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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
52/125

王都にて―自首――

「この愚か者がっ!!」


 ジェイン・ミル・モーザックは薄く皺の刻まれた表情を歪め、持っていた杖で床を強く叩いた。茶色の髪を後ろに撫でつけた、青い目をした偉丈夫だ。


「多くの兵を失っておきながら、それを行った者を解放するとはなんたる怠慢だ!!」


 云われた騎士は、仕える主であるジェイン王から目を逸らす。金色の刺繍の入った上衣の表面を滑り、ノリの効いたズボンを経て足元へ。


「も、申し訳ありません。しかし当人が伯爵の元へ身を寄せていると云い、また、一緒にいた者が貴族でありましたので――」

「云い訳などするな! 問題なのはお前がまともな聴取もせずに相手を解放した事にあるのだ!!」

「ハッ! 申し訳ありません!!」


 ジェインは大きく息を吐くと、執務室の椅子に座り込んだ。机の上で手を組み、ゴツゴツとした感触を確かめながら、


「それで、学長に原因があるのは間違いないのだな?」

「はい。ただ、発端は違うようでして、兵を殺害した男が入口を破壊したのがそもそもの始まり――」

「その男は何故そんな真似を?」

「……そこまではわかりかねます」

「……他にわかっている事は?」

「はい。エルフは、元々の狙いはシドという人物で、騙されて学長を射たと云っています。牢に入れてあるのですが、それしか云わないもので……。明日にでも審問吏が作業に入る予定であります」

「ふぅむ……」


 顎を撫でる。ここまでは宰相の報告と同じだ。


「そういえばハースンがやられたと聞いたが容態はどうなのだ?」

「それが……」

「……重体なのか?」


 臨時の百人長となった男の渋い表情を見て、死を予想する。


「こうも続けざまに指揮官を失うとは、選出基準を変えるべきか……」

「いえ、生きてはいるのですが、その……」

「はっきり云え」

「ハッ。件の男に頭部を強打されまして……。切開して治癒を施したのですが脳に障害が」

「……それは酷いのか?」

「実務は不可能かと思います」

「そうか。……こういう時は治癒魔法が復元型なら、と思わずにはいられんな」


 今ある治癒魔法は代謝を加速させるだけだ。再生に関与する為、親和性の問題がある。どんなに衰弱していても当人の魔力、体力を使うしかないし、治せる幅も小さい。それ故戦場では殆ど役に立たない。それに比べ復元型は息があればほぼ治せるのだ。勿論発動には多大な労力が必要ではあるが、それさえ解決してしまえば今のような状況で真価を発揮しただろう。


「かつて存在したのだから可能な筈なのだが……」


 その知識は失われて久しい。先の大戦で多くの知識が紛失したが、これはそれよりも遥か昔の魔法だ。今はただ古代の貴重な書物にその存在のみが記されている。受け入れることを良しとしなければ、生物は自然と他者の魔力に抵抗するので、肉体に関する魔法ではなく時に関する魔法だと学者たちは当たりをつけているが――


「まぁ、無いものねだりをしても始まらぬ。今できることでやらなければな」

「………」

「お前の見た男の人相を話すがいい」

「はい。特徴的なのは、人間としては見たこともないような大男で、顔の上半分を隠していた事です。それ以外ですと……防具をつけておらず、斧槍を使用していた事くらいであります」

「斧槍? 槍ではなかったか?」

「いえ、間違いなく斧槍でした。片手で扱っておりました」

「そうか。しかし、そのような変わった人物が同時期に二人現れるというのもおかしな話だからな……。武器を変えたのか……?」

「――は?」

「こちらの話だ。気にするな」


 騎士に手を振ったジェインは背もたれに身体を預け、


「とりあえず当事者となった生徒と、ヴィダレイン伯爵の元にいる男を召喚せよ。例え理由があったとしても罰を与えぬわけにはいかぬ」


 ジェインの見立てでは、少し前に報告のあった傭兵ギルドの事件と今回の事件の当事者は同一人物だ。別人と考えるには格好と行動が似通り過ぎている。そして単独であれだけの数を殺せるのだ。手加減できなかったというのは通用しない。おそらくは確信犯で、わざと手加減しなかったのだ。


