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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
55/125

王都にて―親子―

もうサブタイトル数字にしようかな……

「ちったぁ考えて燃やしやがれ、このバカエルフが!!」


 ヴェガスが門の前、燃え盛る炎の熱さに、腕で顔を庇いながら怒鳴った。防壁すぐ内側の櫓と周囲の家々が激しく燃えている。


「考えたからこうなったのよ!! 何も考えてなかったら火なんかつけてないでしょうが!!」


 サラは腕を組み、ぐぬぬ、と唸ると、眉間に皺を寄せて制御の効かない炎を睨む。魔法で出した炎は行使を止めれば消えるが、それによって発生した二次的な炎は制御できない。炎蛇(イフリート)は任意の方向へ、任意の規模で炎を出現させる魔法でしかなく、延焼を防ぐに火を用いるのはこの場合被害を拡げるだけだろう。


「それにしても熱いわね」


 胸元を引っ張り、手で風を送りながら、お姉ちゃんは平気かしら、とミラを見る。

 ミラは馬車の横に仁王立ちになり、一人涼しい顔をしていた。自分を見る妹の視線に気づくと、


「……火焼け(・・・)するといけないから」


 と、云い訳がましく述べた。

 

「――ああっ!?」


 サラは急いで姉の元に駆け寄る。近付くと予想通り風の抵抗があり、傍らに並び立つと熱風がこなくなってだいぶマシになった。


「こっちだ、レティ!」


 レントゥスもレティシアに外套をかぶせ、馬車の方へ連れてくる。

 馬車の荷台で後方を警戒していたターシャは気にしないよう努めていたが、好奇心に負けひょいと顔を向けた。

 集まった四人は最後にやってきたヴェガスに痛々しそうな視線を向け、ターシャは思わず手で口元を押さえる。

 

「………」


 ヴェガスが無言で顔を手で撫でつけると、縮れて脆くなった毛がポロポロと宙を舞った。

 外洋で船が沈んだ遭難者のように、ミラという名の孤島に五人は寄り添った。ミラの造り出した涼しさを感じる風が吹き抜け、火照った身体に心地良い。


「……これからどうする?」

「知るか! この火をなんとかしてから云いやがれ!」


 むすっとしたヴェガスはミラに怒鳴るように答えた。門を守る兵士も、追ってきていた兵士もいなくなったが自分達も動けなくなってしまった。


「門を通る前に火をつけるバカがいるか!!」

「だって通れなかったんだもん!! だいたいあんたの足が遅すぎるのよ!! 足止めの為に火をつけておいてやったのに!!」

「お前ぇ等だけ魔法で補助してんだ!! 追いつけるわけねぇだろうが!! それに俺達の足まで止めてどうする!!」

「あんたが出遅れるのが悪い!!」

「ぐぐ、この小娘が……」


 ヴェガスが歯軋りをする。最初の門では、閂を外し、門を押し開いたヴェガスは馬車を通すため後方に戻った。ヴェガスが兵士の相手をし、馬車とエルフを先に通す。その後兵士に背を向ける事になるヴェガスを前方のエルフが援護するという作戦だったが、それでは出遅れるのは道理であり、信じられなかったのはその援護が早々に打ち切られた事だ。


「お姉ちゃんにもしもの事があったらどうするのよ!?」


 とサラは云い、


「妹にもしもの事があったらどうするんだ!?」


 とレントゥスは云う。

 ヴェガスは麗しき兄弟愛、姉妹愛とは思わなかった。


「……まぁいい」


 呟くと怒りを押し殺し、心の中で未来を想像した。予定通りシドが戻ってくれば、矢面に立ちたくないなどと云えるのはこれが最後になる。


(その時が楽しみだぜ)


 ニヤニヤと笑うヴェガスをエルフ達は引いた目で見る。


「……よし! ミラ、門の周囲の火だけを風で吹き飛ばすんだ」


 頭を使ったヴェガスはミラに指示を飛ばした。だが、


「……無理。もう魔力が切れる」

「アホか!!」


 最初の門からこっち、常に魔法を使用していたミラに余力は残っていなかった。

 全員は熱さのせいではない汗をじとりと流す。火を消すどころではない。このまま顕現する風が消え去れば熱と空気の問題が出てくる。すぐにでもどうにかしなければいけないが、壁も門も熱すぎて触れないし、後ろの安全地帯に逃げ込むのは論外だった。兵士達が後退したのは魔法で火をつける存在がいるのに現場で消火する愚を悟ったからに過ぎない。火の気のない場所には兵士達が手ぐすね引いて待ち構えているだろう。


