王都にて―誓い―
「頼む! 父を助けるのを手伝ってくれ!!」
もはや溜まり場と化している応接室。そう云ったレントゥスが頭を下げると、横に並んだレティシアも同じように頭を下げた。
傭兵団の面々はそれぞれにやっていた事を中断し、顔を上げて二人を見たが、シドだけはマリーディアが持ってきた書物を仕分けしている。その姿に、皆申し訳なさそうにしながらも首を横に振った。
「そんな……。同じ団の仲間じゃないか!! 困っているのに見捨てるのか!?」
「馬鹿云っちゃいけねえ。俺達だって助けてやりたいとは思ってるよ。だがな、お前の親父はまごう事なき犯罪者だ。こいつを助けるとなると、俺達だけじゃ手に余るってモンだ」
アキムはレントゥスを見ながらニヤニヤ笑う。
「団長ならなんとかできるかもな。頼んでみたらどうだ?」
「元はと云えばお前が騙したからこうなったんだぞ!? 悪いとは思わないのか!?」
「これっぽっちも思わないね。そもそも傭兵団の団員に、お前達の団長を殺すから案内しろと云って、返ってきた答えを信じるほうがどうかしてるぜ」
「くそっ! ――ミラ! サラ! 手伝ってくれ!!」
アキムが弾き返した矛先は、姉妹の元へと向かった。
「なに云ってんのよ、あんた。出来るんならとっくにあの時やってたわ。無理だからこうなってるんでしょうが」
「……普通に考えて無理」
「そんな……」
姉妹にも断られたレントゥスはターシャ、ヴェガス、キリイに顔を向けるが、誰一人として頷いてくれなかった。
「さすがに城から罪人を連れ出すのは俺でも厳しいぜ」
とヴェガス。牢獄は城自体とは別の場所にあるが、敷地には騎士団の駐屯所があるし、真横には本隊の宿舎もある。忍び込んだのがバレたらあっという間に包囲されてしまう。
「気づかれないで忍び込めればいけるかもしれねぇが、はっきり云ってそんな特技は誰も持ってねえだろ」
「何か、何か手がある筈だ!!」
「勿論ある」
「そうだ! きっとある――え?」
レントゥスは唐突に言葉を挟んだシドを見た。
シドは床に座り込んで仕分けた書物の片方の山を、手の甲でずず、とアキムの方へ滑らせる。
「アキム。これはお前の妹に返却しておけ」
「うん? いらないのか?」
「ああ。持っていても邪魔になるだけだ。残りも必要がなくなり次第返そう。ただ、魔法についての書物だけは貰っておく」
「ふーん。なんていうか、珍しいな」
アキムが必要ないと云われた方の山を覗き込み、一番上の題名を読む。
「『太陽の騎士と花の乙女』か。なるほど。恋愛物はお気に召さなかったらしいな」
もう片方の山は歴史、政治、経済や戦争について書かれた物だ。ターシャから表記と発音を一通り学び、今では読む事が可能となったそれを、シドはひとまずコンテナにしまい込む。船に中身を送るには一枚一枚めくって読み取らなければいけないので時間がかかる。そしてそれを今度は人が読むようにきちんと理解する必要があった。しかしシドは意味があると思われる部分を抽出するのはドリスにやらせるつもりだ。
「(真面目にまとめておけよ)」
『お任せください! しかしマスター、どこに役立つ情報があるかわからないのですから、冒険物や恋愛物も読んでおいた方がいいと思います!』
「(……お前が読みたいだけではないのか?)」
『違いますとも! 感情の機微で動く人間は多いのですから、そういった人間の対応でより良きアドバイスをと!』
「(……そうか。ならばいいだろう。しかし、そういった物は最後にやるのだぞ)」
『了解しましたっ!!』
ドリスはビシッと云う。敬礼する姿が見えるかのようだった。
シドは残した書物の山もコンテナの中に詰めながら、
