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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
42/125

砦にて―巨人戦・中―

 圧送された筋肉液(マッスルジェル)がシリンダを押し上げ、シドと巨人との間を結ぶ螺旋状の(ロープ)がピンと張り詰めた。

 掴んだ紐を引き寄せんと、巨人の腕が大きく盛り上がる。

 見守る者達はこの後の展開を予想し、無謀な行動に出たシドに半ば呆然となった。いかに腕力に自信があるとはいえ、勝負の行方は誰の目にも明らかだった。

 シドは視界内を流れる表示に意識を傾ける。かかる膨大な負荷に行き場を失くしたエネルギーが熱に変換された。冷却が始まると、排熱で体躯から陽炎が立ち昇る。いずれ機能に影響を与えない温度で均衡が取れる筈だ。問題は――


『外側は大丈夫でしょうか……』


 問題は、最高出力時の温度に偽装が耐えられないという点だ。この状況で体躯が剥き出しになれば矢が飛んできそうである。


「(無用な心配だ。装甲もない肉の塊など――)」


 シドの腕がジリジリと手前に動く。

 伸びきった紐がぎしりと鳴り、最高出力の手前で巨人の足が地面に線を引いた。

 上昇線を描いていた出力を横ばいに抑える。機械の強みは疲弊しないという点だ。熱交換のバランスが崩れるか、エネルギーが枯渇しない限りシドの力が衰えることはない。

 初め何が起こっているかわからなかった者達も、シドの背後に伸びる紐と手繰り寄せる腕の動きを見てどよめきを上げる。


「――こんな事がっ!?」


 上から言葉が降ってきた。

 どこかで聞いた声だ。


『ああっ!? あの眼鏡の男ですよ、マスター!!』

「(……偶然とは思えんな)」


 この男の顔は覚えている。確かヴェガスの元部下だった男で、サマルと呼ばれていた。コンテナを取り返した時にもいたようだし、もしかして追いかけてきたのだろうか。そうすると襲撃の狙いはシド達という事になる。運悪く巻き込まれただけかと考えていたが、まさか当事者だったとは……。この驚愕の事実は皆の心の平穏の為に黙っておいた方がいいだろう。

 巨人の動きはほぼ停止したといっていい。敵が混乱している今こそ勝機だ。


「あの二人は何をしている」


 エルフ姉妹を探して、周囲を見渡す。 

 巨人の背後、斜め後ろ辺りに二人の姿が見えた。防壁の上で風に靡く髪を押さえ、杖を構えている。

 シドは握り締める力を多少落とし、僅かに相手の方へ送った。それに面白い程想定通りの反応を返す巨人。力比べの勝敗は既に決しているというのに、持ち直したことに安堵したのか勝負を再開しようと足を踏み直す。

 シドはこの世界の住人が己と違う事を知っているが、この世界の住人は自分達とシドが違う事を知らない。これは思った以上に大きなアドバンテージだった。シドの正体が未知のものであると気づかれるまでは、あらゆる勝負に対しハンデを背負わせているも同然だ。

 引かず引かれずの勝負を行っている巨人の背後、サラの前方の空間にいきなり炎が出現した。ミラの説明通りなら燃料は魔力か。炎はどんどん体積を増やし、巨人をすっぽりと飲み込むまでに成長する。為しているサラは杖を持つ両手を突き出し、足を拡げていた。ぐぬぬ、という呻きが聞こえてきそうな格好だ。

 同時にミラが動いた。横に並んで妹と同じく杖を突き出す。

 シドには人間のような皮膚感覚はなく、数値でしか測る事は出来ない。かつて、元の世界の心ない人々は云った。機械なのに――と。

 だが、人間のような鋭敏な皮膚感覚を持っていない生物でも、大気の動きに顔を上げる時がある。吹き上がる風塵に(まなこ)を細め、飛ばされまいとしがみつく時がある。どんな生き物にもその生き物なりの世界があるように、シドのように数値によって管理された存在にも、その存在なりの世界があるのだ。シド達兵士はその事をよく知っていた。

