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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
43/125

砦にて―巨人戦・下―

 槍は歯を砕きながら吸い込まれるように巨人の口蓋に飛び込んだ。斜め下から頭部に侵入し、脳の下部を破壊し、骨を砕きながら後方に突き出る。

 サマルは声も出せずに仰け反った。体液に塗れた槍を文字通り皮一枚で躱す。

 制御を失った巨人が勢いもそのままに倒れ込んだ。

 シドは槍を手放すと同時に加速、俯せになった巨人の肩を蹴り首裏に飛び乗ると、ヌルつく穂先を持ち力任せに引き抜く。

 立ち上がったサマルがハッとして振り向いた。

 その、魔導石を持つ腕を柄で鋭く打つ。


「――がぁっ!?」


 篭った音を立て骨が折れる。手からポロリと石が転がった。

 血相を変えたサマルが自由な手を懐に入れる。出てきた手にはまたしても魔導石が握られていた。落とした物よりも小ぶりだ。

 シドはサマルの手首を掴むと、小枝を折るようにへし折った。


「ぐぅっ!?」

 

 痛みに呻いたサマルはしかし、次の瞬間には青くなって沈黙する。シドが手を、手首から首へそっと移動させたのだ。 


「本来ならばお前のような奴からこそ情報を絞り取るべきなのかもしれんが、この巨人はさすがに支配下に置いておける範囲を超えているのでな」


 サマルの唇が震えた。


「お前の行動は個人的なものであり、この惑星の原住民の総意ではないと解釈してやる。俺が、お前と敵対するよりも先に部下を持った事を幸運に思うがいい」


 個人の言動を拡大解釈し、未開惑星を制圧するのは宇宙軍の常套手段だ。一兵士としてならシドの取るべき行動は決まっている。現有戦力での惑星制圧は無理だとわかっていても攻撃を命令するのが宇宙軍だからだ。

 だが、今は違う。シドに命令する者は誰もいない。

 手の中で肉が潰れ、骨が砕けた。

 弛緩した身体を放り捨てる。

 手足を投げ出して巨人の上に仰向けに倒れた男を不思議そうに凝めた。つい数分前までは自分が負ける事など考えもせずに荒ぶっていた男だが、死ぬ時は呆気ない。

 シドを造り出した人類と同じだ。驚く程の()を持つのに、いとも容易く機能を停止する。シドは人類ほど繊細な生体(マシン)を他に知らなかった。


『マスター、まだ生きてるみたいです』

「(うん?)」


 ドリスの指摘に、まじまじとサマルと呼ばれていた物体を観察するが、何の動きもない。


『そっちじゃありません。下の方です』

「(……なるほど)」


 首の裏に開いた巨人の傷口が心なしか小さくなっている。

 

「(脳まで再生すると思うか?)」

『魔法のある世界ですからね。しないと楽観視するのは危険かと』


 脳の再生だけなら元の世界にも技術はあったが、バックアップを録っていない限り記憶領域はリセットがかかる。巨人もそうなるなら最早敵とはいえないだろう。産まれたばかりの赤子に敵意を抱くのは狂気の沙汰だ。

 しかし魔法のあるこの世界でも同じだとは限らない。

 周囲を見渡すと、兵士達が地上に戻ってきていた。砦は思ったより被害を受けていない。出来ればもう一手打っておきたいところである。

 念の為、もう一度槍を傷口に突き入れ抉ってから下に降り、動ける者を全員呼び集める。

 集まる時間を使いサマルが落とした石を回収したシドは、消火活動を中断させられ納得しかねる顔の兵士達に向かって、


「木材と油を全て集めろ」

 

 云われた兵士達は戸惑ったように隣と顔を見合わせた。

 一人の兵士が進み出る。顔を見るとシドに指揮権を移譲し、副官もどきとなった男だった。


「今は火を消すことが優先だ!!」


 元指揮官の言葉に、彼の背後にいる兵士達は頷き合った。


「木材と、油を、全て集めるんだ」


 シドは辛抱強く重ねて云う。


「――消火が優先だ!!」


 元指揮官は引き下がらなかった。両者は一歩も引かず対峙する。

 シドは槍を地に突き立てた。

 血に塗れた槍に威勢の良かった男は怯む様子を隠せなかったが、覚悟を決めたように、


「巨人を倒したら砦は返すと云ったではないか!! なら今の指揮官は俺の筈!! 消火を優先すべきだ!!」

「その通りだ。砦は返す」

 