「もし召喚に応じなかった場合はいかがしましょう?」

「騎士を送れ」

「生徒の方にもですか?」

「そちらは親元を調べ通達せよ。それでも応じぬならでよい」

「了解しました!」


 騎士は姿勢を正し、肘を曲げた腕を体の前に上げると威勢良く返事をした。

 部屋から退出しようとする騎士の背中に、 


「男が召喚を拒否した場合、送る騎士の数は如何程か?」


 と声がかかる。


「ハッ。……百五十名を送るつもりです」


 振り向いた騎士はしばし考え、そう答えた。


「構成は?」

「……百名を白兵装備で、五十名を弩装備とします」

「温い。男が殺した数を考えよ。数は二倍を用意し、魔法騎士も含めるのだ。逃亡に備え、騎乗させたままの騎士を常に置くようにしろ。殺してしまう事を恐れるあまり被害を増やすような真似はしてくれるなよ」

「ハハッ!」


 騎士が退出すると、ジェインは鈴を鳴らす。

 少しして、扉がコンコンと叩かれる。


「お呼びでしょうか」

「ギルド管理官を、タイタス国に関する依頼の詳細を持たせ、連れてくるのだ」

「かしこまりました」


 仮面の男率いる傭兵団が受けた依頼に関する報告書は上がってきてはいたが、事実確認が取れていない現状どうしようもないと保留していた。しかし三度目ともなると捨て置く事はできない。巨人などという眉唾物の話だったが確認を取っておかねばならないだろう。中身によっては先程指示した数をさらに増やさねばならない。

 本音を云うならば騎士団全てを送り込みたいが、たった一人を捕らえるのにそんな事をしてはまたぞろ警備がどうの沽券がどうのと云いだす輩が出るだろう。そしてなにより、居る場所が問題だった。


「ヴィダレイン伯とはな……」


 父、母共に優れた人物であり、娘もまたそうであると信じて疑わなかった。他の貴族たちには耳が痛かっただろうが、云っている事に間違いはなかったからだ。だが、両親を失った経緯もある。もし例の男を庇うようなら他貴族の突き上げから庇う事はできない。理由がなんであれ、騎士を送り込んだという事実だけでも責める貴族は必ず出てくるだろう。

 

(伯爵領を変えるべきか……)


 心中で唸る。難しいことはわかっている。あそこはただでさえ問題が多い場所だ。うまくやればのし上がれるが、失敗するとたちまち他国に切り取られてしまう。あそこを望むのは好戦的な人物だけで、だからこそ配するわけにはいかないのだ。


「――ん?」


 杖にはまった魔導石を撫で回すジェインの耳に、通路を走る足音が聞こえてきた。

 足音は扉の前で消え、代わりに叩く音に。


「陛下! 私です! 臨時の百人長ムアトです!」

「入れ」


 飛び込むように室内に足を踏み入れた騎士は、


「先程話していた男が来ました!!」

「……なに?」

「例の事件の、仮面をつけた男が! たった今部下が報告に来たのです!!」


 焦っているのか順序が滅茶苦茶だ。しかしジェインは、


「来たのか? 仮面の男が?」

「はい!」

「……まぁ少し落ち着け。危急でなければ深呼吸するのだ」

「ハハッ!」


 騎士は大きく息を吸って吐く。それを数度繰り返し、


「失礼致しました。仮面の男が城にやってきて、エルフに命令したのは自分だと、城門の警備に云ったらしいのです」

「……エルフの云っている事と違うな」


 ジェインは顔を顰めた。どちらかが嘘をついている。


「その男は今はどうしている?」

「ハ。真偽が不明なので牢に。明日、エルフと共に取り調べを行おうかと考えています」

「暴れなかったのか?」

「はい。部下が云うには、抵抗はせず、武器も持っていなかったとの事です」

「そうか……」


 これが初めてではないのだ。今になって自分のした事に怖気づいたわけではあるまい。悪いと思っていないのに牢に入りにくるのには理由がある筈である。こういう時は最悪の場合を想定するべきだ。


「……狙いは何だと思うか?」

「ハ。そうですね……伯爵からそうするように云われた、というのは有り得ないでしょうか?」

「うむ。伯爵ならそういう行動をとってもおかしくはないな」 

 

