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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
56/125

道中にて―森へ―

「親父ぃーーーっ!!」


 少女のカン高い声が響き渡り、両側の鬱蒼と茂った森に染み込むように消えた。遅れて、聞こえていた動物達の鳴き声が止む。

 声が響くのとほぼ同時に、前を行くヴェガスが目を吊り上げて振り返り、顔を赤くして後ろを歩くエルフ達を睨みつけた。


「………」


 誰も口を開こうとせず、こわばった表情で前方を睨んでいる。皆、不自然なまでに唇を引き結んでいた。

 一人一人の表情を舐めるように観察したヴェガスは舌打ちしながら前に向き直った。


「僕を置いてかないで、パパ!!」

「ぶふぅっ!!」


 顔が振り子のように戻ってくる。ヴェガスに睨まれると吹き出したターシャは慌てて口を閉じ、神妙そうな顔で俯いた。


「ぶっ殺してやる!!」


 ヴェガスは叫んだ本人であるサラに猛然と襲いかかった。

 サラは荷台から飛び降りると、わざとらしい悲鳴をあげて逃げ出す。


「なによ! あんたの真似しただけじゃない!」

「そんな台詞を吐いた覚えはねぇ!!」


 応急修理を施された馬車は、最後尾を歩くオーガの前を進んでいる。シドがその横で本をパラパラと捲りながら歩いているが、サラはそこに駆け込んだ。


「どうした」


 シドが手にした本から顔を上げ、後ろに回り込んだサラに訊ねた。

 サラは背後からヴェガスを指差し、


「あいつが錯乱して襲ってきたの! やっつけちゃってよ、パパ!」

「………」


 ヴェガスはシドと距離を置いて立ち止まった。その後周囲をぐるぐると移動するが、サラもそれに合わせて巧妙に位置を変えた。


「この卑怯モンがぁっ!!」

「落ち着け、ヴェガス」

「そうよそうよ。血管切れても知らないんだから」

「誰のせいだコラ!!」

「自分のせいでしょ」

「お前達二人共――」

「そっから出てこいや!!」

「あんたこそ前に戻ったらどう? 列を乱してまでパパの傍に来たかったなんて、いい年してみっともないわよ」

「も、もう許さねぇ!!」


 二人はぎゃあぎゃあと喚きながら駆け回る。


「………」


 シドは言葉半ばで口を閉じると、荷台の上に本を載せ、そっと槍に手を伸ばした。


『お待ちください、マスター!』

「(止めるな、ドリス)」

『止めますとも! 昔の言葉に、鶏を割くに牛刀を用いる、というものがあります。この程度の事でマスターが手を汚す事はありません! 私めにお任せを!!』

「(文字通り手も足も出ないお前に何が出来る)」

『献策です! 私の云う通り動けば戦わずして勝利を収める事が可能となるでしょう!』

「(………)」

『ここは血を流さず、むしろ知恵を流すのです。そうすればマスターが知勇を兼ね備えた大人(たいじん)であると下の者達も思い知る筈!』

「(……いいだろう)」


 ドリスの云う事も尤もだった。これから先、話し合いだけで解決しなければいけない状況がないとも云い切れない。そのような時、ドリスが切り札足り得るならばシドに否やはない。

