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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
35/125

砦に至る道

お待たせしました。



「こいつぁスゲー眺めだぜ……」


 小高い丘の上に立ったアキムは、遥か先にうっすらと見える建設途中の砦を見下ろし呟いた。

 丘の周囲は鬱蒼と生い茂った緑に囲まれており、前は切り立った崖になっている。そしてその先、砦との間には大きな川が流れていた。


「予想していた物より規模が大きい」


 アキムの隣に立ったシドも同じように砦を眺めた。

 完成すれば万の兵を収容できそうな規模だ。今はまだ外壁も中身もまばらだが、完成すれば川を前面にしていることも相まって強力な防衛拠点、若しくは橋頭堡と成りうるだろう。


「俺も初めて見るが、砦っていうより要塞だなありゃ」


 ヴェガス、キリイも遅れてシドとアキムの横に並ぶ。そして何故かオーガ達も続いた。

 シドは後ろを振り返る。

 エルフ四人が黙ってこちらを見ている。レティシアだけはまだオーガに慣れないのか明らかにほっとした顔つきだ。

 王都を出て二十数日を旅してきたが、最初の村に立ち寄った時の教訓を生かし、以後は人と合わないようにここまで来た。黙々と歩き続けるだけの日々であり、命を懸けた戦いも、力を合わせて乗り切るべき窮地もなかった。前から居た四人はともかく、最も年下で新参のレティシアは慣れる機会がなかったせいか萎縮してしまうようだ。


「まぁ砦だろうが要塞だろうが金になるならどっちでもいいさ。さっさと描いて帰ろうぜ」


 アキムが嬉しそうにシドにそう云ってくる。

 

「描くだと。一体何をだ?」

「何って……。砦だよ、勿論。そういう依頼だろ」


 アキムはさも当然といった顔だ。

 珍しくも戸惑いを覚えたシドはヴェガスとキリイを見た。

 二人は催促せんばかりの表情でシドを見返す。


「(どうなっている、これは)」

『さあ……。もしかしてここから砦を描いて終わりとか』


 ドリスが笑いを堪えて答える。

 いくらなんでもそれはないだろうと思う。さしものシドの眼もこの距離からでは細部は不明だ。多少のズームは効くが、これはあくまで中近距離用であり、望遠レンズがついているわけではない。この崖の上からわかるのは外壁の建設状況とその隙間から見える内部、及び背の高い指揮所や観測所といった一部建家のみである。塹壕や堡塁といった背の低い防御施設は木々に遮られて全く見えないし、弩や矢を放つための銃眼も小さすぎる為皆目見当がつかない。


「依頼は砦建設の進捗状況だった筈だが」


 アキム、キリイ、ヴェガスが首を捻った。お互い云ってる事は理解できるのだが、受け取り方に差異があるようだ。

 

「お前達、まさかとは思うが――」


 シドは三人の顔をゆっくり見回した。


「ここから見える姿を描いただけで提出するつもりではあるまいな」

「――ハァ? 当ったり前じゃないか!」

 

 アキムが威勢良く反論する。


「ここ以外のどこから観察するっていうんだよ!? 砦は国境の向こうで、周辺には兵士がわんさかいるんだぞ!? まさか砦の横で仲良く座ってお絵かきでもするつもりだったのかよ!?」

「そうだぜ、シド。この仕事ははっきりいって真面目にやる分損なんだ。アキムの云うやり方でそれなりの金を貰って終わりにするのが一番問題ないと思う」


 キリイもアキムに同意する。ヴェガスは立場上強くは云えないのか表立って反論はしてこないが、顔を見ればアキムの意見に賛成だというのがわかった。


「正気か、お前達」

「正気じゃないのはアンタだろ! あそこに近づくなんて死にに行くようなもんだぞ!?」

 

 アキムがそう云って遠くに見える砦を指差す。

 シドもアキムの云うことはわからないではない。誰だって自分という存在が消滅するのは嫌な物である。だが、金を貰う以上仕事は仕事であり、今更死にたくないから行かないなどという我侭は通用しない。こういう事は受ける前に云うべきだったのだ。