 しかし弱い。力で物事を片付ける人間が、武闘派でもない伯爵の云う事を素直に聞き入れるだろうか。勿論伯爵と男の関係性によっては有り得るかもしれないが――


「……他にないか。その男が全く反省をしておらず、また、するつもりもないという前提でだ」

「他に、でありますか……」


 騎士は床を見下ろしながら考える。

 同じく男の事を考えていたジェインは、ふとその力に思い至った。


「牢の封紋は劣化してないな?」

「ハッ! 定期的に手入れをしており、その際の報告には問題が起きたとはありませんでした!」 

「ならばよい」


 ホッと安堵の息をつく。


「エルフを助けにきた可能性もあるからな。既に牢に入っているなら心配なかろう」


 牢自体は力の強い亜人でも破壊できないように作られている。その上封紋で内部の魔力の動きを壊乱させれば誰であっても脱獄は不可能だ。


「念の為、魔法騎士を建物の外へ配しておけ」

「ハ!」

「下がっていいぞ」


 頭を下げた騎士が退出する。

 ジェインは問題が一つ片付いた事に、肩の力を抜いた。これで騎士を送らずに済む。ひとまずは伯爵領の問題は棚上げになった。

 杖の先にはまった魔導石を凝める。昔からの愛用の品だ。こうやって凝めていると、心の中が澄み渡ってくる。 


「陛下。ギルド管理官を連れてまいりました」

「……入れ」


 ノックと共に云われた言葉に返事をし、入室してきた管理官を見る。

 ジェインは既に成人した息子がいる年齢だ。若い時と違い、年々疲れやすくなる。早く切り上げたいが、確認しないわけにもいかない。


「――さて、まずはその報告書の出された経緯からだ」


 ミエラ、今日は遅くなりそうだ――管理官に話しかけながら、ジェインは妻に謝った。











「……どうやら、誰もいないようだな」


 アキムは建物の端から覆面を被った顔をそっと覗かせ、見える範囲に誰もいない事を確認した。


「ふむ。――どれ、ワタシにも見せてみろ」

「あっ!? こら!」


 真似して顔を出そうとする、同じく覆面で顔をすっぽり覆ったマリーディアの頭を押さえつける。


「大人しくしてるって約束だろ!?」

「アキム、声が大きいぞ。人に聞かれてはまずいのだろう?」

「ぐっ……」


 慌ててキョロキョロと周囲を見回す。


「心配するな。もうこんな時間だからな。巡回の兵士にさえ気をつければ大丈夫な筈だ」


 マリーディアはそう云うと、建物の陰から出てスタスタと歩き出す。


「おぉいっ!? 頼むから勝手に動かないでくれよ!」

「モタモタするな。さっき通り過ぎた巡回が戻ってきてしまう」


 妹を追いかけながらアキムは、


「やっぱ伯爵の所にいてくれよ! 頼むよ!」

「その件については既に答えは出ている」

「そこを考え直してくれ!」

「……それは無理というものだ。何故なら、考えれば考えるほどついて行くというワタシの意志は固くなるからだ」

「………」

「ワタシとしても足手まといにはなりたくない。ちゃんと用心して行動するからそんなに心配しなくても大丈夫だ……と思う」


 マリーディアとてお金を稼ごうとする家族の邪魔をしたくはない。どんな依頼が来るかわからない傭兵なのだから時間外に野外へ出なければならないというのも一応納得はできる――のだが、


「一緒に行く相手が問題なのだ」


 ブツブツと口の中で呟く。兄が、あのシドという男と一緒に行動する。それが真っ当な仕事の筈がない。犯罪者になりにいく兄を黙って見過ごす事はどうしてもできなかった。


「外に逃げた盗賊を追いかけて始末するだけって云ったろ。ついてくるのは危険だし、残党が街に戻ってきた場合、何があるかわからないから伯爵のとこにいてくれよ」


 アキムが云っているのはキリイと考えた理由だ。いろいろ知恵を絞ったが、これが一番無理がなさそうだったのだ。顔を見られた盗賊を取り逃がした、という設定だ。家族の元まで危害が及ぶかは怪しいが、キリイが念を押してくれたのでこれに決まった。