「やはりこれも読んでおくことにした。返すのは読み終わった後だ」
「え……。読むのかそれ……?」
「そうだ。いつか役に立つかもしれんからな」
「………」
「そんな事より助ける方法を早く教えてくれ!!」
シドとアキムの会話を我慢して聞いていたレントゥスが痺れを切らして云った。
「どうすれば父を助ける事ができるんだ!?」
「その前に、お前は自身が何を云っているのか正しく理解しているのか?」
シドはどっかと腰をおろしながら、
「今こうやってお前達がくつろいで過ごしている事からわかるように、俺達は国と敵対していない。俺は常に云い訳が可能な状況でしか事を起こしていないからだ。だがレントゥス、お前の頼みを聞いてエルフを助け出せばそれも終わりだ。そうなった時、お前はどうするつもりなのだ?」
「……あんただって砦の時は国を敵に回す可能性があっただろう」
「確かにそうだな。勝算はあったが戦いが終わるまでは結果など誰にもわからん。故にそのような仮定には意味がない。だが、それを抜きにしても俺とお前には大きな違いがあろう」
「………」
「お前には力づくで俺達を参加させるという道と、言葉によって説得するという道がある。前者は無理で、お前は後者は選んだが、如何せん言葉に説得力がない。金で俺達を動かそうとするならば言葉など不要だ。難易度が高ければ高いほど金額が跳ね上がるだけなのだからな。しかし仲間意識に訴えて動かそうとするなら依頼の内容に応じた言葉を用意するのが筋というものだぞ。金による報酬と違い、利益分の動きようがないのだ。せめてマイナス面を減らす努力くらいはしろ。勝率ゼロの作戦など仲間であっても誰も協力するものか」
「じゃあどうしろって云うんだ!! 僕達には金がない!! 同族であるエルフは森の中だ!! 出せる物なんか何もない!!」
「いや、出せるものならある」
シドはエルフの兄妹をじっと見定めながら、
「もし事が成ればお前達エルフはこの国と敵対する。その後、俺が兵を起こす時にはこちら側に立って参戦するのだ」
「え……?」
「強要するつもりはないが、どちらにせよ俺は中立など認めん。味方となるか敵となるかしか道はない」
「何を馬鹿な事を云って――」
「――そうだぜ、シド。一国とやりあって勝てるわけがない。だいたいなんで戦うんだよ。あんたは権力や金に興味があるようには見えないぞ」
アキムが云い、キリイやヴェガスも同じ意見のようだった。
エルフ達は驚いてはいるが、人間の国には興味がないのか、その注意は自身の進退に向けられているようで、
「別にあんたが誰と戦おうとどうでもいいけど、アタシ達を巻き込まないでもらいたいわ。やるなら一人でやりなさいよね」
「元よりそのつもりだが、お前達は一応俺の指揮下にあるのだからな。事を始めるに当たり選択肢を与えたのだ」
シドは最初この世界の住人の背中を突き、争わせることによって目的を成し遂げようとしたが、老人とのやり取りの際、今のまま発展しても行き着く先は予測不可能だという事に気づいた。それならば少しでも誘導可能な道を選ぶべきであり、その為には原住民だけに任してはおけない。彼等が自ら魔法を衰退させる事など有り得ないからだ。
取るべき手は三つあった。下策は座して待つ。中策は表に出ずに発展を加速させる。上策は干渉し、己の望む方向へ文明を誘導する、の三つだ。下策は原隊復帰への努力を怠ったと見られる可能性があり、中策は原住民が軍の教化に抵抗した場合、敵勢力の発展に加担したと見られる可能性がある。そして上策では独断専行が責められるだろう。だが、マニュアルなど存在せず、どうせ軍規を逸脱するのなら、後は確率で選ぶべきだ。