「……あのぅ、なんか聞こえませんか?」


 レティシアが不意に顔を上げ、耳をピクピクさせながら云った。


「うん?」


 レントゥスも同じように耳を動かし、それは姉妹とヴェガスに伝播した。

 門の向こうからたくさんの人間のざわめきが聞こえてくる。大勢集まっているようだ。


「なにしてんのかしら?」

「さぁな。多方野次馬連中だろう――おおっ!?」


 いきなり響いた轟音に、ヴェガスは驚きの叫びを上げる。

 音と共にぎしりと門が動いた。間があってもう一度。さらにもう一度。ピッタリ閉じられていた門がその度に身を震わすが、それだけだ。

 魔力の切れたミラは魔法を中断し、背後を振り向く。

 火が燃え移った建物とそうでない建物付近で、住民と兵士が協力して消火作業にあたっている。急がなければその内ここへ兵士が戻ってくるだろう。


「……サラ、思いっきり熱くした炎で閂を」

「え?」

「早く」


 姉に云われたサラは訳がわからずも、   

 

「むむ……『炎蛇』!」


 杖の先、一見なにもない空間から出現した炎を一点に集中させ、門の中心に流し込む。しばらくすると炎の当たっている箇所が真っ赤になった。

 向こう側から加えられる衝撃に、閂を支える金具が曲がり始め、ピタリと合わさっていた門に隙間が生じる。

 ――次の瞬間、閂が下に落ち、壁に埋め込まれた門の蝶番が大きく歪むと同時に、隙間が一気に拡がった。人が通り抜けるには十分な広さだ。


「やったわ! ふふん、見た? これがあたしの魔法の――」

「サラさん前っ!! 燃えてます!!」

「威力……よ。――え?」


 得意げな表情で皆に顔を向けたサラはレティシアの叫びに慌てて前に向き直った。


「あ……やば」


 即座に炎を消す。しかし時既に遅く、開けた門の隙間から外に飛び出した炎はそこにいた数人を焼いてしまった。

 大勢で持ち上げていた衝車替わりの丸太から手を離し、悲鳴をあげながら地面を転げまわる男達。


「大丈夫! たぶんあたし達(・・・・)がやったってバレてないわ!」


 向こうからは門が開いた瞬間炎が吹き出てきたようにしか見えなかった筈だ。サラはそう信じる。


「……やったのはサラさんだけですが」

「黙りなさい!」

「ひっ!?」


 サラが勢いよく杖をレティシアに向ける。

 レントゥスは咄嗟に二人の間に割り込んだ。


「今はそんな事をやってる場合じゃない! 急いでここを離れるんだ!」 

「気ぃつけろ! 来るぞ!!」


 ヴェガスが注意を促し、馬車の前に出ると身構えた。

 門の外側にいた男達は、上着を羽織った上に水をかぶると我先にと門から侵入してきた。手には斧や大鎌(サイス)、ピッチフォーク等の農具や物干し竿を持っており、熱さに顔を歪めながらも引こうという意志は見せない。

