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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
50/125

王都にて―罪の行方―

「づぇい!!」


 両手を封じられた老人が裂帛の気合と共に蹴りを放つ。

 脛当て(グリーブ)に包まれた脚がシドの股下に潜り込み、鈍い音を発した。

 アキムが大きく口を開け、マリーディアが目を見開く。

 確かな手応えを感じた老人は笑みを浮かべた。脚に感じた硬い感触。衝撃は骨まで響いた筈だ。

 しかし返ってきた反応はつまらなそうな一瞥だった。

 シドが老人の腕を開いて宙吊りにすると笑みを浮かべていた表情が凍りつく。


「お、俺を殺せば貴様もただでは済まんぞ」

「うん?」

「俺はこの国の騎竜技術を先導しているのだ。殺せば国の損失となる。王がお前を罰するだろう」

「………」

「し、周辺国で竜を戦力化しているのは帝国だけだ。これからの戦は空なのだ。空を奪われれば戦には勝てん」

「ク――クク、クハハ」


 シドが漏らした静かな笑いは、最終的には吠えるような笑い声へと変化した。


「この俺に制空権の重要性を語るか、老人。滑稽な」

「なにぃ!?」

「今の言葉を聞いてますますお前を殺す必要性が出てきたぞ。竜とそれを操る者は生かしておけん。技術も含め地上から欠片も残さず消し去ってやる」

「正気か、貴様」

「正気だとも。そのような技術が存在すれば航空力学の発展に多大な支障をきたす。この星の生物ではいくら強靭であろうとも限度が知れている。いわんや恒星間航行にはとても耐えられまい」

「……何を云っているのだ、貴様は」


 老人はいきなり訳のわからぬ事を云い始めたシドを呆気にとられて見た。そして微かな風を切る音、続いて聞こえた湿った音に顔を歪める。

 鎧を貫き、老人の背に突き立った矢が二本、三本と数を増やした。しかし浅い。致命傷には程遠かった。


「お、おのれ。エルフ共めがっ!!」


 首を曲げ、充血した瞳で矢を射たエルフ達に憎悪のこもった視線を送る。

 シドは喚く老人を手元に引き寄せた。白い頭髪が顔の真下にくると、口を開く。歯列が剥き出しになるが、そこで終わりではなくさらに大きく。唇の横の外皮が裂けるのにも構わず、さらに大きく。

 人間の顎関節の可動範囲を遥かに超えた動きだ。それを目にしたアキムの口の端から涎が垂れた。近くにいる――肩の上のマリーディア以外――の者全てがぎょっとして後退る。


「――あ?」


 覆いかぶさったシドの影に気づいた老人がエルフから視線を戻した時には、既に鼻の下から額の上までが顎の中に入っていた。

 何も見えない。老人は不思議そうに、


「なんだこれ――」


 ガチンという音がして言葉がプツリと途絶える。

 本来の口を元に戻したシドは、顔を上げると首を振って圧縮した中身を吐き出した。

 上半身を戻した事により、マリーディアの前に半分になった老人の頭があらわになる。


「きゃああああっ!?」


 悲鳴をあげると同時に足が出た。

 しかし老人は倒れない。揺らぎもせずに直立している。その事がマリーディアの狂乱に拍車をかけた。蹴って蹴って蹴りまくる。

 シドが手を離すと老人はやっと後ろに倒れた。

 シドは口元から血を滴らせながら斧槍を拾い上げ、肩に載せるとトントン叩き、


「さて、悪の元凶は死んだわけだが――」


 老人を助けようともしなかった兵士達を見回す。


「まだ俺を断罪しようとする者は前に出るがいい」


 兵士達が顔を見合わせる。かかってこようとする者はいない。しかし武器を捨てようともしなかった。

 シドは殺しにかかってくるのなら迷わず返り討ちにするつもりでいるが、仲間を殺された恨みと保身の板挟みになったのか、兵士達は動かない。シドにしても老人に全てを押しつけるつもりな以上、ここからさらに戦闘を継続するのは不自然だ。それをやると確実に最後の一線を越えてしまうだろう。

