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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
44/125

王都にて―事後―

「で、わかっているとは思うけど――」


 屋敷の執務室で深く椅子に腰掛けたミアータは、そう云うと輝くような髪をかきあげた。

 シドは軽く顎を上下させる。


「云われずともわかっている。報酬の件だな」

「そうよ。吊り上げるなとは云わないけど、限度を考えなさい。間違っても根こそぎ持ってくるような真似は慎んで」

「もとよりそのつもりだ」

「へぇ。貴方のことだからてっきり――」

「俺は強請りたかりの類ではないぞ。勘違いするな」


 シドは依頼の形そのものを変えようとは思わない。上限に不満があるのなら受ける前に云うべきだからだ。


「この国の法など知ったことではないが、己の意志で交わした契約だ。それを曲げることはせん。それに受け取りは頼んである。俺自身が行くわけではない」

「非情ではあるが、非道ではないってこと?」


 ミアータは皮肉げに口元を歪めて、


「それで線引きがもう少しまともならね……」

「………」


 この話は平行線だろう。便宜上人と表してはいるものの、この世界の人間は厳密的にいえばシドの守るべき人類ではない。ならばこの地においてシドの歩む道は人の道ではなく、シドと同じく人間ではないが、ここの社会を受け入れその中で暮らすミアータとは違うのだ。


「それで、これからどうするのかしら」

「やることがある。報酬の額次第ではまた金策に走る必要もあるが、それとは別にな」

「……また面倒事を引き起こすつもりじゃないでしょうね」

「面倒事を引き起こすのは俺ではなく、俺に関わろうとしてくる人間共だ」

「……もうそれでいいわよ。それで、一体何をやるの? それとも人に云えない事かしら」

「文字だ」

「ん?」

「文字、だ。文字を覚える必要がある」


 シドは天井を見上げ、これから先の予定に思いを馳せる。

 元の世界に帰還が可能かどうかを調べる方法は二つ。一つは国同士の争いに関わることで、もう一つは情報媒体――おそらくこの世界では書物――を調べることだ。

 先だっての砦での争いでも収穫はあった。元の世界とも共通する技術は考慮するに値しないレベルだが、魔法は予想の範疇を超えている。ロボトミーなら元の世界にもあったが、生体をあのような形で自在に操る事が可能だとは思ってなかったし、ミラとサラの魔法は災害レベルの規模だった。シドの知識と魔法を組み合わせれば意外な技術に発展するかもしれない。

 故に――もっと進んだ技術を持つ国があるかもしれないし、あれだけを情報源にするのは心許ないので――できれば大国同士の戦争に介入したい。だが、ここでもう一つの情報源がネックとなる。大規模な戦争は争いに関わる全ての技術を高めるが、焚書でも行われたらそれだけで凄まじい量の知識が消失してしまう。

 まずは書物に知識を求め、その後に戦争に介入するのが最良だ。もし、この星の人間が争いを忌避し馴れ合いを始めるようならシドが切っ掛けになる必要がある。そのような生き方が成り立たないのは元の世界でわかっている。人類の繁殖速度の前では環境収容力などあってなきが如し。弱者も強者も生き延びる世界はいずれ崩壊する。そしてその後に始まるのは地獄もかくやという世界規模の殺し合いで、結局は適者生存、弱肉強食の世界へと還る運命(さだめ)だ。

 そちらの道を進み始めるようならば、その前にこの惑星を蠱毒の壺と成し、技術面で意図的に進化的軍拡競争を引き起こす。争いに次ぐ争いで、敵を安全圏から攻撃する為に技術は発展し、いずれ高々度からの攻撃方法が出現するだろう。そしてシドは宇宙へと至る。

 ――しかし、ここまでだった。いくら考えてもここから先の展望が見えてこない。元の世界でも確立していなかった技術をこの世界で見いだせる未来が全く想像できなかった。

 シドには、帰還が不可能な場合、己がどのような在り方をすればいいのかまったくわからない。シドという存在は守るべき人類と倒すべき敵あってこそだった。それをなくした今、己の行く末を見誤ればただの機械(モノ)と成り下がる。