 ヴェガスは男達の視線の向けられる先に違和感を抱きながらも、先手必勝とばかりに、


「だらぁっ!!」


 脇を通り過ぎようとした男の横顔に拳を叩きつけた。

 男は悲鳴も発せずに吹っ飛んでいき、家の壁をぶち破って中に入り込む。他の男達はそれを見逃さなかった。

 ある男が柄の長い農具で空いた穴を崩すと、中をよく観察し、一気に飛び込む。ものの数秒で外に出てくるが、火傷を負ったその腕には大きな袋が抱えられていた。


「へへっ、これでしばらくは――」

「そいつを寄越せ!!」


 別の男がピッチフォークでいきなり男の首を刺し貫く。そして袋を奪った。左手で抱えると、右手に持った農具を振り回し他の者を威嚇する。

 ジリジリと後退した男はある距離まで来ると背を向け、一目散に門まで戻り、入ろうとしていた男を串刺しにしてどかすと元いた場所に戻っていく。

 その様子に追うのを止めた他の男達は、燃えている家、燃えていない家関係なく押し入って金目の物や食料を奪う作業に戻った。


「なんですかこの人達……」

「見てわかんだろ。火事場泥棒だ」

「いえ、そういう事ではなく……」


 レティシアは兄の腕をギュッと握った。炎をものともせずに他人の物を奪っていく男達の姿には狂気じみたなにかがある。とても同じ人間にやる事とは思えなかった。


「普段から奪われ続けているとこうなるんだよ。んな事より先に進むぞ」

「……どうやって?」

「あん? そんなモン――」


 ミラの疑問にヴェガスは門を見る。今だ続々と貧民街の住人が入ってきていた。時折、満足いく成果をあげた者が武器で威嚇したり、実際に使用したりして戻っていく。

 

「仕方ねえ。とりあえず矢で殺せるだけ殺すか」


 それで、警戒して道を空けるかもしれない。熱いのはもう勘弁だし、押し退けて外に出るのは、気づけばエルフが一人いなくなっていたという事になりかねない。

 ヴェガスの言葉に、レントゥスが躊躇わずに弓を構えた。狙いもそこそこに、矢筒から即座に次の矢を取り出しては放つ、を繰り返す。矢が吸い込まれるように門の開いた部分に飛んでいき、姿をチラつかせる男達に突き刺さる。五、六回も繰り返すと、警戒したのか出てこなくなった。

 しかし姿を見せなくなっただけでいなくなった訳ではない。一人の男が、金目の物を手に入れたのかホクホク顔で貧民街に戻っていく。その男は門をくぐった直後、横から一斉に突き出された複数の農具で全身を穴だらけにされて地に倒れた。


「余計に出れなくなったじゃない!! どーすんのよ!?」

「うるせえ!!」


 こうなったらまた火で燃やすか――ヴェガスが渋々ながらサラに頼もうとした時、


「みんな避けて!!」


 弓を構えて門を睨んでいたレントゥスが上空を見ながらそう云った。

 皆が釣られて空を見上げると、くるくると回転しながら何かが降ってくる。


(シックル)だ!!」


 ヴェガスは馬の横に移動する。自分やエルフと違い、馬は避けようとしない。当たるようなら弾かねばならなかった。

 結局、鎌は見当違いの場所に突き立った。ヴェガスはそれを拾い上げると、


「脅かしやがって!!」


 罵りと共に投げ返す。来た時と同じようにくるくる回り門の向こう側に消える鎌。誰かの悲鳴が聞こえた気がした。


「これが天罰って奴だぜ! ガハハハハ――」


 大口をあけて笑うヴェガス。その表情が固まった。

 再度鎌が飛んでくる。今度は鎌だけでなく、剣や石、包丁等、当たれば怪我をする物が大量に混じっていた。


「やべぇ――」


 焦ったヴェガスは素早く腕で頭だけを庇った。縮こまって全身に力を入れる。


「俺の筋肉なら耐えきれる筈だ」

「ちょっと!! あたし達はどうするのよ!!」

「……受け止めるか躱すか、好きな方を選べ」

「無理に決まってんでしょこのハゲ!!」

「サラこっち!」


 声のした方を見ると、ミラが荷台の下から手を振っている。早くも地を穿ち始めた落下物に肝を冷やしたサラは急いでそこに逃げ込もうと駆け寄るが――


「無為に馬を死なせる選択をするとは感心せんな」


 覆い被さった影がぬっと手を伸ばし荷台を持ち上げると、馬と繋がった木具を折りながらウズベキの上に持っていった。


「きゃっ!?」


 荷台の上で荷物の下に潜り込もうとしていたターシャが慌てて降りてくる。そして下では、寝そべっていたサラを除く三人のエルフが驚愕に目を見開き、信じられない反応の速さで地を這い、荷台の影を追った。

 