 老人が死んでも兵士達は問答無用で襲いかかってくるとみていたシドはアテが外れた。

 場に沈黙が降り、緊張の後に来る妙にダレた雰囲気が漂う。

 だが、一人の父性愛に燃えたエルフが静寂を打ち破った。矢を射た三人の中の一人が、シドの前に駆け寄ると、 


「こ、こここの老いぼれが!!」


 そう叫び、老人の死体を踏みつける。


「よくも俺の子供達を!! 死ね!! 死んでしまえ!!」


 死体に死ねと云いながら怒りをあらわにする父親の姿は、その場にいた兵士達から最後に残った抗戦の意志を剥ぎ取る。一人が武器を鞘に収めると、皆次々とそれに倣った。

 

「この老人は余程恨まれていたらしいな」


 シドはエルフの行為を目にしてそう口にした。エルフと、人間の子供を教育する施設の長、一見何の繋がりもないように見える。しかし、このエルフの怒りはただ事ではない。

 残る二人のエルフがやってきて、死体に鞭打つエルフの肩に手を置き、一言二言言葉をかける。

 自分が連れてきたにも関わらず、アキムはそれをほっぽり出し、

 

「マリー!」


 と叫び、妹に走り寄った。が、シドから微妙に距離を取って足を止める。一瞬躊躇し、覚悟を決めたようにそこから一歩踏み出す。


「マリー!! 大丈夫か!?」

「うん。ワタシは平気だ」


 二人が顔見知りと察したシドは黙ってマリーディアを下ろした。


「マリーッ!!」


 アキムが腕を広げてだっと地を蹴る。その踏み出した右膝を、待ち構えていたようなタイミングでマリーディアは蹴った。


「どさくさに紛れて抱きつこうとしても無駄だ」

「そんな!? 兄妹じゃないか!?」

「そうだな。兄妹じゃなかったら股に当てているところだ」

「くっ……。いつもと変わらぬその台詞、どうやら無事のようだ……」


 口ではそう云いながらも、安堵の笑みをこぼす二人。

 片や家族の絆を確認し合い、片や子供の恨みを晴らさんと死体を辱める。

 関係者ではあるものの、全く話についていけないのはシド、ミラ、サラだ。シドはエルフの件は己に関わりがないと早々に理解を放棄したが、ミラとサラはそうはいかなかった。なにしろミエロンが云う子供とはレントゥスとレティシアなのだ。怒りだけならわかる。子供が二人とも手元からいなくなったのだ。しかもレントゥスに至ってはナグダムと共に村を出てからそのまま音信不通である。わからないのは――


「どうしてあの年寄りに怒ってるの、アイツ? アタシがいない間になにかあった?」


 小声で訊ねたサラに、ミラは首を振った。


「特になにも。……アキムが話してたみたい」

「レントゥスとレティシアになにかした感じなんだけど、さっきまで屋敷で一緒だったわよね」

「……うん。それに、キリイがあの二人だけで街に出すとも思えない」

「ねね、それよりさっきのシドの口見た?」

「……見たけど」


 脈絡もなく別の話題を降ってきた妹を呆れた目で凝めるサラ。


「あいつはやっぱり人間じゃなかったわね。アタシは前から怪しいと思ってたのよ」

「………」

「きっと差別されるのが嫌だから隠してたんだわ。男の癖に情けないんだから」

「……違うと思うけど」

「そうに決まってるでしょ。この事を知ってるのはアタシ達だけだから、後でアキムに口止めしとかなきゃね」


 なにさせようかしら、クププ――と忍び笑いをするサラ。


「止めといたほうがいいと思う……」


 もしサラの云う通りだったとしても、隠すのを止めた理由がある筈だ。ミラには嫌な予感しかしない。


「平気平気。こっちはもうアイツの秘密を握ってるんだから」


 姉妹は聞こえないように話しているつもりだろうが、やることのないシドが視界内で行われる密談を見逃す筈がなかった。

 指向性を持った集音センサを姉妹に向けていたシドにドリスが、


『あんな事云ってますよ、マスター。あんな殺し方しちゃうから……』

「(放っておけ。もうその事に特別注意を払う必要はない)」

『どういう意味ですか?』

「(そのままの意味だ)」


 シドは先程老人に云った言葉を思い返す。直前まで考えもしていなかった言葉だが、驚く程自然に出てきた。考えてみれば道理である。魔法という独自の技術が発達したこの世界に、シドが持つ知識を与えたとて元の世界のように発展するわけがないのだ。


