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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
26/125

王都にて―美女と野獣―

お待たせしました。


いつも読んで下さりありがとうございます。


粘つき始めた血溜りの上を頑丈そうな長靴で歩き回り、動く者あらば無慈悲に冷たい穂先が生命の灯火を吹き消す。

 一切の躊躇も高揚もなく行われるそれを、ギルドの一階にいる者全てが黙って見ていた。


「……あいつ、ひょっとして俺より悪党なんじゃないのか?」


 そうヴェガスが呟き、サラが、


「……思い返してみれば、シド(あいつ)が誰かと出会って戦いにならなかったのって宿に泊まった時くらいじゃない?」


 その言葉に、さっき思いっきり会話してしまった受付嬢は震え上がった。


「しかも持ち物奪っちゃうし」

「でもそりゃお前さん達エルフの為だろ? あいつ自身が欲しくて奪ってるトコなんて見たことないぞ?」

「うっさいわね! 連れ回しているんだから世話するのは当然なのよ!!」


 噛み付くサラにアキムはわかってないなと、


「嬢ちゃんよぉ、よく考えてみろ。もしシドが単なるゴロツキの類だったら、お前達エルフは今頃こうやってぶーぶー不満を垂らせる余裕なんてなかった筈だぜ」


 キリイも肯き、


「そうだな。戦って負けたんだろ? 命があるだけ儲けものだ」

「――ふんっ! いつか絶対ぎゃふんと云わせてやるんだから!!」


 意気込むサラ。アキムは可哀相な子を見る目で、


「いやぁ……それはちょっと無理があるだろ……」


 そう云って視線をシドに向ける。

 虫の息だった男達に止めを刺し終わったシドは、湿った音を鳴らしながら戻ってきている。

 傷はあるが血の一滴も流れていないその姿に、アキムは改めて畏怖の念を感じる。どこからどう見ても普通の人間には見えないが、不死者(アンデッド)にも見えないのだ。前々から正体を知りたいとは思っているが、正確な所は本人が口を滑らすまでわからないだろう。

 人間には見えないが、人間以外にも見えない――それが、エルフ達とアキム、キリイの共通認識だ。新参のヴェガスだけがアキム達にとっては懐かしさを感じる驚きを持ってシドを見ている。シドが強ければ強い程、これからの己の運命は強固に束縛されるからか、その表情は渋い。


「くだらん事で時間を食ったが、続きといこうか」

「あ、ああ。そういえば団名決めてる途中だったんだっけ……」


 殺し合いなんか始めるから忘れてたよ、とキリイ。


「それで……【剣と盾】、でいいんだよな?」

「うむ。構わんだろう」


 腕組みをして頷くシドの外套の裾を、ちょこんと小さな手が摘んだ。

 

「ん?」

「……やめておいたほうがいい」

「………」

「………」

「……ダサいからか?」

「――え? ……違う」


 ミラは目を丸くした後、首を振り背後を指差す。


「名前を出すたびにああいう事が起きる……かも」

「……それは考えてなかったな」


 シドはどうしたものかと首を捻った。だが、どうでもいいと思っている自分では問題ない名前を思いつくことは出来そうにないと早々に思考を放棄する。


「……誰かいい名前を考えろ。採用された奴には金と装備をやろう」

「えっ!? マジかよっ!?」

「金っていくら位だ!?」


 アキムとキリイが真っ先に食いつく。しかし、ヴェガスはともかくエルフ達が興味を示さないのは何故だろうか……。 


「お前達は金が欲しくないのか? 金があればそれだけ早く村に帰れるぞ?」


 その言葉を、サラは鼻で嗤い飛ばした。


「アンタのどこにそんな金があるのよ? 銀貨五十枚ぽっち貰ったってどうしようもないでしょ。それに、それを貰ったせいで今日から野宿とか御免だし。……ていうか、お金あげちゃったら生活費どうすんのよ!?」 

「その点に関しては問題ない。昨日と同じくミアータの屋敷に泊まる」

「……アンタ、度胸あるわね」


 あの鉄で出来てるかのようなミアータという女が、金を稼げと云って送り出した男を再び世話するだろうか……。サラにはとてもそうは思えない。しかしシドがそう要求すれば簡単に断ることも出来ないだろう。なにしろこの男はその気になれば門扉を破壊して乗り込むことを容易くやってのけるのだ。そうなった時のあの高地エルフの顔を思うと口がニヤつくのを抑えられない。