「あんたいつ戻ってきたのよ!?」

「たった今だ」


 シドは隣に潜り込んだサラに答え、荷台に加わる衝撃が消えたのを見計らい元の位置に戻した。


「ヴェガス」

「お? ――おお! 戻ってきたのか。首尾はどうだった?」


 ヴェガスは痛そうに腕をさすりながらシドを見た。


「上々だ。これから門を開けるが、お前は荷台を引いて走れ」

「ええ!? なんで俺が!?」

「馬が引けなくなったからだ。お前が代わりに門を開けるなら俺が引いてもいいが」

「……いや、俺が引こう」


 門は熱いし向こう側には大勢の人間が待ち構えている。ヴェガスはあっさりと引き下がった。


「父はどうなった!?」


 立ち上がったレントゥスが勢い込んで訊ねる。

 シドは兄妹に後ろを指し示した。


「レントゥス!! レティシア!!」


 馬に乗って駆けながらミエロンが叫んだ。


「父さん!!」


 二人の声が重なり、駆け寄った親子は再会を喜び合う。ミエロンは馬から降り、子供達を抱きしめた。

 その一方、牢から連れ出された男達は呆然となって周囲を眺める。


「燃えてたのは壁の中だったのか……」


 訓練された兵士が組織だって消化に当たる内側でこれだけ盛大に火があがる事は稀だ。遠方からでもそれとわかる規模だったので貧民街だとばかり思っていた。


「一頭につき二人までだ。全員馬に乗れ」


 シドはこの場にいる全員に向けて改めて云った。

 ミエロンはレティシアを馬の上にあげると後ろに乗せ、レントゥスはターシャと一緒にウズベキに乗る。ミラとサラが荷台に乗ると、ヴェガスのこめかみに青筋が浮かび上がった。


「では行くぞ」

「ちょっと待って。……向こう側には大勢敵がいる」

「敵だと? 兵士が回り込んだのか……?」


 この門さえ突破すれば敵はいなくなると考えていたシドはミラの言葉を不思議に思ったが、それならそれで最初と同じく排除すれば問題ない。

 最初の門と同じに、走る勢いを利用して片側の門に肩からぶつかった。違うのは門が向こう側にではなく手前に、少しではあるが開いていることだ。

 シドがぶつかった門はいとも簡単に白旗をあげた。予想外だったのは開くのではなく倒れたことだった。熱で脆くなっていた上に一度逆方向に無理やり開かれている。壁に埋め込まれた大きな鉄釘が抜け落ち、門扉は向こう側にたむろしていた男達を下敷きにした。

 シドが倒れた門扉の上に足を載せると、重さと熱さに悶絶していた男達の声が聞こえなくなる。  


「やっちまえ!!」


 誰かが叫び、薄汚い格好をした周りの男達がめいめいに手に持った農具を振るった。  

 シドは男達の顔の高さで槍を一閃する。前列にいた者は軒並み頭部を強打され、崩れ落ちた。


「気ぃつけろ!! 手強いぞ!!」


 生き残りの男達は距離を置いてシドを取り囲んだ。


『彼等は兵士ではないようですが……。何故襲ってくるのでしょうか』

「……お前達は何故襲ってくるのだ?」


 シドはドリスの疑問をそのまま男達にぶつけた。


「ふざけるな!! 先に手を出してきたのはお前達だろうが!!」

「そうだそうだ!! 俺達はただ中に入ろうとしてるだけだったのに何人も殺しやがって!!」

『……なるほど』

「どうやらなにか誤解があるようだな」


 おそらくヴェガス達と不運な接触の仕方をしてしまったのだろうと予想したシドは云った。


「誤解もクソもあるか!!」

「それがあるのだ。邪魔をしなければ見逃してやる。失せるがいい」


 男達は風通しのよくなった門とシドを交互に見比べた。どうせ死んだのは縁もゆかりもない、いわば商売敵だ。命の危機にあって息を合わせたものの、本来ならば略奪品を巡って殺し合う仲である。


「……しょうがねぇ。金は今しか手に入らねえからな」


 目の前の大男を相手にするよりも火事場泥棒に勤しんだほうが得だと判断した一人が答えた。一旦そう決めると一刻も早く中に入りたいのか、その視線は露骨に門の向こう側を気にしている。

 一体何がきっかけになったのか。隙を窺い、相手を出し抜こうと動きを止めていた男達はふとした拍子に一斉に門を目指す。まるで訓練された兵隊のように息が合っていた。


「む!?」


 男達の行く先を察知したシドは槍を繰り出す。シドを避けて門に殺到する男達の背中に狙いを定め、四人程を一気に貫いた。勢い余って手首が最初の男の背中に埋まった。

 手前の男の腰に足をかけ、槍を引き抜く。


「お前っ!? 何の真似だは――」


 振り向いた男の顔を突き、貫いたまま方向を調整して奥のもう一人も始末した。


「騙しやがったな!!」


 出遅れて生き延びた男の一人が怒鳴った。

 シドは向き直り、


「この門は今から俺達が使用する。お前達が使用できるのはその後だ」

「ナメてんのかテメェ!!」

「ぐおおっ!?」


 シドと男が会話する中、後ろから人が飛んできた。


「ちょっくらお邪魔するぜぇ」


 荷台をガラガラと引きながら、シドとの間にいる男を蹴ってヴェガスが門をくぐってくる。その後ろから、馬に乗ったエルフや元囚人達がぞろぞろと出てきた。皆容赦なく死体を踏みつけにする。