 それに、現地雇用した部下の事もあった。ギルドの依頼と違い彼等にはシドの目的に生命をかける理由がない。このような事に時間を取るのはらしく(・・・)ないとはわかっているが、ただ戦うだけでよかった以前と違い、今は責任ある立場だ。これもまた本隊から切り離された弊害である。


「……何を考えているの」


 ミアータが訝しげに訪ね、シドは思考を中断する。


「たいした事ではない。それより、先の話に戻るがこの地に書物を保管している場所はあるか?」

「勿論あるわよ」

「では場所を――」

「読めないのに一人でそんな所に行ってどうするのよ。まずは誰かに教えを乞うべきでしょ。教師なら紹介してあげるわよ? お金貰うけど」

「そんなものは不要だ。そもそも習うなら団員の誰かで十分だな。わざわざ書物を求めるのはそれ自体に用があるからに他ならん。早く場所を云え」

「……それが人にものを訊ねる態度なの」


 ミアータは椅子にふんぞり返った。 


「……教えないと云うのなら仕方がない。その辺を歩いている奴から訊きだすとしよう」

「――待ちなさいっ!」


 踵を返そうとしたシドを呼び止める。


「……地図を書いてあげるわ。それと、紹介状もね。これがないと入れないから」

「初めからそう云え。時間は無限にないのだぞ」

「くっ……」


 ぎりりと歯を噛み締め、紙とペンを取り出すミアータ。


「それと、わかっているとは思うが文字は使うな。わかりやすい絵のみで構成するんだ。まぁ、文字を学習しに行くのに、文字で案内を書く程間抜けではないと思っているが――」

「――ならわざわざ口にしないでよっ!!」


 シドは腕を組むとペンを走らせるミアータの旋毛を見下ろし、そのまま待つ。


「……まだか」


 しばらくして訊いたシドに、ミアータは勢いよく立ち上がると紙を投げつけた。

 

