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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
23/125

王都にて―地下道からの脱出―

「さぁ、ヴェガスの旦那。今のうちにさっさと殺っちゃいましょう」


 サマルと呼ばれた狐目の男は、そうヴェガスにのたまった。

 

「お姉ちゃん! ――ちょっとアンタ、その汚い手を離しなさいよ!!」


 サラが凄い剣幕で詰め寄るが、サマルはミラの首筋に当てた短剣をこれみよがしに見せつける。


「この卑怯者! 女を盾にするなんてそれでも男なの!?」

「おお怖い。怖いのでちょっと離れてもらいましょうかねぇ」


 エルフ達は悔しさに顔を歪ませながらもそれに従い、距離を取る。


「……サマル、お前今までどこにいた?」

「隠れていたんですよ。何しろあの化け物みたいな犬がうろうろしてましたからね。まぁ、それが結局は功を奏したのですから、人生何があるかわからないものです」

「………」


 シドは目を細めてサマルを見た。現れ方が不自然に過ぎる。離れた場所で戦闘中だったシドが気づかなかったのはともかく、固まっていたエルフが誰一人視界に収めることが出来なかったというのはおかし過ぎる。

 シドはサマルを観察(・・)した。


『……マスター、あの人』

「(わかっている)」


 ヴェガスを見る。土壇場で味方が登場したというのにその表情は晴れない。やり方が好みではないのか、それとも不信感を抱いているのか――


「(――おい、ヴェガス。奴はお前の仲間か?)」


 シドが小声で話し掛けると、ヴェガスも同じように小声で、


「(……そうだ。一応俺の右腕的な立場にいるが)」

「(奴は人間か?)」

「(……なに?)」


 ヴェガスは、何を云っているんだ、こいつは――という顔でシドを見た。


「(何を当たり前の事を。それが一体今の状況とどんな関係がある)」


 嘘をついているようには見えない。その答えを訊いてやり方を決める。


「(助かったという素振りで奴に接近できるか? 面白い事実を教えてやれるぞ)」

「(……いいだろう。どの道そうしようと思っていたところだ)」


 そう云うと、ヴェガスは憎しみを込めた瞳でシドを睨み、


「――助かったぞ、サマル。今回ばかりは俺も死を覚悟したわ」

『プッ』


 演技の臭さにドリスが吹き出す。幸いサマルはそこまで感じなかったようで、ヴェガスが傍に近寄ることを許した。満身創痍のヴェガスはいかにも辛そうな様子で、ミラを人質に取るサマルの斜め後方に陣取る。

 シドはヴェガスと視線を合わせ、次にサマルを見ると口を歪めた。


「――それで、何故お前が俺達の戦いに介入してくるのかが理解できないんだがな」


 それを聞いた周囲の者は、皆シドの正気を疑う目を向けた。


「……理解できないのはこちらですよ。貴方は一体何を云っているんです? ヴェガスの旦那の敵は私の敵に決まっているじゃないですか」

「ほう。つまりお前はヴェガスの味方という訳か……。だが、それはあくまでお前の視点であり、ヴェガスもそう考えているとは限らないと思うのだがな」

「――ハッ。これはお笑い草ですね。私と旦那を仲違いさせようという腹積もりのようですが、考えが見え透いていますよ。こう見えても私は長い期間旦那の下で働いていましてね。それなりの信頼は勝ち得ているつもりです。――少なくとも、殺し合っていた貴方よりは、ね」


 サマルは余裕に満ちた表情を浮かべ、眼鏡をクイと押し上げた。


「つまらない事で時間を無駄にしてしまいました。――さぁ、このエルフの命が惜しければ大人しく武器を捨ててもらいましょうか」

「信頼を勝ち得ているねぇ」


 シドはサマルの要求を無視して続ける。


「騙して得た信頼に頼りすぎるのは如何なものかと思うぞ、高地(ハイ)エルフよ」


 まるで、空気が読めない愚か者が発した言葉のようにそれは響いた。ヴェガスだけでなく、エルフ達やアキムとキリイに至るまで心配そうな目をシドに向けた。

 全てを委細気にせず、尚も続ける。


「魔法で隠蔽しているのか。そんな事まで出来るとは本当に便利なものだ。――だが、魔法の原理は理解できても物理法則は理解できていないらしいな。捻じ曲げている波長とそうでない波長の違いが歪みとなって出ているぞ?」