 シド達と貧民街の男達は敵意を込めた視線を交わし合った。


「おい、エルフがい――」


 口を開いた男が云い切る前に矢が二本突き立つ。レティシアから弓を取り上げたミエロンとターシャが放った矢だ。

 シドが一歩前に出ると男達は一歩後退し、二歩進めば二歩後退するが、前面が薄くなるにつれ横の層が厚くなった。

 敵の武器は長物で、こちらは馬に乗り、武器は短剣や弓。しかも近距離だ。


「サラ、燃やせ」

「え?」

「全部燃やすんだ」

「全部ってこいつらの事?」

「いや、全部は全部だ。後の事は考えず、家も人も燃やせ。薄くても構わん。横に広範囲に火を展開しろ」


 云われたサラは姉を見る。ミラは迷わずこくりと頷いた。


「よ、よぉし。任しときなさい! 私の魔法でどいつもこいつも――」

「ぶっ殺せ!!」

「――ぶっ殺してやるわ!!」

「――走れ、ヴェガス!」


 男達は襲いかかり、サラは魔法を放つ。そしてシドが走りながらヴェガスに云った。

 シドが道を切り開き、ヴェガスが駆ける。その後を馬に乗った者達が追う。エルフ達は後ろからついてくる元囚人の男達を盾に馬を走らせた。前と横の心配はいらず、問題は背後から長物で突いてくる男達だけだったが、それもまた初めだけだ。

 馬は人よりも早い。中央にいるヴェガスの速度が全てを決めるのだ。ミラは杖で荷台をゴンゴン叩きながらヴェガスを叱咤する。


「はいどーはいどー」

「くそったれがぁぁぁ!!」


 ヴェガスは全力で走った。耳に入るおちょくるような掛け声も気にならない。目に入るシドの背中だけに集中する。

 大きな背中だ。武器を振るいながら駆ける姿は少しも揺らがず、男達は重装騎兵に蹴散らされる歩兵のように弾け飛んでいる。

 呼吸を激しくしながらじっと凝めていると、何故かその背中が誰かの背中と重なって見えた。


「お――」


 ヴェガスの唇が小さく動く。流れ落ちた汗が目に入り、何度も瞬きをした。


「どうした。もう限界か?」


 シドが顔を後ろに向け、云った。その顔もまた誰かと重なる。

 愕然と目を見開いたヴェガスの脳裏に、


(どうしたヴェガス。もう限界か? まだまだ■■■■■の方が強いな)


 そう云って優しく微笑む男の顔が浮かび上がった。

 これまで忘却の彼方へと追いやられ、気にもしていなかった記憶の波が、今までの分を取り戻すかのように強烈にヴェガスを揺さぶる。


「お、お――」


 意図せぬ、震える声が口から漏れた。足を動かしながら目一杯空気を吸い込むと、身体の奥から力と共になにかが湧いてくる気がした。

 ――ヴェガスの父親は普通の人間だった。亜人である母親に襲われ、出来た子供がヴェガスだ。

 幼かったヴェガスを連れ、父は母の元から逃げた。今でこそ強い力を持つヴェガスだが、産まれた直後からそうだったわけではない。当時周りにいたどんな子供よりも強かったが、所詮は子供止まり。幼かった頃はまだ父親の方が強かった。勿論すぐに追い抜き、普通の人間の中にヴェガスに太刀打ちできる者はいなくなったが、それでもヴェガスにとって父は、自分よりも力の強い人間の象徴であった。

 そんな父親とシドの背中がかぶる。


「お……おお――」


 ヴェガスは胸の底から湧き出る思いに突き動かされ、衝動のままにそれを解き放った。


「親父ィーーーッ!!」


 時が止まった気がした。

  

 

   


 

 

 

       

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