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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
34/125

王都にて―出発―

お待たせしました。



妹を出す機会がとうとうなかったという……



王都に戻ってきたら出そうと思います。

「ああぁぁーーっ」


 苦悩に満ちた男の叫びが空に響く。

 呻いているのはアキムだ。両手で頭を抱えぶんぶんと首を振る元同僚の姿に、キリイは憐れみと困惑の混じった目を向けた。アキムがシドと二人で実家に帰ると決まった時からこうなることは予想できた。ついていかなくて正解だったが何が起こったのかは気になる。てっきり妹と久しぶりに顔を合わせ、ほくほく顔で戻ってくるものとばかり思っていたが……。

 今のアキムに訊いても答えてくれないだろうし、何よりあんな精神状態の人間の相手をするのはキリイ自身御免だった。

 シドはアキムの様子など知らぬげに、己の前に揃った旅の道具を見定めている。

 集められているのは馬と馬に牽かせる馬車――馬車とその上に置かれた水樽と剣や弓、防具。さらには寝袋や外套だ。シドには必要がなく頭から抜け落ちていた物まで用意されているのは褒めるべき所なのだが――

 コンコンと馬車を叩き、


「古いな。途中で壊れるのではないか」

「すみません。お金に余裕がなくなるとまずいと思って一番安いのを買ってしまいました」


 ターシャが申し訳なさそうに答える。

 

「……まあよかろう。そこまでの指示を出していなかった俺の落ち度もある。杖はどうなった」

「そ、それが……」


 云い淀むターシャに、シドは姉妹を見た。

 二人は少し離れた場所でこちらに背を向け、手に持った何かをしきりに弄っている。小さい二人がそうやっていると、まるで悪戯を考えている子供のようだった。

 

「――お前達」


 シドが声を掛けると、姉妹はハッとして後ろを振り向いた。


「お前達、ちょっとこっちに来い」

「……何よ」

「いいから来い」


 二人は渋々ながら云われた通りにする。

 目の前まできた二人に、シドは無言で手を差し出した。

 成人の頭部を一掴みに出来そうな掌にジトリとした目を向けるサラ。


「……あっ」

 

 小さくミラが声を上げる。差し出された手の意味に気付いた姉妹は慌てて杖を身体で隠した。


「出すんだ」

「……だから、何をよ」


 答えたのはサラだ。

 往生際が悪い。シドはミラに素早く肉薄した。


「ああっ!?」


 姉は身体を竦ませ、妹は非難の声を上げる。シドの手から杖を守ろうとしたミラは前屈みになった。

 サラが二人を引き離そうと近づいたところで狙いを変え、その手を掴むと捻りあげて杖を取り上げる。


「――うそっ!?」

「もう少し相手の動きをよく見る事だ」


 取り上げた杖をマジマジと見る。


「これは――」 

 

 シドは目を見張った。


『なんか、えらくショボくなってるような……』

 

 ドリスの指摘通りだ。レティシアの杖に比べ明らかに見劣りする。

 ミラが持っているのだろうか――そう思い、姉の方に空いた手を差し出し、観念したミラから受け取った杖も同じように眺めた。が――


「これもか……」


 サラの持っていた杖と同じくみすぼらしい。ただでさえ安物だったらしい一本の杖が、さらにみすぼらしい二本の杖に変わるとは――


「(さすが、魔法の杖といったところか……)」

『馬鹿な冗談を云わないでください』


 シドは杖を差し出し、無防備にそれを手に取り戻そうとした二人の首根っこを引っ掴んだ。

 

「は、離しなさいよ! こんな扱いを受ける謂われはないわよ!!」


 足をプラプラとさせる二人をターシャのもとへ運ぶ。


「この杖はなんだ。説明しろ」

「え、えと……」


 ターシャは姉妹に申し訳なさそうな顔を向け、


「最初に持っていた杖なのですが、使える魔法を聞いたサラさんが中途半端な魔法が複数刻印された杖より、一つだけでも使い慣れた魔法が刻印されてる方がいいと云われたので……」

「フム……」


 一理あった。生命がかかった戦闘で、信頼が置ける使い慣れた武器に頼るのは兵士として当然の考えだ。戦場でものをいうのは稼働率であり、単純で壊れにくい兵器こそが最も多くの戦果を上げる。シドは姉妹を解放してやった。