 故に云うのだ。機械ではあるが怖じることなく。擬似的な感覚ではあるが堂々と。


「――感じるぞ、風を」


 指示通りに操ったようで、渦巻くように吹き荒ぶ風は熱による上昇気流とそれによって発生した気圧差で周囲の空気を取り込み始める。

 炎混じりの竜巻となった姉妹の魔法の結果に、シドは腕から力を抜いた。最早巨人の進む道は前にしかない。横に突き立てておいた槍を手にする。 

 巨人――若しくはその上に乗る男――はとっくに背後に気づき力を抜いている。だが、こちらにこない。

 予定では発生した竜巻をミラが巨人にぶつける筈だった。シドは怪訝そうに防壁の上を見る。


「(……あの二人はどこへ行った)」


 シドはドリスに訊ねる。操作する筈のミラの姿は影も形もない。


『そりゃあ、避難したのかと。生身でこの風と熱に耐えられるわけないですもん』

「(ふぅむ……)」


 なるほど、一理ある。シドは頷きながらも、


「(しかしそれでは竜巻の操作が疎かになってしまうな)」

『………』

「(………)」


 上空に見る見るうちに雲が溜まる。創造主の手を離れた竜巻は尚も勢力を増し、ぐねぐねと揺れる姿はどこへ向かおうと迷っているかのようだった。

 近くにいた砦の兵士達が悲鳴をあげながら引き寄せられていく。あの様子では中心に達する前に焼け死ぬだろう。エルフ達に声の届く範囲にいろと云ったのは僥倖だった。その命令なら、自然シドの後方に位置する形となる。

 

「お前達、今すぐ地下に避難するんだ。キリイに案内させろ」


 後方のエルフ達に云う。

 弓を持ったレントゥス、レティシア、ターシャの三人はすぐにキリイを探しに走った。


「ヴェガス、お前もだ」

「え? し、しかしよ――」

「いいから行け。このような場で死ぬのは本意ではあるまい」


 ヴェガスも去り、後には巨人とシドだけが残される。

 シドは再度紐を掴む。右手に槍を持ち、左手で紐を引き寄せると、炎の竜巻から距離を取ろうとしていた巨人の身体が前のめりになった。

    

「どこへも行けんぞ。お前はここに残るのだ。俺と共にな」


 その言葉が聞こえた訳ではないだろう。しかし、まるでそれに反応するかの如く矛先をシドへと向ける巨人。涎を吐きながら、両手を前に走ってくる。熱さで弱った蟲がぼとぼとと落ちた。

 頭部に乗る男――サマル――が凄まじい形相で叫んだ。


「――死になさいっ!!」


 掲げた右手を叩きつけてくる。

 シドは大きく飛び退った。背後にある己を地に縫い止める紐がチラリと頭をよぎったが、再度綱引きになった時を考え、切るのは止めておく。

 叩きつけられた腕に、素早く寄ると槍を刺し、捻りながら引き抜いた。肉片ごと槍が戻るが巨人は何の痛痒も感じていないようだ。それどころか、たちどころに傷が塞がっていく。


「無駄ですよ。貴方の攻撃など、古の巨人族の前では無意味です!!」


 巨人は叩きつけた腕をそのままシドの方に薙ぎ払った。

 槍でそれを受け、逆らわずに飛ばされる。


「無意味だと? この世の全ては何かを犠牲に成り立っている事を知らないらしいな」


 ミラは魔法にも魔力を使用するのだと云った。この世界に存在する魔力は計測するもおこがましい量かもしれないが、使用する魔力も同じだとは限らない。この巨人は先程兵士を口に運んでいたが、食事をするという事は、それによってエネルギーを取り入れているという事だ。


「お前のエネルギー源も無限ではあるまい」

「はっ! 確かにそうですが、貴方を始末する間は十分持ちますよ」

「さて――」


 それはどうだろうか。地を蹴ったシドは一足飛びに足元まで到達し、足首を深々と突き刺す。柄を横に動かすと気味の悪い音を立てて肉が引き裂かれていった。

 体勢を崩した巨人は後ろに倒れた。咄嗟に手をつくが、シドは槍を引き抜き、間髪入れずに移動すると走る勢いのままに上体を支える腕を叩く。

 大きな予備動作を伴う一撃に、巨人の腕が嫌な方向に曲がった。


「くっ――」


 肩まで倒れ込みながらも、残った手が上から襲いかかる。


「遅い」


 それを身を屈めながら前へ詰める事で躱す。

 肉体が巨大になればその分、攻撃の際、腕を移動させる距離は長くなる。訓練された人間の数倍の速さでこの巨体を動かすなど土台無理な話だ。

 頭はもう間近である。


『マスターッ!!』


 眼鏡の男が懐に手を入れた。出てきた手にはキラリと光る玉のような物が握られている。

 

