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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
100/125

ミルバニアにて―魔法―

 白いもやに包まれ、死んだように佇んでいた村。一方の入り口には歩哨が寒そうに雨に打たれていて、シドはそのうちの片方目掛けて手に持った槍を投げつけた。

 皮で補強された木製柄の槍は本来の持ち主であった騎士達の手元へ喜び勇んで飛んでいき、格子の隙間から飛び込んですらりとした穂先を敵の胸甲に埋めた。

 あ、という感じで口を開けた騎士は巨人に殴られたように後ろに吹き飛び、その傍らにいた騎士が咄嗟に反応する。


「――てっ、敵襲だーっ!」


 あがった叫びは廃墟の如き村内に虚ろに吸い込まれた。

 シドが重量のある己の槍で一撃、二撃と閉ざされた格子門をノックすると、雨音を打ち消して轟くような衝撃音が響く。


「押さえろぉっ!」


 生き残りの見張りがそう云って門の裏に回り、そこへ慌てて集まってきた騎士達が加わる。


「槍だ! 槍を持ってこい!」


 幾人かが似たような指示を出し、その狙わんとするところに気づいた騎士達は門を押さえている仲間の背後から槍を突き出した。

 雨に濡れた穂先が五、六本ばかり、格子の隙間を縫うようにシドの体躯を穿たんと迫る。


「………」

「………」


 ――束の間、両者は戦いのことを忘れた。

 騎士達は目の前で展開された光景に目を丸くし、その様子にシドは首を傾げる。

 髪を濡らす雨が顔を伝って顎からぽたぽたと滴るが、興奮と緊張で空腹を忘れたように見える騎士達は目に入る雨など気にも留めずに、


「――くそっ! 届かないぞ!」


 穂先はシドの眼前で宙に停止していた。リーチが足りなかったのだ。

 そしてその頃になると、シドの後ろでようやっと駆けつけたエルフ達が土を蹴立てて弓を構え、ぎりぎりと弦を引き絞る。


「全員退避だーっ!」


 最前列の騎士が怒鳴り、狂騒にかられたように闇雲に後ろにさがろうとする。

 期を逃さずシドが門を突くと閂が折れ、僅かに隙間が開いた。


「門を押さえろーっ!」


 後ろであがった声に、退避を叫んだ男は望みとは逆に門に押し付けられる。


「ば、馬鹿っ! 矢が――」


 何十本という矢が門の付近に集まっていた騎士達に向けて無造作に放たれ、直進軌道を描いて格子や柵の隙間から飛び込んだ。

 針鼠のように矢を生やした騎士は倒れることもできずに事切れる。


「一旦後退しろ! 中に入れるんだ!」


 潮が引くようにわっと騎士がいなくなり、シドは格子に手をかける。さほど力を込める必要もなく門は開いた。

 村内に足を踏み入れると槍を構えた騎士達が半円を描いて待ち受けている。家々からこれでもかと飛び出てくる騎士がそれに加わりその数は増々膨れ上がった。彼等の顔には座して飢えるよりも戦って活路を開いたほうがマシだという決意に満ちており、腰が引けている者は皆無だ。

 シドの側ではオーク達が村の外に姿を現し、エルフ達は村に入らず柵の外側から狙いをつける。

 村の別の方角からも戦いの声が響いてくるが、両陣営が睨み合うここは同じ村とは思えないほどに静かだった。


「ついに姿を見せたな、この賊めが!」


 騎士を掻き分けて一人の壮年の男が歩み出る。マントを羽織ってサッシュを身につけ、兜からも仰々しい飾りが伸びており、それよりは少し控えめな装飾の騎士が数人周りを取り巻いていた。

 騎士団長とその麾下の隊長連中である。


「まんまと策に嵌まりおって!」


 騎士団長は余裕に満ちた表情でシドに云い放つ。


「今までいいようにやられていたのはこそこそと逃げまわる貴様等を捕まえられなかったからだ! こうやって相対したからには貴様等の運命もここまでだと知れ!」

「愚かな男よ」

「なにぃっ!?」

「情報力で上回っていたこちらが姿を見せたという事実が何を意味しているか、理解できんようだな」

「援軍を恐れたのであろうが! 合流されては勝ち目がないから現れたのであろう!」

「そうだな。つまり合流する前なら捻り潰せると考えたわけだな」

「………」

「お前達、北に王族を逃しただろう?」

「……なんのことだ?」

「とぼけても無駄だ。お前達が何を考え、どのように行動したかは全て把握している。お前達はどうやら足元を疎かにし過ぎたようだぞ」

「……訳の分からぬ妄言をほざくな! こちらを動揺させようという腹づもりであろうが、その手は食わん!」

「いや、お前にはわかっている筈だ。お前達がここへ来てからの――いや、来ると決まってからの情報は全て筒抜けだった。それによく考えてみろ。王族が僅かな護衛と共に北に逃げているとわかって敢えて見逃したこちらの意図を」