「(この世界独自の技術に頼るか、元の世界の技術を模倣するか選ばねばならん)」

『後者は厳しいのではないでしょうか』

「(そうだ。だが、それができれば間違いなく宇宙へは上がることが可能となろう。後者は既知だが、前者は未知。最低でも数百年単位の時間がかかるのだ。やり直しはきかん)」


 シドとて永遠に稼働し続ける事が可能なわけではない。どれだけの時間がかかるかわからない以上、実質失敗は許されない。


「(帰還方法は俺達にも不明だ。だが、この世界にこうやって存在する以上、保持していた技術で可能なのは確実。つまり、元の世界にあった技術を更に発展させれば帰還できよう。この世界の住人には、最終的に俺達を超えてもらわねばな)」


 ある程度はシドが推進力となれる。しかしその後はこの世界の住人は自分達で進むのだ。それには全てをシドが与えては駄目だ。自分達で創り出さねばならない。


「(そこで問題となるのが――)」

『魔法ですね』

「(うむ。模倣から発展させるには探究心が必要だが、魔法が在っては望めぬ)」


 このままでは戦争を引き起こしても、戦いに勝つための労力は魔法へと傾注する。空を支配しようとする試みは竜を支配しようとする試みに終わるだろう。


「(魔法技術を衰退させねばならん)」

『根絶させるのですか?』

「(それはまずい。現実的ではないし、根絶しても存在したという過去は残るのだ。後々魔法が素晴らしい夢のような技術だと云い伝えられるような状況は避けるべきだからな。まずは魔法を扱う者の絶対数を減らし、魔法について記した書物も焼く。発展性を奪うのだ。存在はするが見向きもされない技術へと。その後、便利な道具を流通させればよい。科学技術という名の道具を)」


 勿論この世界で同じように科学が発展するという保証はない。元の世界に魔法がなかったように、この世界では存在しない元素などがあるかもしれないからだ。しかしそれでも魔法に頼るよりは望みはある筈だ。


「(期を図らい、軍を手に入れる。これまでの戦いを鑑みるに、この世界の住人は魔法士を温存する傾向にあるようだからな。嫌でも前線に出ざるを得んようにしてやる)」

『あのー、書物は……?』

「(勿論それが優先だ。終わった後にやる)」


 このままの事が進めば狙い通り無罪放免になりそうである。シドは帰ったら、駄目元でもう一度ミアータに紹介状を書いてくれるよう頼むつもりだ。それを断られてやっとこの国には利用価値がなくなるが、逆に云えばもうそれしか心残りはない。そろそろ堪忍袋の緒を細くしてもいい頃合いだろう。そもそもシドは研究者でも発明家でもなく、兵士なのである。己の最も得意とする分野で物事を成し遂げようとするのはおかしな事ではない。そしてシドが得意な事とは――

 ――即ち、戦争である。軍を動かすには立場、目的、カリスマ、恐怖があればいい。多ければ多いほどいいが、必ずしも全て揃える必要はなく、最悪どれか一つあれば人は動く。

 だが、シドがこの世界の住人と目的を共有することは不可能だ。カリスマも持っていない。故に、使えるのは立場と恐怖になるが、いきなり立場を手に入れるのは厳しいので、最初は恐怖を主に使用していく事になるのだ。その為には人間ではないという事実が上手く働くだろう。 


「(目ぼしい情報の転送が終わり次第、この国を支配する王に進言するとしよう)」

『まさかとは思いますが……』


 流れから進言内容を推測したドリスがおそるおそる云う。


「(そうだ。帝国とやらに――)」


 ふと、シドはドリスとの会話を中断し、顔を通りの先へ向けた。


「退け退けぇ! 任務の邪魔をする奴は牢にブチ込むぞ!!」

 

