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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
33/125

王都にて―アキム帰る・下―

遅くなりました。


なんか書いてたらとてつもなく長くなってしまい上中下になりそうだったので、アキム妹の登場シーンは別の話に回すことにしました。



 庭で会ったのとは別の使用人の女が、カップを載せたソーサーを順番に置いていく。手が可哀相なくらい小刻みに震えているせいで、カチャカチャと煩いことこの上ない。

 アキムの母親らしき、茶色で柔らかそうな波がかった髪を背中まで伸ばした女性が、それを驚いた顔で見ている。

その横に座っているのは黒髪に白い物が混ざり始めた壮年の男性だ。部屋に入ってきた時から終始無言で見るからに機嫌が悪そうである。

 長方形の(テーブル)に座っているのはその二人とアキムの三人だけだ。案内をした執事は男性の後ろに控え、使用人の女は用を済ませると壁際に戻った。

 大きな窓から光が差し込み、室内を明るく照らしている。

 アキムが座っているのは父親と最も離れた場所であり、シドはその横でじっと親二人を観察していた。


「そちらの方もお座りになって」


 女性がシドにそう勧めてくる。これで二度目だ。一度目はただ単に断っただけだったので、遠慮しているものと受け取ったらしい。


「結構だ」

「でも……」


 女性は頬に手を当てると困ったように微笑んだ。


「見かけ以上に体重があるのでな。ここにある椅子では俺を支えきれないだろう」


 一応補足しておく。

 言葉遣いが癇に障ったのか、横の男性が眉がピクリと動いた。身体はガッチリとしているのに中身は神経質のようだ。

 女性は納得した風ではなかったが、これ以上は失礼になると考えたのかシドから視線を外すと今度はアキムに向かって、


「アキムちゃん、元気にしてた?」


 と訊いた。


『ププゥーッ!』


 ドリスが吹き出し、


「うん。元気にしてる……」


 アキムは恥ずかしそうに答える。顔が赤い。


「そうなの、良かったわ。騎士団を辞めてから全然帰ってこないからお母さん心配しちゃった」


 首を傾げ、少女のように微笑みながら云う女性。


「お仕事は決まったの?」

「ああ。先日傭兵団に……」

「まぁ。それじゃお祝いをしなくちゃ。そこはどれくらいの人数がいるの?」

「え……? えーと……」


 アキムは頭の中で計算する。シドと自分、ヴェガスにキリイ。そしてエルフが四……プラス一。一応レントゥスの妹も入れておく。


「俺を入れて九人かな。……でも何で?」

「決まっているじゃない。近いうちに食事会でも開きましょう。九人なら全然問題ないわ」

「ええ!?」


 アキムは目を見開くと音を立てて立ち上がった。


「――い、いや。しなくていい! 皆忙しくて多分来れないと思うから!!」


 あの面子がここに集うなど悪夢だ。そう思ったアキムは必死に母親を誤魔化そうとする。


「そうなの……。でも前もって云っておけば大丈夫なんじゃないかしら?」

「それは……」

「……アキムよ、俺はいつでも時間を取れるぞ」


 シドが会話に割り込むと、アキムは鬼でも殺せそうな視線を向け、


「(余計な事は云わないでくれ!)」


 と器用に小声でたしなめた。

 それを見逃さなかった女性は、


「アキムちゃん、そちらの方は?」


 とすかさず矛先を変える。


「コイツ――この人は、一応俺がいる傭兵団の団長……なんだけど」

「ア、アキムちゃん、そういう事は早く云わないと――」


 アキムの言葉に慌てた女性は再度シドに向かって、


「アキムちゃんが座っているのに団長さんが立ったままだなんて……。どうぞお座りになって」

「(……この女)」

『しつこいですね』

「(椅子に何か仕込んでいるのか)」


 シドはまじまじと椅子を眺める。湾曲した四本の脚に、扁たい座面。かなり頑丈そうではある。もしかしたら座り方によってはシドを支えることが可能かもしれない。だが、それだけだ。見た分には何か仕掛けがしてあるようには見えない。