「出来たわよっ!!」


 ヒラヒラと舞う二枚の紙を、シドは上手く手で掴んだ。まじまじと紙面を眺めると、落書きのような地図に対し、


「まるで子供の落書きだな」


 と正直に云い、後ろの扉から出て行く。

 ミアータは閉じた扉をキッと睨みつけた。


「子供なのはそっちじゃない!! 迷子になるといいわ!!」


 疲れたように机に突っ伏し、溜め息をつく。そしていきなり顔を上げた。


「もしかして一人で行っちゃったの!?」


 慌てて再度立ち上がり、部屋から顔を出して左右の廊下を見るが、シドの姿はもうない。


「なんで無駄に動きが早いのよ、アイツは!!」


 無人の廊下で足踏みをする。気ばかり焦って行動に移れない。


「急いで誰かに追わせないと……」


 部屋に戻ると抱きつくように呼び鈴に飛びついた。狂ったように鳴らす。


「早く来なさい!! お願いだから!!」






 部屋から響く金切り声。その声は応接室にいる面々の耳にまで届いた。


「おうおう、また我等が団長殿がなにかやらかしたようだぞ」


 足を卓に投げ出し、座椅子に座ったアキムが鼻をほじりながら云った。前と同じだ。シドが伯爵に会いに行く度に女の絶叫が響き渡るのだ。


「放っときなさいよ。年増がヒスってるだけでしょ」


 サラが嫌そうにアキムから距離を取りながら答え、


「それよりアンタ、シドにギルドで報酬貰ってくるよう云われてるんでしょ。早く行きなさいよ」

「あん? お前等も石の鑑定に行くよう云われてるだろ」

「それとアンタとなんの関係があるのよ」

「どうせなら一緒に行こうぜ。お前等絡まれやすいし。なんかあったら団長が大暴れしそうだ」

「アンタ、いくら持ってんのよ」

「ああ? なんでそんな事云わなきゃならないんだよ」

「なんか買ってくれるならついて来てもいいわよ?」

「はぁぁぁ!? なんで俺がお前に物を買ってやらなきゃいけないんだよ!? 逆だろ、逆! 絡まれたら俺が動くんだし!」

「バカね」


 サラはプッと笑った。


「絡まれるわけないじゃない。シドがギルドで何人殺したと思ってるのよ」 

「そうなんだが、新しくこの街に入ってきた奴等だっているかもしれないだろ?」


 アキムは話しながらピンッと鼻から出した指を弾く。

 それは放物線を描いて、向かいに座る男が使用しているカップに落ちた。


「げっ……」

「――んん?」


 俯いて土産に添える言葉を書いていたキリイが、アキムの声に顔を上げた。


「……?」   


 不思議そうにアキムを見、顔を書きかけの手紙に戻すと自然な動作でカップを手に取り、口に運ぶ。温くなっていたお茶を飲み干したキリイは、


「どっか行くのか?」

「あ、ああ。ちょっとお使いを頼まれててな……」

「ふーん……。俺も一緒に行こうかな」


 どうせ暇だし、と立ち上がるとするキリイ。


「ちょっと!! 近寄んないでよ、汚いわね!!」

「え……」


 キリイは愕然とした顔で硬直した。訳が分からずアキムを見る。

 アキムは気まずそうに顔を逸らした。


「行こ、お姉ちゃん」


 サラは眠そうにしているミラの腕を取り、部屋を出て行く。


「おい! だから俺も行くって!!」


 アキムもそそくさと立ち上がり、


「悪いな、キリイ。ちょっと行ってくるぜ」


 と、済まなそうに云い、後を追う。

 残されたキリイは一部始終を見ていたであろう他の三人――ターシャ、レントゥス、レティシア――に訊ねる。


「……俺、嫌われるようなことしたっけ?」

「――ヒッ」


 悲鳴をあげたレティシアが兄の後ろに隠れた。

 キリイは傷ついた表情になる。


「き、気にしないでいいと思います。たまたまですよ、たまたま」


 さすがに気の毒になったターシャが救いの手を差し伸べる。


「………」

「それより暇なら出かけましょうか!? 皆そうしたようですし、二人もそれでいいですよね?」

「ああ、僕は構わないよ」


 兄が了承したのを受け、レティシアも頷いた。


「そ、そうか。なら、そうするか」


 キリイはなんとか気を持ち直し、


「金の事なら心配いらないぞ。多分俺は団で一番金持ちだからな」


 そう自慢げに告げると胸を叩く。

 云わなくてもいい事を云ったキリイを三人のエルフは恨めしげに見た。せっかく忘れていたのに思い出してしまった。これで何に使うにしても後味の悪さが残ってしまうだろう。


「……とりあえず、行くなら早く行きましょう。暗くなるとガラの悪い人達に遭遇してしまうかもしれませんし」

「そうだな。せっかくだからヴェガスも誘うか」

「いいですね。彼は普段こういうのに来ませんし、男手は多いに越したことはありません」


 決まりだ、と云って部屋から出るキリイ。後ろから三人がぞろぞろとついて行く。

 四人が出て行って無人となった応接室に中身のなくなったカップだけが寂しげに置かれている。

 程なくして、扉の向こうからドタドタと足音が響いてきた。


「ちょっと貴方達!! 今すぐシドを追いなさ――」


 勢いよく扉を開け放ったミアータは無人の室内を見て言葉を切った。

 使用したカップが置かれたままになっており、ついさっきまで人がここに居たという匂いのようなものがある。どうやら一歩遅かったらしい。

 

「なんてことなの……。仕事も受けてないのに一人も残ってないなんて……」


 囁かれた言葉は溶けるように宙に消える。


「――そうだ!! まだあの大男が残ってるじゃない!!」


 ミアータは叫んだ。ヴェガスという名の亜人はいつも庭で身体を鍛えている。あの男なら残っているに違いない。

 ヒラリと身を翻し、走り去るミアータ。

 二度目の絶叫が木霊する時がもうそこまで迫っていた。










「(どうやらここのようだな)」

『思ったより時間がかかってしまいましたね』

「(間違いなく地図のせいだな)」


 地形を完璧に把握しているシドは断言した。

 目の前には高い塀と武装した警備の兵が立っている門がある。

 シドは堂々と門に近づいた。


「そこで止まれ!!」


 近づいてくるシドに目を止めた警備兵に云われ、大人しく停止する。


「ここへ何の用だ!? 部外者は立ち入り禁止だぞ!」


 警備兵は何故かいきなり喧嘩腰だった。


「俺は怪しい者ではない。ここへ来たのは調べ物をするためだ」


 シドは懐から一枚の紙を取り出す。


「これが紹介状だ」


 突き出された紙にざっと目を走らせる警備兵。紙には貴族の印が押してある。簡単には真似できないよう特殊な鉱物を魔法で削り出した印綬を、魔力を込めて押したものだ。不思議な輝きを放っていた。


