王都にて―箱と杖―
お待たせしました。
ちゃんとできているか不安です
追記)ちょっと改訂しました
屋台の女性に教えられた通りに道を進んだレティシアは、程なくして傭兵ギルドへと辿りついた。建物は大きな通りに面しており、前をたくさんの人々が行き交っている。彼等は一様にギルドの前に佇むレティシアに不思議そうな目を向け、通り過ぎていった。
レティシアは黙って入口の真下の地面を凝めている。恐らくは水で流したのだろう。赤茶けた染みが、扉を中心に広がっていた。
どうやら女性が云っていた噂は嘘ではないらしい。全部が真実とは限らないが、この中で殺しがあったことは間違いない。
扉を開け、こっそり中を覗き込む。右には食堂、左には閲覧スペース、中央が受付になっているのが見て取れた。奥にも通じているようだがその先は見えない。
自分に注目しているのが誰もいないとわかると、開けた隙間に身体を滑らせた。
入った瞬間、ウッと喉を詰まらせる。
(――臭い! ちゃんと掃除したのかしら? ……まさか水で流しただけなんじゃないでしょうね)
鼻を押さえ、床の染みを踏まないように受付に向かう。空いているのにわざわざ遠くの受付に向かうのは不自然だろうと考え、真ん中を選んだ。
二十歳前後に見える若い女性だ。仕事は暇そうなのに何故か疲れた顔をしている。
「あ、あのっ。ちょっとお聞きしたい事があるんですが……」
「うん? ……何かしら?」
受付の女はじろじろとレティシアの身体を観察する。
王都に入るにあたって、エルフの弓は見る者が見ればわかってしまうので持ってきていない。正体を隠す事を優先した結果、チェインフードと兜、それに合わせた鎧と短剣、そして得意ではないが杖というのが現在の装備だ。体格と相まって珍妙な格好に見えるのも仕方ないだろう。
「数日前に起こったっていう事件の事なんですが……」
受付嬢の顔がこわばった。
「もしよければ――」
詳しく話を――そう続けようとしたレティシアの襟首を掴み、引き寄せる。口を耳元に近づけると囁いた。
「(……声が大きい)」
「え?」
「(顔をなるべく動かさないで食堂の方を見なさい)」
目だけでレティシアの左後方を指し示す。
レティシアは云われたように見ているとバレない動きでチラリと確認した。
「――っ!?」
慌てて視線を戻す。幾人もの男達が卓に座ってこちらを窺っていた。
「(あの事件に関わりのある者を探しているの。聞かれたら絶対巻き込まれるわ)」
「(彼等は……?)」
「(決まってるじゃない。殺された傭兵達の仲間よ)」
「(噂は本当だったのですか?)」
「(噂? ……どんな噂かは知らないけれど、ここで戦闘があったのは事実よ。一方的だったけど)」
受付嬢は、あの時の事を思い出してぞっとした顔をした。
「(まるで大人と子供だったわ……)」
「(……もう片方はどんな方達だったか覚えていますか?)」
「(勿論よ)」
あれは忘れたくても忘れられない――と受付嬢。
「(大男が二人と、少なくとも見かけは普通の人間の男が二人。そしてエルフが四人だったわ)」
「(……間違いなくエルフだったのですか?)」
「(間違いなわよ。大体揉め事が大きくなったのだってそれが原因なんだし。切っ掛けは傭兵団の名前だったけど……)」
「(傭兵団?)」
「(そう。傭兵登録をしにきたの、彼等はね。そして名前を決める段階になって、傍で聞いていた男達がちょっかいを出してきたのよ)」
レティシアはショックを受けた顔になる。これでナグダム達でない可能性が高くなった。元々ここへ来たのだってエルフの目撃談を頼りに追ってきたに過ぎない。確信を持っていたわけではないのだが、他に情報もないので落胆の色は隠しきれなかった。
同時に、その傭兵団に興味が湧く。人間とエルフ、そして大男の種族は不明だが、合計八人だ。人間の勢力圏で人間と共に活動するエルフに会ってみたくなる。
高地エルフの脅威があった頃は今よりもエルフの立場は悪くなかったと聞く。対抗する為の貴重な戦力としてそれなりの待遇が約束されていたのだ。しかし現在は金になる貴重な動植物と殆ど変わらぬ扱い。