 前にも似たようなやり取りをした覚えもあるが、あの時から全く成長していないわけはないだろう。


「(お前のお手並み拝見といこうか)」

『はいっ! ではまず――』

「(うむ)」

『――サラの下着を手に入れてください』

「(………)」


 シドは槍を持ち上げた。


「(武力に勝る知恵はなし)」

『ああああ!! 待ってください!! ちゃんと先があるんですよ!! 最後まで聞いてください!!』

「(………)」

『サラの下着を手に入れて、前を行く男連中に渡すのです!! そうすることで男達へは褒美を、サラへは精神的苦痛を与えるという二重の効果を発揮するのです!!』

「(………)」

『私に任せると云ったからには例え信じられなくてもやってもらいます! さぁ! 早く荷物を漁ってください!』

「(……仕方がない)」


 シドは槍を戻すと、何故か日を追うごとに徐々に増えてきていた団員達の私物を観察した。中身をそれぞれ確認し的を四つに絞ると、そこからさらに選択肢を削ぎ落としていく。

 外見の情報から逆算すれば二つにまで候補を絞るのは雑作もなかった。しかし問題はここからだ。 


『これはいったいどっちのでしょうかね』

「………」


 ミラがじーっとシドのやる事を見ている。シドが手にした荷物を見て、耳がピクピクと動いていた。

 シドは手を戻すともう片方の袋へ。そうすると耳の動きが止まる。

 ――答えは出た。シドはタイミングを見計らい、


「ヴェガス!!」


 と大きな声を出す。

 呼ばれたヴェガスは身体を硬直させ、気まずそうに振り向いた。


「な、なんでぇ」

「こっちに来い」

「………」

「別に何もしやしない。いいからこっちに来るんだ」


 渋々ながらやってきたヴェガス。シドの前にくると、走り回って汗だくだった顔から更なる汗を吹き出させた。

 シドは握り締めた右手を袋から出すと差し出し、


「手を出せ」

「………」


 ヴェガスが胡乱げな表情ながらも云われた通り手を差し出すと、その上に持っていた物を無造作に落とす。


「とりあえずこれで汗でも拭け」

「……ああ」


 渡されたのは下着だが、くしゃくしゃに潰れているせいでパッと見た限りでは白い布の塊にしか見えない。ヴェガスは見もせずにそれで顔を拭った。途中で感触に違和感を抱き布の正体を怪しむが、シドが続けて同じような状態の布を荷台から取り出し、


「前の奴等にも配るがいい」


 と云って手渡す。


「………」


 頭を疑問で一杯にしながらも、ヴェガスはシドが連れてきた元囚人の男達の元へ行った。現在一行はシドの提案で、追っ手がかかる事を予想しその到着を待っている。男達は馬を休ませるためもあり歩いていた。一番近くにいた者にシドから渡された物をまとめて握らせる。


「これで汗を拭けとよ」

「え……?」


 男は不思議そうに受け取った布切れを眺めた。

 ヴェガスがいない今となっては先頭になってしまったアキムやキリイ、そしてその後に続くエルフの集団。彼等、元から集団に属していた者達を差し置いて何故自分達に――といった顔だ。


「いいから拭けよ。こいつは団長命令だぜ」

「……わかったよ」


 男は他の者に配ろうと、手に持った布を分け始めた。そしてすぐにその正体に気づく。


「おいおいこいつは……」


 端を摘んでプラプラと振る。


「女物の下着……か……?」

「なんだと!?」


 ヴェガスはぎょっとして自分の布を調べる。手拭いにしては妙に小さいと思っていたが、まさか下着だったとは……。

 俺は女の下着で顔を拭いた男になってしまったのか――ヴェガスの下着を持つ腕がわなわなと震えた。


「おい! 俺にも早く寄越せ!!」

「何を云ってやがる!! 俺が先だ!! 俺に渡せ!!」

「人数分ないんだぞ!! まず俺が取るからお前等は残りを分けろ!!」


 横では、自分達には関係ないと傍観を決め込んでいた男達が殺到し、最初に手渡された男がもみくちゃにされている。

 サラはシドがヴェガスを呼びつけた辺りからキョトンとして見ているだけだったが、男達の叫びを耳にすると表情を固くして馬車に戻り、自分の荷物を確かめる。その顔から、段々血の気が引いていった。

 

「うひょー! いい匂いだぜ!」

「こ、これが女のあそこに!!」

「これで顔を拭くなんてもったいねえ! 明日はこれを穿くぜ!!」


 運良く手に入れる事が出来た男達は歓声をあげて下着を弄んでいる。

 その様子にサラは先程のヴェガスよりも赤くなり、シドに食ってかかった。


「あんたよくも――」

「(ドリスよ、次の段階だ)」

『いえ、私の策はもう終わりですが』

「(………)」

『どうにかして正当化してください。マスターなら出来ると私は信じています』

「(………)」

「よ、よくも……よくも……」


 怒り心頭に達したサラが杖を掴んだ。


「なんだ? 俺と()る気か?」


 シドは嬉々として自身も荷台から武器を取る。己の得意分野に事が発展しそうなので、その顔は晴れやかだ。

 しかしシドの行動を見たサラがバツが悪そうに杖から手を離したので、残念そうにそれに倣う。

    

「こ、この変態っ……!」

 

 サラが悔し紛れに悪態をついた。

   