帰還の確率については上策が最も高い。シドは下策を選択した場合の帰還の確率はほぼゼロだと考えていた。戦闘中にロストした使い捨ての兵器に捜索隊を派遣するような軍ではないからだ。それに、逃亡や反逆で処分されるくらいならこの星を焼き払って処分された方がマシだという思いもある。
だが、策が成ればこの世界に第二の宇宙軍ができあがる。シドの教化によってできあがった世界の軍であり、シドが存在している間に元宇宙への道が開けばそのまま合流できる。手土産と共に帰還すれば処分されることはないだろう。
「――それで、お前達もサラと同じ意見でいいのだな」
シドはレントゥスとレティシアに確認する。
「サラと意見を同じくする者は明日中に団を離れるがいい。明後日には王に会いに行くつもりだからな」
「……会ってどうするんだよ?」
「軍の指揮権を移譲してもらうのだ。一兵も減らずに俺の物になるのならそれに越したことはない」
「ははっ、冗談きついぜ、オイ」
アキムが乾いた笑いを漏らす。
「そんなん飲むわけないだろ。城内の近衛に殺されるぞ」
「いいや。もしそうなったら死ぬのは奴等だ。王も貴族も騎士も従わぬ者は排除する」
シドは断言した。そしてレントゥスに顔を向ける。
「だからこそお前に訊いたのだ、レントゥス。アキムの云う通り、おそらくこの国の王は俺の言葉を撥ねのけるだろう。俺がこの国と敵対する事はほぼ確実だ。故にお前の父親を助けることは俺にとっては何でもないことなのだ」
「だったらついでに牢獄の兵を殺してくれよ!! そしたらあとはこっちでやる!!」
「虫のいいことを云うな。もしエルフが俺の側に立たないのなら、この国の支配層を殺した後は森へ侵攻するつもりなのだぞ」
エルフが味方となった場合とならなかった場合では多少順番が変わる。レントゥスがシドの出した条件を了承すれば救出を最優先とし、その事を利用してエルフを軍に組み込む方向へ行く。仮に飲まなかった場合は支配層を一掃した上で一度森に戻るつもりだ。用を済ませてこの街に戻ってきた時には混乱を経た後に力による秩序が築かれている筈で、それを横からかっさらうのだ。
「侵攻って……。あんたバカなの? 軍なんて持ってないでしょ」
「今はな」
呆れた様子のサラに対し、シドは意味ありげに云うと口を閉じる。
「ちょ、ちょっと待てよ。整理しよう」
アキムが手を伸ばして、
「そもそもなんでいきなり国と戦うなんて話になったんだ? まずはそこからだ。もしかしたら戦わないで済むかもしれないからな」
「俺の目的は、長い目で見れば文明の発展、となる」
「……短い目で見たら?」
「征服だ」
「………」
駄目だこりゃ、とアキム。シドが頑固なのはとっくの昔にわかっている事だ。もう自分で決めてしまっているみたいだし、周りがどうしようと変えないだろう。そうなるとシドの行動に合わせてこちらもやり方を決めるべきだ。それが一番被害が少ない。
「……この国を支配するのか?」
「そうだな。俺のやる事には軍が必要だ。この国の住人には俺の刃となって他国に斬り込んでもらう」
「勝算はあるのか?」
「うむ。確約はできんが、かなり高い確率だと思っていい」
「ふーむ……」
アキムは腕組みして唸る。アキムの家は王都にあるし、妹の事を考えるなら勝つ方につくしかない。
「具体的な方策を訊いてもいいか?」
「構わんが、聞いた後で敵になる選択をすればこの場で殺すがいいな?」
「え、マジ……?」
シドは黙って首を縦に振った。そして仮面をゆっくりと外す。
「戦争は避けられぬ。要は俺の力を信じるかどうかなのだ。俺が敗北すると思う者は去るがいい」
