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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
38/125

砦にて―襲撃―

悪戯心を抑える事が出来なかった……

 ターシャの朝は早い。まだ夜が明け切らぬ時間に起き出し、薄暗い中をそろりと移動すると、天幕の中央で燻っている種火に薪を追加する。寝る前に用意しておいた蝋燭にも火を移し、それを燭台に突き刺すと食事の準備をする。

 準備といっても最初から作るわけではない。どうせ皆が起き始めるのはまだしばらく先だ。この時間から全員分の食事を作ったとしても食べる頃には冷たくなっているだろうし、とりあえず必要なのは一人分だからだ。

 そういうわけで、砦での仕事が始まってからはキリイの朝食は前の晩の残りを温めるだけの物になっている。ターシャは火が大きくなってきたのを見計らい、薪の上を通した鉄の棒に鍋を引っ掛けた。

 火をぼーっと眺めながら待っていると、団長であるシドが動き出した。

 眠気による緩慢さなどは微塵も見られないシドは、寝ているキリイの近くまで行くと肩の下に手を差し入れて上体を起こす。


「――んあ?」

 

 子供のような声をあげるキリイを放置し、入口付近に立つと微動だにしなくなった。

 強制的に起こされたキリイは目を擦りながら立ち上がり、樽の中の水で顔を洗う。それが終わると火の側まで行き、座って朝食が温まるのを待った。一昨日は初めてだった事もありいきなり起こされて驚いたが、三度目となる今日は取り乱したりはしない。

 キリイとターシャが二人で火を囲んでいると遠くから鐘の音が聞こえてきた。砦の周りに集まった労働者に起床を知らせる鐘だ。二度目の鐘がもう少し時間を置くと響き渡るが、それまでに砦に着いていなければならない。

 急いで朝食をかっ込むとシドと共に天幕を出る。


「ふぁ……。いってらっしゃい」


 小さく欠伸をしながら見送るターシャ。

 歩き出そうとしたキリイは不意に立ち止まったシドの背中に顔をぶつけた。


「……? どうしたんだ?」


 キリイが訊ねてもシドは答えず、視線を闇の先に向け、右から左にゆっくりと動かす。

 

「ターシャ」

「ふぁい? 何でしょう」

「今日は外出禁止だと全員に伝えておけ。武器を手元に置き、天幕で待機だ」

「えっ!? 何故ですか?」


 ターシャの問いに、シドは暗がりを見ながら小声で、


「こちらを窺っている奴等が複数いる。襲撃されても問題ないよう備えろ」

「えええええっ!?」


 せっかく小声で話したというのに、叫び声を上げるターシャ。

 シドは咄嗟に頭を掴むと顔の向きを固定した。


「黙れ。向こうに悟られたと気づかれるだろうが」

「す、済みません……」

「俺とキリイはこのまま砦に行く。お前達は襲撃を受けたら撃退しろ」

「ちょっと待ってください。それなら残ってて皆で戦った方がいいじゃないですか。今日は休んでください」


 ターシャが外套の裾を掴んで云う。


「馬鹿な事を云うものではない。まだ三日目だ。確たる理由もなしに休めるわけがなかろう」

「理由ならあるじゃないですか。傭兵団の危機です」

「それが仕事と何の関係がある。傭兵として働いているのではないのだぞ。それにまだ襲撃があると決まったわけでもない。心配せずともそこまで多数の兵を用意するのはここでは無理だ。王都の時とは違い、今はオーガ達もいるし武器もある。ある程度の数ならお前達だけで対処できる筈だ」

