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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
37/125

砦にて―初出勤―

「――ングッングッ」


 一日働いた自分に酒という名の褒美を振舞っている労働者に周囲を囲まれながら、団長は陶製の杯に注がれたエールを喉を鳴らして飲み干した。

 

「おう、ネェちゃん!! 次持ってこい!!」


 空になった杯を卓に叩きつけるように置くと、天幕の中で声を大にして叫び、据わった目で向かいに座る眼鏡の男に云う。


「それで、サマルよ。どうも予定と違うようだが、これからどうするつもりだ」

 

 問われたサマルはチビチビと酒を飲みながら考え込んだ。


「もう面倒だからこのまま明日にでもぶわーっと襲っちゃおうよぉ」


 顔を赤くしたサンティが陽気に話す。


「そうだな。こっちは八十人近くいるんだ。一気に畳みかける機会(チャンス)だ」

「そうそう。もう砦の兵士を使うのは無理そうだし、正面から行くしかないと思うよ」

「……ハァ」


 サマルは酒が入って気が大きくなった二人に、大きな溜め息をついた。


「馬鹿な事を云わないでください。ギルドで何人が殺されたと思っているんです。このまま襲って勝てると本気で思っているのですか?」

「大丈夫だって。アタシとアンタがあの大男の相手をして、傭兵団がアイツの仲間を仕留めればいいじゃん」

「……もし、勝てなかったら?」

「アンタ、それ本気で云ってるの?」


 サンティは不機嫌そうに、


「アンタの言葉やギルドでの事からあの大男が強いのはわかったけど、流石にアタシ達二人で相手して負けるとは思えないんだけどね……」

「……強いか強くないかはこの際どうでもいいんですよ。問題なのはどうして強いのかがわからない事です」

「どうしてって……。そりゃああの身体だし、槍持ってたし、普通に強いんじゃないの? 力とか技が優れてるって感じで……」

「それが違うんですよ」

「ふ~ん……。じゃあ何でそう思ったのか教えなよ」

「そ、そこは私の長年の勘と云いますか……」

「………」


 急に歯切れが悪くなったサマルをサンティは胡散臭そうに見る。

 初対面で正体がばれました、などとは云えないサマル。あのヴィダレイン伯爵のように混血で何の力もないならともかく、寝物語に伝えられている姿そのままの高地エルフが裏で暗躍していたという事実が明るみになれば今後動きにくくなる可能性がある。仲間から責任が問われることは間違いない。幸か不幸か追いかけている大男は周りに云いふらしたりはしていないようで騒ぎにはなっていないが、このまま放置することは絶対にできない。藪をつついて蛇を出す結果にもならないよう、襲撃をかけたら確実に仕留めなければ。


「とりあえず、必勝を期すためにもあの大男は仲間と分断させておくべきでしょう。人質を取るのもありですが、一緒にいる時にそれを狙っても失敗する可能性が高い。ここに来たからには彼等も内部に入り込む心算でしょうからその時を狙います」

「具体的には?」


 団長が新たに置かれた杯に口をつけながら訊く。


「まず明日受付に行き、数人を労働者として潜り込ませます。目標が内と外、どちらにいるか見極めた後、こちらの主力をいない方へ。もし砦内にいるようでしたら、外にいる仲間を襲いつつ、潜り込ませた者で足止めを。人質が有効ならそれで終わります。そして彼が人質を無視する場合に備え、潜り込ませる者達は演技が上手い者にしましょう」

「どうしてだ?」

「難癖つければあの大男は間違いなく当人達を殺すかどうかするでしょう。そこまでいかなくてもあの力です。ちょっと殴られれば怪我をするのは確実。それを煽って砦の兵と争うように仕向けます」