場にいる全ての者がまじまじとシドの顔を見ている。しかしアキムとミラ、サラの姉妹だけは他の者より驚きが少ない。しかし皆怪しんではいたのだろう。突っ込んで訊いてくる者はいなかった。
「あんたやっぱ人間じゃなかったな。じゃないと俺に力で勝てるわけがないんだ」
「正確には生物ですらないがな。亜人の一種だとでも考えておけ。大差ない」
ヴェガスが合点がいったとばかりに笑う。
「あ、あのー、ちょっとよろしいでしょうか……?」
「なんだ?」
仮面を戻し、ターシャに顔を向ける。
「ここで私達が貴方の側につくと云っても、村落の皆が賛同するとは限らないのですが」
「俺は俺に従わぬ者は全て敵とみなす。だが、同郷だからといって連座にするつもりはない。お前達が俺に味方し村のエルフが敵に回った場合、敵とみなすのは村のエルフのみだ」
「今ここで私達が味方すると答えたら、レントゥス達の父親はどうなるのでしょうか?」
「その場合は今すぐにでも牢獄から連れ出すつもりだ。その後お前達と共に森へ行き、俺自身の用を済ませた後、エルフの村へ行く事になる」
「そこで村の皆が協力を拒んだ場合は?」
「戦闘になるだろう」
「………」
ターシャは溜め息をつく。選択肢はあるようでなかった。どう転んでもシドによる最後通牒は突きつけられるのだ。ならばせめて兄妹の父親だけでも助けておくべきだろう。そう考え、エルフの四人を見渡し、
「……ここは味方するべきだと思います」
「あんた正気なの!? どうして私達が戦争に参加しないといけないのよ!? そういうのはやりたい奴だけでやってればいいでしょ!!」
「貴方は結局姉と同じ選択をするでしょうから、ミラに訊くべきでしたね」
「バカにしてんの!?」
「どうですか、ミラ?」
「……そうね。私もシドについた方がいいと思う」
「ええっ!? お姉ちゃんまで!?」
ミラは妹に頷いた。考えれば嫌でもターシャと同じ結論に行き着くのだ。もし云うようにシドが本当に強ければ味方となるのは正しい選択だ。何故なら人間がどうなろうと基本エルフには関係ないからだ。逆にシドが自分で云うほど強くなかった場合、味方になるのは自殺志願も同然だが、その時はシド自身が云ったように順番が前後するのでエルフの村での戦闘で終わる。しかしこれには条件が一つあった。
「牢獄に助けに行くのは私達も?」
「いや、お前達は邪魔だ。外で待機していろ」
ほっと安堵の息を吐く。これで最悪の事態を回避できる可能性は高まった。シドが敗れた後、国がエルフを攻めるという事態を。シドはミエロンを牢獄から助け出した時点でエルフと国が敵対すると云ったが、ミラはそうは思っていなかった。せいぜいが街にいるエルフに危害が及ぶ程度だと見ている。しかも助け出したのが見掛け人間ならなおさらである。上手く事が運べばもうミラ達がこの街に来ることはないし、元々人間の街にいるエルフの数など知れている。彼等に悪いが、ミラはミエロン達を助ける為なら見知らぬエルフは迷う事なく犠牲にできた。
「私は味方する事に決めた」
ターシャはシドの力を信じた上で結論を出したが、ミラはどっちに転んでも構わないよう考えた上で結論を出す。ミエロン達を助ける事も含めればこれが最善だ。
「お姉ちゃんが味方するならアタシも味方するわよ!! これでもう勝利は決まったも同然ね!!」
「………」
ターシャはそれ見たことか、とサラを見た。そして最後にレントゥスとレティシアに、
「貴方達はどうする? 父親を助けたいなら迷う余地はないと思うけど――」
「そうだね」
レントゥスは妹を一度見た後、シドに、
「一人で本当に助けられるのか?」