「云う相手を間違っているな。変態とはああいう奴等の事を云うのだ」


 シドがそう云って前を向くと、それに釣られるようにサラも男達に顔を向けた。


「うひょーっ! いいかぶり具合だ!」

「これぞまさに鉄壁の防御!!」


 そこでは男達が嬉しそうにはしゃいでいた。


「な、なな何て真似を――」


 サラは目尻に光るものを滲ませつつ、小声でシドに、


「(取り返してきて!)」

「別に構わんが、ちゃんと使用するのであろうな?」

「(使うわけないでしょっ!! 捨てるわよ!!)」

「捨てるくらいならくれてやればよかろう」

「(どうしてあたしが下着をやんなきゃいけないの!!)」

「どうして――だと!?」


 シドが語気を強めると、サラは明らかに怯んだ様子を見せた。


「な、なによ……。そんなに怒んなくてもいいじゃない……」

「お前達が誰一人欠ける事なく逃げ出せたのはあの男達がいたからだ。本来ならば団の金で済ます所だが、麾下に入った今、その程度のことで褒美を取らせるわけにもいかん。しかし一方、厳密的にはあの時奴等は完全に団に入っていたわけではい。以上の三点を踏まえ、お前から私物を徴収して褒美とした」


 咄嗟に出た台詞だったが、話していると下着を褒美としたのは至極名案だったように思えてきたから不思議だ。シドは思いつくままに言葉を重ねた。


「下着が命の対価となったのだ。むしろ誇れ」

「バカ云わないで!!」


 サラがつい大声で叫ぶ。周りは何事かと足を止めて窺った。

 シドは手を振って歩みを再開させる。


「(別にあたしの下着じゃなくてもよかったじゃない!!)」

「単なる消去法だ。これから向かう村はお前達の村だ。補充が見込めよう。その時点でターシャは候補から外れる」

「(ならレティシアは!?)」

「馬鹿かお前は。あの娘の下着をやっては明日からの着替えはどうする。お前ならば姉とサイズが同じだ。それに本人の父と兄が目の前にいるのだぞ。お前は褒美に矢を突き立てろと云うのか」

「(ならお姉ちゃ……ん……は……)」


 台詞が尻すぼみに消えた。姉の下着をあの男達にやるなど、考えただけでもゾッとする。シドに云い返す言葉が思いつかず、サラはしょんぼりと肩を落とした。


「だからって勝手にやることないじゃない……」

「俺は云おうとしたのだぞ。お前が聞く耳を持たなかっただけで、な。指揮官の言葉を無視した兵士は大抵は不幸な目に遭うと相場が決まっているのだ」

「………」

「わかったなら荷台に戻れ。邪魔だ」


先程までの元気はどこへやら、邪険に追い払われ、のろのろと荷台に這い上がったサラは姉に泣きついた。


「お、お姉ちゃあん! あいつが、あいつがあたしの下着を……」

「大丈夫。私のを一枚貸してあげる」

「ぐす……一枚だけなの……?」

「しかも一日銅貨五枚」

「えええええっ!?」


 これでサラの方は片付いた。残るはヴェガスだ。シドの目が標的を捕捉(ロック)して妖しく光った。

 しかし様子が変だ。


「(……ヴェガスだが、少し様子がおかしいようだな)」

『はい。先程のサラへの嫌がらせの余波でダメージを受けたようです』

「(そうか……。それでは奴に対する罰はなしにしておくか)」

『……ちなみにどのような罰を考えていたのですか?』

「(うん? 奴は毛が燃えた事を気にしていたようだったからな。そんなに大事ならいっその事全部剃り落としてやろうかと考えていた)」 

『ひどっ!!』

「(それより、ここまで待っても追っ手が来ないという事は、相手は俺達を国外に出すつもりらしいな)」

  

 シドは話を切り替えると、荷物をコンテナに片付け始めた。

 国がシド達を本気で捕える気なら、火災のあった夜――もしくは夜が明けてすぐ――の時点で足の速い部隊を送り出した筈で、おそらくは軽騎兵。そしてそれがまだ追いつけずにいるというのは考え難かった。こちらにはエルフがいるのだし、森へ向かう事を予測するのは容易い。

 徒歩による追っ手は除外した。こちらはシドやオーガ、ヴェガスの背を使えば全員が騎兵に匹敵する速さで移動出来るのだ。ずっと走り続けるのは現実的ではないし、仮にそうやって追いついたとしても、疲れきった追っ手など鎧袖一触、蹴散らされる。