「なるほど。そいつぁいい考えだ」

「もし、アイツが外にいた場合はどうすんのさ」

「その時は砦の兵士を殺すことになります」


 サマルは声を潜めた。


「襲撃の直前に巡回中の兵士を殺し、着ている物を奪います。それを着て騒ぎを起こし、襲います。すぐに砦の兵士が駆けつけてくるでしょう。そして彼等は見ることになる。自分達と同じ鎧を着た者達が殺される場面を」

「お前……俺の団員達はお前の道具じゃねえぞ」


 自分が使い潰すならともかく、余所者がさも当然のように部下を使い捨てにする計画ばかり述べることに団長が不機嫌そうに云う。


「これは失礼。しかしあの男を仕留めようとしたら必ず犠牲は出ます。ここは目を瞑ってください」

「そんなことより、鎧を奪うってそんなに上手くいくもんかねぇ。そこでバレそうな気がするんだけど」

「そこは私と貴方でやるのですよ。……そうですね、明け方くらいに巡回の兵士を狙いましょう。そして日が登った後襲撃をかけるという事でどうでしょう。あまり暗いと着ている鎧がわかりにくいですし、間を空けすぎると巡回が帰ってこないのを不審に思われます。そこらへんの細かな部分は明日の早朝にでも動きを監視して調整しましょう」

「んじゃあ飲み終わったら部下を召集しねえとな」

「……一応、やれそうな感じの計画だね」


 アンタにしては珍しく、とサンティ。そしてサマルの耳元に口を寄せて、


「(……サマル、一応もう一手準備しておきなさいよね)」

「(え……? さらにですか?)」

「(そうよ。ホントの策士ってのはこれでもかって位先まで読んどくもんでしょ。アンタはいろいろ考えるのに薄すぎんのよ。もっと病的な迄にえげつない奴を用意しときな)」

「(えげつない奴ですか……)」


 サマルが視線を彷徨わせた。


「(……わかりました。でも屍猟犬(ピグル)は使いませんよ)」

「(あのクッサイ犬はこっちも御免だよ。他のでいい)」


 サマルはサンティと頷き合い、団長に目を向ける。

 彼は、待ち望んだ瞬間がもうじき来る、と次々と杯を重ねている。

 何の因果か、王都でちょっと利用するつもりが国境までの旅路を共にするとは。長くはなかったが短いともいえない付き合いだった。だがそれも終わりだ。

   

(……どうせなら彼等も全部一緒に始末できるのを用意しますかね)


 傭兵達に砦の兵に労働者、餌には事欠かない環境だ。久しぶりにたらふく食べさせてやる事が出来る。

 サマルは明日以降に思いを馳せ、うっすらと哂った。








「おう、若ぇの! これ運んだら今日は終わりだ!」

「わかりました!」


 日に焼けて赤くなった親方然とした男に声をかけられたキリイは、威勢良く返事を返すと足元にある砂の入った袋に手をかけた。


「ふんうっ!」


 膝を曲げると一気に持ち上げ肩に担ぐ。なんとか真っ直ぐに立ち上がると重さによろめきながら指定されていた場所まで歩き出した。

 もうじき日が沈むだろう。現場では既に片付けが始まっている。片付け終わった者から順次家路についていた。

 目的地に着いたキリイはやっとの思いで砂袋を下ろす。腕も脚もガクガクだ。滴る汗を二の腕で拭った。

 シドとキリイ、早く終わった方が相手を迎えに行くことになっている。キリイの仕事はもう終わったが、姿が見えないことからシドはまだ働いているらしい。迎えにいくことにする。

 シドがいる所はわかっていた。すぐ近くに見える大きな天幕の中だ。そこでは細かな細工や木材の削り出しなど、最終的な加工が施されている。


(こんなことなら俺も手に職を持っておくんだったぜ……)


 拠点としている天幕で過ごしている面々が羨ましい。これは明らかに人選ミスだ。本来キリイがいるべき場所にはヴェガスがいる筈だった。あの男なら砂袋や石材、果ては丸太まで苦もなく移動させるだろう。それなのにここにいるのはキリイであり、ヴェガスはエルフ達と共に物資と情報集収という名の自由行動だ。