 クフフフ、と不気味に哂うエルフの少女を、周りの皆が一歩引いて凝める。


「まぁ、参加しないってんならありがたく俺とキリイだけでやらせてもらうぜ」


 アキムは揉み手をせんばかりだ。そして、


「――よし! じゃあ【マリー】傭兵団でどうだ!?」


 自信満々に言い放つ。


「マリー? どういう意味だ?」

「え……? い、意味ね。……なんていうか、こう、大事な人の名前を付けた……みたいな?」

「……なんだと? 云っていることがよく理解できないんだが……」

「――っこの馬鹿!」


 キリイがアキムの頭を叩いた。そして皆に気まずそうな顔を見せる。


「い、今のは忘れてくれ……」

「マリーって誰なのよ?」

「それは……そ、その……、アキムの妹……かな」

「ハァッ!?」


 聞いたサラが口を歪める。アキムに向かって、


「アンタ、私達も所属するのよ!? 妹の名前をそのままつけるなんて一体どーいう神経してるのよ!!」

「別にいいじゃねえか! シドは名前にこだわらないみたいだし、お前達は権利を放棄したろ!!」

「放棄したのは提案の権利でしょ! アンタの妹の名前をつけるくらいならお姉ちゃんと私の名前にした方がマシよ!!」


 話しているうちにノってきたのか、


「もう【双女神(ミラとサラ)】傭兵団にしましょ!」

「なぁにが女神だ! お前達みたいなチビが女神なワケないだろ!! 女神ってのは俺の妹のマリーディアみたいなのを云うんだ!!」

「チ、チビですってぇ!? あの高地(ハイ)エルフよりは高いわよ! 今度あの女にアンタが今云った言葉を伝えてやるから!!」

「――なっ!? ひ、卑怯だぞお前! そんな事云うんだったら俺もお前が伯爵より背が高いと自慢してたと云ってやるからな!!」


 ミアータを前面に押し出して云い合う二人に周りが向ける眼差しは冷たい。


『なんという醜い言い争い……。まさに目クソ鼻クソです』


 全く以てその通りだ。シドはキリイとミラを無言で促した。


「……ハァ。いい加減にしろ、アキム」

「……サラ。団名に自分の名前がつくのは恥ずかしい」


 キリイはアキムを、ミラはサラを、それぞれ宥めにかかる。


「他にはないのか?」

「そうだなぁ……」


 気を取り直してウンウンと唸るアキム。口元が小さく動いて声が漏れるが、槍だの斧だの芸のない名前ばかりだ。これではシドと変わらない。


「……【暴れん坊(グランド)】傭兵団とかいいんじゃないか?」

「………」

「………」


 ポツリと投下された一言に、シドとレントゥスを除いた五人の顔面が固まった。


「(おい、あいつも参加すんのかよ!?)」

「(俺に訊くな)」

「(実は暴れん坊って呼び名が気に入ってたんだな)」

「(だから、俺に云うな!)」

「ちょっとアンタ! 私やお姉ちゃんのどこが暴れん坊に見えるっていうのよ!? 当てはまるのはアンタとシドだけでしょ!!」

「……お前ぇ等」


 誰であろうと物怖じしないサラの言葉は勿論、囁き合うアキムとキリイの言葉も耳のいいヴェガスには聞こえていた。こめかみがドクンと脈打つ。

 サラは慌ててシドを防波堤にし、残った二人は青褪めた。


「ミラ、ターシャ、お前達にいい案はないか?」


 シドが最も常識人だと思われる二人に訊く。流されたヴェガスがショックを受けた顔をするが、文句を云える筈もなく俯いてしまう。

 それを見てちょっと可哀相になったアキムが、


「そう気を落とすなって。俺のには負けるけど中々いい名前だったぜ」

「うるせえ!」


 ミラとターシャから返ってきた返事は芳しくなく、シドは彫像のように佇んだまま次の案が出るのを待つ。そんな光景と、アキムとヴェガスの遣り取りを漫然と眺めていた受付嬢の頭に、まるで天啓のようにある言葉が浮かんできた。