「任せておけ。既に死んでいたり致命傷を負っていなければ必ずお前達の元へ届けてやろう」
「……そうか。なら僕もあんたに味方しよう。でも、何らかの理由でその後敵になることがあっても悪いとは思わない。全力で殺す。それでも構わないよな?」
「いいとも。力さえあれば全ての他意は排除可能だ」
「あんたならそう云うと思った」
と珍しくも笑う。そして妹に、
「レティもそれでいいな?」
「はい。皆が考えて出した答えなら……」
これでエルフの意見は出揃った。シドは残るヴェガス、アキム、キリイへ問いかけようとした。しかし、
「まさか俺に問うなんて野暮な真似はしねぇだろうな」
ヴェガスはシドが口を開く前に云った。
「俺の進退はあんたが決めるってことになってるみたいだしよ」
「そういえばそうだったな」
これで残りはアキムとキリイだ。
しかしこの二人は迷いが抜けないようである。シドはあと一押しする事に決めた。
「アキム、短剣を持っているか?」
「へ? あ、ああ。持ってるぜ」
シドが云うとアキムは懐から短剣を取り出した。
シドは右手を前にだし、
「それで俺の手を刺してみろ。本気でな」
「え?」
「刺せと云ったのだ」
「で、でもよ――」
「いいからやれ」
「………」
アキムは近付くと、シドの手を前にゴクリと唾を飲み込んだ。目の前に人の頭をすっぽりと包み込めるくらい大きな手がある。
「ほ、本気でやるからな。刺さったからといって殺すのはなしだぞ」
「そんな事はせん。早くしろ」
「……くそっ! 知らねえぞ!!」
振りかぶり、思い切り振り下ろす。
「――うおっ!?」
両手で握り締めた短剣の刃が、シドの手の甲とぶつかり、皮一枚を裂いて止まった。
アキムは呆然とそれ見ながら、手を摩る。
「マジかよこれ。なんか入ってんのか?」
「そういう体躯なのだ」
シドは手を戻しながら、
「俺は疲労しない。そして腕力はお前達も知っているな。これが俺の勝算の一つだ」
「……なるほどな。どうりで強気なわけだ。でもそれだけじゃきついぜ。あんたが例え一人で軍を相手にできたとしても、一箇所から攻めてくるとは限らないんだから」
「わかっている。だから俺も軍を手に入れようとしているのだ」
正確には少し違った。シドの目的は戦争そのものであり、一つの戦場で敗北してもシド自身が存在する限り戦いは継続するからだ。しかし周りを巻き込むのならば勝利を収めるつもりである。これは目的と相反しない。
「……なぁ、ちょっといいか」
ここで初めてキリイが口を開いた。眉間に皺を寄せ、渋い顔で、
「敵の扱いはどうなるんだ?」
「抵抗する者は皆殺しだ。投降に応じた者には性別、年齢、能力にあわせ労役を課す」
「……女は?」
「主に食糧生産や繊維品の制作だな。あとは、征服した土地には国民から志願者を募り入植させるつもりだが、その下で死ぬまで働くのだ」
「……男は?」
「志願するのなら兵役。それ以外は鉱山や開拓といった肉体労働だ。優れた技術者はまた別になるが」
「……こ、子供は?」
「抵抗した者共の子は国が教育し直す。完璧な兵士に仕立て上げ、戦場へ送る事になるだろう」
「………」
「他に訊きたいことはあるか? 戦略戦術に関する事以外なら答えてやろう」
「い、いや。もう大丈夫だ……」
キリイはアキムの様子を窺うが、アキムはアキムで自身の内に埋没している。
「……とりあえず、俺は家族が助かる方で」
「つまりは俺に味方するという事だな」
「そう……なのかな……?」
「そうだとも。俺は女子供でも容赦せんが、相手は違うかもしれんぞ。負けた時のことを考えるなら情けをかけてくれる相手を敵に回しておいた方がよかろう」