 キリイは肩を落として天幕の入口を潜った。右から左へ視線を移すが、あの特徴ある姿が見えない。代わりに人だかりが目に入った。


「なぁ、あれは一体何してるんだ?」


 近くを通りがかった男に訊ねる。


「うん? ――ああ、あれか。あれは検品してるんだ。凄い目利きがいてな。一目見ただけで僅かな歪みも発見してくれるのさ。単純な長短ならともかく歪んでるのはちょっとわかりづらいしな。気温で多少違ってきたりするし……。まぁ、大体皆も自分で確認はしてるんだが見落としってのがあるから、定規より精確で早いんなら見せておいて損はない。尤も、今は待ち時間があるから微妙だが……」

「……ありがとう」


 キリイはまさかと思いながらも集団をかき分ける。割り込んでいると思われたのか、数人が凄い目つきで睨んできた。

 ヘコヘコしながら進むと、見覚えのある人物が大勢の人間に囲まれて石材に腰掛けているのが見えた。


「――キリイか、どうした」

「いや……こっちはもう終わったから迎えに来たんだが……」

「こちらはもう少しかかりそうだ。先に戻っておけ」

「そうか……」


 キリイを見る周りの目つきが酷い。とてもじゃないが早く切り上げろと云える雰囲気ではなかった。


「じゃあ先に帰っとく。皆には遅くなると伝えて置くよ」

「うむ。給料は忘れずに貰って帰れよ」

「了解だ」


 天幕を出たキリイは門の側にいる監督官に名前と仕事を告げ、僅かな小銭を受け取ると帰路についた。

 暗くなり始めた空を見上げながら、手の中で貰ったお金をジャラジャラと鳴らす。一日働き、目に見える形で報酬を得るというのはいいものだ。例えそれが雀の涙ほどの給金でも、役に立った、生活をしているという充足感がある。

 問題があるとすれば、これを使用するのがどう贔屓目に見ても遊んでいるとしか思えないエルフ連中だということくらいだ。愛する妻や息子のために汗を流すなら我慢もできるが、王都からこっち殆ど何もしていない連中にこれを渡すのは抵抗がある。しかし、渡さないというのもどうだろう。それでは自分も今日一日遊んでいたのと変わらない――


(――ああっ!?)


 ここでとんでもない事実に気が付いた。


(ヤバイ……。何も調べてない……)


 資材運びに必死で周りのことを碌に見ていなかった。昨日シドに云われた事を何一つ成し遂げていない。行ったり来たりの繰り返しだったから見る機会は腐る程あったのに……。

 免罪符に成り下がった硬貨をぼんやりと眺める。こうなると貰った報酬も虚しいだけだ。

 重くなった足取りで天幕に帰宅したキリイは、扉代わりの緞帳を開き、


「……ただいま」


 そう云って中に入った。

 昨日は馬に乗ったオヤジが入ってすぐの所にいたが、今日はいない。ほっと息を吐く。

 内部を仕切る垂れ幕の向こうから誰かやってきた。


「お帰りなさい。ちょうどいいタイミングでした。そろそろ夕飯ですよ」


 キリイの身体が硬直した。

 朗らかに笑って姿を見せたのはターシャだ。頭に白い三角巾を被り、同じく白い前掛けを身に纏っている。


「……どうかしましたか?」

「い、いや。何でもないれす……」

「………?」


 動揺するキリイを不思議そうに見るターシャ。

 そういえば経理をやっているのは彼女だった――思い出したキリイは慌てて、


「そうだ、これ――」


 硬貨を持った手を伸ばす。 

 ターシャは手の中に入っている物の正体に気づくとすぐに、


「あ、ご苦労様です」


 と頭を下げてそれを受け取る。

 

