王都にて―脱獄・下―
思ったより早く進みました。
嘘ついて申し訳ない、と思ったけど、木曜日なのでギリセーフでしょうか……?
集まった、動ける男達は人間もいれば亜人もいる。彼等は皆が皆、境遇に見合う罪を犯して牢に入れられていたわけではなかった。やっかみで嘘を密告された者も、些細な出来事を誇張されて罪となし、強制的に連行された者もいた。
厳しい取り調べと過酷な環境が徐々に心と体を蝕み、扉を開け放たれても寝たままになっているような屍同然の状態を経て死体へと変わるのだ。運良く生きて出られても、まともに動かなくなった身体で出来る事は少ない。
そのような絶望的な状況から助け出されようとしている男達は、まるで昔語りの英雄のような見事な体躯とそれに見合う力を持ち、揺るぎない態度で脱獄を推し進める目の前の人物を一縷の望みをかけて凝めた。
「殺害よりも逃亡を優先せよ」
シドはそう口を開き、男達を見渡した。
「三人一組で行動し、戦闘にならざるを得ない時は常に先制し、武器を持った手をまず抑えろ。両手を封じ喉を切るのだ。最もまずいのは迷う事で、態勢を整えた相手と戦闘になればお前達にはまず勝ち目がない」
シドは先行する際、進路上の敵は排除するつもりではあるが、わざわざ横に逸れてまで行わないので立ち塞がる者が出てくる筈だ。
「不意もつけず、逃亡もできそうにない時は足掻け。そうすれば他の者が逃げる可能性は高くなる。お前達が自身を牢に入れた奴等を憎むなら、それだけが最後に残された復讐の機会だと知るがいい」
男達は真面目な顔をして頷いた。エルフ達はそのまま三人で、他は隣合う者と即席のチームを編成する。
「城の外に出たら森か、もしくはその逆を目指せ。森の方は俺が向かうせいで騒がしくなる。どちらの隙をつくかは好きに選ぶがいい」
「あ、あのぅ……」
一人がおずおずと言葉を発した。
「俺は、家族が街にいるんですが……」
「戻りたければ戻って構わんぞ。その後どうなるか、覚悟はしてな」
「………」
「俺は森へ向かうが、行くアテがなく、俺の麾下となる気がある者はついてこい。――では、そろそろ行くぞ」
部屋の外に出、通路を進む。牢番を押し潰した角を曲がると突き当たりに扉が見えた。他に、壁にもいくつか扉を見つけたので、
「取り上げた所持品を保管しておく場所がわかる者はいるか?」
と後ろの男達に訊くも、誰もが首を横に振る。
「俺達の武器なら気にしないでいいぞ。街中で目立たないように持ってきた装備だから一張羅ってわけじゃない」
気を利かしたミエロンがそう云ったが、シドは扉に手をかけた。
「武器があるに越したことはない。それにこの中に兵士がいると決まったわけではないのだぞ」
中に生物と思しき反応はないので、堂々と開け放つ。
「………」
部屋の中を一通り見回したシドは黙って扉を閉めた。そして順に他の扉を開け始める。
その様子を見たミエロンは、最初の扉を開けてそっと中を覗き込んだ。
「げっ」
嫌そうに顔を顰め、汚い物であるかのように扉をつまみ、閉める。
男達も興味を引かれ、エルフに続いて中を覗くが、皆一様に顔を引き攣らせてその場を後にした。
シドが用なしと判断した部屋を追いかけるように覗き込んでいく男達。そして中に入ったまま出てこなかった部屋の前に人だかりができる。
「中に入り武器を見繕え。走るのに邪魔になる武器防具は選ばんようにな」
出てきたシドの言葉に、我先にと部屋の中へ飛び込んでいく。エルフ達は弓が見つからなかったらしく短剣を手に、男達も大半が柄の短い武器を中心に、外套を羽織って出てくる。
男達が外套を叩くと、積もった埃が宙を舞い、カビの臭いが鼻をつく。エルフ達は盛大に鼻を鳴らし、距離を取った。
「………」