「……美女と野獣」


 そう――小さく呟かれる。

 次の瞬間、八人分の視線が集中し、ヒッと息の呑む受付嬢。


「……今のはいいかも」

「美女って私達のことよね? ピッタリなんじゃないかしら」

「そうですね。私もいいと思います」


 女性陣は美女と評されて早々に賛成に傾いた。


「野獣か……。中々悪くねぇ響きだ」


 ヴェガスがニヤリと笑う。

 

「美女と野獣か……。美女がエルフで――」


 シドはチラリとターシャを見、


「野獣がオーガというわけだな。ヴェガスもまぁ、そう云えない事もない。直過ぎるきらいはあるが、例えが利いていていい名前だ」

「――え?」


 予想もしなかった台詞に固まる受付嬢。彼女がこの場にいないオーガの存在など知るわけがない。野獣に例えたのは大猿の亜人と――


「(あれって絶対シドも含まれてるぜ)」

「(だろうな……。まぁ云わないでいてやろう。せっかく纏まりかけてるし……)」


 受付嬢は耳打ちするアキムとキリイに懇願と感謝の視線を送った。


「では、それで決まりだ」

「了解。書き込むぜ」

『傭兵団【美女と野獣】ですか。マスターにしてはシャレが利いていていいですね』

「(考えたのは俺ではないがな)」

『ところで、約束のお金と装備はどうするんですか?』

「(勿論採用案を出した受付の女にやるつもりだ)」

『ヴェガスの手下から奪ったお金をですか?』

「(まさかな。金と装備なら後ろに転がっているだろうが)」

『やっぱり……。そんなことだろうと思ってましたよ、私は』

「――おし。次は人数と……これは八人でいいな。その次は……身元保証人?」


 キリイが眉を顰めた。


「アキム、こんなんあったか? 前はなかった気がするんだが……」

「見せてくれ。どれどれ……ふぅむ……」  


 アキムは用紙をヒラヒラさせながら受付に向かって、


「おい、前はこんな事しなくてよかった筈だが、何か変わったのか?」

「は、はい。最近の外交情勢からかこの国に来る傭兵が増えたので、団で登録している傭兵には問題を起こした時に責任を取る貴族を保証人としてつけるよう申し付けられております」

「マジかよ……。まぁ実際傭兵団を雇うのなんて貴族か金持ちだけなんだが……」


 保証人なんていない俺達には問題だよな、とアキムはシドに目で訊ねる。


「それならばミアータ伯爵でいいだろう」

「え? 伯爵が俺達の保証人になってくれんの……?」


 アキムは首を傾げた。そんな話は出なかったような……。それともただ聞き逃しただけだろうか……。


「(バカ。鵜呑みにするな。伯爵はそんな事一言も口にしてないからな)」

「(ってことは……どういう事なんだ……?)」

「(どうもこうも、そのまんまだよ!)」


 いつまでも書こうとしないキリイに、シドはコツコツと指先でカウンターを叩く。


「どうした。早く書け」

「あ、ああ……」


 のろのろとペンを持ち直し、キリイは助けを求める視線を彷徨わせる。――が、顔をあらぬ方向へ向けるアキム。ヴェガスもまたそっぽを向いていた。


「さっさと書きなさいよ!」


 キリイは渋面になった。あの時執務室にいなかったエルフ達はシドの言葉を素直に信じ込んでいるようだ。助けにはならない。

 そして、一連の流れとキリイの挙動から大凡を察した受付嬢は生暖かい目で見ている。


(くっ――。そんな目で俺を見ないでくれ……)


 諦めたキリイはワナワナと震える手で何とか文字を書き込む。気分は自分の死刑執行に判を押す囚人である。


「つ、次は、本拠地だ……」


 これは何かあった時に対処しやすくする為だろう。現在シドには拠点と呼べるような場所はないが、既にひと騒動起こした後である。ギルドを安心させるような場所を書いておけば問題あるまい。シドはそう考え、