 シドは顎を撫でながら残念そうに呟いた。


「可哀相に。逃げた奴等は味方だと思っていた奴等に裏切られて死ぬのだ」

「ええい、黙れ黙れ! お前の言葉が真実であるという証拠などどこにもない! これ以上聞いていると耳が腐るわ!」


 騎士団長は怒りに目を吊り上げ、右手に持っていた剣をシドに突きつける。そして呪文を唱えた。


「『万地の剣エンバーメントアームズ!』


 騎士団長の剣から光が溢れ、円形に周囲の地面を染め上げる。それは地面だけに留まらず、何もない空間にすら影響を及ぼしたようで、降り注ぐ雨が綺麗な扇形に切り取られているように見えた。


「どうやら状況がわかっていないようだ」


 効果を推し量ることができなかったシドは相手が指揮官だと当たりをつけて話す。さっと右手をあげるとエルフ達が一斉に弓を目の前の男に向けた。


「それとも己の腕に余程の自信があるのか」

「やってみるがいい!」


 騎士団長は怯まない。いきなり射られるのならともかく、合図を待っての斉射なら防ぐ自信はあったのだ。

 奇しくも、両者は名乗っていないにも関わらず相手の地位を推測し、それに併せて勝機を見出そうとしていた。

 ――シドは指揮官をいの一番に殺すことで

 ――団長は最初の斉射を自らが請け負うことで


「……止めておこう」


 シドは静かに手をおろす。魔法を使った上でのこの態度。そんな相手に予期できる攻撃を仕掛けるのは時間の無駄だろう。


「どうした!? 怖気づいたか!?」

「まさかな。むしろその逆だよ」

「なに?」

「俺と勝負をしないかね?」


 と、シドは相手に一騎打ちを申し入れた。


「勝負だと!?」

「そうだ。俺とお前だけでな」

「……そんなことをして何の意味がある。云っておくが負ければ降参するなどというふざけた条件を飲むつもりは――」

「そんなことは云わんよ。お前達が魔物と呼ぶ相手に頭を垂れるとは思っておらぬし、そんなことを宣言されても信じることはできない」

「ならばこちらのメリットは――」

「あるではないか。先の行動からわかるようにこちらの指揮官は俺だ。本来ならば決して相容れぬ、エルフと魔物と呼ばれる者達が行動を共にしているのも全て俺の為せる業よ。その軸たる俺を始末できればこの戦闘におけるお前達のアドバンテージは計り知れない。――そうだろう?」

「………」

「そしてこちらがそうならお前達もまた然り。見たところお前が一番上のようだ。戦闘において指揮官不在の状況はお互いに望むところの筈だが」


 騎士団長はじろじろと凝めて敵である大男を推し量った。相手の言葉には素直に納得できる。至極当たり前のことを云っているに過ぎないからだ。しかしそれ故に絶大な自信を感じた。自分が死ねば瓦解すると宣言したうえで一騎打ちを申し込んでくるとは……。

 騎士団長は大いに迷う。悔しいが味方は不利な状況だ。腹を空かしているし、それに追い打ちをかけるかのように冷たい雨に打たれている。敵も濡れてはいるが、受ける影響を同じと考えるわけにはいかない。それにもしこの大男が自分より強ければ、その状態で戦うこちらに勝ち目は薄い。

 そこまで考えた騎士団長はこの申し入れの本質を理解した。大男がこうやって自ら申し込んでくるからには、相手は敵の最強戦力である可能性は高く、この勝負は要は、戦の勝敗を決める戦いではなく、勝者にはより完璧な勝利を、敗者にはより惨めな敗北を与えるためのものなのだ。この一騎打ちに勝てるようならこのまま戦っても勝てるし、一騎打ちに負けるようならこのまま戦っても負ける。少なくとも相手はそう考えている。


(ならば――)


 もしそうならば、騎士団長の答えは決まっていた。


「その勝負、受けて立とう!」


 堂々と宣言する。


「――そう、こなくては」


 騎士団長の返答を聞いたシドはじっとりと笑った。減らせる損害は減らす。それがシドのやり方だった。ここでは後方に引っ込んでいて得られるものより、前方に出て得られるものの方が多い。


「団長!」


 傍の騎士達が思い止まらせようと声をあげる。


「わざわざ団長自らが出ることはありません! ここは私が――」

「そうです! このような賊如きに!」

「いや。俺がやる」


 しかし騎士団長は、


「力の差は、あればあるほど勝った時には士気があがろう」

「――なるほど! 確かにそうですな! 圧倒的な力の差で敵首領の首をあげれば賊共は必ずや浮足立つでしょう!」


 あっさりと信じた麾下の隊長達に、騎士団長は思わず浮かんだ渋い顔を隠す。必ず勝つと決まったわけではないし、何より他の騎士を戦わせて負けでもしたら無為に戦力を失うことになる。