自衛できないエルフに生存の可能性はない。つまりその四人は凄腕の戦士若しくは魔法士の筈である。協力を仰ぐことができれば心強い味方になるだろう。
「(その方達の名前や居場所など教えていただけますか?)」
「(……悪いんだけど、それはちょっと無理かな。一応名前も拠点もわかってはいるんだけど、正当な理由なしにほいほい漏らす事はできないのよ)」
「(そんなっ!?)」
「(そもそもあの男達がここを張ってるのは何でだと思っているのよ。居場所を簡単に聞き出せるのならとっくに襲いにいってるでしょ?)」
確かにその通りだ。レティシアは大きく溜め息をついた。こうなったら他で情報を集めるしかない。
「(……わかりました。どうもありがとうございました)」
小さく頭を下げ背を向ける。その背に、
「(……ねえ)」
「(はい? 何でしょうか?)」
「(どうして探しているのか知らないけど、関わるのは止めておいた方がいいと思う)」
「(……何故です?)」
不思議そうに訊き返すレティシア。
受付嬢は【美女と野獣】の面々を思い浮かべ、次に嬉々として死体から物を剥ぎ取る男の姿を脳裏に描く。
「(そうね、うまくは云えないんだけど……。一応、彼等は自分達から喧嘩を売ることもしなかったし、売られた後でさえ相手が先に手を出すのを待ってた……)」
「(なら問題ないのでは?)」
「(そうなんだけどね……)」
受付嬢はもどかしげな顔になる。もう少しで形になりそうなのだが、あと一歩というところで崩れてしまう積み木を組み立てている気分だ。
彼等の行動をもう一度振り返ってよく考えてみるが、不思議な事に考えれば考えるほど、彼等に悪い点がなかったような気がしてくる。ギルドに後始末を押し付けたのだけは個人的に許せないが、それすらも本来はギルドが罰しなければいけなかった傭兵達の死体だと考えれば納得できてしまう。
彼等はあの時点ではまだ登録していなかった一般人である。その一般人に因縁をつけた傭兵に対する罰を、自己防衛を伴う行動によって肩代わりしたと言い換えることも可能だからだ。
それに仲間であるエルフを拐かそうと因縁をつけて襲いかかってきた相手を殺し、死体から持ち物を奪うことは犯罪ではない。
「(……やっぱり問題はないわね。何かしっくりこないんだけど)」
「(そうですか。では私は行きますね。急いでいるので)」
「(呼び止めて悪かったわ)」
再度小さく頭を下げ、ギルドから出て行くレティシア。
受付嬢はその鎧に着られている感のある姿をぼーっと眺めていたが、
(――あいつら!?)
数人の男達が立ち上がり、食堂から出てくると入口に向かい始めたのを見て青くなった。
(あいつら、さっき見ていた奴等だわ)
きっと会話の最初を聞かれていたのだろう。これを偶然と考えるほど受付嬢はお人好しではない。あの男達はさっきの娘を追いかけるつもりだ。
しかし、だからといって自分に出来ることなどないのもわかりきっていた。怪しいというだけで犯罪者扱いはできない。もしそれで凌げたとしても、次は自分が標的になってしまう。
(……ごめんなさいね)
心を鬼にして見捨てる。こんな事は珍しくはない。あの娘も武装している以上覚悟の上だろう。
でも、できれば嬲りものにはなって欲しくない。そうなるくらいなら一思いに殺された方がまだマシだ。
(……願わくば、あの娘が苦しまずにあの世へ逝けますように)
受付嬢はそう、心の中で祈った。
「本当にこんなところにエルフがいるの?」
レティシアは前を歩く男の背にそう声をかけた。鎧に包まれた背中を凝める瞳は冷たい。
「あ、ああ、間違いないさ。アンタもギルドの受付に聞いたんだろ? 俺達が奴等と敵対してることをな。既に一人は捕まえて閉じ込めてあるんだ」
男は腫れ上がった目蓋を摩りながら答えた。目蓋だけではなく、顔中アザだらけである。
(このクソ女がっ! 絶対俺の番がきたら殺して下さいと懇願させてやるぜ!!)