「云われてみればそうだな……。勝てば問題ないし、負けた時は命乞いすればいいか……」
残りはアキムだけだ。全員の視線が集中する。
本人は視線に気圧されたように、
「なら俺は、俺と妹が助かる方で……」
「それもまた俺に味方するという事だな」
シドは大きく頷いた。
「………」
「なぜならば、俺は女子供でも――」
「――わかったわかった! それはもうわかってるから! 俺もそれでいいよ! あんたの味方だ!」
「決まりだな。まさか全員一致とは予想もしていなかったぞ」
「嘘つけよ!! 選ぶ余地なんかなかっただろ!!」
「そう喚くものではない。これはお前にとっても幸運な事なのだぞ」
「……なんでだよ」
「このまま普通に暮らしていればお前の妹は間違いなく嫁に行くからだ」
シドがそう云うと、アキムは痛い所を突かれた、という顔になる。しかし続く言葉で表情が変わった。
「だが、俺と共に覇権を握れば婚姻の話を握り潰す事が可能となる」
「……そんな事、やっちゃっていいの?」
「勿論いいとも。意見を通すに見合った能力さえあればな。選ぶのは常に勝者であり、強者なのだ」
「……なんかやる気が出てきたぜ」
アキムは拳を握り締めた。
「前々からこの国の貴族共は妹には相応しくないと思ってたんだ」
「お前はこの世の男全員に対してそう思ってるんだろ、どうせ」
キリイがジトリとした目を向ける。
「その通りだよ。――それで、団長。これからどうするんだ?」
「王に会いに行くのは後になろう。形式も少し変わる。お前達は街を抜け出て森でオーガと共に待て。レントゥス達の父親を助け出してから合流する」
「その後は?」
「森にいるオーガを始めとする魔物を統合し、エルフの村へ向かう。途中俺は数日抜け出すが、お前達は予定通り行動するのだ」
「……それから?」
「全軍でこの街へ移動する」
「……そして?」
「王に会い、先程云った要求を突きつける」
「……街へ入る時点で追い返されたら、どうする?」
「その時は、俺の魔法が火を吹く事になるだろう」
シドは口角を吊り上げた。船に戻り武器を調達しなければ。この世界の人間共に魔法というものが如何に頼りないものかを教えてやるのだ。授業料は奴等自身の命である。
「……伯爵はどうするの?」
「今は放っておけ。しばらく留守にするとだけ伝えるのだ」
ミラに重々しく答える。
「再び戻ってきた時、伝令を先行させどちらにつくか決めさせればいい。敵に回る可能性もある。荷物は全て持ち出せ」
「シド、今からだと日が暮れる。通用門が閉まってしまう」
「門番を殺せばよかろう」
「そりゃ無茶ってもんだぜ。俺やキリイの家族はここにいるんだぞ」
「ふむ……。そうだな」
アキムの懸念は尤もだ。この二人はまだ表に出さない方がいいかもしれない。エルフとヴェガスは目立つから顔を隠しても一緒にいるだけで素性がバレる恐れがある。
「ではお前達は単独で城壁を伝って外に出ろ。念の為顔を見られないようにし、目撃者は消すんだ。馬車はエルフ達とヴェガスに任せよう」
「俺達だけここに残ってあんたの帰りを待つってのはどうだ?」
「俺が牢獄を襲撃した後、お前達に調べが入るかもしれんぞ。それでもよければ好きにするがいい」
「いや……。その考えでいくなら俺達の家族もヤバイって事になるんだが……」
「ならばここへ連れてきておけ。そうそうは手が出せん筈だ。ミアータが敵に回るようなら伝令を送った際に諸共引き上げさせればいい」
「その手があったか!」
アキムが指を鳴らして表情を緩める。
もう問題はないだろう。シドは皆に、
「それでは準備にかかれ」
「ちょっと待ちなさいよ!!」
「……なんだ」