 板金鎧を着た男達が馬に騎乗してこちらへとやって来る。

 アキムが舌打ちし、


「騎士共だ。兵の一部が走ったらしいな」

「問題ない。そこの老人を捕まえに来たのだ」

「まぁ、アンタならそう云うと思ったが……」


 周りの住民達は慌てて馬の進路から身を逃がす。騎士に遅れて、随伴してきた徒歩の兵が息を切らしながら駆けてきた。


「全員武器を捨てろ! 一人残らずだ!!」 


 最前列の、背の低い壮年の騎士がそう云うと、包囲の輪を形成していた兵士達が武器を捨てる。

 アキムは剣の柄に手をかけながら、兵士達とシドをチラチラと見比べ、迷った末に手を戻した。


「おい、アキム――」

「――俺達には武器を捨てる理由がない」


 妹の言葉を遮り、シドに向けて、


「そうだろ、団長?」

「その通りだ。命令とは強者が弱者に対してするもの。道化の言葉など無視して構わん」


 アキムもだいぶ道理というものがわかってきたようだ。シドは頷きながら答える。


「道化だとぉ!? 貴様誰に向かって――」


 騎士が真っ赤になって剣を抜こうとする。周りにいた徒歩の兵がわっと集まり、馬を押さえた。


「落ち着いてください、ハースン隊長!」

「ええい、離さんか、貴様等! この男の態度は許し難い! 貴族に舐めた口を利くとどうなるか教えてやるのだ!!」

「どうやらアトキンスの後釜には同じ無能が収まったらしいな、ハースン」

「なにぃ!?」


 ハースンという名の騎士は、馴れ馴れしく話しかけたアキムをきっと睨んだ。


「貴様、アキムか! 騎士団を追い出されたくせにのうのうとこの国に居座るとは、トーリアの家は恥を知らんらしい!!」

「吐かせ、臆病者が。事が終わった後にのこのこ現れやがって。しばらく見ない間に騎士団は腑抜け揃いになったようだぜ」

「……どうやら自分の立場がわかっていないらしいな。捕縛した罪人は城の地下に置かれるのだぞ。貴様が獄に繋がれても同じ台詞を吐けるかどうか試してやる」


 罪人を裁く審問吏は騎士団と共に城に居を構えており、互いに与える影響は皆無とは云い切れない。アキムとてそれは知っている。しかし、


「おいおい、いつから騎士団は無実の人間を引っ立てられる程偉くなったんだ? 牢に入れるならそこの死体でも持って行けよ」

「死体だと?」


 ハースンは地面を見回す。そして白髪を赤く染めた死体を発見した。顔の上半分がなくなった死体だ。


「誰だ、こいつは」

「老人だ」


 シドは会話に割り込んだ。己が殺したのだから、アキムに説明させるのはよくないと思ったのだ。


「そんな事は見ればわかる。俺はこいつの身元を訊いているんだ」

「馬鹿か、お前は。そいつの身元など俺が知るわけなかろう。質問をする時は相手を選べ」

「……ならなんでお前が答えた」

「馬鹿か、お前は。俺が殺したからに決まっている。そんな事も推測できないのか」

「………」

「馬鹿か、お前は。俺は暇ではないのだ。用を済ませてさっさと失せろ」


 ハースンは黙って剣を引き抜こうとする。


「隊長!!」

「離せぇ!! こいつはどう見ても俺を馬鹿にしているだろうが!! これが許せるか!!」


 ギャアギャアと喚く騎士達を尻目に、シドはマリーディアを促す。


「お前の出番だ。存分に得意の正義を語るがいい」

「ワタシにこれの後始末をさせる気か!?」

「その為に店に残さなかったのだ。本当ならば戦闘中に行い敵の士気を鈍らせようと考えていたのだが、事もあろうに俺に噛み付くのだからな」

「そんな事を企んでいたのか! なんて見下げ果てた奴だ!!」


 ぷりぷりと怒りながらも、騎士達に説明するマリーディア。