「……どうやら本物のようだな」

「当たり前だ。わかったならそこをどけ。邪魔だ」


 その物言いに口をパクパクさせる警備兵はなんとか怒りを飲み込んだ。憮然とした顔で身体をどける。

 睨みつける視線を物ともせず、その横を悠然と通過するシド。

 木々が生えた敷地内を大きな道に沿って歩くと、目の前に巨大な扉のようなものが見えてきた。より巨大な建物にそれが嵌っている。

 そこで立ち止まったシドは胡乱げに眺めた。どこをどう探しても取っ手(ノブ)が見当たらない。扉と建物の境目はピッタリ閉じており、直接埋め込んであるように見える。


「(なんだ、これは)」

『見る限り扉のようです』

「(それは見ればわかる。何故取っ手がないのだ)」

『私に云われても……』


 もしかして引き戸なのだろうか。シドは一枚の岩のような扉をペタペタと触る。軽く力を入れてみるが横にも上にも動かない。


『あまり力を込めすぎるとまた壊れますよ!』


 だんだん出力を上げ始めたシドにドリスが警告する。

 中断したシドは距離を取って眺める。すると、脇の壁に丸い石が埋め込んであるのに気づいた。


「(これがスイッチだろう)」


 シドは石を触ってみるが、何も起こらない。紹介状をかざしたりもしてみるが、結果は同じだった。


『これ、もしかして魔法的な機構なのではないでしょうか』

「(……実は俺もそう思っていたところだったのだ)」

『………』


 シドは腕を組んで考え込んだ。シドには魔法が使えないので開けることは不可能という事になる。


『さっきの兵士を呼んで開けてもらうのがいいと思います』

「(馬鹿なことを云うな。ミラの説明を忘れたのか。子供でも魔力を持っている世界だぞ)」


 呼吸によって得られる魔力を持っていないという特異性を公にするわけにはいかない。国家に干渉する口実を与えるつもりはなかった。


『なら、別の入口を探しましょう』

「(……そこが普通の入口であるという確証はない)」


 首を振ったシドは外套の内側に手を入れるとヒートナイフを取り出し、スイッチを入れた。


『マスター!?』

「(ドリスよ、今だかつて俺のような状況に放り込まれた者はいない筈だ)」

『は……?』


 唐突に語りだした主人に、ポカンとした返事を返すドリス。


「(俺の歩む道には導いてくれる先達はおらず、命令する上官もいない。肩を叩き合う戦友もいなければ標となる敵もいないのだ)」

『はぁ』

「(俺は己で道を切り拓かねばならん。それがこの程度の扉如きで立ち止まっていては先が思いやられるというものだ。違うか?)」

『まぁ、そう云えない事もないような……』

「(道がなければ造る。これからの俺に必要なのはその意志なのだ)」


 シドは扉にナイフを突き立てた。扉は、泥のように刃先を飲み込む。


「(俺の歩んだ軌跡が道となる。お前はただついてこい!)」


 そう云うとザクザクと扉を切り取る。ナイフの性能とシドの(パワー)の前には、少々の硬さなどないも同然だった。

 

『やるんなら急いでください! バレたらタダじゃ済まないですよ!』


 腰を据えて作業に没頭するシドをドリスが泣きそうな声で急かす。  


「(見たい奴には見せてやればいい。俺が道を切り拓く瞬間をな)」

『ああもうっ……』


 見られたら開け方がわからなかったと云い張ればいい。人に訊ねた挙句、目の前でさぁやってみろと云われるよりはまだ云い訳のしようがあった。扉の破壊など所詮は金でカタがつく問題に過ぎず、云い訳できない状況に己を追い込むよりも余程マシというものだろう。