「あの杖はどうした」

「その……売っちゃいました……」

「その金を足して二本買った訳か」

「はい」


 シドは姉妹に訊ねる。


「その杖で短縮できる魔法は?」

「ふふん。聞いて驚きなさい。私のは【炎蛇(イフリート)】よ!」


 サラが無い胸を張って云う。


「なんだそれは」

「火を放射状に放つ魔法よ」

「攻撃用か」

「……私のは、風を巻き起こすやつ」

「風だと……。どれくらいの風速だ?」

「人の身体が押されるくらい」

「二本とも一つずつか……」


 相場に疎いシドには杖の取引が価値に見合ったものだったかはわからない。しかし聞いた限りでは、単純な分使い勝手は良さそうである。勿論効果範囲でかなり変わってくるだろうが、慣れている戦法なら上手く運用する筈だ。苦言を呈する必要はないだろう。


「問題はなさそうだ。それと、ターシャ」

「は、はい。何でしょう……」

「お前は今日から団の資金管理を行え」

「ええええっ!?」

「お前が最も適任だ。というより、他に任せられる人材がいない」

「それは……」


 拒否しようとしたターシャは思いとどまった。ミラやレントゥスも出来そうな感じはするのだが、それぞれ妹の存在がネックになっている。そして失礼かもしれないがアキムやキリイ、ヴェガスの三人は論外だ。

 仮に団の経営が崩壊したらどうなるだろうか……。そっとシドを見上げて考える。これまでの行動から予想するに、武器や衣服といった物については問題ない。だが、水や食料といった生きるために必要な物が足りなくなった場合それら全てを現地で徴発する可能性がある。傭兵団が盗賊団に変化するのも遠い話ではないだろう。


「わかりました。慎んでお受けします!」

「助かる」


 次いで、シドはキリイを呼んだ。荷台の上に丸めて置いてあった地図を開き、やってきたキリイに見せる。地図はミアータから借りた物だ。


「キリイ、目的地がわかるか?」

「ああ。ええと、砦の位置は――」


 キリイが西の国境沿いのある一点を指差す。


「ここだな。砦は国境の向こうだ」

「この国は何という名前だ」


 シドは砦のある国に書かれている文字を訊ねる。


「え? ……そういえば字が読めないんだったな。ここはタイタスっていう国だ。小さいけど王が好戦的で、戦に強いからもってるような感じだ」

「タイタスか……」


 地図に指位を滑らせる。国境に沿って河川が流れているが、一箇所だけ気になった場所があった。


「ここだけが川の向こうにまで国土が伸びているようだが」

「ああ、そこは……」


 キリイが顔を顰めた。


「そこがヴィダレイン領だ。昔戦争で勝ち取ったらしいけど、三国に挟まれているからちょっかいが酷いらしい」


 出会った時、ミアータは南側に隣接しているウェスタベリとかいう国からの帰途だった。そのことが関係していたのだろうか……。遣り手という評価が下されているのには理由があったというわけだ。

厄介事の匂いがするが、そのことが今回の任務に影響を及ぼすわけではない。シドはひとまず棚上げし、


「ここまでは街道がつながっているようだが」


 西の国境への道中にある一点を差した。地図上では道が分岐し、一つは道が途中で消え、もう一つは川を超えて隣国へ通じている。


「その通りだ。だから、そこまでは定期的に水や食料が補充できる。その後は森の中を行くしかない」

「ここは?」

 