「【狂従の宴(マッデンカーニバル)】!!」


 そう叫ぶと、身体から数え切れない程の糸のようなものが噴出した。それは巨人の身体を一瞬で覆い尽くすと溶けるように消える。

 直接影響のある魔法ではないと判断したシドだが、いきなり停止すると槍を横に振った。

 飛びかかって来た蟲が潰れる。

 偶然かと思ったが、肩口にいた蟲達が体を縮めるとバネのように弾んで一斉に降ってくる。シドはそれを槍で薙ぎ払うと大きく距離を取った。

 サマルはそれを得意げに見、嗤う。


「ふん。私自身に戦闘力がないとでも思ったのですか。甘いのですよ」

『いや……結局蟲を操ってるだけのような……』


 シドはサマルと睨み合った。その隙に巨人が立ち上がろうとするが、その最中に左手の紐を引っ張る。

 上体を曲げていた巨人は簡単にバランスを崩され、今度は前方に手をついた。


「フン」


 シドが顎を上げて馬鹿にしたように漏らすと、サマルは真っ赤になって睨みつけてくる。


『意地が悪いんですから……』

「(お前の影響に違いない)」

『もぅ………』


 蟲がまたしても落ちてくる。が、今度もこれまでのように意味もなく振り落とされたのではない。その全てが口をシドに向け、じっと佇んだ。

 

「王都からこっち、長い旅路でしたがそれも今日までです」


 サマルは片手で体を支え、シドを睥睨した。


「恨みはありませんが、死んでもらいますよ」


 巨人の後方では魔力供給が切れたせいで炎を失いつつも、余勢で尚も猛威を振るう竜巻がフラフラと移動していた。砦の可燃物に燃え移った火は消えてない。


『槍を発射(・・)したらどうですか?』

 

 数で上回った相手に、ドリスが提案してくる。

 シドは頭を振って、


「(上背のある相手にか? 貫通したら誰が取りに行くんだ)」


 それにもしその一撃で死ななかった場合、無手になってしまう。

 どうやって始末をつけようかと思案していると、思いがけない人物が目に入った。

 ――ミラだ。一度は退避したミラが戻ってきている。防壁の内部から顔だけをちょこんと覗かせているミラは、シドの方に向かって杖を不格好に振った。

 程なく、竜巻の動きから不規則さが消える。一旦方向を見定めるために停止した後、驚愕すべき速さで巨人の背に向かって滑るように移動した。


「(――いかんな)」


 その速度にシドは急いで掴まる物を探す。


「今頃逃げようとしても無駄ですよ」


 勘違いしたサマルがそう云う。

 体躯を固定する物が見つからなかったシドは仕方なく左手の紐をピンと張った。これと後方のアンカーに繋がる紐で耐え忍ぶしかない。

 サマルはその頃になってやっと迫る竜巻に気づいた。呆然とした顔で後ろを向き、


「――え?」


 と呟いたのが微かに聞こえた。

 次の瞬間には、巨人も蟲も、サマルもシドも、諸共に凄まじい横風に晒される。

 軽い蟲が宙に浮き、砂塵に巻かれあっという間に見えなくなった。

 シドは風が止むのをじっと待った。巨人と繋がっている上に、重く面積の小さいシドが飛ばされる可能性は低い。槍を脇に挟むと、懐からヒートナイフを取り出す。

 風が少しづつ弱くなる。

 移動に問題のないレベルにまで風速が低下したと判断したシドは体躯に纏わりつく紐を一気に切断した。再度槍に持ち替え、砂を巻き上げて疾走する。

 モザイクがかった世界に、巨人とサマルの姿が浮かび上がった。サマルは身体を固定するのに巨人の手を使用している。

 接近するシドを捉えたサマルの目が吊り上がった。慌てた様子で体勢を立て直し、光る玉――おそらくは魔導石――を構える。

 シドは構わず突っ込んだ。今やるのも後でやるのも同じだ。ならば事後を考え早めにケリをつける。


「【生体促進(バイタルブースト)】!!」


 サマルが叫ぶと、身体から湧き出た光が巨人に浸透する。

 巨人の肉体に血管が浮き、筋肉が盛り上がった。蟲がいなくなった脆い箇所から体液が吹き出る。


「これで終わりです!!」


 一周り大きくなった巨人が中腰で正面から襲いかかってきた。これまでよりも速い。

 シドは、槍が悲鳴をあげる程の力を込め握り締めた。駆けながら投擲動作に入る。狙いは頭部だ。頭を貫いて裏側にいるサマルまで到達させる。

 仮面の下で電子目が鈍く光る。巨人の頭部をロックしたシドは、太古、大型生物に手槍で立ち向かった人類のように勇ましく左足を踏み出し、


「死ねい!!」


 宇宙軍を苦しめ続ける敵に対するのと同じ殺意でもって槍を投げ放った。  

  

  


 

 



 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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