 それ受けた騎士達は、こぞって周りを取り囲む兵士達に目を向けた。

 数人の者が視線を受けて曖昧に頷く。


「隊長、あながち嘘というわけでもないようですが……」

「嘘に決まっているだろうが!! 子供を預かる学修所の責任者だぞ!? はいそうですかと頷けるか!!」 

「しかしですね……」

「しかしもかかしもない!! 全員引ったてろ!! 逆らう者は斬ってしまえ!!」

「ちょっと待て! どうしてワタシが牢に入らなければいけないんだ!?」

「黙れ、小娘!! 貴様もそこの男とグルなのだろうが!! 俺の目は誤魔化せん!!」

「バカな事を云うな!!」

「馬鹿だとぉっ!? 貴っ様ぁ!!」


 逆上したハースンが馬の上から手を伸ばす。


「てめぇ!! 妹になにしやがる!!」


 そこにアキムが掴みかかった。


「騎士に逆らうか、貴様!!」

「黙れチビが!! 馬から降りて見下されやがれ!!」

「云ってはいけない事をっ!! 離せ、貴様ぁ!!」


 アキムは掴んだハースンの腕を引っ張り、ハースンはアキムに蹴りを入れる。


「隊長から離れるんだ、アキム!」


 顔見知りなのか、一人の騎士がそう云い、馬から降りると喧嘩する二人に近づく。

 その騎士がアキムに手を伸ばす前に、


「お前は少し黙るがいい。話が進まん」


 と、シドは斧槍でハースンという名の騎士の頭を叩く。


「はがぁっ!?」

「隊長っ!?」


 ハースンは一声上げて崩れ落ちた。

 アキムは馬から落ちようとする身体を抱きとめると、そっと地面に横たえる。そして周りの騎士が心配そうに見守る中、兜をかぶっていなかった頭に指を走らせた。


「こいつは……」


 アキムのこめかみから冷たい汗が一筋流れ落ちた。頭の一部がぶよぶよしている。


「心配はいらん。手加減はしておいた」

「確かに、手加減はしてあるみたいだな、うん……」


 破裂してないものな、とアキム。背中にかかるシドの言葉が重い。


「……どうやら気を失ったらしい」


 結局、アキムは周囲の騎士にそう云った。


「早く連れ帰って棺――じゃなくて寝台に寝かせてやれ。頭にはあまり触らないようにな。コブができているから」


 外側にではなく内側に向かってできているのだが、その事は今はまだ秘密だ。


「それでは俺達も行くとしようか」


 シドは住民から借りた担架で運ばれていくハースンを見ながら、適当な騎士を捕まえて、


「犯人はそこの老人という事で処理しておけ。それが一番問題がない」

「まぁ、一応嘘ではないようだが……。できれば城で詳しい話を聞かせて欲しい」

「俺はヴィダレイン伯爵の屋敷に滞在しているし、アキムの実家は貴族だろう。問題があった場合はどちらかに伝えに来い」

「そういう事なら……」


 渋々ながら頷く騎士。そして老人の死体を持ち上げようと腕を引っ張る。


「――ん? この矢は……」


 老人の背中に刺さった矢に気づいた騎士は素早く視線を走らせ、それが離れた所で傍観していたエルフ達で止まった。


「お前達か」


 そう云ってシドに顔を向ける。


「俺の関係者ではないぞ」


 云わんとする事を察したシドは答えた。そして騎士と一緒になってアキムを見る。


「……初めて見る顔だぜ」


 アキムが答えた瞬間、


「そのエルフ共を捕まえろ!!」


 騎士が仲間に命令を下した。

 周囲を兵士に囲まれている上、ミラとサラを置いていくわけにもいかず、静かな傍観者となっていたエルフ達には持っている弓に矢を番える時間も与えてはもらえなかった。あっという間に三人共取り押さえられる。