 もう一つの川を超えて通じている道を差す。

 キリイは首を振った。


「そこは通れない。前は関所があったんだけど、今は封鎖されてる。川の両岸にお互いの国の兵士が駐屯してるぞ」

「取引は行われていないのか?」

「表立っては。どうしても行きたい奴は、さっき云った森の中を通っていくんだ。道は書かれてないけど人が通っているから迷いはしないと思う」 

「ならば俺達もそこを通るしかないか」


 進むべき道は決まった。あとは――


「オーガだが、道中の村に入れても平気か」

「……たぶんな。王都みたいに厳しくないから問題を起こさなけりゃいいと思うんだけど、村によって方針が違うかもしれないし、こればっかりは何とも」

「今考えても仕方ないか」

「あまり小さな村は地図にも載ってないから、そういうとこだと平気だろう。不愉快には感じても面と向かって出て行けとは云われない筈だ」

「頭に入れておこう」


 シドは地図をたたみ、今度はレントゥスとその妹を呼ぶ。 

 のろのろとシドのもとへやってくる二人は元気がない。


「さて、レティシアといったな。お前、これからどうするつもりだ」

「え?」

「え、ではない。俺たちはこれから国境付近まで移動せねばならんが、お前は団員ではなかろう。故にどうするのかと訊いているんだ」

「わ、私は……」


 レティシアは視線を彷徨わせ、一度兄を見てからシドに、


「私も一緒に行っても――」

「駄目だ!」

 

 レントゥスがレティシアの肩を掴んだ。


「レティは村に帰るんだ!」

「でも――」

「父さんや母さんをこのまま放って置くつもりなのか!?」

「なら兄さんも一緒に帰ればいいじゃないですか! お金なら村に帰って工面すれば――」


 云い争いを始めた兄妹。


「なんだこれは」

「はあ……。私は村が違うのでわかりかねます」


 シドとターシャはそう口にし、キリイも含めた三人でミラとサラの姉妹を見た。


「この娘はね、親に内緒で出てきちゃったのよ」

「……それをレントゥスが怒って帰れと云っている」

「帰るだと」


 シドは馬鹿にしたように、


「碌な武器も持たずにここから森まで帰すのか。身の安全という点では従いてくる方が余程マシだぞ」

「私もそう思うんだけどね。大体ここまで一人でこれたのが奇跡みたいなもんだし……」

「世話のかかる奴等だ」


 シドはそう云うと兄妹の間に割り込んだ。レティシアに向かい、


「お前を雇った場合、何をもって団への貢献とする?」

「――っ! わ、私は魔法より弓が得意ですっ!!」

「……それで?」

「え……? で、ですので弓で貢献が……」

「肝心の弓を持っていないようだが」


 その言葉にレティシアは目を見開いた。視線がツツ、と移動し、馬車に置かれた弓で止まる。


「あそこに――」

「あれはお前の物ではないぞ。そもそも数が足りん」


 シドは弓をレントゥスとターシャに与えるつもりだ。森での戦闘からターシャは魔法も使えるようだが、杖は弓が使えない姉妹に優先的に回すべきだろう。最低限必要な物がぎりぎりで揃っているのが実情であり、レントゥスの妹に回せるのは剣や短剣くらいだ。


「剣を持って前で振り回せるか?」

「なっ――!? 馬鹿な事を云わないでくれ!!」

 

 レントゥスが声を荒げた。


「妹は剣なんか一度も振った事はないんだ!」

「ならば帰るしかないな。短剣なら余っている。貸してやってもいいぞ」

「短剣一本でエルフの娘が旅か……」


 狙ったわけではないのだろうが、キリイが最高のタイミングで補足した。


「ぐっ……。じゃあ一体どうしろって云……う……んだ……?」


 肩にそっと手を置かれ、レントゥスの声が尻すぼみに消える。

 

「簡単なことじゃないか」


 真後ろにアキムが立っている。さっきまで呻いていたのにいつの間に忍び寄ったのか。気づかなかった者達はぎょっとした。


「簡単なことだ」


 アキムは繰り返すと、何度も一人で頷いた。そして、


「お前の弓を妹にやるんだ。それで解決する」

「ふざけないでくれ! 僕の武器がなくなるじゃないか!!」

「ふざけてなどいないさ。お前には剣がある。剣こそ男の武器だ」


 アキムの顔には何の表情も浮かんでない。


「弓は妹にやるんだ」


 誰もアキムに話しかけようとしなかった。本来なら自分に味方してくれている筈であり、喜ぶべきレティシアがミラの後ろに隠れる。

  

「し、しかし……」

「兄は妹に譲るべきだろ。それともお前は妹から弓を奪い、危険な外に一人で放り出すつもりか?」

「いや、弓は僕の――」

「お前には俺が剣を教えてやる。それでいいじゃないか」

「待ってくれ。僕は――」

「お前が妹に少し優しくするだけで解決するんだ。兄が我侭を云うもんじゃない」


 全員の視線に晒されたレントゥスは俯いた。云い返せば云い返すほど自分が悪人になった気がしてくる。

 

