えてほっとした顔をした。
逆らえば殺されるが、従えば褒めてもらえる。この幸せそうな顔を見れば他のゴブリン達も大人しく云う事を聞くに違いない。シドは次のゴブリンに持たせるコンテナを持ち上げながら作戦の成功を確信した。
飴と鞭によって十二体のゴブリンという運搬人を手に入れたシドは、各々に担当分を持たせた後、次なる相手と向かい合った。
今、目の前には厳つい豚のような頭部を持った生き物がいる。ドリスがオークと名付けたこの生き物は、ゴブリンよりも遥かに大きな肉体を持つ。人間と同じか、横幅を入れれば人間より大きいと云っても過言ではない。
まさに物を運ぶために産まれたような奴等だ。シドは今度は中身を減らさなかった。
「これがお前の担当分だ」
最初に持たせようとしたオークは表情一つ変えずに両手を前に出した。
頼もしい奴だ――そう感心したシドが手渡そうと姿勢を低くした瞬間、
「BUUUUUU!!]
機会を待っていたオークは手を拳に作り変えるとシドの顔面に向かって打突を放った。
シドは敢えて避けなかった。
異様な手応えに怪訝そうな顔をしたオークが、シドの様子を見て失敗を悟り、顔色を変える。
泡を食って逃げ出そうと背を向けるが、足を払われ空中で真横の姿勢を取った後地面に落下した。
シドは身体を蹴って仰向けにさせると、右腕、左腕に足を載せ、相手の動きを封じる。そしてコンテナをオークの顔の真上に持っていき、なるべく高く掲げ、
「これを持つんだ」
そう云って落とした。
絶望に染まった表情で見上げていたオークは死に物狂いで脱しようとシドを蹴り上げていたが、コンテナが落ちてくるのを見て顔を左右に振り、なんとか回避しようとする。
その顔に、重く硬いコンテナがめり込んだ。
「ブガァァァ!!」
「どうした、しっかり持たんと怪我をするぞ」
シドはコンテナを拾い上げた。再び持ち上げ、落とす。何度か繰り返すとオークは静かになった。
ゴブリンの時と同じように次のオークへ向かう。
コンテナを差し出された次のオークはひったくるようにしてシドから奪い取った。そして重さに耐えられずに落とす。
「ブゲェ……」
焦って目玉をぎょろつかせたオークが悲しい声を漏らした。
「気にするな。少し重すぎたようだな」
シドはコンテナを開けると中身を減らす。幾分か軽くなったそれをもう一度持たせると、オークの目がきらきらと輝いた。
六体のオーク全員にコンテナを持たせたが、中身を減らしたせいもあってまだ残っている。シドはゴブリンとオーク達に一度コンテナを降ろさせ、またガンガンと音を立て始めた。
森の中の演奏会だ。出演は、今はまだシド一人だがその内増えるだろう。この演奏会は観客参加型なのだ。
そしてまたやってくる――
「キキキッ」
――美しい音色に引き寄せられた哀れな観客達が