「お前達は既に仕事を受けたのだ。危険だから行きたくないなどとほざくのは次からにするんだな」

「なんだとぉ!?」  


 シドは凄い剣幕のアキムを冷然と見下ろし、


「(これは命令不服従だと思うか?)」

『どうでしょう……。少し甘やかし過ぎたのではないでしょうか』

「(ふむ……。騎士団でも上手くいってないようだったからな。おそらく元来団体行動に向いていないタイプなのか)」

『処分しますか?』

「(いや、まずは矯正だ)」


 シドはニヤリと笑みを浮かべた。オーガに視線で合図をし、アキムの背後に回るように促す。


「な、なんだよ……。笑って誤魔化そうたって――」


 シドは一歩横に動くと、顎で丘の先、足元に何もない中空を指し示す。


「おい。ちょっと待て―――」

「ガッ!」

「くっ、この! 離せおい!!」


 オーガ二体がアキムを両脇から抱え込み、崖の縁からアキムを吊り下げた。


「よせっ、お前等! シド――じゃなくて団長!! こいつらを何とかしてくれよ!!」


 足元を目にしたアキムはぞっとして云った。落ちたら間違いなく死ぬ。というか、これで落ちて死ななかったとしてもその後は悲惨な人生を送ることになるだろうから寧ろ死んだほうがいいと思える。


「何故だ」

「え? 何故ってそりゃあ……」

「理由なき任務放棄は敵前逃亡と同じだ。極刑を以てその罰となす。――だが、前にも云ったと思うが俺も鬼ではない。云い訳があるなら聞こう」

「アンタは鬼じゃないが、鬼に命令してるだろ! 変わらねえよ!!」

「末期の言葉はそれでいいのか?」

「待って! 違う、今のは間違いだ!! 理由ならちゃんとある!!」

「云っておくが死にたくないなどという戯れ言は通用せんぞ」

「勿論だとも! 俺がそんな臆病者に見えるか!?」


 アキムは宙釣りになりながら唇を舐めた。どう云えばこの場を切り抜けられるだろうか。納得では駄目だ。それだと死ぬのが後回しになるだけである。納得ではなく説得せねばならない。

 必要なのは正当性だ。シドにとっての正当性は、鬼にとっての金棒と同じ意味を持つ。つまり、金棒を鼻先にぶら下げればシドはそっちに行くという訳だ。


「………」

「どうした。やはりここで処分されたいのか」

「――ちょっとくらい待てないのかよ!? 今考えを纏めてるんだ! 話しかけないでくれ!!」


 アキムは首を捻った。鼻先にぶら下げるのは人参だったような気がする。そうすると、その場合シドは馬だ。人参は馬の好物だから、シドは正当性が好物という事になる。ということは――

 ――やはり、必要なのは正当性だ。間違いない。

 アキムはほくそ笑んだ。これでシドを操れるだろう。さっさとこの任務を終わらせて妹に会いに行かねばならない。親父が怪我をして心細い思いをしているだろうし、誤解も解かないといけない。


「妹に早く――」

「――どうやら生命が惜しくないようだな」

「おおおっ!? ちょっと待ってくれ! 今のは言葉の綾だ。少し云い間違えた!!」

「………」


 先程まで心配そうに見ていたキリイが白い目でアキムを見た。ヴェガスは面白い見世物でも見ているかのようにニヤニヤと笑っている。


「いいか、シ――団長。俺達は非常に重要な任務に就いている。この任務の成否が国の行く末に大きく関わってくる事は間違いない。そういう意味でいえば、アンタの云うようにここで調べるだけじゃ情報が足りないのかもしれない」


 アキムは重々しく口を開いた。


「だが、だ! どんなに詳細に砦を調べようとも、それをギルドに持って帰らねば意味がない!! 簡単に云うとだ。大きな情報を持ち帰れないよりも、小さな情報を確実に持ち帰るべきではないだろうか」

「子供でも可能な仕事で得た情報など高がしれている。お前は忘れているようだが、俺達は金を稼ぐためにここに居るのだぞ。その程度の仕事をこなしたところでギルドに金を請求出来る筈がなかろう」

「それは大丈夫なんだよ。何しろ依頼だからな。とりあえず情報を持ち帰れば報酬は出るのさ」

「ふん」


 シドは哂った。


「どうやらお前は依頼書をよく読まなかったらしいな。報酬は出来高払いだぞ」

「――え?」


 アキムはポカンと口を開き、間抜けな声を漏らす。


「お前の云う仕事ぶりでは旅費代でアシが出る。利益を出すためには危険を犯さねばならない。これは荒事を生業にしている者にとっては当然のことだ」

「そ、そんなの書いてあったっけ……」

「こんな事で嘘をついても仕方なかろう。まともに目を通さないからこうなるのだ。……一旦下ろせ」


 シドはオーガ達にアキムを地に戻すよう云った後、アキムに向かって、

  