「バカな事を! 変な云いがかりはやめて頂きたい!!」

「なに、触ってみればわかることだ。都合の良い事に、後ろにお前を信頼している旦那がいるぞ? 疑いを晴らして貰ったらどうだ? 背中を触らせてな」


 クックックと人の悪そうな笑みを浮かべるシド。

 サマルは弾かれたように後ろを振り向いた。


「旦那っ! あいつの狙いは私達を争わせることです!! 真に受けちゃいけません!!」


 云われた男は答えない。ヴェガスは黙ってサマルを眺めている。恐らくその頭の中では、これまでのサマルの言動を吟味しているのだろう。少しでも頭が回るのなら誰にも気づかれずにエルフ達の背後に現れることが如何に難事か理解出来る筈だ。

 ――もう、一息だ。シドはそう感じた。

 右足を振り上げ、ほぼ全開に近い出力で床を突く。

 どのような素材で出来ているかもわからない床に、右足が突き刺さった。床にビキビキと罅が入る。岩盤が割れるような凄まじい轟音に、その場にいた全員が注目した。


「お前達を争わせる? つまらん冗談だ。俺にとってはお前達を殺す事など指一本あれば事足りるのにか? エルフ? ――殺したければ殺すがいい。どこで、誰が、どのような死に方をしようと俺の知ったことではない。俺は、俺の邪魔をする奴を排除するのみだ」


 一歩踏み出す。

 その、異様な存在感にサマルの身体が知らず震えた。


「そ、そんな虚仮威しに怯えると思ったら大間違いですよ!! 後悔しなさい!!」


 台詞を口調が裏切っていた。意識して短剣を握り直したサマルはミラの喉に刃を滑らせる――


「――なっ!?」


 その腕が、巌のような手で掴まれた。

 

「だ、旦那、まさか――」


 サマルの腕を掴み止めたヴェガスは険しい眼差しで己の部下を見下ろした。

 ミラが機を逃さず拘束から飛び出す。


「お姉ちゃん!」


 サラが駆け寄ってきた姉を抱き止める。

 サマルはそれを呆然と見た。


「な、なんで――」

「……確認するだけだ」


 ヴェガスは厳しい目で言い放つ。その手は万力のような力で掴んだ腕を離さない。


「あの男の云っている事は出鱈目です! 長年尽くしてきた部下よりも敵の言葉を信じるのですか!?」

「……確認するだけだ、サマル」


 腕を掴んでいる男の目を見たサマルは溜め息をついた。ヴェガスの性格は熟知している。こうなったらてこでも考えを曲げないだろう。こうなったら云われる通り背中を確認させるしかない。だが、それは――


「――やれやれ、長年の努力がこのような形で無駄になるとはね。本当に、人生とは何が起こるかわからないものです」


 サマルの瞳から懇願の色が消え、冷たいものが混じった。


「……なに? サマル、お前は本当に―――」

「……いい加減、腕を離してもらえないでしょうか。猿に触られていると思うと不愉快なんですよ」

「な、なんだとぉ!?」

「――ピグルっ!!」

「GARUAAAAAAA!!」


 サマルが叫ぶと、道の暗がりから巨大な何かが飛び出してきた。それは、吠えながらヴェガスに飛びかかる。


「うおおおおおおっ!?」


 ヴェガスは慌てて身構えると、その巨大な生き物を受け止めようとした。だが、傷だらけの身体に力が入らず弾き飛ばされる。

 サマルは自由になった腕をさすると、ピグルと呼ばわった生き物に寄り添った。その背には、最早隠す必要がなくなった四枚の翅が後ろに真っ直ぐ伸びている。


「で、でけえ……」


 アキムの唖然とした声。

 現れたのは、体高が人の背丈よりも高い屍猟犬(ハンター)だ。人の頭部を一呑み出来そうな大きさのそれは、守るようにサマルの前に立つ。


「ぐっ、くそったれめ……」

 