 問題は相手が全てわかった上で追っ手を送らなかったのかどうか、だ。シド達は大きな街道を通行しているわけではない。目的地は森だし、人の町は森に近づくにつれ少なく、小さくなっていく。小さな街道に騎兵という単兵種のみを送り込むのは愚か者のやる事で、もしシドが向こうの指揮官だったら間違いなく戦力ではなく監視を送るにとどめる。

 しかし一方、こちらは見た目には大戦力とは云い難く、何も知らない相手だったら地形による不利を無視出来ると踏んで騎兵を送る事も十分有り得る。

 ――つまり、こちらの数を知り、それでいて追っ手を送らなかったのなら、相手は数に頼らないこちらの戦力を把握、または予測出来ているという答えになる。

 シドの力を知る。それは、これまでのシドの王都での行動など、情報を集めて検討しているという事だ。


「アキム! ヴェガス! キリイ! ここへ来い!」


 とりあえず今はやれることをやる。シドは大音量で呼ばわった。己が不在のままエルフの村へ行かせるわけにはいかない。その前に用を済ませ合流する必要があった。まずはオーガを森へ先行させ、同族を連れてこさせる。同時に自身も船に戻り、武器を補充して、団員とオーガ、どちらかと誰よりも早く合流する。コンテナをヴェガスに持たせれば位置を見失うことはないだろう。

