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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
125/125

ミルバニアにて―王とシド・陸―

「クッ――クハッ、クハハハハッ!」


 栄養状態の良さそうな男の笑い声が、戦場の湿っぽい空気を震わせる。実用性と豪奢さを兼ね備えた金と黒の鎧に身を包み、深く被った兜のスリットから覗く狡猾そうな瞳は歓喜に歪んでいた。


「閣下。兵の目がありますれば……」

「わかっておる!」


 しかし一旦は止んだ笑い声は、またしばらくすると思い出したように再開される。


「くくくく! なんというザマだ、ジェイン! 日頃大層な口を利いていたくせにこの体たらくか!」

「………」


 呆れたように口を閉ざしたスパークの様子に気づかないわけではない。だがゴドフリーには既にそんな心配は無用だと考える。


「そんな顔をするな。云いたいことはわかっている。だが奴はもう終わりだ。死ねば命をかけて擁護するものがいくら残る?」


 今、ゴドフリーの目の前では目の上のたんこぶのような王の軍勢が嵐に立ち向かう枯れ木のように薙ぎ倒されている。ぱっと、一目見ただけでただごとではないと理解できる規模の損害を一撃で出し、それは今もなお継続中だ。


「これまで我慢してきた甲斐があったわい!」

「しかし閣下。こんままでは我らまで……。これからあそこに突撃せねばならないのです」

「そんなものは無視しておけ! ――いや、待てよ」


 ゴドフリーは素早く思考を回転させる。年齢的にこれが最後の機会だと思う。最大の機会でもあるだろう。焦りで滅裂となる思考を欲と時間が追い立てて己の望みを形にしていく。


「今あからさまに見捨てればジェインは撤退するやもしれんな。それではいかん」


 ゴドフリーは戦場を眺めながら、スパークにも聞こえるようにぶつぶつと呟いた。


「勝利を信じていると思わせる動きをすれば臣下の手前ジェインは逃げるわけにはいくまい。少なくとも勝ちの目があると思われているうちは、な。その隙に分けた軍で王都へ入り、王妃と第二王子を押さえれば……」

「お言葉ですが閣下。まだ王が負けると決まったわけでは……」


 あまり大きな声では云えないのか、スパークの言葉は囁き声だ。


「もし王が勝利を収めた場合、首を斬られてしまいますぞ」

「主を脅すとは何事だ貴様! それにそんなことにはならん! ――見ろ!」


 ゴドフリーは腕を上げて戦場を指し示した。

 そこでは敵の大男が、自由に空を駆けながら背中に背負った箱と担いだ棒で味方の兵士を粉々に砕いている。味方の兵は背中を見せて逃げ惑い、敵の一撃はそれを粉砕してその先の温存してあった部隊にまで達している。もはや安全な場所などなく、敵が武器をこちらに向ければゴドフリーの命さえ風前の灯火だ。


「見事なまでの敗走っぷりではないか。今さら出張ってきたとて兵どもはもう使い物にならん。しかも敵は軍勢を温存してこれなのだぞ」

「ですがっ――」

「わかっていると云ったろう。敵のあれは永遠には続かん。もし制限がないのなら騎士団相手に使用していないのはおかしいからな。つまりジェインが勝つ可能性はいまだ残っている」

「では王が勝った場合はどうなされるおつもりなので……?」

「例え勝ったとしてもまともな軍のいない奴を始末するのは難しくない。そもそも俺の目論見通り事が運んだ場合はジェインを殺した敵を相手にせねばならないのだぞ。勝つ算段なくして動くものか」

「しかし王都には近衛の一部が残っておりますが……。奴等は王に加勢しましょう。それを止める力は残念ながら我等には……」

「お前にそこまでは求めておらん」


 ゴドフリーは顔を背けた。スパークはいい腕だがあくまで一般の兵士に比べてだ。魔法を使う兵士達に囲まれればその姿は霞んでしまう。


「ジェインより先に王都に入り、奴か敵のどちらかがやってくるまでに準備を終わらせておくのだ」

「……準備? 何の準備ですか?」

「馬鹿か貴様は! さっきから質問ばかりしおって! その頭は飾りか!? ああん?」


 ゴドフリーはスパークの額を強く小突きながら唾を泡立てて云う。


「もちろんジェインか、奴を始末した天晴な敵を殺す準備だ。――いや、その前に近衛どもだな。前々から舐めた態度が許せんと思っていた。奴等の一物を切り取って王妃の口に捩じ込んでやる」

