第2話:故郷に残してきた嫁が浮気!? マジ……?
剣聖として魔王を倒し、三年ぶりに帰った故郷の自宅で、妻が見知らぬ男とキスをしていた。
「リーズ……これはどういうことだ……?」
浮気……してたのか?
確かに三年は待たせるには長かったかもしれない。
それでも、各地を救って得たものは全て村に……妻のためになるようにしていた。
少なくとも金銭面での苦労はなくなったはずだ。
明日をも知れぬこの世の中で、きっと彼女の助けになったはず。
それなのに……。
「あら、帰ってきたの」
なんだよ、そのめんどくさそうな目は……。
「三年の約束は今日までのはずだ」
「ごめんなさいね。彼とはもう半年になるの。子供もいるわ」
リーズは微かに膨らみ始めたお腹をさすり、ニヤリと口の端を歪めた。
「ちょうどよかったわ。離婚して」
「そんな!? なんでだよ!」
「なんで? そんなこともわからないの? 貧乏剣術訓練所の嫁なんてもう嫌なのよ!」
う……うそだろ……?
「ずっといっしょに育ってきた幼馴染で……結婚した時は一緒にいられるだけで幸せだって……。狩りで獲物もとってきていたし、村で暮らしていく分には十分な金額だっただろう! そりゃあお前は村長の娘でオレは親なしだけど、そんなことを気にする人は村にはいなかった!」
「私もそう思っていたわ。でも、ガイに出会ってしまったの」
リーズはとなりの男の胸にそっと手を置いた。
ガイと呼ばれたその男は、オレより5つほど年下だろうか。
スマートな体格で顔も悪くない。
二十歳を越えた独身男が肩身の狭い思いをするのは、都会であっても同じはず。
なにか問題があるに違いない。
彼はリーズの肩を抱き、小馬鹿にしたような笑みでオレを見た。
「彼はあの貧乏平屋をこんなお屋敷に立て替えてくれたのよ?」
「10年一緒に過ごした家を、別の男に建て替えさせたのか!」
「彼はいくつもの国からこの村に仕事を持ってきてくれるの。彼がいたからこの村は発展できた。あなたにそれができて?」
そうか……。
オレが各国の王に頼んだ仕事の仲介人として選ばれたのが彼か。
見たところ、貴族でも代々続く商家でもない。
町長の娘であるリーズを、出世への足がかりにしようというのか。
「ラディウスさんには本当に申し訳ないと思っています。だけどもう彼女の愛は僕のものだ」
丁寧な口調とは裏腹に、その表情は完全にオレをバカにしている。
「次の村長、いえ、町長には彼こそふさわしいわ。これは運命の出会いなの」
リーズはすっかりガイにまいってしまっているようだ。
なんなんだよちくしょう……。
死ぬ思いをして魔王を倒し、帰ってきてみればこの仕打ちかよ……。
たしかに3年は長かった。
だけどこの時代、傭兵として魔王討伐軍に参加した男達はみな同じだ。
「この町への仕事はオレが斡旋したんだ」
「何を言ってるの? これはガイの実力よ! 手柄の横取りなんて、そういうことはしない人だと思ってたのに! この3年で変わってしまったのね」
聞く耳を持たないとはまさにこのことか……。
ここまで言われてしまってはもう一緒にやっていくのは難しいかもしれない。
だが、オレの中に残っている彼女との思い出が、ギリギリのところで全てを投げ出すのを踏みとどまらせた。
「ほら、土産も持ってきたんだ」
我ながらマヌケなセリフだ。
オレは背中のリュックから、2つの土産を取り出した。
1つはふさふさの黒い毛が生えた魔界のウサギの足だ。
ちゃんと剥製にし、生々しくない見た目に加工してある。
「これはリーズに。持っているだけで幸運が訪れる」
「何よそれ、気持ち悪い!」
「本当なんだって!」
「いらないわよ!」
リーズはウサギの足をオレの手から奪うと、ゴミ箱へと投げ捨てた。
あれ1つで小さな街を人間込みで買えるほどの金額がするんだが……。
「じゃあせめてこれをお義父さんに」
2つ目は、黄金色に輝く液体の入った小瓶だ。
エリクサー。どんな傷もたちどころに治す神話級の秘薬だ。
旅の途中で3つだけ手に入れ、うち2つは魔王を打ち倒す際に仲間のピンチに使った。
これが最後の1つである。
「お義父さん、腰が悪かっただろ? これを飲ませれば絶対に治る」
「なにそれ? どうせ安物のお酒かなにかをそれっぽく瓶に入れただけでしょ?」
「そんなこと言わず、ここに置いとくから。な?」
オレは小瓶を玄関ホールに飾られた石像の台座にちょこんと置いた。
よく見たらこの石像、ガイじゃないか。
どういう趣味だよ。
「ああもう! こんな安物で媚まで売って! そんなに町長の座が欲しいの!?」
「オレは町長の座なんていらない! ただお前と幸せに暮らしていけたらそれでよかったんだ! そのために魔王を倒してきた!」
「魔王を? あなたが? よくもまあそんなウソをつけるものね」
確かに信じられないことかもしれない。
自分でも信じられないくらいだ。
でも、そんな頭ごなしに否定することなんてないだろ。
「ウソじゃない!」
「あなたはたしかに村で一番強かった。でも、魔王を倒すだなんてそんなことできるわけないわ。それにね……」
リーズはガイと視線を絡ませる。
「剣聖は彼の知り合いだそうよ。剣聖はあなたとは似ても似つかない人。そうでしょ?」
「そうだよ、リーズ」
ガイがリーズの頭を撫でる。
くそっ! その手をどけやがれ!
「うそだ!」
オレは思わず腰に下げていた剣の柄に手をかけた。
ブックマーク、高評価での応援よろしくお願いします!
とても励みになります!




