王都にて―アキム帰る・上―
思ったより進みませんでした……
作者的には日常だからといってぽんぽん割愛したくはないと思っています。
良ければこのペースで……
アキムの家は王都の一等区、周りに貴族の屋敷が立ち並ぶ通りにある。貴族というのはどいつも顕示欲に満ち溢れているらしく、悪趣味なまでに造りに凝っているものが多い。
「周りに比べればこの家はまだマシだな」
シドは、格子の隙間から木々の間に見える屋敷を見ながら独りごちた。
「なんか引っかかる云い方だぜ……」
「他意はない。開けるぞ」
シドはそう告げると目の前の門扉に手をかけた。ゆっくりと開く。
扁たい石が飛び飛びで敷設された小道が、先に見える二階建ての屋敷へと続いている。道の周囲には木々が生い茂っているが、道の周りに植えたというよりも林に道を通したという方がしっくりくる本数だ。ここの住人は余程緑が好きらしい。
小道に姿を現したシドとアキムに、驚いた小動物が走り去った。
アキムの家を訪れたのは二人だけで、他の者はギルドへ寄った後買い物をする手筈になっている。ヴェガスとキリイを配してあるし、最初に杖の刻印を調べ使用可能にするようにも云ってあるので心配は無用だろう。
槍やコンテナを屋敷に残し、久しぶりに手ぶらになったシドはアキムを後ろに従え歩きながら、
「それにしても無用心な。まさか誰もいないとは」
「よせやい。王都の中で警備なんか配置してたらやっかまれるだろ。まぁ、屋敷の中にはいるんだけど」
「屋敷にいるのは全部で何人だ?」
「え? ……そうだな、妹と母さんと親父と、祖父さん祖母さん、そして執事の爺さん含めて使用人が四人……か。ああ、それと護衛を兼ねた庭師みたいなのが二人いる」
指を折りつつアキム。
「全部足すと……十……十一、かな。十一人だ」
「その中で反論しそうな奴は?」
「まず親父だ。庭師の男共と執事も雇い主である親父につくだろう。祖父さんは正直わからない。あの人は厳しいが道理はわかる人だし、歳食ってる分丸い部分もありそうだからなぁ」
「女連中は?」
「母さんと祖母さんは祖父さん次第。使用人の残り三人は多分何も云わないんじゃないかな」
「成程」
シドはピタリと足を止めた。
道が分かれている。
「厩舎はどちらだ」
「厩舎? 厩舎なら右だけど……。聞いてどうするつもりなんだ?」
「馬を取りにいく」
云いながら足を右に向ける。
呆然となったアキムが遅れて小走りでついてきた。
「待ってくれ! 説得するんじゃなかったのかよ!?」
「そうするつもりだ。見つかったらな」
「………」
「………」
「もし、見つからなかったら……?」
「その時は馬と共にここを出る」
「勘弁してくれ!」
アキムはシドの腰に腕を回すと、必死に押し止めようと力を込めた。
「重い! 何食ったらこんな身体になるんだよ!?」
「お前の体重では無理だ。諦めろ」
「嫌だ!! 自分の家に盗みに入るなんてそんな馬鹿な事が出来るかよ!!」
アキムを引き摺りながら歩いていたシドは、その言葉にやっとアキムの方を見た。腰に回された腕を引き剥がし、
「自分の家から自分の馬を持ち出す。これのどこに許可を取る必要性がある。お前は馬が今だ自分の物であると主張しているだけでいい。後のことは俺に任せておけ」
優しく部下を諭す。
云われたアキムは、
「泥棒にならないのか……?」
「当たり前だ」
間髪入れずに返ってくる反応にアキムの頭が納得に傾き始めた。シドとの距離が離れるのにも気づかぬまま、ぶつぶつと呟きながら立ち尽くす。
広い敷地とはいっても所詮は王都内。すぐに木造の大きな小屋が見えてきた。
どうやら誰もいないようだ。
シドは素早く近づき、中に入っている馬を確認した。アキムの馬は王都にくる道中で見たことがあり、それと同じ馬体が不思議そうにこちらを見ている。
いきなりズカズカと侵入してきた大男を警戒してか、他の馬が軒並み嘶き出した。
頭がいいのか馬鹿なのか、騒ぎ出さないアキムの馬を連れ出し厩舎を出る。