 そこまでやれば後は相手次第だ。

 前方から呼ばれた男三人がやって来る。アキムの横にくっつている人影を見て、シドは表情を歪めた。


「なんて失礼な奴だ!」


 母親譲りの金髪を抑えながら少女が声高に叫んだ。


「誰がお前を呼んだ。前で男共の相手でもしていろ」

「下着をかぶってるじゃないか! あんな変態共の相手など出来るか!」

「ついでにお前の穿いている下着もくれてやればよかろう」

「――アキム! こんな男についていったら将来性犯罪者になるぞ! 引き返すなら今のうちだ!」

「え……? あ、ああ。うん……そうだな……」


 アキムはもごもごと言葉を濁す。


「だいたいなんでわざわざエルフを送るんだ!?」

「そ、それには色々と深い理由が――」

「――あああっ!?」


 マリーディアが横を見て素っ頓狂な声をあげた。ビシッと指差し、


「オ、オマエ! 人の荷物に何をしてるんだ!?」


 指の先では、サラが荷台で洒落た感じの赤い革袋をまさぐっていた。


「あによ、うっさいわね。これがあんたの荷物だなんて誰が決めたのよ」

「誰って……。どう見ても袋が他と違うじゃないか!」

「それがなんだっていうの。この馬車は団の馬車なんだから、この上にある物は団員であるあたしが使っても何の問題もないわ」

「あるに決まっているだろう! 犯罪行為だ!!」

「ハン! なら王都に行って兵士に云ってくればぁ」


 サラがベロベロと舌を出す。


「ア、アキム! あいつがワタシの着替えをっ……!!」

「う、うむ。……よし、お兄ちゃんに任しとけ!」


 妹に頼りにされたアキムはヤニさがった笑みを浮かべながら、


「サラ! 俺の妹の荷物から離れ――」

「……見逃してくれたらこれやるわよ」

「おおっ!? こ、これはぁっ!!」


 アキムはサラから受け取った下着を頭に装着した。


「マリィ! 一枚は確保したぞ!! もう安心だ!!」

「………」


 マリーディアは呆然と、この場で唯一頼れる人間である兄の裏切りを凝めた。その瞳からみるみる涙が溢れ出す。


「う……ぐす……」

「あーあ。泣いちゃった。あ、これとこれもらうわね」

「す、済まないマリィ……。お兄ちゃん、ちょっと冗談が過ぎちゃったみたいだ」

「ぐず……」

「おいサラ! 妹の下着を返せよ!!」

「えー」

「えーじゃない!! ミラから借りればいいだろうが!!」

「……だってお姉ちゃんお金取るって云うんだもん。――あ、そうだ! 一日銅貨五枚でこの下着貸してやってもいいわよ!?」


 サラはマリーディアの下着を振りながらそう提案した。


「ふざけるな!」

「別にふざけてないわよ! だいたいこうなったのも全部シドのせいじゃない!! あたしに文句云うなんて間違ってるわ!!」

「む……。そうなのか……?」

「そうよ!! 文句は全部シドに云いなさいよね!!」


 最早聞く耳持たん、とばかりにサラは後ろを向き、奪った物を自分の袋に詰め始める。

 アキムがどうしようか迷っていると、服の裾を背後から引っ張られた。


「ど、どうした、マリィ? 下着はもうちょっと我慢してくれ! お兄ちゃんがなんとかしてやるから!!」

「………」

「えっ? なんだって?」


 マリーディアがぼそぼそと話すが、声が小さくて聞き取れない。アキムはしゃがんで耳を近づけた。


「……シドが頭を下げて謝れば許してやってもいい?」

「……うん」

「………」


 竜を餌付けするのとどっちが簡単だろうか。アキムは腕を組んで眉間に皺を寄せた。チラリとシドの顔色を窺い、


「――へ?」


 あんぐりと口を開けた。視線の先に先程までいた筈のシドの姿がない。


「シ、シドはどこだ……?」

「シドならとっくにオーガと一緒に行っちまったぞ」


 俺に説明してな、とヴェガス。


「……いないのか?」


 マリーディアが暗い声で訊ねた。


「……そうみたいだ」

「………」

「わ、わかった! ならこうしよう! お兄ちゃんの下着を貸してやる! 交換ごっこだ!」


 兄の言葉にわっと泣き出して駆け去ったマリーディア。そのまま森の中に入って見えなくなった。


「マリィ!?  ――戻れ!! 戻るんだ!!」


 アキムがすぐさま後を追おうとするが、後ろから腕を掴まれる。


「離せ、ヴェガス!!」

「お前が行くよりエルフが行ったほうがいい」

「しかし――」

「戻れなくなったらどうするつもりだ! まだシドもこの近くにいるし、エルフなら森での生活にも詳しい。――ターシャ!!」


 呼ばれたターシャが駆けてくる。


「アキムの妹が一人で森に入った。連れ戻してくれ」

「わかりました」

「シドもまだ近くにいるだろうから、何かあったら大声で叫べば気づいてくれるかもしれん」


 ターシャは最後まで待たず、弓と矢を確認すると森に入っていった。


「待て!! 俺も行くぞぉ!!」

「お前は少し黙ってろ!!」


 ヴェガスは暴れるアキムを押さえつけ、腹に一発強烈なのを入れた。

 アキムが声もあげずに崩れ落ちる。身体が痙攣していた。


「やべぇ。ちょっと強すぎたか……」


 慌ててミラを呼ぶ。


「……なにしてるの」

「手加減を間違えちまった。荷台に載せるから看ててくれ」

「……しょうがない」


 ミラが溜め息をつきながら場所を用意し、


「看病代は銀貨一枚だから」

「しかも先払いよ!」


 横槍を入れたサラが気絶したアキムの懐に手を差し入れる。

 その手が強く掴まれた。


「ちょっと待ちな」


 見るとキリイが目つきを険しくして立っている。


「な、なによ?」

「そいつはちっと見過ごせないぜ」


 キリイはサラの手をアキムの懐から引き摺り出した。そして代わりに自分の手を入れる。


「ちょっとあんた――」

「勘違いするな。こいつは助け賃だ。傭兵はタダじゃ動かないんだよ」

「なら私達もそうよ!!」

「頼まれたのはミラでお前じゃないだろうが」


 キリイは云いながら、アキムの財布から硬貨を取り出す。


「助っ人代は銀貨十枚だな」

「ちょっ!? それボリ過ぎ……!!」

「一応値切り交渉も受け付けてるんだが異論が出なかったようだし」

「そんなの出るわけないじゃない!! ――貸しなさい!!」


 サラはキリイが戻そうとした財布をかっさらった。アキムの傍に座り込み、


「しょうがないわ。優しいあたしが膝枕してあげる。一回銀貨百枚だけど、文句ないわよね?」

「………」


 膝の上にアキムの頭を載せ、次の瞬間には落とす。


「じゃ、銀貨百枚いただくわ。足りない分はまけてあげる」

「……ちょっと待った」


 ミラは妹の肩に手を載せた。


「山分け」

「……下着半分」

「……成立」


 姉妹はガッチリと握手を交わした。


「………」


 離れた場所では、ヴェガスが自分の財布をそっと下着の中に隠していた。   

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