 後ろ手に縛られ、跪かせられたエルフ――ミエロンは真っ赤になって抗弁した。


「離せ、人間共!! 俺達が何をしたというんだ!!」

「矢を射ておいてその云い草はなんだ!!」

「悪党には当然の報いだろうが!!」

「悪党だと?」

「そうだ! そ、そいつは俺の子供達を……」


 そう云って悔しそうに顔を歪める。


「この老人がか? エルフと接点があるようには見えんのだが……」  

「傭兵団に接点もクソもあるか!!」

「……なに?」

「自由に動ける傭兵団に接点もクソもあるかと云ったのだ!!」

「……傭兵団?」

「そうだ! そのシドというクソ野郎は傭兵団の団長だろう!!」

「………」


 ミエロンを見る騎士の目が冷たい物になった。


「シド? 傭兵団? お前はいったい何を云っているのだ」

「……え?」

「この老人はそんな名前ではないぞ。勘違いで人を射るとは、こいつは見過ごせんな」


 赤かったミエロンの顔が青くなる。そして弾かれたようにアキムを見た。


「し、しかしあの男が――」

「……俺はちゃんと本人を指差したぜ。まぁ、誰にだって間違いはあるから、あんま自分を責めたりするなよ」


 アキムは目を逸らしながらもごもごと答える。


「き、きき貴様――」

「黙れ!! 貴様等の云い訳は牢で聞く!! それ以上喋るんじゃない!!」

「ま、待ってくれ――」

「猿轡を噛ませろ!」


 引っ立てられていくミエロンは助けを求めて必死に辺りを見渡した。その目が猛禽のようにミラとサラを捉える。


「ミラ――もがぅっ!?」


 ミラの手が思わず口を塞がれたミエロンの方へと伸ばされた。しかし周囲は全て人間で、大半が武装している。ここで庇えば一味と思われ、同じ目にあうのは火を見るより明らかだった。

 伸ばされた手が、力なく垂れ下がる。

 その様子を見たサラは唐突に姉の前へ行き、お互いの視界からミエロンを排除すると、 


「あっ! お姉ちゃん!! こんな所に枝毛が!!」

「えっ、本当? ……取って」

「任しといて!」


 姉妹は毛繕いを始めた。


「むがーっ!! もがーっ!!」


 ミエロンが姉妹に突進しようとするが、三歩も進まず取り押さえられる。


「むおーっ!!」

「うるさい黙れ!! さっさと歩くんだ!!」


 とりあえず悪人を捕らえる事が出来た騎士達はあっという間にいなくなった。 

 物見高い住人達も去り始めるなか、シドはマリーディアに、


「それではお前の家に行くとしよう」

「わかった。約束だからな」


 頷き合う。

 それを見たアキムが、


「ち、ちょっと待ってくれ!! 家って俺の家かよ!?」

「この娘の家だ。お前の家ではない」

「いや、だから同じ事だろ!! 妹なんだから!!」

「……なるほど」


 沈んでいた情報が急浮上する。そういえば前にそんな名前を云っていた記憶がある。


「オマエ、アキムと知り合いだったのか」

「うむ。以前家にも行った事がある。馬の件でな」

「馬だとぉっ!?」


 マリーディアが叫んだ。


「ううう、馬を勝手に持ち出したアキムの悪仲間とはオマエの事だったのかっ!?」

「ちゃんと持ち主の許可は取った」

「嘘つけ!! あれから家の空気が変なんだぞ!!」

「それは家族への愛が足りないのだ。俺のせいにするな」

「愛は足りている!!」

「そうだとも!! マリーディアっ!!」


 アキムが背後から抱きつく。


「わあああああっ!?」

「ああ、久しぶりのこの感触」

「は、はは離せバカ!!」


 マリーディアはシドに、


「何とかしてくれ!」

「む……取引か。俺の方は構わんがお前にはもう差し出せるものがあるまい」

「死ね!」


 マリーディアの罵倒をシドは面白そうに聞く。この言葉はこれから世界の全てを支配するだろう。

 顔を上げて遥か先にそびえ立つ城を眺める。あの中にこの国の支配者がいるのだ。

 あそこに行く時が楽しみだ――シドは薄く笑った。



          

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