「あのシドという男も行くのだろう」

「団長は別の仕事って何度も云ったろ? 俺とキリイで行くんだよ」

「……本当か?」


 マリーディアはじーっと兄を凝めた。


「――お、おう。勿論本当だぜ? お兄ちゃん嘘つかない」

「………」

「………」


 兄と妹は黙って凝め合った。

 視線を逸らせば負けだ。アキムは精一杯真面目な表情を作る。


「……それでいいのだな?」


 マリーディアが唐突に訊ねた。


「うん?」

「本当に、それでいいのだな?」

「……う、うむ。それでいい」

「キリイと二人で行くのだな?」

「あ、ああ。そうだぜ。俺とあいつは大の仲良しだからな。危険な仕事だが俺たち二人ならやり遂げられるだろう」

「……アキム、ワタシはもうついていくと決めてるんだぞ? ほんっとーに! それでいいのだな?」

「………」


 アキムのこめかみから嫌な汗が吹き出した。ついてこられたら嘘だとバレてしまう。


「ワタシは嘘をつく奴は嫌いだ」

「………」

「こんな危険な事で家族に嘘をつかれたら、嫌気がさして嫁にいく前に駆け落ちしてしまうかもしれないなぁ」

「――つっ!? そそそれはぁっ!? お、お兄ちゃんはそんな相手がいるなんて聞いていないぞ!?」

「別にいるなんて云っていない。あくまで可能性の問題だよ、可能性の。ただ確実なのは、嘘をつかれたら二度と口をきかないという事だな」

「そんな馬鹿なっ!!」

「声が大きい。自分が何をしているか自覚がないのか!?」

「す、済まん。つい……」

「それで、ワタシの質問に答えてないのだが」

「あ、ああ……」


 もう駄目だ。これは誤魔化せない。アキムは心中で涙を流した。こちらは最初から人質を取られているも同然の勝負だった。妹を騙すなど土台無理な話だったのだ。


「じ、実は……」

「実は?」

「そういえば、シドも後から合流する予定だったのを今思い出したよ。お兄ちゃん、うっかり忘れていたんだ」

「ふん!」


 それ見たことか――と、マリーディアは鼻を鳴らした。危険な夜の森に、危険な仕事をしにいくのにたった二人だけなど有り得ない。もし他に大勢が参加していたとしても、そこに団長であるあの男がいないのは不自然だ。何故なら、あれ程荒事に向いている(タイプ)はそうそういないから。


「なんてこったい」


 アキムは盛大に溜め息をつく。避難の理由に危険という言葉を用いた時点で負けは決まっていた。元々の事情がそうであるからといって、嘘をつくのに同じようにする必要はなかった。自分の仕事と避難は切り分けて考えるべきだったのだ。今更ながらに、学校を理由に伯爵の元へやる方が良かったと気づいたが、もう手遅れだ。

 しかし――しかしまだ終わりではない。アキムは自分を奮い立たせた。まだ外に出る理由が残っている。これは問い詰められたら悲惨な事になるのは目に見えていた。『お兄ちゃん、今からシドと一緒にオーガの軍団を作って、エルフを支配しに行くんだ』などと云ったら妹が発狂しかねない。そういうのは団長という責任者に回すことにして、今は誤魔化す。もう嘘はつけないので、このまま言及させずにシドの元へ連れて行こう。訊かれた事には正直に答えた。残りは答えていないから嘘をついたことにはならないのだ。

 そこまで考えたアキムはふと思った。最近はこういうことばかりやっている気がする。という事はつまり――

 世界がアキムに智謀の人になれと云っている。ただ強いだけでは英雄にはなれないという。英雄になるには運が必要だからだ。ただそこにいるだけで解決すべき難題が向こうからやってくるのである。それらをこなした結果、英雄と呼ばれる者になるのだ。

 俺は軍師に向いているようだし、世界もそれを望んでいる――ついさっき妹に云い負かされたにも関わらずそう結論づけたアキムは、


「ふっふっふ」


 と、薄気味悪い笑顔を浮かべた。

 いきなり笑い出した兄に、マリーディアがざっと後退る。


「なにを笑っているのだ?」

「俺はもしかしたら歴史の本に名前が載るかもしれないぜ」

「……頭大丈夫か?」


 マリーディアは、アキムの答えに変な物でも口に入れたかのような顔をし、背を向けるとずんずん前に進み出す。

 アキムはそれを目を見開いて呆然と眺めた。


「これが、戦わずして勝つ――というやつなのか……?」


 昇った月がアキムを祝福していた。




 

    

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