 シドは親指を立て、肩ごしに後ろを差す。


「――この巨人の息の根を止めたらな」

「もう死んでいるだろうが!!」

「嘘だと思うなら上って確認してこい。再生しているぞ」

「――ぐっ!?」


 その堂々とした姿に嘘だとは思わなかったようで、言葉に詰まる元指揮官。


「な、ならば一部をそっちに回し、残りを消火に――」

「ふむ。――却下だ」

「な、何故だっ!? それでいいじゃないか!! どこに問題があるんだ!? このままでは砦が燃えて――」

「それでいいじゃないか」

「な、何を――」


 シドは小首を傾げると、オウム返しに言葉を放つ。


「どこに問題があるんだ。このまま砦が燃える事に」

「き、ききき貴様――」


 元指揮官は震える手でシドを指差した。


「やはり敵国の回し者だったか!? この機に乗じて砦を破壊する気だな!?」

「つまらん云いがかりは止せ。巨人を倒したのは俺だ。寧ろこの砦と兵士を守ったといっても過言ではない」

「守ったのなら何故燃やす!! 頼むから今すぐ消火するんだ!! それか砦から出て行ってくれ!!」


 出て行ってくれと云う声音には悲痛な響きがある。傍で見ていたキリイとエルフ達は心底彼に同情した。


「……砦は燃やした後返すつもりだ」

「だからどうして燃やす必要があるんだっ!!」


 元指揮官は地団駄を踏んで叫ぶ。

 何やら不穏な空気だ。このままでは眼前の男は武器を抜きかねない。


『ちゃんとした理由を聞かない限り納得しないと思います』

「(面倒な奴だ。目を瞑り、耳を塞いで待てばいいものを)」


 しかし正直に話すわけにはいかない。適当な理由をでっち上げる必要があった。

 シドは興奮が最高潮に達した元指揮官をじっと見ると、唐突に両手を上げる。そして皆が注目する中、気取った動きで外套の襟をかき合わせた。

  

「今日は冷える。砦でも燃やして暖をとろうか」


 云い終わると手を戻し、どうだ、とばかりに周りに顔を向ける。

 誰もがあんぐりと口を開け、上に視線をやっている。ギラついた太陽がこれでもかと照りつけていて、砦の火も相まって気温は汗ばむ程であった。

 しかしシドは嘘を云ったわけではなかった。現在のシド自身の温度に比べ、気温はすこぶる低い。シドはこの状態をシドなりの感覚でもって寒いと表現しただけだ。


「――さあ、油と木材を持ってくるんだ」

「ふざけるなぁっ!!」


 元指揮官が感情を爆発させた。血走った目で柄に手をやり、ジャーと耳障りな音をさせてゆっくりと剣を引き抜く。 


「これ以上の横暴は許さん。王よりこの砦を預かった身、失う様をむざむざと見過ごす事はできない」

「俺の砦に対してよく云うものだ。お前が認めようが認めまいがどうでもいいという事がまだわからんのか。言葉を尽くして穏便に収めようとする俺に武器を向けるとは許しがたい」