「で、ですから閣下。いったいどうやって――」

「いるではないか」


 ゴドフリーはスパークの頭を上から押さえ、低くした声を耳の穴に注いだ。


「状況次第では王に匹敵する力を持った奴等が複数。王都に」


 侯爵の言葉の意味するところに気づいたスパークははっとなる。


「し、しかし奴等は人間では……。それにどうやって協力を――」

「説得は俺がやる。低能な魔物どもが雪崩込めば奴等とて不愉快に思う筈だからな。どのような種族であれ、まがりなりにも他者の上に立っている者達だ。道理がわからぬわけがない」

「なるほど……」


 スパークは唾を飲み込んで訊ねる。


「では動くのはいつからになさいますか?」

「そういう質問なら許そうぞ。そして動くのは今からだ。軍を二つに分けて片方を敵へ、もう片方を城に戻す。城に戻したほうをさらに二つに分け、一方は王都に先行、残りは家財や一族とともに城を脱出させる。ガードルは捨てるぞ」

「かしこまりました。それで私の役目は……?」

「指揮官は一人残す。突撃する兵士をまとめて打撃力を維持せねばならんからな」

「では同僚のミーインを残しましょう」

「……まあいいだろう」


 あっさりと同僚を切り捨てたスパークに、ゴドフリーの眉がぴくりと動く。だが今は一刻を争う状況だ。味方は壊乱状態で、王は直に継戦か撤退かを決めるだろう。意思決定にかける時間はあまり残されていない。


「お前も悪だな、スパークよ」

「いえ……閣下には及びませぬ」


 掛けられた言葉にスパークはぼそりと答えたが、運良く侯爵の耳には入らなかったようで、彼は上機嫌に、


「何から何まで我らに有利に働いているぞ、スパークよ! 俺が王になったらお前を近衛隊長――いや、同じ名前では芸がないな……よし! 聖騎士に抜擢してやる! 聖騎士スパーク! いい響きではないか! 最高の親孝行だ!」

「ありがたき幸せ」


 返したスパークはすぐに人を呼んで侯爵の鎧を脱がせ、目立たぬよう脱出する用意を整えた。その後、


「いいか。これから閣下は極秘任務のために身分を隠して動かれる。お前は閣下がお戻りになるまで代わりを務めるのだ。――なに、指示は受けている。お前はただそこにいるだけでいい」


 ――と、嘘八百を並び立ててその鎧を着せた将を目立つ所に配置する。


「今こそ天の時よ! 俺の時代が来るぞ!」


 猛る侯爵を尻目に、スパークはこれから己がやらねばならない役割に盛大な溜め息をついた。





 








 数的に、一発の弾丸で四~五ほど殺すことを目標としているシドは敵の前面を横に移動しながら立て続けに撃つ。

 発射するたび衝撃波が大気を歪ませ、地面の砂を巻き上げて視界を悪くする。発射された弾丸は射線上に位置する全ての敵の肉体をバラバラに吹き飛ばし、虚空に消えるか土中深く食い込んで至近に礫を雨霰とぶつけた。

 武器の性質上外れたところにいる敵は安全だが、直接狙われなかった者達が自由に行動できたかというとそうではない。彼等を辟易とさせたのはシドの背後から出る噴射炎で、銃ほど指向性が与えられていないそれは周囲の者の鼓膜を破壊し、一時的な聾者とする。

 判断基準の一部を奪われた敵はシドの行いを正確に把握しきれず、横合いや背後から盛大に声をあげて襲いかかったが全て無視された。物理的にシドの動きを止めるには質量と速さのいずれかに勝っていることが最低条件だったが、そのどちらも敵には用意できないのだ。

 一度地を蹴れば重い体躯が綿毛のように軽やかに舞い、最適な位置を確保する。上下左右の区別なく、時には横臥し、あるいは逆さまになった状態から放たれた銃弾は初期には散開しつつも向かってきていた敵を相手に秒間二桁の死者を出し、敵が背中を向けて逃げ出し始めてもそれは変わらなかった。

 複数段に分かれていた敵は跳ぶシドを追って崩れたが、銃撃がそれに拍車をかける。敵は隊列という言葉の意味を忘れてしまったようだった。だが面白いことに混乱があるレベルに達すると逆に動きに統一感が見え始める。