「本拠地はヴィダレイン伯爵領で、王都にある伯爵邸を支部にしておけ」

「………」


 キリイは機械的な動きで用紙を埋めていく。残りは構成種族や、魔法士の有無などであった。

 埋め終わった用紙を受付嬢に手渡す。


「た、確かに受け取りました」


 受付嬢は両手で恭しく受け取る。これはただの登録用紙であってそうではない。この用紙を埋めるために少なくない数の人間が死んだのだ。それを考えると、気軽に扱うことはとてもじゃないが出来なかった。 

 

「そういえばお前に金と装備を渡さねばならなかったな」


 シドが忘れずに云う。

 

「い、いえ……そんな、悪いですよ。私は団の人間じゃありませんし……」

「気にする事はない。約束だからな」

「ちぇっ。本当なら俺のモンだったのによ」


 アキムのぼやきを聞き流しながら、受付嬢は思った――シドというこの男は実は器の大きい人間なのではないだろうか。惜しげもなく守る必要のない約束に対し金を差し出すなんて――。


「後ろにある死体から金目の物を剥ぎ取る権利はお前の物だ」

「……えっ?」

「げっ!」

 

 アキムが呻いた。

 受付嬢は呆然とシドを凝視する。今のは聞き間違いだろうか。そうでなければ自分に死体から金目の物を剥ぎ取れといったような気がするのだが……。 


「傭兵と名乗るからには裏路地の悪党共よりマシな物を持っているだろう。惜しいがお前にくれてやる」


 その言葉は、悪党から金品を巻き上げたことがあると宣言しているも同然だ。目の前の男は、器云々どころかそこらの悪党も裸足で逃げ出す男だった。悟った受付嬢は獲物に飛びかかる蛇のような速さで、


「あの、やっぱり悪いのでその権利は最高の名前を提案した貴方に差し上げます!」


 アキムに向かって一気に捲し立てる。殺された傭兵達は団で登録している者達だ。もし仲間が殺され持ち物を漁られた場合、他の団員がどういう行動に出るかは想像するに容易い。


「待て待て待て! そんな事されても困る! ――そうだっ、キリイ! お前に譲ってやるよ!! シャーリーとクロムを養わなきゃいけないだろ!?」

「えっ!? ……いいのか?」


 キリイは意外そうな顔でアキムを見、


「実はまだクビになったってあいつに云ってなくてなぁ。職はこうして見つかったけど、土産があったほうがいいと思ってたんだ」

「そうだぜ! 集めればそれなりの金額にはなるだろうから、稼ぎが安定するまでの繋ぎになるって!」

 

 しめた、気づいてない――とアキムは背中を押すため受付嬢に目で合図する。


「そそそ、そうですよ! 家族を養わなきゃいけない貴方を差し置いて私達が貰うなんてとてもとても!!」

「そ、そうか? ……んじゃ、悪いとは思うが俺が頂くかな」


 口ではそう云いつつも、ホクホク顔でキリイは死体の傍までいき懐を漁り始める。

 今まさに窮地を脱したアキムと受付嬢のタッグは、心の中でガッツポーズをした。出会ったのは今日が初めてだが、長年連れ添った戦友を労わる目でお互いを見る。


「――お、おい……」


 ヴェガスがぎょっとした声を出す。

 皆が視線を追うと、キリイが死体から服を剥ぎ取っていた。


「何やってんだお前!?」


 叫んだアキムが急いでキリイを死体から引き剥がす。


「何って、死体から好きに取っていいって云ったのはお前だろうが」

「だからって裸に剥くことねぇだろ! 地下道で俺に云った言葉は何だったんだよ!?」

「――へ? いや、だからちゃんと丁寧に脱がしてるだろ?」

「丁寧ってお前……」


 手から力が抜ける。キリイはそこまで金に困っていたんだろうか……。それとも嫁に裏で虐められてるとか……?