 扉は見る見るうちに面積を減らしていった。

 ポッカリ空いた穴を眺めたシドはそろそろ行けるだろうと見切りをつけて体躯を捩じ込んだ。穴を押し広げ、見事侵入する事に成功する。

 玄関口に立つシドは周囲を見渡し、歩き出す。二つの通路のうち、片方を適当に選んだ。


『向かう場所はわかっているんですか?』

「(そんな訳があるまい。途中で訊きだせばいい)」


 煌々と灯りの灯る長い通路を闊歩する。右、若しくは左に等間隔に扉が並んでいる。無人の部屋もあれば大勢の人間の気配がする部屋もあった。

 アテもなく歩くシド。階段があったので上に登ってみた。床は石で出来ている。木造でないのは幸いだった。

 しかし、予想に反して誰ともすれ違わない。

 諦めずに歩き続け、シドが人の気配のする部屋に入るべきか考え始めた頃その人間はやってきた。

 ――女だ。軍服のような物を着た長い黒髪の女がこちらに向かって歩いてくる。


「そこのお前。道を訪ねたい」


 行く手を塞いだシドにそう云われた女は、立ち止まると切れ長の目を細めた。氷のような雰囲気を持ち、そうすると剣呑な雰囲気が漂う。じろじろとシドを観察し、


「……もしかして、それはワタシに云っているのか」

「お前以外に誰がいるというのだ。俺が探しているのは書物のある部屋だ。場所を云うだけでいい」

「………」


 女は答えない。シドを見る目はますますきつくなっていった。


「……どうやら知らないようだな。なに、知らないことは恥ずかしいことではない。ここは部屋の数が多いようだからな」

「………」


 シドが言葉を重ねる度に女の眉は角度を高くする。


『なんか凄い怒ってますよ、マスター』

「(何故だ……?)」


 シドはしばし思考し、


「(――ふむ、わかったぞ)」

『えっ……』


 懐から紙を取り出す。


「俺は別に怪しい者ではない。これが証拠だ」


 見るがいい、と紹介状を突き出す。

 女はシドが持つ紹介状をつまらなそうに一瞥し、


オマエ(・・・)、名は?」


 と訊いてきた。


『………』

「俺の名だと? そんなものを訊いて――」

「――そうすれば教える気になるかもしれないな。本のある場所を」

「……俺はシドだ」

「そうか。ワタシはここの生徒でマリーディアだ。礼儀に反するので一応教えておくが覚える必要はないぞ」


 マリーディア。どこかで聞いた名である。


「(どこかで会ったか……?)」

『検索をかけますか?』

「(……いや、深層に沈んだのなら大した情報であるまい。捨て置け)」

『了解です』


 マリーディアと名乗った女は鼻に皺を寄せてシドを見上げ、


「それで、シドとやら。どうしてワタシがオマエ(・・・)に道を教えないといけないんだ?」

「――なに?」

「理由だよ、理由。理由がないなら教える必要がないだろう?」

「しかしお前は――」

「確かに教える気になるかもとは云ったな。しかしそんなものは我慢すればいいことだよ。必要のない事に時間を使うのは苦痛に感じる(タチ)でね。そういう時は我慢することにしている」

「………」

『マスター! この女、生意気です!!』


 シドは首を傾げて目の前の女を凝めた。この女は何が云いたいのか。時間がもったいないならさっさと去ればいいのだ。


「伯爵は聡明な人物だと聞いていたが、噂は所詮噂だったらしい。オマエ(・・・)のような礼儀知らずを囲っているとはな。それとも、もしかしてオマエ(・・・)に騙されているのかな? もしそうなら教えてやらないとな」

「………」


 女の吊り上がった眼の中に青白い炎が見える。

 シドは今度こそ何故女が怒っているのか理解した。


「面倒な女だな」

「――なに!?」

「本当は場所を知らないのだろう? 恥ずかしいからといって怒りで誤魔化すのは感心せんな」

「――なっ!?」


 女の白い顔に朱がのぼる。

 シドとマリーディアと名乗る女の間で目に見えぬ火花が散った。 


 

         

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