シドは大剣や戦斧といった、走りながら振るうに適しない武器を選んだ数人をしばし眺め、ふいと顔を逸らす。
建物の出口へ手をかけ、後ろが揃うのを待つ。
「……全員揃ったようだ」
「全力で俺についてこい。――行くぞ」
ミエロンの言葉に、シドは何気ない動作で扉を開けた。右に押しやり、左に顔を向ける。
「――あ?」
刺々しい鎧と上衣、腰に杖と剣を佩いた騎士が間抜けな声をあげる。
騎士が腰に手を伸ばすが、同時にシドの両手が頭を掴んだ。
「うおおおおっ!?」
騎士の頭を持って移動し、扉の反対側へ回ると、そこにいた同じ格好の相手へと叩きつける。
同僚の漏らした声に疑問符を浮かべていた騎士は向かってくる身体に目を見開き、
「ぐぅっ!?」
と躱せぬまま崩れ落ちた。
シドは倒れた騎士の首を踏み折り、手に持った頭を回転させる。顔を上げて方角を見定めると一気に加速した。
エルフと男達が後ろからついてくる。
「――おい!? そこのお前!! 何をしている!?」
巡回だろうか。走るシドを見かけた騎士が声を発し、駆け寄ってくる。
その手がだらりと垂れ下がった。
「かひゅ」
喉から錆びた柄を生やした騎士は後ろに倒れる。
隣にいた騎士が首から下げた笛を咥え、大きく息を吹き込んだ。
夜の静寂を破って耳に触る音色が響き渡り、そびえ立つ尖塔に向かって空へと上っていった。
呼応するように別の場所から笛の音があがり、次いでどこからともなく鐘の音が聞こえてくる。
シドは懐に入れておいた錆びた短剣を右に左に投げながら走る。行く手を遮る者は体当たりで吹き飛ばした。
城門が見え、シドは方位を固定して突貫の準備に入る。脚部の出力を逃がす大地のせいで一撃で吹き飛ばすのは無理だが、十秒あれば釣りがくるだろう。
加速出来るだけ加速し、内側の格子門をぶち破り、幾重にも閂がかけられた奥の両開きの扉の中央左寄りに凄まじい勢いでぶつかった。門と門を支える壁がびりびりと震え、細かな砂が上から降ってくる。
右手を左の扉のふちに、左手を右の扉のふちにかけ、開くのでなく押す方に力をかける。隙間が大きくなると今度は自身を捩じ込み、背中と手で押し拡げた。
シドの勢いに横に逃げていた騎士が襲いかかってきたので捕まえ、腿と首を持ち、振り回す剣が当たるのにも構わずふちに背中を押し当ててぐいぐい力を込める。
騎士が野太い吠え声をあげた。
二つ折りにした死体を捨て、城壁から降りてくる騎士の排除に移行する。その脇をエルフ達が風のように駆け抜けていった。
「足を止めずに先に行け」
すれ違いざま声をかける。
相対する騎士よりもエルフを追おうとする騎士を優先し、後ろから肩を掴んで他の騎士に投げる。
決して城門から離れないシドを相手に騎士達は攻めあぐね、その背後から遅れてきた男達がふらふらとおぼつかない足取りで近づいた。
後ろに気づいた騎士達が標的を変え、それを見たシドもまたやり方を変えた。前進して騎士を殴り倒す。一陣の男達は数人が斬られたが、残りは扉の隙間から外に出て行く事に成功する。
続いて二陣の男達が来るのに合わせ、シドも後退した。もう前に出ることはせず、そのせいで今度は生き残った数よりも斬られた数が多かった。
三陣が来る頃には周囲からわらわらと騎士が集まってくるのも見え、シドは潮時と判断、自身も外に出る。外から扉に体当たりし、隙間を小さくすると植込みに隠した武器を回収に走った。
三陣には走るに適さない得物を選んだ男達も混ざっていた。忠告を聞かず逃亡よりも戦闘を重視した男達だ。さぞかし時間を稼いでくれるだろう。
気づけば皆同じ方向に走っている。シドは前を走る者達を追い抜きながら、しつこくもランタンを持っている者からそれを奪い取り、適当な家に投げた.