「これで情報は出揃ったな。――さて、訊こうか。ここで引き返さねばならん理由が何かあるかね?」

「――ぐっ」


 アキムの背を冷たい汗が伝った。このままでは死地に追いやられる。何とか方向転換しなければ。

 

「た、確かに詳しく調べた方がいいというのは理解できた。だけど帰れなければ意味がない。そこは考えているのかよ?」

「当たり前だ。その程度の計画はとっくに練ってある」

「ほー。じゃあそれを云ってみてくれ。もしまともな計画なら喜んでお供してやるぜ」

「いいだろう。分けて説明するのも手間だ。エルフ共々話すとしようか」


 シドはエルフ五人を呼ぶ。総勢十二人が輪になったところで、


「これより敵拠点の偵察行動に関する作戦説明を行う」


 そう宣言した。


「依頼書をまともに読んでいる者はわかっていると思うが、情報量が多ければ多いほど報酬も高くなる。よって砦の施設全ての状況を把握することが望ましい」


 ぐるりと顔を見渡すが、晴れやかな表情をしているのはオーガだけだ。


「……ハイ」


 ミラが小さく手を挙げて発言を求める。


「なんだ」

「……どうやってそんなに詳しく調べるのか」

「尤もだ。通常、安全地帯から詳しく観察するには様々な道具が必要だ。しかしそれが手元にない場合取れる手段は一つ」

「遠くから観察するんでしょ!?」


 サラが意を得たとばかりに云う。

 その得意げな表情を目にしたアキムがほら見ろ、とシドに顔を向けた。


「……どうもお前には危機感というものが欠けているようだな」


 シドは、借金をまるで意に介していないかのような態度のサラに、


「まぁ、お前達は最悪身体を売ればいいのだからそれでも構わんのだが」 

   