「云ってる事はわかりますが、万が一という事も……」

「……確かに絶対はない。お前達の中の誰かが生命を失うかもしれん。だが、覚悟は出来ているだろう。武器を持つとはそういうことだ」

「………」

「そう心配するな」


 俯いて暗い顔をしていたターシャが、その言葉に意外そうに顔をあげた。


「別にここを死守しろとは云わん。そういう類の任務ではないからな。不安なら馬車を準備しておき、戦況を見て勝てそうにないなら砦まで逃げ込め」

「わ、わかりました! そうしますっ」


 ターシャは晴れやかな笑顔になるとそう云った。


「……わかっているとは思うが、襲われた瞬間に逃げ出すのはなしだ」

「もも、勿論です! 戦って勝てそうにないなら逃げます!」

「………」


 シドは、大声で逃げるなどと宣うターシャからプイと顔を背けた。これ以上ここに居ると絶対監視している連中に勘づかれる。キリイに一度目をやり歩き出す。


「い、いってらっしゃい」


 背中にかかる声に、軽く手をあげて応える。


「なあ……本当に平気かな……。残ったほうがいいんじゃないか……?」


 やはり気になるのか。三往復目となる砦への道を歩みながらキリイがシドに進言してきた。


「お前はお前の仕事をしろ。可能性があるからといって常に全戦力で対応するつもりか。そんな事をしていたら戦闘集団などまともに機能せん」

「…………」

「勝てそうにないなら逃げろと云い含めてあるのだ。彼我の力量差や戦況を見極め切れない傭兵など、どのみち長生き出来ない。こういう時は仲間を信じることだ」

「……そうだよな」


 キリイは少しの間考え、


「仲間を信じる……か。アンタにしちゃ珍しく良い事を云ったよ」

「俺は常に事実しか云わん」

「そうかい……」


 もうじき日が昇るだろう。不安を払拭したキリイは気合を入れて足を進める。


「忘れずに情報を集めろよ。初日のような失態は許さんぞ」

「……はい」


 シドと元気のなくなったキリイは砦へと向かった。








「ここが奴等の居る天幕か」

「はい、団長。夜明け前に二人出て行きました。戻ってきてはいません」

「予定通りだな」


 団長は団員の言葉に厳しい顔で頷いた。ここまではシナリオ通りだが、これから先は戦闘になる。いつ何が起きるかは誰にも予想できない。


「よし。てめぇら、天幕を包囲しろ」

「はっ!」


 そこらの天幕よりも遥かに大きなそれを六十を越す団員が幾重にも包み込む。物々しい雰囲気に周りにいた無関係の者達は我先に逃げ出した。


「完了しました」


 副官がそう伝えると、団長は巡回の兵士から奪った鎧を身につけた者達を呼んだ。


「いいか、お前等。おそらく出番はないだろうが、もし手こずった場合はお前等の働きが物を云う。その時が来るまでは俺の傍で待機しろ」

「わかりました!」


 鎖かたびらの上から丸みを帯びた簡素化した板金鎧を纏う男達。それが全て自分の周りに集まると団長は、

 

「よぉし! やっちまえ!!」


 そう、大きな声で命令した。

 てんでばらばらな武装の男達が無言で天幕に近づき、入口付近の男が垂れ下がった布に剣を突き入れると押し上げる。

 その瞬間、男の顔に剣が突き刺さった。


「――かはっ」


 と呼気を漏らし、痙攣する身体。

 男の身体を蹴り飛ばし姿を現したのはまだ若い青年だった。

 しかし侮るなかれ。その青年の身体には戦いでついたであろう幾つもの傷が刻まれ、傭兵達を睨み付ける眼光は喜悦に染まっている。年齢こそ若いものの、歴戦の匂いを窺わせた。