 しかしそれは寧ろシドにとって都合がいい。冷静な思考を彼方に放り投げ、本能の命じるままに逃げる敵は図ったように同じ方角へ向かい格好の餌食となる。多少目立つことになるが一人なら狙われまい――と考えても、同じ結論に辿り着いたものは他にもいたし、狙われないなら狙われないでそちらが安全だと見て取った兵士達がこぞって後を追い、終いには他と似たような光景が展開されるに至る。

 敵集団のいた辺りは巻き上がった血で烟って赤い霧がかかったかのよう。直接は浴びていない筈なのに体表は血でぬめり、雨に打たれたように濡れている。地面には肉片や下半身が散乱していた。

 そうして、始め、空から降って湧いて出たように大量にいた敵にも数の限界がおとずれる。最早向かってくる者は勇者ではなく無謀の徒であり、それがわかっているから誰もシドに近寄らない。運良く遠くに逃げることができた兵士は決して振り返らず、そのまま近くの戦友と一緒になって西の城塞へと姿を消した。

 一方シドは北から向かってくる新手の集団に気づき、数十発浴びせて勢いを削ぐ。正面の徴集されたと思しき様相の集団はほぼ瓦解し、その後方にいた整った陣容の敵集団にも多少の損害が出ている。一方北側の集団は参戦したばかりで、なおかつ味方との間にシドを挟んでいない。

 掃討先をどちらにしようか思案したシドだが、生憎その必要はなかった。


「放てぇっ!」


 微かに聞こえた号令と、弦の弾ける音。次いで矢羽が風を切る音が近づいてくる。

 数百の矢が山なりにシド目掛けて降ってきたが、シドが地を蹴るとそれを補助するスラスターによって爆発的な推力が発生し、その姿は矢の落下地点から消失した。間髪入れず、反撃の一矢――銃弾によるものだが――を発射地点に向けて撃つ。

 破裂音はせず、音の壁、熱の壁を破壊した衝撃とプラズマの足跡だけが攻撃したことを示す。

 敵集団の先頭に赤い花が咲いたが崩れない。そしてシドのいる場所に矢に続いて火の玉が飛んできた。外れたところに向かうと思われるものも方角を変えてシドに向かってくる。

 地に足で線を引き、勢いを殺しながら発砲していたシドは推力によって推力を打ち消し、力技でさらに位置を変えた。

 踏みしめる足は大地を穿ち、合間合間に放たれる銃弾は敵を穿つ。

 負けじと敵が放った岩塊を躱し、雷撃は喰らう。

 シドが意識すると銃身が膨れ上がった。密集していたパーツが空隙を持ち、バックパックから排出されていたリングベルトの雨が止んだ。

 挿弾子によって保持された弾丸はパルス信号によってタイミングを決められ給弾されるが、化学式ではないこの銃は薬莢を排出する必要がなく遊底の役割は少ない。例えそうであったとしてもガス圧は真空では出ず、この銃の反動は遊底ではなくまず銃身にくるからだ。その遊底がずれていた銃身と一体化し、最大の口径を描き出す。

 背中からゴトリと重いものが転がる音が聞こえた。

 シドは銃口を空に向けると、四秒に一発の速度で五度、発砲する。

 その姿を見ていたものは敵味方を含め、呆けたように顎をあげた。弾影を追って視線が空に向かい、見えなくなった対象を探して瞳を眇める。

 だが数千メートルの上空で何が行われているかを想像できたものは一人もいなかった。



 ――運動エネルギーを失った弾丸は、瞬間、空中で静止し、次に重い前方を下に向けて加速を始める。

 シドは返ってきたレーザーによって通信が確立した旨を知る。同時に状態を表示するアイコンが視界に浮かんだ。返信をしたのは弾体内部にある百八十の弾子で、内部に組み込まれた加速度計とジャイロスコープからなる慣性プラットフォームが作動を始め、解放の時を待つ。

 シドと親弾による指令誘導を受けた弾子は地上八百メートルでネットワークを形成し束縛を解かれる。バラ撒かれたその全てが個々の目標を与えられており、弾着が被ることはない。計九百のロケットに火が入り、雷のように地上へ向かった。