「――貴様という奴はっ!!」


 腰だめに剣を構え、そのまま突進してくる。防御を一切考えない捨て身の構えだ。

 それに、横から誰かがぶち当たった。


「落ち着け!!」


 怒鳴ったキリイは剣を持つ手を後ろから押さえた。


「冷静になるんだ!! 目の前の死体を見ろ!! お前だけでかなう訳がないだろうが!!」

「離せ、貴様!! 邪魔をするなぁっ!!」


 振りほどこうと暴れる元指揮官。キリイもそうはさせじと必死に対抗する。


「お前が殺された後、砦が燃やされるだけだなんだぞ!! 無駄に生命を捨てるな!!」

「無駄ではない!! 俺の誇りがかかっているのだ!!」

「――っ!? 馬っ鹿野郎!!」


 ガラリと変わった声音に、暴れていた男はハッとして後ろに顔を向けた。


「誇りだと!? そんなものが何の役に立つ!! 誇りで飯は食えんのだ!!」

「な、何を云って――」

「飯だよ、飯!!」


 キリイは元指揮官を自分の方に向き直らせると、襟口を引っ掴んだ。


「お前にも家族がいるだろう! その家族を養うことこそが男の誇りだ!!」


 前に後ろに力を込めて揺さぶる。


「何が砦だ!! 何が王だ!! この俺がどんな気持ちで傭兵をやっていると思ってやがる!!」

「ちょ、ちょっと待て――」

「この俺に誇りがないとでも云うつもりか、お前!! 家族の為に死体の懐を漁る俺を馬鹿にしているのか、お前!!」


 元指揮官はギョッとして動きを止めた。


「わかった。わかったから、落ち着くんだ、なっ。俺は別にそういう意味で云ったのではない」


 このまま放置すれば後ろから刺されそうだと、宥めにかかる。


「ならば一体どういう意……味……で……」


 日射しが遮られ、キリイの顔に影が射す。

 いつ移動したのか、シドが元指揮官の背後に幽鬼の如く立っていた。何故か万歳をして、両手を上で組みながら――

 上を見て呆けたキリイに気づき、元指揮官は振り向く。正面にシドの胸板があった。


「え――」


 そう云ってキリイに向き直ると、目を大きく見開き、くしゃっと表情を歪める。

 キリイはいやいやするように首を振った。

 次の瞬間、元指揮官の頭部がはじけ、飛沫が顔に飛んでくる。


「あ……」

「よくやった、キリイ」


 シドは頭のあった場所から両手を戻すと、決して朽ちることのない歯列を剥き出しにして笑顔らしいものを作った。


「手助けは不要だったが、上官を助けようというお前の思い、確かに受け取った」

「い、いや……俺は……」


 キリイは何も云い返せず、尻にキュッと力を入れる。漏らしそうになる程恐ろしい。

 物云わぬ骸となった男を、巨人に向かって放り投げたシドは、笑顔もそのままに兵士達に顔を向けた。


「さあ、油と木材を持ってこい」


 四度目となる台詞を放つ。


「木は巨人の周りに、油は砦全体に撒け。悉く焼き払うのだ」


 歯がギラリと凶猛に輝く。もう、逆らう者はいなかった。








「――けっ、手こずらせやがって」


 アキムは地面に倒れた男の身体に足を掛けると剣を引き抜いた。

 周りには男達の死体が累々と横たわっている。アキム達の周囲を、無力な商人や家族達が遠巻きにしていた。

 それにしても凄い風だった。アキムは少し前に吹いた嵐のような風を思い出す。煙が段々ひどくなってきているし、砦の中で何をしているのだろうか。 


「くっそぅ!!」


 ドカドカと下りた門を蹴る。


「グゥゥ!!」


 敵を殺す時も雄叫びしかあげていなかったオーガが唸り、アキムはそっちを見る。

 身体から湯気を立ちのぼらせているオーガが嬉しそうに門の向こうに目をやっていた。

 建物の陰から馬車と共に仲間達が歩いてくる。


「おっ」


 嬉しそうな声をあげたアキムは、次には複雑そうな顔をしてむっつりと黙り込んだ。

 門を挟んで向かい合う。


「少し離れていろ」


 シドはアキムにそう云うと距離を調整し、格子が十字に組まれた部分を蹴る。

 一撃で折れ、斜めになる。数箇所を同じようにすると、最後は手でバキバキと押し広げた。馬車が辛うじて通ることが可能な穴を作ると外に出る。


「あー。なんかすっごく開放的な気分だわ」


 サラが伸びをしながら云う。

 キリイは逆に重々しい溜め息をついた。

  

「……なにがあったんだ?」


 我慢できなくなったアキムが訊ねる。


「それは道中話そう。今はここを離れることが先決だ。急がねば軍に捕捉されかねん」

「……またやらかしたのかよ」

「追々話す。そこの死体は襲ってきた奴等か」

「そうだぜ。四人(・・)で始末するのは凄く大変だったよ!」

「どちらが大変だったかは後でエルフ達に訊いてみろ。死体から金目の物は回収したか?」

「いや、まだだが――」

「今回は装備は必要ない。金だけ回収するんだ」


 きょとんとしたアキムはエルフ達が持っている弓や魔導石に気づく。


「おいおい、どっから取り出したんだよこれ」

「ふふん。今回は素直に喜んどくわ。買おうと思ったら高いわよ、これ」

「………」


 ミラも妹と同じようにニヤニヤと笑っている。残りの三人は複雑そうな表情だ。


「俺のは……?」

「あるわけないでしょ。アンタいなかったじゃない」

「くっ……」


 悔しそうに歯噛みするアキム。

 実は今回、最も役に立っていないのはサラである事を知っているキリイが同情を込めて肩を叩く。


「俺と一緒に懐を漁ろう。そうすれば嫌なことなんか忘れられるさ」

「よしてくれよ。俺はまだそこまで落ちぶれちゃいねえ」

「その金で妹に何か贈り物をしてやれるんだぞ。きっと凄く喜ぶだろうな……」

「――なんだと!?」


 妹、という言葉にアキムの眼の色が変わる。


「誰だって死体を漁るのは嫌なものだ。だからそれをやった勇者にシドはボーナスをくれる筈だ」


 視線を向けられたシドは重々しく頷いた。


「な。金を拾うことは罪じゃない。それに汚い金も、宝石や装飾品に変えてしまえば文字通り身も心も綺麗になれる」

「し、しかしだな――」

「いいもんだぞ、贈り物は。殺した死体から金を漁り、その金で買った物を嬉しそうに眺めている妻や息子を見ると、えもいわれぬ気持ちがこみ上げてくるんだ」 

「おい、ちょっと待て……」

「辛いのは最初の一人目だけだ。二人目からは何も感じなくなる。……いや、寧ろ苦労してないのに豊作になった作物を収穫しているような満足感が――」

「わかったわかった!! もういい!! 俺は遠慮しとく!! 俺がやるとお前の取り分が減っちまうからな!!」

「そうか、残念だな……」

「気にするな!!」


 アキムはキリイの後ろ姿を見送りながらほっと息をつく。

 キリイが仕事にかかった様子を見たシドは皆に、


「キリイが終わり次第出発する。忘れ物はするなよ」


 そう云うと腕を組んで押し黙った。   

   

「なぁ、シド。あいつらはなんで砦からぞろぞろと出てきてるんだ」


 シド達から少し遅れて壊れた門から脱出する人々。


「それに砦が燃えてるみたいなんだが、消さなくていいのか?」

「消す必要はない。故に避難している」

「……そうか。それも道中に?」

「そうだな」


 石材は燃えないがそれを繋げる接着剤は違う。脆くなり、重さを支えきれずに崩れ始めた砦の断末魔を耳にしながら、シドはぼそりと呟いた。


「これでいいのだ」 


 

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