レティシアに背後から声をかけた途端、叩きのめされた男はそう毒づく。哀れ残りは気絶したまま放置状態だ。
「云っとくけど変な真似はしない事ね。次は殴るだけじゃ済まないわよ?」
杖を自分の肩に載せ、トントンと叩きながら云う。
「わ、わかってる。ちゃんと案内してるだろ」
男はビクビクしながら、今にも倒れそうな建物の間を縫うように進んだ。
最早曲がった回数など覚えようとしても覚えきれない。非常時に方角を見失わないよう慎重に曲がるレティシアでもさすがに不安を感じ始めた頃、
「――ついたぜ、ここだ」
男が足を止めた。
見上げると、周りとは場違いな石壁の家屋がそびえ立っている。横に立っているのは脆い木造の腐ったような家々なのに、この建物だけ作りが違った。
「確かに、如何にも悪党の拠点って感じじゃない」
云いながら空を見上げ、太陽の位置を確認し、城門の方角に大体の当たりをつけておく。
「さっさと行くわよ」
杖で背中をつつかれた男は、粘ついた目でレティシアを睨むと扉に向けてノックを三回し、少し待って一回する。
ガチャリと扉が向こうから開かれる。顔を覗かせたのは、案内をした男と同じような鎧を身につけた男だ。
男は胡乱そうな顔で仲間を見、背後のレティシアを見た。
「団長に会いたい。件のエルフ共の関係者だ」
「……入れ」
身体を中に入れ、二人を通す。
中に入ったレティシアは顔を顰めた。
「臭いし、暗いわね」
蝋燭が数本あるだけで全体的に薄暗い室内は、住人でなければどこに何があるかわからないだろう。
「先を歩きなさい」
杖を突き出してそう云う。
扉を開けた男が、案内をした男に視線を移す。頷かれ、云われるままに前を歩き出した。
レティシアは最初の部屋を抜け、廊下を歩きながら途中途中にある部屋を全て確認していった。殆どは鍵がかかっている。後ろからいきなり襲われることはないだろう。
地下に下りる階段と二階に上がる階段を見つけた時は焦ったが、通り過ぎて暫くしても襲われることはなかった。
そして薄暗い理由に思い当たる。窓がないのだ。一枚も。これでは暗いのも当たり前だ。
しかしこれはある意味好都合でもあった。レティシアの使える魔法は少ないが、これなら効果的に利用できる。
建物の大きさ的に最奥と思われる部屋の前に辿り着く。
ノックで再び合図する男。鍵の開く音が聞こえる。
「入りなさい」
命令すると男達はそっと扉をくぐる。
後に続いて室内に入ったレティシアは驚いた。室内は外から想像もできない程綺麗で広かった。まるで貴族の邸宅の一室のようだ。
「誰だ、そいつぁ」
響いたのは低い男の声だ。机に腰掛けた黒髪の男。肘をつき、手を組んだ上に顎を載せている。他に室内にいるのは二人。一人は眼鏡をかけた目の細い男で面白そうにレティシアを見ており、もう一人は女だろう。座椅子に深く腰掛け、後ろから見ただけでは赤い髪と首の上で切られた短い髪しかわからないが、首元がほっそりとしている。こちらはレティシアの方を見ようともしていない。
「へえ。どうも例のエルフ共を探しているらしいです」
黒い瞳がレティシアを射抜いた。
「探している理由は?」
「そ、それが――」
「――貴方が傭兵団の長? ……悪いんだけどエルフの所に案内してもらうわよ」
「……どういう事だ?」
男の眉がクイと上がる。
「どうこうもないわ! 痛い目に会いたくなければ案内なさい!!」
興奮したレティシアが叫ぶ。
団長と呼ばれた男は、部下とレティシアを交互に眺めた。そして、
「そいつが何を云ったのかは知らんが、エルフなぞここにはおらん」
「――そう」
レティシアは唇を噛む。予想はしていた。しかし僅かな手がかりも見過ごすことができないのが現状であり、この傭兵団がエルフへ至る道に最も近いのは事実なのだ。