その途端、
『マスターッ! 誰か来ます!』
近づいてくる足音にドリスが警告する。しかし――
「(問題ない。こういう時は堂々としていれば怪しまれないものだ)」
『絶対無理ですって!!』
「(忘れたか、ドリス。俺が生還不可能と云われた任務から幾度も帰還を果たした事を)」
「――ッ!? 誰ですか、貴方!?」
見つかった。洗濯物を持った長いスカートを履いた女が誰何してくる。
シドは女に向かって丁寧に、
「怪しい者ではない。馬を取りに来ただけだ。勿論、持ち主の許可は――」
「ど、泥棒! 泥棒よっ!! 誰かっ!!」
『………』
「………」
女がけたたましい叫びをあげた。この家に警報器はいらないだろう。
『やっぱり……』
「(……想定の範囲内だ。説明する手間が増えたに過ぎん)」
使用人らしき女の叫びに一番に駆け付けたのはアキムだった。
「待てっ! 待ってくれ!!」
云いながらシドと女の間に身体を割り込ませ、
「コイツは泥棒じゃない! 一応俺の上司なんだ!!」
「アキム様!?」
女が目を丸くしてアキムを見る。
「ですが……何故馬を……?」
「そ、それは……」
勢い込んで云ったものの、後が続かず言葉に詰まるアキム。。
手をこまねいているうちに人が集まってきた。屈強そうな男二人に、年経た男の三人だ。着ている服から察するに、おそらく庭師と執事か。
男達はアキムを冷たく見据えた。
とても雇い主の家族に向ける目ではなかったが、アキムは何も云えずに俯く。元々品行方正ではなく煙たがられていたアキムの立場は、騎士という職を失ったせいで下がる一方だった。
そしてそのことが三人の男から話を聞くという選択肢を捨てさせた。
「次男とはいえ貴族の家に生まれた者が、まさか自らの家に盗みに入るとは……」
苦虫を噛み潰したような顔で老人が云う。使用人の叫びをそのまま受け取ったようだ。
その言葉を受けて、男が一人進み出た。アキムの胸ぐらを掴みあげる。
アキムは抵抗しなかった。いつものおちゃらけた雰囲気がない。その姿に、シドは意外な一面を垣間見た気がした。人間というものは家の内と外では態度が変わる者も珍しくないというが、実際それを目の当たりにすると違和感を抱かずにはいられない。
シドはアキムを掴む男の胸ぐらを同じように掴みあげると、強引に引き剥がした。この件についてはアキムに頑張ってもらうしかない。アキムの主張がなくばシドの行動に正当性が失われてしまう。
その行いに、今度は反対にアキムが意外そうにシドを見た。
「は、離せ貴様!!」
掴まれた男がシドの下半身にドカドカと蹴りを入れる。
シドは仮面の下で不愉快そうに目を細めた。
「あ……」
ヤバイ――とアキムは思った。シドと出会ってからここまで、殺そうと襲ってきた者は大勢いた。武器を向けられ身体に当たったこともある。それに比べれば蹴りなど可愛いものだといえる。しかし、傍で見ている分には男の行動は武器で斬りかかるよりも遥かに失礼な印象を受ける。脳裏に、竜を棒きれでベシベシ叩く男のイメージが湧いた。
シドの腕が鞭のようにしなり、
「ぶばっ!?」
男の右頬を張る。口から白い物が飛び出した。
驚いて動きを止めた周囲に頓着せず、返す手で反対の頬を。
「ひさ――まぶっ!!」
喋る隙を与えず再度右。そして左。張っていくうちに、パンパンという乾いた音が湿った音に変わり始めた。
「ひ……ひぃ……」
口から飛んだ血飛沫を顔に浴びた女は腰を抜かして座り込んだ。
『マスター、それ以上やると下顎がもげそうなんですが……』
その言葉に手を止めて男の顔をよく見ると、頬の肉が削げて口の中が覗いていた。歯列はぐちゃぐちゃで、血と唾液が滝のように流れている。
「(少しやり過ぎたようだ)」
『もしこれがアキムの父親だったら……』
「(しかし今の無礼は多少どころではなかった)」
『マスターの度量が小さじ一杯分しかないことがあらわになったわけですね』
だが、この男は庭師だろう。服に草や土がついているし、言葉遣いも乱暴だった。庭師に違いない。