「なによそのイヤそうな顔は! アタシ達の魔導石はどうなるのよ! まだ調べてもらってないのに!!」
「後にしろ」
「イヤよ! 門を強行突破するのにまともな魔法もなしに行きたくない!」
「……仕方のない奴だ」
首を振ったシドはヴェガスに、
「途中、店によって適当な杖を奪ってから行け。門を抜けるまで騒ぎにならないよう、ちゃんと死体は――」
「――待って! やっぱり魔法はいらないから!」
ミラが慌ててサラを押し退けた。
「でもお姉ちゃん――」
「いいから!」
サラが渋々ながら引き下がる。
「……もう問題はないな」
シドは改めて全員の顔を見渡す。
「では行動に移れ。万が一俺が戻らなかった時は、金を分けて各自好きなように生きろ」
馬車に載せるためにコンテナを担ぎ上げ、射撃槍を持つ。
「おい、もう行くのかよ!?」
「そうだ。遅くなればそれだけ助け出すエルフの行動力は落ちる」
シドの大きな背中が扉の向こうへ消えると、室内を沈黙が満たした。
「……本当に大丈夫でしょうか?」
レティシアがポツリと云った。
「逆だよ、逆」
「え……?」
「もし我等の団長がこれに失敗するようなら、お前達には悪いがエルフが三人死ぬだけで終わる話だ。問題になるのは本当に大丈夫だった場合さ」
アキムは肩を竦めて、
「シドがもしお前達の親父を連れ出すことに成功したら、間違いなく戦争になる。あの性格だから笑っちまう位の死人が出るだろうよ」
「そんな……」
「別にいいじゃない。どうせ殆ど人間でしょ。死ぬのは」
「まぁそうなんだが……」
「そんな事より行こ、お姉ちゃん」
ミラとサラが出て行き、残りの三人のエルフも続く。
ヴェガスはキリイの背中を叩き、
「まぁあんま深く考えない事だぜ。見ようによっちゃこれは出世の機会なんだからな」
「そうかぁ……?」
「そうだぜ。頑張れば将軍とかに成れる可能性だってあるんだ」
「でもなぁ……」
「傭兵より将軍がいいと思わねえのか?」
「そりゃそっちがいいに決まってるが……」
「子供に自慢できるんだぞ。嫁だっておめぇを自慢に思うだろうよ」
「まぁ……、な」
「負けた時に死ぬのは傭兵だって将軍だって変わりあるめえ。どうせ命を賭け金にするなら大勝負を張るんだよ!!」
ガハハハ、と上機嫌に笑う。
「つってもな、キリイよ。もしおめぇが将軍になったら、与えられる部隊は徴発部隊だろうよ!!」
「――ブフッ」
アキムが堪えきれずに吹き出した。重かった空気を吹き飛ばすかのように笑う。
「違いないぜ、キリイ。俺が後で進言しといてやる」
「……ふっ」
とうとうキリイも小さい笑顔を浮かべた。
「そうだな。もう決まってしまった事だし、気張って稼ぐとするかな」
「そうこなくちゃ」
徐々に笑いが収まり、沈黙が戻ってくる。男三人は静かに顔を見合わせた。
不意にヴェガスが拳を作り、前に突き出す。
「勝とうが負けようが俺がいい死に方はできねえってのは前からわかってた事だ。どうせロクな死に方ができねえのなら生きてる間は好きにやらせてもらう」
アキムはきょとんとしたが、ニヤリと笑うと同じように拳を突き出す。
「マリーと結婚しようとする男は皆殺しにしてやるぜ。色目を使う男もな」
アキムとヴェガスは無言でキリイを催促する。
キリイはのろのろと二人を真似た。拳を作ると前に突き出す。
「えー、俺は妻と息子にいい生活をさせる。凄くいい生活だ。毎日美味いもん食っていい服を着るんだ。そしてでかい家で、ふかふかの寝台で寝る。使用人も勿論いるんだ」
「……その為なら女だって殺して金を奪うぜ」
「下着すら残さねえ」
「おいっ!?」
勝手に付け足され、顔色を変えるキリイの拳に、アキムとヴェガスは拳を押し当てた。