 その言葉にサラが顔を真っ赤にし、他のエルフ達は青くなった。 


「ふざけるんじゃないわよ! 私は絶対そんなことしないわよ!!」

「俺に反論しても無駄だぞ。云うのならミアータに云うんだな」

「あの……。本当に彼女がそう云っていたんでしょうか……?」


 ターシャが怖々と訊いてくる。


「いや、さすがにまだそこまではいってない。だが、これだけの時間をかけて稼ぐどころかマイナス収支になったと報告したらあの性格だ、想像はつくだろう」


 レントゥスがゴクリと唾を飲み込み、


「そんなバカな……」


 呆然と云う。

 全員の哀れみのこもった視線がレントゥスに集中した。


「僕は男娼にはならないからな!!」

「ならば代わりに妹が犠牲になる可能性が高い」

「なっ!? そんなことが――」

「――全くしょうがない奴だな、お前は」


 アキムがレントゥスの肩にポンと手を載せた。


「兄の我侭で妹が身体を売る。泣ける話じゃないか。俺は許さないけど」

「誰もそんな事は云ってないだろ! ちゃんと借金を返済すればいい話だ!!」

「ほぅ、では一体どうやって稼ぐつもりなのかね」


 アキムは鋭く目を細めた。


「身体を売るんだ。そうすれば妹は無事だ。それしかない」

「いや、もっとまともな方法で――」

「エルフが人間社会でか? そんな方法はない。身体を売るのが一番確実で早い」

「あ、あるさ。ちゃんと傭兵団に入ってるし……」

「――だが! これだけ遠くまで来たにも関わらず赤字だ。補填の為には身体を売るしかない」

「そんなに売る売る連呼しないでくれ! 僕の耳は悪くないんだ!!」


 レントゥスが震える声で叫ぶ。


「お前が身体を売って五人分の借金を返すんだ。男なら身体を張って女を守るべきだろう。文字通り身体を使ってな」


 横で聞いていたサラの目がくわっと見開かれた。


「そ、そうよ! アンタが身体を売れば解決する!! それしかないわ!!」


 いきなりアキムに加勢し始めたサラに、ターシャとレティシア、ミラがぎょっとする。

 思いもしなかった人物からの援護に驚いたアキムはサラと目を合わせる。

 何かが通じ合った気がした。


「さあ、売ると云うんだ。それで万事上手くいく」

「男だから大して気にならないでしょ。それでいてちゃんと稼げるんだから理にかなった方法だわ。さぁ、身体を売ると云いなさい」


 サラはレントゥスの空いた方の肩に手を置き、アキムと二人で交互に囁く。


「売ると云うんだ」

「売ると云いなさい」

「ぼ、僕は……僕は……」

「――やめてください! 兄さんはそんなことしません!!」


 レティシアがサラにしがみついた。


「邪魔しないで! 今いいとこなのよ!!」

「何がですか! 兄さんだけに犠牲を強いるのなんて間違ってます!!」

「私はアンタのために云っているのよ! 娼婦になりたくなければ大人しくしてなさい!!」

「そもそも私は借金とは無関係なんです! 結局自分のためじゃないですか!!」

「カーッ!!」


 サラが手に持った杖でいきなりレティシアの頭を叩いた。


「――ああっ!?」

「ナマ云ってんじゃないわよ! 私は皆の身体を思って行動してるのよ!! 餓鬼は引っ込んでなさい!!」

「おいおい……」


 血走った目で睨めつけるサラに、アキムも思わず一歩引いてしまう。


「待たせたわね、レントゥス。続きを始めましょうか」

「――ヒッ!?」

 

 ニッコリと笑みをうけべるサラに、天敵に触れられたかのように硬直するレントゥス。このままでは本当に流されるままに了承してしまうだろう。

 

「お前達、お遊びはそこまでにしておけ」

「誰が遊んでるって云うのよ! 私は大真面目なんだから!!」

「……アキム、あまりレントゥスをからかうな。その性格ではそのうち壊れるぞ」

「悪ぃ、つい面白くてな」

「え……? ええっ!?」


 サラが狼狽えてアキムとシドを交互に見る。


「………」

「………」


 兄と妹の冷たい視線がサラに突き刺さった。


「そ、そう、今のはちょっとした冗談なんだから! 本気に見えたなんて私の演技もだいぶ上達してきたわね!!」

「………」

「………」

「なによ……。そんなに睨むことないじゃない。本当に冗談だったんだから……」


 気まずそうに顔を逸らすサラ。


「そんなに気にするなって。もう皆お前の性格は知ってるからよ」


 共に戦ったよしみでアキムがニカッと歯を輝かせフォローを入れる。


「全部アンタのせいでしょ!!」 

「ぐはあっ!?」


 サラの脚がアキムの股間に埋まった。


「こ、このアマ……なんてことを……」


 内股でプルプルとしながらアキム。


「あのー、いい加減話を進めた方がよくないでしょうか……」


 このままではいつまでたっても同じことの繰り返しだと察したターシャが意見する。

 シドは話し相手をアキムから変え、


「そうだな。確か、情報収集の方法を話そうとしていたところだった」

「はい。遠くからでは無理という事でしたが……」

「そうだ。その場合、当然の話だが近くで観察するしかない」

「近くですか?」

「無理に決まってるって! 絶対兵士に見つかっちまう!!」


 倒れたアキムの代わりにキリイが反論する。


「砦の周囲で観察していれば勿論そうなるだろう。しかし、それが砦の中だったならどうだ」

「中って……。そりゃますます無理ってもんだ。入った途端襲いかかってこられても文句は云えないぞ」

「キリイよ、もう少し頭を使え。現在砦に入ることが出来るのはどういった存在だ?」

「そりゃ、兵士と建設に従事している――ああっ!」

「その通りだ」


 シドは大きく頷いた。


「なるほど。労働者のふりをして砦に入るわけですか」


 ターシャも気づいたようで相槌を打つ。


「あれだけの規模だ。周辺の村から無差別に人を連行している可能性もある。そうなれば紛れるのは難しいことではない。仮に全てが管理下で行われていたとしても、直近に労働者の為の小規模な町ができている筈だ。そこを拠点に情報を集めることもできよう」


 全ては不確定だが、まずは行動に移すことが重要だ。動かねば何も得られない。

 シドはアキムを肩に担ぎ上げた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。人足の真似なんかアンタにゃ無理だ。俺を笑い死にさせる気かよ」


 肩の上からアキムが話しかける。


「俺とヴェガスに関しては奴等は喜んで迎え入れるだろう。貴重な労働力だと一目でわかる」

「エルフ達はどうすんだ?」

「町で娼婦をやりに来たと云えばよかろう」

「また娼婦かよ……」

「別に本当にその仕事に従事しろとは云わん。だがその理由が最も違和感がない」


 アキムかキリイを持ち主に仕立て上げ、奴隷のエルフで稼ぎに来たと思わせれば問題にならないだろう。

 

「では出発する」


 シドはそう云って歩き出しながら後ろを振り返る。

 遥か先で、砦がうっすらと煙を立ち上らせていた。

 

急いで書いたから修正箇所がひどいことに……

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