「アキムよ、庭師が残念な事になってしまった」
「あ、ああ……」
「もう固い物を食べる事は出来ないだろうが、命は無事だ」
「そうだな……」
「本来なら息の根を止めているところだが、お前の家の人間だからな。俺の度量が試されたというわけだ」
「………」
やはりこの男は庭師のようだ。シドは掴んでいる男を放り投げた。
そして執事の肩にそっと手を置く。
「俺はお前の主と話がしたい。案内してくれるな」
年経た男は肩に置かれた手を、毒蛇でも見るような目で見、コクコクと何度も頷いた。
シドはもう一人の庭師らしき男に云う。
「怪我人の治療は任せたぞ」
云われた男も何度も頷く。
屋敷に向かって歩き始めた老人についていこうとしたシドは、思い出したように後ろを振り向いた。
「――それと、これは面倒事を避けたいから云うのだが、お前は俺達の話し合いに参加しない方がいい。興奮した雇い主が俺達を追い出せと命令した時どうなるかを予想してみることだ」
そう云って歩き出す。
これで無用な争いの種を一つ減らせただろう。使用人を見ればそれを雇っている人間の程度も知れる。アキムの父親はおそらく話の通じないタイプだ。そういう輩の傍に命令を聞く人間を置かせると間違いなく流血沙汰になる。
それと問題がもう一つ。
「――アキム。先程のお前の態度はなんだ」
シドは隣を歩くアキムに声をかけた。
「使用人に対してさえまともに口を開けないで屋敷の主である父親にどう抗するつもりだ」
「……わりぃ」
アキムは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「お前の主張こそが正当性の根幹をなすというのに、あれではこちらが犯罪者扱いされてしまう」
「そうはいってもな……。流石に家族の前じゃいつもみたいには振る舞えないさ」
やはり覇気がない。
問題を放置して事に臨むのは愚か者のやることだ。シドは手を打つ。
「こうなれば仕方ない。俺が直接指示を出す」
アキムは泣きそうな顔になった。嫌な予感しかしない。
「家族との世間話にまで口をだそうとは思わん。好きにするがいい。だが、馬についての説明を求められた際は俺が今から云う台詞だけを口にしろ」
シドはそう前置きし、
「『馬は俺の物だ!!』 ――さあ、云ってみろ」
アキムに続けて云うように促す。
シドに正気を疑う目を向けるアキム。そんな一言だけで会話が成立する筈がない。いくらなんでも不自然過ぎる。
「どうした。云ってみろ」
「む、無理だ……。頭がイカれたと思われちまう……」
「いらん心配はするな。俺が援護する」
「でも……」
「旅に馬は必要だ。主にお前達にな。それに、もし馬が手に入らなければエルフ達は何と云うかな」
「ぐ……卑怯だぞ……」
「卑怯? 卑怯とはこういう事を云うのだ。――アキム、これは団長命令だ」
「ひでえ……」
シドはアキムの頭に優しく手を置いた。
「どうせお前の立場は底を這っているのだ。今更取り繕おうなどと甘い考えは捨てるがいい」
「アンタ、云ってる事とやってる事が全く噛み合ってないんだが……」
「さあ、さっき俺が云った言葉を繰り返してみろ」
抵抗するのを諦めたアキムは渋々顔を上げ、
「う、馬は俺の物だ……」
「もっと大きな声で云うんだ」
「馬は俺の物だ!」
「もっとだ」
「馬は俺の物だ!!」
自棄になったアキムは叫んだ。
これでいい。シドはうっすらと微笑む。
「上出来だ。時が来たら俺が合図をする。そうしたら今の台詞を叫べ」
「え、叫ぶの?」
「そうだ。今のお前では何を云っても説得力など皆無。なら声の大きさで相手を威圧するしかあるまい」
アキムは項垂れ、地面を凝めた。足先で豆粒のような虫がせっせと歩いている。
「……俺、もう家に帰りたい」
「前を見ろ」
「え……?」
アキムはポカンと前を見る。シドの視線の先ではアキムが生まれた家が昔と変わらず建っている。
「ここがお前の家だ。好きなだけ感涙に咽ぶがいい」
アキムは泣いた。