『マスター、ここは座ってみるのも一つの手かもしれません』

「(……何故だ)」

『おそらく壊れるでしょうが、こちらとしてはちゃんと理由を説明して断っているわけです。三度にわたる勧めを断りきれずに仕方なく座ったという形に持っていけば、実際に椅子が壊れた際相手に罪悪感を抱かせる事が可能です』

「(お前……)」


 シドは唸った。確かにそれをやれば相手に譲歩を迫りやすくなるだろう。しかしこちらに害意があるようには到底見えない人間に対しそのような策を弄するとは――


「(お前もだいぶ成長したようだな)」

『そうでしょう。何しろ私は自己進化型のAIですから』


 素直に感心する。女性の言動から、彼女がこちらを客人として見ているのがわかる。ドリスの考えた通りに行動すれば罪悪感を植え付けることができるのは間違いない。ドリスもだいぶ感情の機微を理解するようになってきた。


「(ではそのように行動しよう)」


 シドは椅子の背を掴むと女性に、


「それ程までに勧められては断り続けるのも失礼というもの。遠慮なく座らせてもらおう」


 そう云って腰を下ろそうとした。

 女性がそれを見てほっとした表情をする。だが――


「――いい加減にしろっ!!」


 むっつりと黙り込んでいた男性がいきなり怒鳴った。拳を卓に叩きつける。


「貴様一体何様のつもりだ!? 馬を盗もうとしたうえに、その舐めくさった態度!! 盗人猛々しいとはまさにこのことよ!!」

「貴方、そんなに怒らなくても――」

「お前は黙っておれ! そもそもこのような輩に気を遣う必要などない!! 床にでも座らせておけ!!」


 そう云うとシドを睨み付ける男性。 

 シドは座ろうとする動きを止めた。


『座らないのですか?』

「(ああ。この男は明らかに罪悪感を抱くようなタイプではない)」


 女性のみが応対するのならともかく、横に座っている男性が出張ってくるのなら話が変わる。この男は椅子が壊れた場合弁償代を請求しかねない。それどころかこちらが暴れたと一方的に決め付け、兵を呼ぶ可能性だってある。

 室内を嫌な沈黙が支配した。

 男性は変わらず不愉快そうにシドとアキムを睨みつけ、横の女性は申し訳なさそうな顔を向けている。

 アキムは早く終わることを祈った。始まる前からもはや心臓が動きを止めそうである。

 だが、永遠に続くかと思われた状況を新たに現れた男性が打ち破った。


「いやぁ、待たせてしまったようじゃ」


 扉から姿を見せたのは白い頭髪に髭を蓄えた老人で、部屋に入るなりそう口を開くとアキムの親とシド等のちょうど中間辺りの椅子に腰を下ろす。

 白い眉を弓なりに曲げ、ニコニコと微笑みながら、


「アキムよ、久しぶりだな」


 そう声をかける。

 アキムの肩から、少し力が抜けたように見受けられた。


「うん。祖父ちゃんも元気そうで良かったよ」

「はっはっは。儂はあと十年は生きるつもりじゃからな」


 アキムの祖父はひとしきり笑うと、シドに顔を向けた。何故か立ったままの姿に驚いたのか、軽く目を見張る。

 

「ようこそ、お客人。儂はそこにいるアキムの祖父じゃ。気軽にお祖父ちゃんと呼んでくれていいぞぃ」


 そう云って祖父はまた笑い出した。

 