「これでやっとあいつらから解放されるぜ……」


 青年はそう呟くと、悠然と外に一歩踏み出す。

 その迫力に、思わず後退る傭兵達。


「何やってやがる!! そいつを始末しろ!!」


 団長の叱咤の声に、男達は武器を構えて斬りかかる体を見せる。しかし――


「おおおっ!?」


 またもや後退する。

 続いて姿を見せたのは大人でも赤子扱い出来そうな程の巨漢だ。


「な、なんでオーガがいるんだ……」


 最前列の誰かが呟く。

 オーガは天幕から出てくると最初に出てきた青年の横に並んだ。男達は唾を飲んでそれを見ていた。オーガの数は三。青年と合わせて総数たった四の敵だが威圧感は並ではない。


「――お、おい。誰か行けよ」 

「え? いや……お前が奴等に近いし普通はお前からだろ?」

「そうだぜ。後がつかえてんだから早く行けよ」


 後ろの仲間に拒否された男は、同じく最前列に並ぶ仲間に、


「よし。じゃあお前から行くんだ。俺が援護する」

「――はぁ!? ふざけんな! 援護するのは俺だ! 勝手に決めてんじゃねえよ!!」

「なんだと!? お前こそ勝手に決めてんじゃねぇか!!」


 最前列で、云い争う二人以外の男達も顔を見合わせる。この数なら最終的には勝てるだろうが、最初に斬りかかった者はほぼ確実に生命を落とす。


「馬っ鹿野郎!! お前ぇ等一体何やってやがる!! 俺にぶっ殺されてぇのか!!」


 顔を真っ赤にした団長が怒鳴ると、男達は顔色を窺って後ろを振り向いた。

 その時、対峙している青年の瞳が鈍く輝く。


「今だ!! 殺っちまえ!!」

「GURAAAAAA!!」


 相手の隙を見逃さず、青年とオーガは襲いかかった。

 人が一人とオーガ三体。総数四の敵は二重三重に取り巻く男達の壁に錐の如く食い込む。


「――くそっ! 押し返せお前等!!」


 団長の指示で後方の傭兵が立ち塞がるも勢いに乗ったオーガを押し止める術はなく、不意を突かれた傭兵団の包囲は紙のように破られた。

 男達を殺しても立ち止まらず真っ直ぐこちらに向かってくるのを見て取った団長は、敵の狙いが己である事を悟る。

 剣を構えそれに備えながら、


「舐めやがって!! ――お前等、全方位から天幕に突っ込め!! エルフ共を捕らえるんだ!!」

「だ、団長!! 天幕から火が!!」

「なにぃ!?」


 団員の叫びに目をやると、天幕からもうもうと炎が上がっている。何の予兆もなかったうえに、火の勢いがおかしい。


「魔法か!? お前達気をつけ――」

「――ああっ!?」


 注意を喚起しようと団員に顔を向けるや、またもや他方から叫びが聞こえる。


「今度は何だ!!」


 団員から他の団員へ。そして団員から天幕へと忙しなく目を移した団長は視線に釣られて上空を見上げた。


「――ッ!?」


 燃える天幕が空を舞っている。大きく広がった天幕は男達が密集している真上に向かってふよふよと移動しているようだ。 

 

「だだだ団長ぉ!!」

「――ええいっ、次から次へと!! 少しは自分達で対処しないか!!」

「奴等が逃げます!!」

「どうやってだっ!?」


 空へと舞い上がった天幕。それが元あった場所に忽然と姿を現したのは馬車だ。  

 荷物とエルフがぎっしりと詰め込まれた馬車は、その場にいる者達に注目されるやいなや猛然と走り出した。

 頭上から落ちてくる燃え上がる天幕に気が気でない男達はそれを簡単に見逃してしまう。 

 

「お――追えぇっ!! 奴らを逃がすなぁ!!」


 ガラガラと車輪を鳴らしながら遠くなる馬車を差して怒鳴る団長。

 やる気のある団員もちゃんといたようで、すぐさま視界を人影が横切る。

 おお!――嬉しい驚きを心中に抱き、改めて向かってくるであろう敵に向き直った団長は、頬を張られたように顔を戻した。


「おおーい、お前等ッ! 俺を置いていくなっ!!」


 ついさっきまでオーガと一緒になって自分に襲いかかろうとしていた青年の後ろ姿が、そんな叫びを残しながらどんどん小さくなっていく。


「――ちっくしょう!! 全員馬車を追いかけろ!!」

「で、ですがまだオーガが――」

「死にたい奴だけ残れや!!」


 団長は言い残すと獣のように駆けた。

 生き残っている五十人以上の団員は追跡に掛かった団長とオーガを見比べた後、一斉に団長の背中を追いかけ始める。


「GAーー!」

「お、お、追いかけてきたぞぉー!!」


 出遅れた数人の犠牲のおかげで速度にのる男達。それを、それぞれが一人ずつ、計三人を仕留めたオーガが追いかける。

 狭い天幕の間を駆け抜けている事もあり、最初団子状になって逃げていた男達は少しづつ形を崩し、足の早い者が先に出始めた。

 男達は死に物狂いで走るが、最後尾の者から順にオーガに捕捉され生命を奪われていく。前を走る者達は、死神に捕まった仲間の悲鳴を耳にしながら必死に足を動かした。


「団長! このままでは死者が出るだけです!! 隊形を組んで迎撃を!!」


 団長はあまり足が早くなかったのか。それとも後ろの男達が普段発揮し得ない力を出しているのか。一番前を走っていた団長に追いついた団員が並走しながらそう云った。


「――お前」


 団長は、キッと団員を睨んだ。


「俺の前を走るんじゃねえ!!」

「――ガァッ!?」


 剣で足を払うと、配下の男はバランスを崩し、勢いでゴロゴロと転がる。


「どけどけぇ!」

「邪魔だぁっ!」


 後ろを走る男達が転がった仲間を次々と踏み潰す。一人が犠牲になれば、それだけ他の人間が生き残る可能性が高くなるのだ。

 犠牲者を増やしながら走る事によりかつてない能力を引き出した傭兵団は、見る見るうちに前を走る青年との距離を詰める。    

 もう相手の表情すら見て取れそうだ。

 