 元々シドの戦っていた戦場では装甲化されていない敵は皆無といってもいい。この兵器も装甲歩兵掃討用だ。にも関わらず、圧倒的に質量と加速時間が足りていない。だが弾子は命中の直前、能動的に信管を作動させる。炸薬は指向性爆薬だが向きは外ではなく内だった。形状の問題から爆薬レンズを使用しない自己鍛造弾で、製造の段階から弾性限界を越えて封入された可塑性を持った冷間メタルジェットが圧力から解放され、非金属体に空いた穴の形に従って成形される。その収束率を維持するため、弾丸は大気圏内では空気抵抗を利用した外装スリーブの回転でジャイロ効果を得ていた。


「――うん?」

「なんだ――」


 阿呆のように大口開けて空を見上げていた敵兵が、侵徹体を頭から受けて挽き肉と化す。

 撃破率は九十五パーセントを超えた。標的となってなお生き残ったのは極一部で、それは超常的な手段で物理的に防御したものか電子の目をすり抜けたもの達だった。そしてそのうちの一人が声高に叫ぶ。


「――全員突撃しろ! 接近すれば今の技は使えん!」


 云い終わった瞬間、その敵の上半身が消える。

 それに気づいた兵士が慄きながらも代わりに命令を出そうとするが、同じ末路を辿った。

 戦意を維持した敵は針の穴をも見逃さないシドの眼から永遠に逃れることはできない。シドは黙って戦場の変化を拾い、敵が見せた尻尾を確実に掴んだ。

 そして僅かな生き残りの始末が終わるとみるやさらに後方の敵に目標を変える。最前列から順に装備が良くなっているが、その敵兵の格好には見覚えがある。


「せっかく逃れ得た命を捨てに来たか」


 その場所へ、派手な音を立てて別の弾が着弾する。数人の敵を吹き飛ばし、集団のほぼ中心で地面に対し斜めに突き刺さっているが、その弾底から黄色い煙が吹き出す。

 重みで澱んだ雲が地上に出現し、あっという間に兵士達の姿を隠した。


「――ゴホッ、……なんだ、これは?」

「ガハッ――ぺっ。い、息が――」


 効果が現れるのは極めて早い。時限式の腐食バクテリアはまず外側の金属に喰らいつくが、そこはすぐに埋まってしまう。生き残りの兵士達は灼けつくような痛みを感じ、やっとこれがただの色付きの霧でないことを悟った。

 柔らかい粘膜部分から溶け出し、その後大部分を占める皮膚へ。転がってのた打ち回り、狂ったように目と喉を掻き毟る。最初に目が見えなくなって幸運だった。露出した肉を掻き毟る兵士達はもう痛みを感じてはいない。今あるのは、それ以外の何も考えられなくなるほどの猛烈な痒みだ。

 半ば剥き出しになった神経が与える、痒いところを掻き毟る快感を感じながら兵士達は取り返しの付かない状態へと変わっていった。

 影響の少なかった外縁部で、苦しむ仲間を凝視しながら後退っていた兵士の一人が背中を見せる。

 それを皮切りに復讐の意図に燃えていただろう騎士団から戦意が失われた。一歩でも遠く、一秒でも早く、この場から離れようと脇目も振らず走り去る。

 敵精鋭のその姿は、自身の世界を肯定するシドにとって愉悦を感じるものでしかない。


「フハハハハ、怖かろう。いかに鎧を纏おうとも、心の弱さまでは守れぬのだ」


 シドがバクテリアの雲に突入すると、それだけが対策外にある外皮の残骸が溶けるように小さくなっていく。視界を横に滑らせながら動くものを探索していると反応がある。

 捕捉するのと発砲はほぼ同時だ。しかし――


「む……」


 突風が吹き、雲が消える。そこに十ほどの敵影。


「――来たか」


 魔法力を維持した敵が生き残っていると確信していたシドは続けて撃つ。

 ――が、敵は既に銃の特性を掴んでいるようで、銃口の向きを注視し、決して射線上に身を置こうとしなかった。 


「よくも動く。予知能力者とでもいうか」


 しかし全員が全員躱せたわけでもない。速度故に考える暇がなく、直感で動かねばならない敵はお互い同士で機動を阻害し合い、停止したところを撃たれるものもいた。

 シドは地を蹴って背後に跳躍。視界の範囲を広くし、さらに四度、五度と発砲する。

 その軌跡を追う影が二つ。


「貴様ぁー!」


 怒髪天を衝く勢いで怒りをあらわにする白く輝く男と、それとは真逆の真っ黒な装束の男だった。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] こっからの戦いがどうなるか何度も妄想してしまうくらい結構おもろかったんだけどな
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