「なら、貴方達がエルフについて知り得た事を全部喋ってもらうわ」
「出来ると思っているのか?」
男の目が不愉快そうに細められる。
「勿論、出来るわ」
杖を構え、相手の位置と人数を確認する。案内させた一人は大した事がない。それはわかっている。扉を開けた男も見る限り普通の傭兵だ。警戒しなければいけないのは三人で、団長らしき人物と座っている二人だ。
まず目を潰し、正面の男を片付け、その後座っている二人を。最後に案内をさせた男二人の順で無力化する――そう決めたレティシアは目を瞑ると間髪入れずに、
「【閃――」
魔法を使おうとし――
「――きゃあっ!?」
脇腹を殴り飛ばされた。小柄な体が木の葉のように宙を飛び、壁際に叩きつけられる。背中が硬いものにぶつかり衝撃で息が詰まる。
「ぐっ……」
「面倒だねぇ。団長さん、アンタ部下の躾がなってないよ」
殴り飛ばしたのは短い赤毛の女だ。
レティシアが瞳を閉じたのは一瞬である。まさかその隙に移動したのだろうか……。慌てて殴られても手放さなかった杖を持ち直す。
「無駄無駄。アンタはもう終わりさ」
その杖を赤毛の女が蹴り飛ばした。乾いた音を立て横に転がる。手を伸ばせば届く距離だ。しかし今はその距離が果てしなく遠い。
「とりあえず、まずはその顔を拝け~ん」
そう云って兜を毟り取り、その下のフードを後ろにずらそうとする女。
レティシアは短剣を掴むと至近にいる相手に向かって突き出した。
「無駄って云ってるのがわからないかなぁ」
まるで果実でも摘むような気軽さで刃を摘まれる。
「――そんなっ!?」
「へぇ。ちょっとサマル、これいきなり大当たりを引いちゃったんじゃないの?」
晒されたレティシアの顔を見てそう云う女。
サマルと呼ばれた細い目をした男が、
「ほう。エルフでしたか」
と答え、椅子から立ち上がるとレティシアの元へ歩いてくる。傍まで来た男は顔を近づけると、
「うん? はっきりとは覚えていませんが、どうも地下にいたエルフとは違うような……」
「でも、エルフなんてそうそう居るもんじゃないし、地下で会った時は暗かったんだろ?」
「……それは確かにそうなんですが」
サマルは眼鏡を押し上げ、こめかみを揉んだ。
「おい、アンタ等。そいつが探してたエルフなのか?」
団長がサマルに確認する。もしそうならギルドで団員を殺した奴等の一味ということになる。餌にして残りを誘き出さねばならない。
「うーん……。どっちにしろ状況的にあのエルフ達の関係者だとは思うのですが、何しろ顔を正確に覚えていないんですよねぇ」
煮え切らない答えに団長の苛つきが増す。今回の件の情報提供者じゃなければ叩っ斬ってやるところである。
「どっちにしろ他に手がかりがないならしょうがねえ。こいつを痛めつけてみるか」
団長はそう云うとレティシアを眺め、イヤらしげに顔を歪めた。
奇しくも兄を探す自分と同じような境遇の団長に皮肉げな顔を向けるレティシア。弓があったなら――とは思わない。室内で弓を手に戦うのは至難の技だ。それに例え弓を手に平原で戦っても赤毛の女には勝てる気がしなかった。
最悪のパターンだ。助けが来るアテなどない。このままこいつらに好きなように弄ばれる未来が容易に想像できた。
緊張が限界を越え、表情が抜け落ちる。
ぶつかった硬い物に背中を預けるレティシアの目から一筋の涙が零れ落ちた。
「(どうやらここのようだな)」
『はい。間違いありません。……しかし、ボロい建物ですね』
シドは目の前に建つ二回建ての長方形をした建物を見上げた。正面に扉はあるがそれ以外に中に通じる入口はない。窓枠は残っていることから、塗り潰したのだとわかる。
シドはしばらく建物を眺めると、正面の入口ではなく周囲を迂回するように移動し始めた。