「父上! そのような盗人風情に挨拶など不要です!!」

「まぁいいではないか。それより何故客人は立ったままなのかね?」

「こんな奴は床で十分です!」


 祖父は困ったように女性に視線を移す。


「そ、それが――」

「俺には椅子など不要だ」


 シドは答えようとした女性の言葉を遮り、


「俺は見かけ以上に重い。立ったままでも特に問題はない」


 祖父はその言葉に興味深そうに、


「ほぅ。確かに人並み外れて大きいようだが、それだけでは座れないということはないだろうし……。中に鎧でも着込んでいるのか?」

「似たようなものだ」

「試しに座ってみんか?」

「――父上っ!!」


 祖父は大きな溜め息をついた。


「わかったわかった。もう云わんから。それより儂は何で呼ばれたのかな。話があるとしか聞いておらんが……」

「この男が我が家の馬を盗もうとし、あまつさえそれを止めようとした使用人に大怪我を負わせたのです!!」


 男性がここぞとばかりに捲し立てた。


「ふぅむ」


 祖父は腕を組んでシドを見た。


「今息子が云った言葉は本当かね?」

「いや、全く違うな」

「な、なんだと貴様――」

「お主はちょっと黙っておれ」


 祖父は喚こうとした男性の口をそう云って塞ぐと、


「では一体何が起きたのか訊いてもよいかね?」

「勿論構わない」


 シドは男性を顎で指し示した。


「事実はその男が云った事とは全く異なる。その男はアキムの馬を不当に占有している。そして使用人は俺やアキムに対し理由もなく暴力を振るった。怪我をしたのは自業自得というやつだな」

「貴っ様ぁ! 貴族に向かってその態度は――」

「――ええい! お前は黙っておれと云ったじゃろうがっ!!」

「――し、しかし父上……」

「しかしもかかしもない! 儂が話し終わるまで口を開くな!!」


 云われたそばから口を挟んだ男性に対し、祖父はそれまでの好々爺とした感じが嘘だったかのように眼光鋭く命じる。

 

『どうやらこの老人が納得すれば終わりそうですね』

「(うむ。まぁ納得しなくても終わりはするのだがな)」

『またまた……』 


 シドは説得するつもりではいるが、それと納得するかどうかは全くの別問題だ。考えの違う二者の意見がぶつかり合い、尚且つどちらにも譲歩する気配がない場合、強い方の意見が通る。これは法が整った文明社会であろうと変わらない。例え万人が相手の意見を擁護しようと、それを押し通せるかどうかは後ろを支える力次第だ。

 アキムに主張させ、シドが独りで押し通す。譲歩する気は微塵もなかった。

 

「そういうわけで馬は連れて行くが問題はない筈だ。まぁ、そもそもお前達の馬ではないのだからケチをつける権利すらないのだが」

「うーむ……。しかしあの馬は息子が取り上げたと聞いているが……」


 祖父が渋い顔をして云った。


「都合のいい事を云うな。一度くれてやったものを状況が変わったからといってホイホイ取り上げるなど許されることではなかろう」


 シドはそう返し、アキムの肩に手を置く。そして、


「(――今だ、アキム)」


 そう、囁いた。

 肩に手を置かれたアキムは反射的に身体を硬直させるが、意を決したように勢いよく立ち上がり、 

  

「馬は俺の物だ!!」


 と叫んだ。


「見ろ。アキム自身もそう云っている。お前達がアキムの馬を強制的に取り上げた事は明白だ。不幸にしてアキムには力がなく、また家族に対する想いもあって面と向かっては抵抗できなんだ。だが、俺が知ったからにはお前達の好きにはさせん」


 シドは先程の男性と同じように拳を卓に叩きつけた。

 加減した甲斐もあって壊れこそしなかったものの、大きな卓全体に衝撃が走る。


「馬は本来の持ち主の手に戻るだろう。例え一国の王であろうとこれを邪魔することはできない」


 云い切ると誰もが言葉を失った。ゴクリと唾を飲む音だけが響く。


「皆異論はないようだ」


 シドはアキムを見て大きく頷いた。


「これで名実共に馬はお前の手に戻った。帰るぞ」

「え――。ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 踵を返すシドに慌てて追従しようとするアキム。

 祖父がそんな二人に慌てたように、

 