「……わ、わかったよ。それでいい」


 ボソっと小さく呟く。


『少し可哀相ですね』

「(……他に仕事を与えておくか。団長なら精神面にも気を配らんとな)」


 シドは皆に囲まれ下を向いているレントゥスに、


「レントゥスよ、剣の腕が上達するまでお前には他に仕事を与えよう」

「え?」

「とりあえず雑務はお前に一任する。当面は主に食事や水の管理になる。責任重大な仕事だ」


 アキムを除く団員の顔が引き攣った。


「わ、わひゃった……」


 レントゥスはカン高い、ズレた発音でそう云った。俯いたまま背を向け歩き出す。


「兄さん!」


 後を追おうとするレティシアの腕をアキムが掴む。


「――ひっ!」

「そっとしておいてやるんだ」


 アキムはレティシアに透き通った瞳を向け、


「兄というものは妹に涙を見せないもんだ」


 そう云うと手を離し馬に向かって歩き出す。

 後に残ったのは嫌な感じの沈黙だった。耐え切れなくなったキリイが、


「シド、アキムの家で何があったんだ? どう考えてもおかしい――いや、前からおかしかったけど、ますますひどくなってるというか……」

「本人に訊け」


 シドはそう返しコンテナと槍を持った。


「そろそろ出発する。馬に余裕があるかわからん最初は持てる荷物は自分で持て。――ヴェガス、来い」


 輪に加わらず離れた所にいたヴェガスを呼ぶ。

 シドが歩き出すとぞろぞろと従いてくる皆。馬はアキムが引き、馬車の上には空の樽と予備の剣や防具が少々置いてある。

 貴族の住んでいる一等街区を抜け、二等街区へ。

 一番外側の門の手前で一旦立ち止まった。

 人がぞろぞろと列をなしている。視線でそれを追っていくと井戸が見えた。


「アキム、馬をこちらへ」

 

 馬ごと列に並ぶ。出発前の商人などもおり、馬車ごと並んでいるのは珍しくない。

 少しずつ前に進むシド一行。

 しばらく待つと順番が来た。

 シドは手に持った槍とコンテナをおろし、代わりに樽を担ぎ上げる。その樽を持って井戸へ。

 手押しポンプ式のようだ。出水口に樽を置く。

 レバーを掴むと、


「フンっ」


 と声を上げ勢いよく下げる。

 何かが壊れる音がした。 


「なんだと!?」


 シドは井戸を呆然と凝めた。ポンプからレバーが消えている。


「お、おい……」

「黙れ」


 話そうとするアキムに先じて云う。


「水は後回しだ。このまま出発する」


 シドは樽を馬車に戻した。レバーも一緒に載せる。

 井戸からそそくさと離れる。すぐに、


「おい、なんだぁこりゃ!? 水が出せねえじゃねえか!!」

「前の奴はどうやって水を汲み上げたんだ!?」


 そんな声が後ろから聞こえてきた。


「おい、何やらかしたんだよ?」


 ヴェガスがシドに訊ねてくる。

 脇にいたアキムがそっとレバーを差し出した。


「おまえこれ――」


 絶句するヴェガス。


「おーい、アンタ達! ちょっと待ってくれ!」


 誰かが後ろから走ってくる。

 アキムは咄嗟にレバーを隠した。

 

「ハァハァ、済まねえな。ちょっと訊きたい事があるんだが……」

「云ってみろ」


 何故ここまで偉そうに云えるのか、心底アキムが不思議に思う態度でシドが答える。

 

「……いや、実はポンプが壊れてるんだが、アンタ達が汲もうとした時はどうだったかと思ってな」

「俺達の時も壊れていたぞ」

「やっぱそうか……。時間を取らせて悪かったな。ありがとよ」

「気にするな」


 男が去るとシドはアキムに、


「無駄な時間を使ってしまった。急ぐぞ」


 そう云って門の外を目指す。

 団員達は呆れた様子でその背を追いかけた。

 門の外には広々とした大地が広がっている。頭上から燦々と陽射しが降り注ぐ。

 シドは背筋をピンと伸ばし、団員達を振り返ると云った。


「まずは水を手に入れねばならん」



    




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