 ヴェガスがよろよろと立ち上がった。燃えるような瞳で自分を騙していた相手を睨み付ける。


「絶対に許さんぞ、サマル! このままで済むと思うなよ!!」

「ふん。たかが亜人が我々に抗えると思っているのですか? これだから寿命の短い種族は嫌いなんですよ。歴史に学ぶということがない」


 サマルと対峙するヴェガス。その横にシドが並んだ。不敵な笑みを浮かべる。


「犬が一匹増えたぐらいで随分と強気になったものだな、――羽虫が」


 サマルの眉がピクリと引き攣った。


「……挑発には乗りませんよ」


 気持ちを鎮めるための癖なのか、眼鏡を押し上げる。


「貴方は警戒に値する。長年生きていますが、貴方のような人間は見たことがありません」

『人間じゃないんですけどね……』

「御託はいい。さっさとかかってこい。サービスだ、飼い犬諸共あの世に送ってやる」

「………」


 サマルの額がじっとりと濡れた。目の前の得体の知れない男と戦った場合の勝算を計ろうとするも、先程までの戦闘では相手が小さ過ぎて碌な情報が得られなかった。わかったのは理解を越えた腕力と体力、そして魔法による隠蔽を素で見破るという非常識な感覚の三つだ。その時点でただの人間では有り得ないし、それならそれで種族としての特性を知らねば徒にこちらの情報を与えるだけになる可能性が高い。

 地下道で見つけたピグルに目をやる。今なら、これに乗れば確実に逃げ切れる。粘着質な背中に跨るのは非常に不快だが、背に腹は代えられないだろう。


「……済みませんが、急用を思い出しましてね。今日の所はこれで失礼するとします」


 そう云ってピグルに跨ると、賢い屍猟犬は主の意を汲み取り、間髪入れずに走り出した。――シドから最も遠い出口へ向かって。


「ちょ!? こ、こっちくんなよ!!」


 進路上にいたキリイが顔色を変えて逃げ出す。


「待てやコラァ!!」

「――やめておけ。もう追いつけん」

「……くそっ!」


 悔しがるヴェガスに背を向け、エルフ達の元へ。

 ミラの顎を指で持ち上げ、首筋を見る。


「――ちょっとアンタ!? お姉ちゃんにナニするのよ!?」

「状態を確認しただけだ。……何故お前が赤くなる」

「うっさいわね! そんなことよりこの手を離しなさいよ!!」


 サラが腕を抱え込み、引き剥がした。シドはさして抵抗することもなく、


「問題ないようなら、兵士達から水と食料を受け取れ。地上に戻るぞ」


 ポーッとしているミラに云う。


「……はい」

「おおおお姉ちゃんしっかり!」


 騒いでいる姉妹は放っておき、兵士への対処に回る。

 皆、シドが近付くと不動の態勢になり横一列に並んだ。


『……なんで大男やあの二人も並んでるんです?』

「(……さあな)」


 理由は本人達にしかわからないだろう。


「まず水と食料を分配しろ。それが終わったら地上迄の案内だ。アトキンスと騎士、兵士達は高地エルフとその下僕の化け物にやられた――そういう事にする。いいな?」

「了解しました!」


 声を合わせ返答する兵士達。釣られてアキムとキリイは敬礼をしてしまった。


「……それで、お前はどうするんだ?」


 問われたヴェガスは前方の床を見た。魔法で成形された床が抉れ、周囲に罅が入っている。


「……先程、お前がいった提案を受け入れよう」

 

 俯き疲れたように云う。予想外の事があったせいで気力が萎えてしまったらしい。


「そうか。ならば――」


 シドは一番近い位置にいる兵士に目配せする。


「――お前、こいつを治療してやれ。道具を持っているならな」

「――ハッ!」

「では、総員行動を開始しろ」

「――ハッ!!」


 そう云うと動き出す兵士達に目を光らせ始めた。

 冷徹に命令を下す様子。恐怖からなのか当たり前のようにそれに従う兵士。そして、後ろから駆けてくるエルフ達。

 アキムは垣間見たシドの片鱗に、これからの未来を感じずにはいられなかった。   


間違って日曜だと思っていました。


次の更新は金曜か土曜日です・・・・・・

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