「ちょっとターシャ、ご飯まだなの!?」

「……なんか吹きこぼれてる」


 垂れ幕の隙間から顔だけを覗かせた双子が口々にそう声をかける。


「ああっ!? すみません! すぐに用意します!」


 答えたターシャは急いで戻ろうとし、一度キリイに振り返ると、


「すぐ夕飯ですので手を洗ってきてください」


 と言葉を残し姿を消す。

 一人になったキリイは呆然と立ち尽くした。美しい妻に、生意気ながらも可愛らしい娘達。キリイが夢にまで見た理想の家庭がここにあった。


(楽園は実在した……)


 今この時、キリイの家族は王都に残した者達ではなく天幕にいるエルフだった。キリイは家族の為に汗を流す父親で、エルフは金髪の美しい妻であり可愛い娘達だった。髪の色など些細な問題だ。

 役に立たないなどとんでもない。先程までの自分を責める。妻に働かせては夫の名折れというものだ。ただそこにいて、帰りを待っていてくれるだけでいい。それだけで男は過酷な戦場に足を踏み出せるのだ。  

 身体の奥底から力が漲ってくる。思いを新たにしたキリイは力強く一歩を踏み出した。


「おう、帰ったか」


 かけられた声に再度硬直するキリイ。油切れをおこした人形のように顔を声の主に向けた。

 己の意思とは関係なく身体が後ろにさがる。


(こ、これは……!)


 目を見開いて相手を眺めた。

 なんてでかい息子だ。これが長男だというのか……。とてもじゃないが自分の血を引いているとは思えない体格だ。それになんといっても毛が多い。


「おい、飯だって云ってるぜ。腹減ってんだから早くしろよ」


 続いて男がもう一人姿を見せる。

 それを目にしたキリイの身体が戦慄いた。傷だらけの顔に荒んだ目つき。どう見ても教育に失敗しグレてしまっている。

 

「お、おお? なんだ、どうしたよお前」


 キリイは長男だと詐称する男の言葉を聞き流した。この二人は断じて息子などではない。楽園を破壊する為に送られた悪魔の尖兵だ。 

 

「うおおおおっ!!」


 幸せな家庭を壊させはしない。キリイは覚悟を決めると襲いかかった。


「――っ!? なにトチ狂ってやがる!!」

「――ぐあっ!?」


 殴られて派手に吹っ飛ぶ。

 大の字に寝転んだキリイは遠い目をして虚空を凝めた。これから崩壊するであろう家庭を想像し、涙が溢れる。

 

「何があったか知らないが、元気出せよ」


 上から覗き込んだアキムが、そう云って手を差し伸べる。

 キリイは束の間その手を凝めていたが、ハっと我に返ると力強く握り返した。


「……すまない。どうやら夢を見ていたようだ」

「気にすんなって。仕事がきつかったんだろ。誰にでもあることだ」


 アキムがキリイを立ち上がらせ、背中をポンと叩く。  


「飯が出来たらしいから、早く行こうぜ」

「ああ、そうだな……」


 キリイは遠い目をした。幸せな夢だったが、所詮夢は夢だ。現実を直視し、アキム、ヴェガスと共に食事に向かう。

 全員で車座になり、ターシャとレティシアが次から次へと持ってくる料理を座して待った。

     

「ああ、そういえばシドは遅くなるらしい」

「そうですか。まぁ、どうせ彼はいつも食べませんから、頂いちゃいましょう」


 ターシャの言葉を皮切りに、各々は食事に手をつける。人数が多いせいで料理の量も半端がないが、それが凄い勢いで減っていく。

 明日からは、自分の稼いだお金もこの食事に消えるのだろう。そう考えたキリイは、そこはかとない満足感を覚えた。

 こういうのも悪くない。形は違えど、これもまたひとつの家族だ。


「おかわりだ」

「俺も」


 ヴェガスとアキムの皿を受け取り、立ち上がったターシャが奥に消える。

 それを目で追うキリイ。


(うむ。悪くない)


 開きっぱなしになった口からボロリと食べカスが落ちた。

  

 

 

 

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