 懐漁りを再開するキリイから誰もが目を逸らした。


「結婚すると男ってああなるのかしら……?」


 サラの呟きが虚しく宙を漂う。キリイ以外は全員未婚者だ。疑問に答えられる者は一行の中にはいなかった。

 

「――おい」

「はひいぃぃぃ!?」


 いきなり話しかけたシドに受付嬢が悲鳴をあげる。 


「ここは傭兵の管理をしている場所で間違いないな?」

「は……い。そうですが……」

「ならば転がっている傭兵の管理は頼んだぞ」

「えええええええええっ!?」


 叫び、慌てて手で口を塞ぐ。そのままぶんぶんと首を横に振った。


「……だから駄賃代わりに貰っておけばよかったのだ」


 初めから死体の処理を押し付けるつもりだったシドは、迷惑料も兼ねて傭兵の金をプレゼントすると云ったのだ。まさか受付嬢が金を受け取らないとは考えもしなかった。

 今更駄目だと云うのはキリイに酷だろう。


「意見を変えたのならお前が直接云うんだな」


 誰に、何を云うのか悟った受付嬢は死体を漁っているキリイを見た。背筋に悪寒が走る。


「奴等の仲間がこないとも限らん。引き上げるぞ」


 シドに云われ、発足したばかりの傭兵団はゾロゾロと引率される新兵のように動き出す。


「ま、待って――」


 下さい――そう続けようとした受付嬢は、振り向いたシドと正面から凝め合う。仮面越しに視線が絡み合った気がした。

 口が動かない。それどころか、身体が勝手に震えだす。

 呼吸をするのも忘れて立ち尽くす受付嬢の異変に気づき、カウンターに並んでいた同僚が駆け寄った。


「どうしたの!?」


 支えようと肩に手を当てた女は、首筋に浮かんだ鳥肌を目にした。

 シドが顔を戻しギルドから出て行くと、腰が抜けた受付嬢は床に座り込む。


「一体どうしちゃったのよ?」

「……わからない」


 声を荒げたわけでも脅されたわけでもない。威圧されたわけでも武器を向けられたわけでもなかった。これまで沢山の傭兵を見てきたが、味わった事のない感覚だ。例えるなら――

 手に持ったままだった用紙に目を落とす。そこには【美女と野獣】とある。


「【美女と野獣】っていうより、【美女と追い剥ぎ】って感じね、寧ろ」


 血だらけのフロアを見渡し、こっそり書き換えてやろうかしら、と愚痴る同僚。

 受付嬢は疲れたように微笑んだ。それは止めておいた方がいいだろう。なんとなくだが、あの男には冗談が通じない気がする。お金を支払い理由をでっち上げれば国王の暗殺ですら鼻唄混じりに引き受ける雰囲気なのだ。

 あの男は、野獣でも追い剥ぎでもない。視線にまるで感情が乗っていなかった。

 

 ――昆虫のような目だ。


 視線の正体に思い至る。あの男の視線は、感情の一切入る余地のない虫の目を想起させるのだ。昆虫は目的の為に活動する自動人形みたいな存在で、彼等のちっぽけな頭には喜怒哀楽の文字は存在しない。

 人間大の昆虫は森に行けば魔物として出会うことができるだろう。だが、それが街中を闊歩しているなんて悪い冗談である。


「……報告するべきかしら」

「当たり前でしょ!」

 

 同僚の受付嬢が指で死体を差す。


「こいつら全員団登録してるのよ!? このままで済むんだったらこの世に剣なんて産まれてないわよ!」   

  

 尤もだ。


「さっさと片付けましょ……。こんな所をこいつらの仲間に見られたら面倒が増えるわ」

「そうね」


 一人を手伝いを呼びに行かせると、残りの者で死体を動かし始める。


「こいつら無駄に重すぎんのよ!」


 ヌルヌル滑る床のせいで引き摺る事もできない。


「これ、まずは血を全部流さないと無理ね」


 膝に手をつき、床を見下ろしながらそう愚痴る。

 視界に誰かの足が入った。


「大変そうだな? 手伝おうか?」

「――ホント? 助かるわ。弱かった癖に無駄に大きいから大変で……」


 云いつつ顔を上げる受付嬢。その顔が盛大に引き攣った。

 そこにいたのは浅黒い肌を鎧に包んだ黒い髪に同色の瞳の三十歳程の男だ。


「あ……あぁ……」

「――ほぅ。こいつらが弱かったのか? そいつは是非とも詳しく知りたいもんだな」


 そう云って血塗れの床に尻をついた受付嬢を見下ろす男の目が、酷薄そうに細められた。

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