「おいっ! と、止まりやがれ!! い、今なら!! 生命だけは助けてやる!!」


 団長が、ゼェゼェと喘ぎながら青年に叫ぶ。

 その声に後ろを振り向いた青年は、やっと自分を追いかける集団に気がついたのかぎょっと目を剥くと、一段と走る速度を上げた。


「く、くそぉぉぉ!!」


 団長は苛立ち、手にしていた剣を青年に向かって投げつけた。

 しかし大きく狙いを外した剣は、何事かと走ってくる男達を見ていた無関係の人間の胸に突き立つ。

 

「チッ。――おい、お前!!」


 すぐ後ろを、追いつかないように走っていた団員に云う。


「剣だ! 剣を寄越せ!!」

「え?」

「さっさと寄越せぇ!!」


 もたつく男からひったくるように剣を奪い取った団長は、えいやっとばかりにそれも投げつけた。

 剣はまたしても標的を逸れ、前方の天幕に突き立つ。


「じゃんじゃん剣を寄越せぇっ!!」

 

 後ろの団員から次々と剣を貰い、貰った端から投擲する。天幕や馬や人や地面に、次々と刺さる。


「どいつも! こいつも! コケにしやがって!!」


 怒りが頂点に達しようとしたその時、それは現れた。


「団長!! あれを――」


 斜め前方を指差し、絶句する団員。

 指の先を追った団長もまた同じように絶句した。


「な、なんだありゃ……」


 オーガなど比ではない。見たこともない程の巨躯の人間がこっちに向かってきている。まだかなり距離があるが、天幕を踏み潰しながら一歩一歩こちらへと近づいてくる様子だけでもその信じられない大きさがよくわかった。

 

「あ、ありゃあサマルの旦那ですぜ!!」

「何だとぉ!?」


 ぶつからないよう前を確認しながらチラチラと近づいてくる巨人を凝める。

 頭の後ろに籠のようなものがあり、頭頂には金属の杭が二本突き刺さっている。籠の中の男は杭に手をかけ、たまにそこから青白い光がバチバチと迸っていた。

 云われてみれば、確かに籠の男は眼鏡をかけているように見えるし、召喚の準備とやらでサマルは昨日から姿を消していた。

 あれが援軍なら、勝利はもうこちらのものだろう。だが、団長はその巨大な人間が近づいてくると顔を顰めた。

 目蓋は縫われ塞がっている。口からは濁った色の涎が止まることなく流れ落ち、皮膚はどす黒く、歩く振動でたまに剥がれ落ちているが、下から覗く肉には蟲のような生き物がビッシリと蠢いていた。

 そのおぞましさに、さしもの傭兵達も冷たい汗を流す。はっきり云って近寄りたくはない存在だ。

 

「なんてぇ臭いだ! 腐ってやがる!!」


 団長は鼻を押さえた。後ろで誰かが嘔吐(えづ)く音がする。

 口で呼吸をするが、その悪臭の密度に肺が腐り落ちそうな気さえした。

 団長は平然と乗っているサマルの正気を疑う。巨人の周囲には凄まじい数の羽蟲が飛び交っている。

 巨人の存在に気付いた人々は悲鳴を上げて逃げ惑うが、傭兵団はその中をお構いなしに駆け抜ける。武装した男達が纏まって行動している姿を見た者達は、我先にと後を追いかけ始めた。

 

「オーガだ!! オーガが攻めてきたぞ!!」


 後から加わった人間だろう。後ろで誰かがそう叫ぶ。


「どうしますか、団長!?」


 問われた団長は前を見た。余所見をしていたせいでだいぶ差がついてしまった。


「このまま突っ込め!! サマルの起こした混乱に乗じて始末する!!」 

 

 もうそれしかない。


「変装した奴等を俺の後ろに集めろ!!」


 全力で疾走している傭兵団の方が巨人よりも早いようだ。合流しようとする巨人の前を素通りした集団はそのまま砦の方へと突っ走る。

 

「ハーッハッハッハッ!!」


 後ろで、サマルの高らかな笑い声が空に響いた。

  

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