 騎士団長には、負けたからといって次の対戦相手を用意するような真似をするつもりがなかった。例え敵が何の罪もない村人を殺した外道であろうとも、こちらまでそうなっていいとは思っていないのだ。


「別に誰が来てもいいのだぞ? 団長であるお前より強い者がいればそいつを出すがいい」

「俺が一番強い。俺が戦う」


 そう答えた騎士団長に、シドは頷いた。これは都合がよかった。現在この村で行われているような戦闘においては、最強戦力の撃破は大きな意味を持つ。しかし同時に、配下の組織の在り方について忸怩たる思いを抱いた。敵もそうだが、こちらも同じだ。戦場において最上級指揮官と最強戦力が同一人物なのは褒められた状態ではない。


「ならばさっさと始めようか。こうしている間にも、別の場所ではお前達の仲間が次々に殺されているだろうからな。勝敗が決した後ではお前を殺しても虚しいだけよ」

「ほざけ! お前の首を持って援護に駆けつけてやるわ!」


 前に一歩進み出た騎士団長とシドは睨み合った。他の騎士達は距離を取って戦いの行方を見守る。


「――む。少し待て」


 不意に、騎士団長が眉を潜めて待ったをかけた。


「どうもこれは公平じゃない」

「……なにがかね?」

「俺は既に魔法を使っている。つまり準備を終えているわけだ。このまま勝負に入って卑怯者の誹りを受けては敵わん。お前も一つ魔法を使え」

「必要ない」

「これは必要かどうかという問題じゃないんだ。条件を同じにしなければ公平な勝負とは云えない」

「………」


 これはこちらの手の内を知ろうとする策略だろう――そう、シドは推測した。ここで申し出を断れば、相手は、もしかしたらこちらは魔法が使えないのでは、という可能性を考えるだろう。もしくは、あらかじめ唱えておく形の魔法を使用できないと思うかもしれない。勿論魔法には、ミラが説明した通り必ず詠唱しなければならないとは限らない。しかし戦闘中にいきなりそれを使われるより、今ここで使わせたほうが対策は立てやすくなる。実際にシドも、騎士団長の魔法を目の当たりにし、自分を中心とした球形範囲内に何らかの効果をもたらすものだろうと見ているからだ。

 だが、だからといって断るわけにはいかなかった。仮に魔法が使用できないと事実を述べても、敵の攻撃を受けて何のダメージも負わない姿は魔法を使っているとしか見られない。それで勝っても敵の士気は挫けるどころか増しに増すだろう。ここはやはり――


「心配無用だ。俺はもう魔法を使っている」


 ――シドは嘘をつくことにした。


「――なに?」

「わからんのも無理はない。俺の魔法は無詠唱で、ここへ来る前に使っている。これで問題はなくなったな」

「待て! 待つんだ!」


 騎士団長は慌てて手をあげてシドを止めた。 


「始める前にその魔法の名前を云うべきだ! そうでなくては公平な勝負とは云えない!」

「………」

「お前はこっちが使った魔法の名前を知っているじゃないか! こちらだけ知らないのは不公平だぞ!」

「効果まで知っているわけではない」

「それでもだ! 魔法につけた名前や光からバレている可能性だってあるんだ!」

「………」

「どうした! 云え! それともまさか自分だけ相手の魔法を知りながら戦おうというのか!? それでよく一騎打ちを申し込めたものだな! お前の配下はさぞかし失望しているに違いない!」


 大声で喚く騎士団長にシドは、


「……仕方のない奴だ」


 しかし台詞とは裏腹にさして困った風でもなく云う。


「そこまで云うなら教えてやろう。俺が使っている魔法をな」

「よし。――では、それを合図に戦闘開始としよう」

「結構だ」


 シドと騎士団長はお互いいつでも戦闘開始可能な態勢で武器を構えた。シドは左足を前に、右手の槍を腰に引きつけ、騎士団長は右手の剣を無造作に持って、左は無手のまま、前傾姿勢をとっている。


「俺の使っている魔法は――」


 声を出しながらシドは、これは嘘ではないな、と思った。科学も魔法も所詮は言葉に過ぎない。主観によって指すものは変わってくるのだ。この世界の人間にとってはシドの知る科学よりも魔法のほうがより身近だろう。魔法を見ても驚かないが、科学を見れば驚く。そしてシドはその逆である。言葉は違うが中身は同じだ。シドにとってこの世界の魔法がまさしく魔法であるように、この世界の人間にとっては科学はまさしく科学。つまり、シドにとっての魔法は、この世界の人間にとっては科学なのだ。

 ――故に、


「『I'm(身体は) thesteel(鉄で) ofmyarms(出来ている)


 それが、シドの持つ魔法の名前だった。   

  

 


 

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