通りをジグザクに走りながら軒先にぶら下がっている灯りを見つけたら全て盗み、盗むそばから放り投げる。
武器を持つ薄汚れた格好の集団に、たまに通りがかった者は迷わず背を向けた。
次の門までは遠く、馬が見つからなければ騎士に追いつかれるのは必定。シドは馬の嘶きと特徴的な鼻息を探り出すや、
「馬を手に入れる。ついてこい」
そう云って大きな屋敷の門柵を押し倒し侵入した。
屋敷の窓から漏れていた灯りが揺れ、庭を走り抜ける男達は幽鬼のような影を引き連れながらシドの後を追いかける。
馬小屋へと突入したシドは馬を留め置く丸木の柵を握り、バキバキと引き剥がした。
小屋の中を折れた木材が舞い、薄い壁を突き破る。次から次へと柵を破壊したシドは小屋の中に入ってきたエルフや男達と入れ違いに外に出ると、門の方向に向けて再び駆け出し、槍を横に寝かせながら行く手に立ち塞がった屋敷の壁をぶち抜き大穴を開ける。
大通りに戻ったシドは、遅れて穴から出てきた男達の数人が馬に乗れず今だ走っているのに目をとめる。
「馬を手に入れた者は先に行け。残りはもう一度だ。乗れないものは同乗しろ」
シドは再度馬を探し、発見するやそこへ伸びる一直線の道を造る。
シドを除く全員が騎乗した頃には後方が騒がしくなるのがわかった。いくつかの場所で赤い火の手があがっている。
「門が見えたぞ!!」
ミエロンが叫ぶ。
誰にも邪魔されず走り続けた一行はとうとう二等街区への門が見える位置に辿りついた。
皆無言になる。巡回の兵士と合わなかったのには違和感を抱かざるをえないが、絶対に有り得ない事でもない。城の方で問題が起こっているし、大通りは目立つので巡回にあまり重きを置かれていないからだ。しかし門を守る兵士は間違いなく存在する。次の関門を乗り越えられるか、男達は恐々と馬を駆った。しかし――
「……どういう事だ? 誰もいないぞ」
「罠じゃないのか!?」
速度を落とし喚く男達。
シドは彼等を引き離し、エルフと共に開け放たれた門をくぐると、立ち止まって前方を眺めた。
緩くカーブを描いた道の先は建物に隠れて見えない。だが、どこに門があるのかは考えればすぐにわかった。背後でチロチロと上がっている灯りとは違う、まるで日の出のように煌々と輝く夜空の下に、最後の門はある。
「フ――」
団員達が云われずとも己と同じ選択をした事に、口元が綻ぶ。
「なんじゃあこりゃあ!?」
「すげえ火だ……。貧民街は全部焼けちまうんじゃないか!?」
シドとエルフが通過したことで安心した男達も門をくぐり、目にした光景に驚きの声をあげる。
「機に乗じるぞ。今のうちに距離を稼ぐ」
シドはエルフと男達を先に発たせ、己は門を観察する。ミアータの屋敷の場所からいって、ここもヴェガス達が突破した後の筈だが門自体は無傷のようだ。開けたままになっているのは有事の際、人の流れを制限しない為か。戦時なら閉じておくのが基本だが、災害時は消火や救援、避難などがある。緊急時マニュアル次第では今の状況も不思議ではない。
腕を組み、顎をさすりながら、
(しかし――生憎だが、今はある意味戦時でもあるのだ。やはり閉めておくのが無難だろうな)
と意地の悪い笑みを浮かべる。
内側に戻り、門を閉じると閂をかける。そして一体どうやって開けられないように細工するか考えた。
「………」
『……どうしました、マスター?』
「(うむ……。どうやって開放できないようにするか考えていた)」
『なるほど。……閂は金属ですか?』
「(そうだが、いい案があるか?)」
『はい。ヒートナイフで溶着するのはいかがでしょう。要は閂が外せないようにすればいいわけですから』
「(……それしかないか)」
ナイフを取り出しスイッチを入れると、それを閂と閂を載せる金具の部分に慎重に近づける。刀身を至近まで近づけ、閂と金具が溶けるのをじっと待った。
真っ赤になってなお待つ。すぐに水飴のように光沢を放ち始めたので、ナイフとの距離を調整する。あまり熱くなりすぎると溶けて流れ落ちてしまう。そうならないよう注意しながら二つの金属が混ざり合うように溶かしていく。
時間を使い過ぎては本末転倒だ。てこの原理で壊されないよう両端の金具だけで良しとしておく。これでハンマーで何度も叩かない限り簡単には折れないだろう。そんなものを持ち歩く騎士はいないだろうし、どこかに取りに行くにしても時間は稼げる。
脇の階段を上り、まず槍を投げると防壁から外へ飛び降りた。足から着地し、膝を曲げ、転がって衝撃を逃がす。立ち上がると槍を拾い、エルフ達を追うが、そうたいして走らないうちに立ち止まった。
通りでは物見高い住民達が外に出て見物している。かなり距離があるせいか、自分達には関係ないと云いたげな顔で。
シドは住民の一人に近付くと、その男が手に持ったランタンをもぎ取り、すぐ側の家屋に投げつけた。
「――お、お前ぇっ!! 何の真似だ!?」
「………」
「離せっ!! お、おい、止せ――」
片手で怒る男の胸ぐらを掴み上げ、頭から家屋に叩きつける。男の上半身が壁を突き破った。
「きゃああああっ!?」
凶行を目撃した女性が悲鳴をあげる。
シドの顔がぐるりと動き、自分が次の標的になったと悟った女性は灯りを投げ捨てると一目散に家に逃げ込んだ。
落ちたランタンを拾い上げたシドは火が消えていないのを確認し、それを左手で弄びながら悠然と歩き出す。
先々で扉が音を立て次々に閉まった。灯りになる物はなに一つ落ちていない。
「フン」
シドはつまらなそうに家々を一瞥し、見もせずにランタンを放り投げると、人気のなくなった通りを馬よりも早く駆け出した。