「待てお主達――」

「もう勘弁ならんっ!!」


 男性が叫んで立ち上がった。そのまま背後にあった装飾品の甲冑に駆け寄り、それが手にしていた剣を引き抜くと、


「最早我慢の限界よ! 貴様のその態度を俺が叩き直してやるわっ!!」


 逆上して武器を手にした男性に、部屋にいた使用人が血相を変えて逃げ出した。

 

「あ、貴方、落ち着いて!」

「お前は引っ込んでいろ!!」

「――ああっ!?」


 止めようとした女性を突き放す男性。

 それを見たアキムがいきり立った。


「親父っ! なんてことを!!」

「うるさいっ! お前も同罪だ!! このようなゴロツキを屋敷に入れおって!! 今まで我慢してきたがそれも終わりよ!! これを機に性根を入れ替えるのだな!!」

「待たんかお主達! この屋敷で刃傷沙汰は許さんぞ!!」


 シドは蜘蛛のように制止の声をあげる祖父の後ろに忍び寄り、大きな手で口元を押さえ込んだ。


「待てと――いむぅっ!?」


 いきなり動きを封じられた祖父は、目玉をぎょろつかせて背後のシドを見る。


「むーっ! むぐぐぅー!!」

「静かにしろ」


 シドは祖父の耳元に口を近づけた。


「息子というものはいずれ老いた父を乗り越えねばならん。その時が今訪れたのだ」


 視線の先ではアキムが父である男性と対峙していた。アキムは素手だが男性は装飾品とはいえ剣を持っている。これでは公平な勝負は臨めないだろう。

 シドは祖父が座っていた椅子を持ち上げると男性が手にする剣に向かって投げつけた。

 かなりの重さのある椅子がまともに当たり、剣が手から弾き落とされる。


「うおおおおおおっ!!」


 一瞬気を取られた男性に向かってアキムが飛びかかった。


「お前っ――」


 二人は床に倒れると組み合い、お互いが上を取ろうと熾烈な争いを始めた。


「アキムちゃん!? ふ、二人とも落ち着いてっ!! お願いだから――」


 女性は突如として始まった父と子の争いを止めようと傍で声を張り上げる。

 シドは片腕で祖父を抱え込み、大股に歩いて女性の傍にいくと同じように口を押さえ込んだ。


「――!? んん、んむっー!?」


 鋼のような手で暴れる二人の口を塞ぎ、父と子の戦いを傍観する。

 やはりつい先日まで現役の騎士だったアキムの方が有利だったのか、上をとったのは息子の方だった。アキムは父の上に馬乗りになり、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「お前、こんな事をして後でどうなるか――」

「五月蝿い! それはこっちの台詞だ!!」

「――おぶっ!?」


 アキムは父の頬を殴りつけた。  

 

「今まで我慢してきたのはこっちの方だ! これを機に性根を入れ替えるのはそっちだってえの!!」

「ふざけ――るぼあっ!!」

「いいか!? あの馬は俺の物だ!!」

「待て――ぶへっ!!」

「馬は俺の物だ!!」

「――ぶふぅっ!!」

「馬は俺の物だぁーーっ!!」


 殴る殴る。アキムは呪文のように同じ言葉を叫びながら横っ面を殴り続けた。

 シドが抱える女性の身体が恐怖のせいかブルブルと震えだす。

 しばらくは興奮に我を忘れたアキムの叫びと湿った音だけが鳴り響いていたが、男性が意識を失うと殴るのに疲れたアキムはようやっと立ち上がった。

 シドが手を緩めても、祖父と女性の二人はもうアキムに駆け寄ることはしない。


「な、なんてことじゃ……」


 祖父が呆然と口にする。

 三人が見守る中、アキムは両の拳から血を滴らせ手強い獲物を仕留めた肉食獣のように佇んでいる。その顔は天井に向けられ、壁を乗り越えた感慨にふけっているのか満足そうだ。

 シドはそれを冷たく眺め、


「これで馬は俺の物だな」


 ――と、そう、呟いた。

   

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