『まだ突入しないのですか?』
「(ああ。あんな場所から入るなど襲って下さいと云っているも同然だ。最高の奇襲とは相手の予想していない方角から、予想していない方法で行うことをいう)」
建物を周りながらコンテナの位置を確認する。敵に態勢を整える時間を与えないように距離の短い場所を探し出す。そうすることで自らの姿を敵に露呈する時間をも短縮することが可能だ。
「(ここが良さそうだな)」
コンコンと曲げた指で壁を叩く。それなりに厚さはあるようだが、材料を単純加工しただけの素材でできている。地下道や城に最も近い城門のように解析不明な材質で建造されていたならば不安が残ったが、これなら問題なくいける筈である。
シドは助走のスペースを確保する為、今にも腐れ落ちそうな背後の家屋を槍で薙ぎ倒した。
造った空間の、建物から最も離れた位置に陣取り、左手で顔を覆うと、槍を体躯の前方に突き出す。
「(――行くぞ)」
『えっ!? 行くってどこに――』
全力で走り出す。一歩進む毎に速度が増し、シドという一個の物体にエネルギーが蓄積されるのがわかった。
地面を抉りながら、その瞬間が来るまで脚が生み出す力を蓄え続ける。
前方の壁が驚く程の速さで迫ってくる。
『わっ、きゃああああっ!!』
激突の直前、槍を前に突き出す。十分な速度の乗った槍はシドという質量に後押しされ、スポンジに刺さるように壁を貫いた。
空いた穴に肩先を捩じ込むようにしてぶつかる。体躯の一部が壁に内側に入った後、力任せに穴を押し開きつつ、脚でグイグイと残りを送り込む。
抵抗は一瞬であった。ガラガラと崩れた壁が落ちてくる中、侵入先を鷹のような鋭さで見極める。
男が四に、女が二。
六人は何が起こったのか理解できず呆気に取れられている。
考えている暇はない。シドは槍を持った右手と空いた左手で足元のコンテナを抱き抱えた。
「――えっ! きゃっ!?」
丸太のように持ち上げ、左肩に載せる。コンテナに寄りかかっていた女が小さく悲鳴を上げた。
「(任務完了だ。引き上げるぞ)」
『……そうですね』
予想通りの展開に満足したシドが開けた穴から引き返そうとした時、
「――ま、待って! 助けてください!!」
と、悲鳴を上げた女が頼み込んできた。余程切羽詰っていたのか、表情に余裕がない。
予想外の展開だ。チラリと見下ろす。
『マスターッ! この娘、エルフですよ!!』
云われなくとも見ればわかる。倒れていた事と、残りの奴等の配置、そして頼み事の内容から戦闘中、もしくは戦闘による敗北後だと察する。
だが、エルフであることは助ける理由にならない。
無視して引き上げようとするシド。その目に、ある物が飛び込んできた。
「(あれは……)」
視線が一点に釘付けになる。半透明の水晶のような石。捻くれた木でできた台座。
――杖である。
前に森でエルフ姉妹から取り上げた物とそっくりだ。
『杖です、マスター。きっとこの娘の物でしょう』
シドは撤退することも忘れ、槍を脇に挟むと杖を拾い上げた。
「あっ――」
小さく声を漏らすエルフ。
シドは矯めつ眇めつ杖を眺める。これがあればミラとサラのどちらかが戦力として復帰できるだろう。
「(ドリス)」
『はい、なんでしょう』
「(この杖を拾うのは問題があるか?)」
『あるに決まってます! 窃盗ですよ、窃盗! 立派な犯罪です!!』
「(しかしこれは拾った物だが)」
『明らかにエルフの物でしょうが!!』
珍しく声を荒げるドリス。
「(では取引で手に入れるしかないな)」
『……そうですね。幸いエルフは助けを求めているようですし、それと引き換えにすれば問題ないと思います』
シドはエルフを見下ろした。
「おい、お前」
「は……はい……」
「お前は――」
シドはこの場にいる残りの五人を顎で差した。
「こいつらと戦って敗れたという解釈でいいのか?」
その言葉に、エルフは唇を噛み締め、俯いた。小さな声で、
「……はい」
「成程な」
シドは大きく頷いた。こうなれば話は簡単だ。五人の男女に顔を向けると、朗々と話し出す。
「お前達は俺の持ち物――」
左の指を曲げ、コンテナをトントンと叩きながら、
「これ、を盗み出した。つまり、俺にはお前達から何かを一つ奪う権利がある――ということになる」
「………」
「………」
何を云っているんだこいつは――という顔でシドを見ている五人。
シドはさらに続けた。
「そういった経緯から、この杖は俺の物になる。お前達がコンテナを持ち出すのに俺から許可を取らなかったように、俺もお前達から許可を取るつもりはない」
「そんなっ!? それは私の――!!」
エルフがシドの右腕にしがみついて杖を取り返そうとしてくる。
それに冷たい目を向け、
「お前は捕虜だ。お前の持ち物の全てはあそこの五人の物であり、俺はその五人から取引によって杖を手に入れた」
「返してっ! 返してくださいっ!!」
真っ赤になって杖を掴む手を開こうとするが、エルフの力では万力のようなシドの手を微塵も動かすことはできない。
『マスターっ! エルフが可愛そうですよ!!』
「(………)」
『マスターッ!!』
「(……チッ。仕方ない)」
シドは折れた。助ける必要性などこれっぽっちも感じないが、たまにはドリスの我が儘を聞き入れるのもいいだろう。エルフの為ではなく、ドリスの為だと考え、自分を納得させる。
「――おい」
「返してっ返してよっ! ――って……何でしょう……か……」
「不本意だが助けてやろう」
「――えっ!?」
いきなりの宣言に、エルフは理解が追いつかず呆然となる。
「しかし生憎両手が塞がっている。死にたくなければ俺の服を離さないことだ」
「へ? ……それは一体どういう意味――」
シドは何の予兆もなしに、開けた穴に飛び込んだ。
「きゃあああああっ!!」
シドに掴まっていたエルフが叫び声をあげる。
「に、逃がすなぁっ!!」
置き去りにした建物の中からそんな台詞が追いかけてきた。シドは後ろには目もくれずに馬のような速さで疾走する。
穴から飛び出た男達が見たのは、破壊された家屋とかなり先の方から聞こえる破砕音だ。
「嘘だろ……、はえぇ……」
「何をやっている!? 二階にいる奴等も全員連れて来い!! お前は馬を持ってこい!!」
団長が二人の部下にそれぞれ指示を飛ばす。
「何やってるんです、サンティ」
サマルは焦る男達を尻目に、破壊された壁を観察している赤毛の女性に声をかけた。
「ん~、いやぁ、あいつがアンタがこの前云ってた大男なんでしょ?」
「……ええ、そうです。まさかここで会うとは想像もしていませんでしたが」
「見た感じ大きいだけの普通の人間なのに、そうじゃないんだねえ」
サンティは指で壁の厚さを図る。
「こんな真似をして平然としてるなんて魔法で強化したって無理だよねぇ」
「何が云いたいんです?」
「いやぁ~。正直まともに戦ったら勝てないんじゃないかな、あれ」
「で、あれば搦手でやればいいでしょう。ああいうタイプは得てして頭脳戦に弱いと相場が決まってます」
「ふ~ん……。ま、そこら辺はアンタに任しとくよ」
頭の後ろで手を組み、ぶらぶらと歩き出す。
「何処へ行くんです?」
「えっ? そりゃ勿論、さっきの奴を見に行くんだよ。面白そうだし」
「……あまり深追いはしないでくださいよ?」
「わかってるわかってる」
にへら、と笑ったサンティはさっきの大男が通った後を辿り始めた。
次の更新は、たぶん水曜か木曜の夜です。
あくまで予定ですが。




