98 真実
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「それでは、やはりこれが我の"捜し求めていた物"か――つまらぬ」
ユミールは忌々しげに言った。"捜し求めていた物"――そういえば、さっきアンラの奴も"探し物"を見つけたとか言っていたな。
「どういう意味だ」
「……」
俺がユミールに聞くと、憮然として黙られた。すると代わりにアンラが、少し困った様子で答えた。
「どこから話せばいいのか……そうですね、まず私達神々の生い立ちから話しましょうか」
アンラがディスプレイから向き直り、話し始めた。
「私は少し違うのですが、他の神々――ヘル達三柱神、オーディンやトール達天界の神々、そして境界神ユミールなど。彼らはみな遥か昔、三界が分離するよりもさらに昔に誕生したと言われています」
アンラの話をユミールが受ける。
「我で言えば、気が付いた時にはオーディンやヘルや達と共に居た。その時の記憶はおぼろげで、途切れ途切れだがな」
昔話……か。こいつらは昔、天界の連中も魔界の連中も一緒に暮らしていた。それはどこかで聞いた事がある話だ。ただ、何故今その話を始めるのか。
俺の疑問をよそに、ユミールが続ける。
「やがて三界が分離し、神々は天界と魔界側に分かれ、ラグナロクが始まった。その際我は大結界の管理人として、次元の狭間に居座った。だが、その理由がわからないのだ」
っは?
「理由がわからない?」
俺が首を傾げると、アンラが答えた。
「もちろん、いくつか理由らしきものはあります。ただ、実際にどういう経緯でラグナロクが始まったのか、だれも知らなかった。魔界側でその時に生きていたはずの三柱神や七悪魔ですら――」
続けてユミールが言う。
「つまり"いつの間にか"神々は天界側と魔界側に別れ争っていたのだ。そしてその後、数万年もの長きに渡りラグナロクを戦い続けた。我の場合、それを永劫の時の中で見守り続けた。しかし"何故"我は次元の狭間で大結界を展開し、ラグナロクを見守っているのか、その記憶が無いのだ」
つまり自分の意思で行動して、大結界を展開したというわけでは無い、という事か?
「最初の頃、我はどうしてこのような事になったのか――その経緯を思い出そうと努力した。だがどれだけ記憶をたどろうとしても、無駄だった。そもそも、たどるべき記憶がないのだからな」
ユミールの表情が苦々しいものに変わる。
「途切れ途切れの思い出、整合性のない過去に苦悩した。仕方が無いので、記憶をたどるのを諦め、考える事にした。『我はなぜここに居るのか』と。永きにわたり考え続け、ある日我は気が付いたのだ。我らは、誰かに操られているのでは無いのか――と」
そう言って忌々しげに唇を噛むユミール。俺とさあきが、その意味を計りかねて口をづぐんでいると、今度はアンラが口を開いた。
「私の場合、確かな記憶があるのはここ100年ほどです」
「……つまり、魔王になった頃からか」
「はい」
俺が前にヘルから聞いた話によれば、アンラが魔王になったのはおよそ100年ほど前だった。
「要するに、私は気が付いたら最初っから魔王だったのです。あ、勿論いくらか記憶はありましたよ。天獄戦で前魔王バアルを倒した時の事とか、他の魔界の神々についての知識、そして、私が百々目鬼と呼ばれる悪魔の一族である事などです」
そういってアンラは、大量につけている指輪をごっそりとはずす。するとその手には、大量の眼がぎょろぎょろと動いていた。
なるほど、百々目鬼――か。
「まあ、これは話の本筋とは関係が無い。とにかくユミールと同様に、私の記憶も途切れ途切れで要領を得ないものでしかなかった。しかし魔王として、ラグナロクに勝利する為に謀略を張り巡らせなければならないという考えだけは、確固として存在しました。それは考えというより、強迫観念でしたが」
アンラが少し苦笑した後、続ける
「やがて私もこの不自然な記憶の事を考えるうちに、ユミールと同じ様な考えにいたったのです。『私は造られた存在なのではないか』という考えです」
「っは。お前らよくそんな考えになるよな。普通、記憶喪失とかを疑うだろ」
記憶が無いからといって、自分達が造られた存在だなんて発想、すぐには出てこない。普通なら記憶喪失とか、単に忘れてしまった事を疑うと思うが。
「私にはある能力が有りましたからね。良かったら、更科 沙愛に私の能力を調べさせてみてください」
「……さあき。ステータスはいいや。スキルだけ読み上げろ」
「うん。アンラ――スキルは【魔王】99、【空術】99、【火術】89、【土術】77……【解析】99」
「っな……」
【解析】だと? 何故、そのスキルをこいつが――
「やはり、そうでしたか」
アンラは、納得したように笑みを浮かべていた。
「やはり?」
「この敵の位置や数値を表示する能力――【解析】ですか。この能力、自分だけは対象外のようでして、私は自分のステータスだけは把握できなかった――なので、今初めてこの能力が更科 沙愛の持つ【解析】と同じ物だと分かりました」
さあきに目を向けると、無言で頷いていた。どうやら"自分のステータスは解析できない"のは仕様らしい。さあきの奴は異世界人だから、自分自身のステータスを見る事ができるため気にしていなかったのだろう。
「私は記憶が始まったその時から、疑問だった。この数値や地図は何なのだろうと。それは大まかには強さを表しており、スキルという欄は相手の持つ能力を表すものだという事は、徐々に理解しました。ですが、一体これらがどうやって決まっているのかが分からなかった。そして私はこれが、"何か"によって決められていると考えた」
アンラはこぶしを握り、語気を強めて言った。
「それからは探しました。あらゆる手を使って調べ上げた。結果たどり着いたのは、少なくとも三界に"何か"は無いという結論です。そこで次に思いついたのが、次元をコントロールする秘宝世界樹を使う事。三界を繋げてしまう様なエネルギーを持つ世界樹を使えば、その"何か"が隠された世界にいけるのでは無いのかと考えた」
アンラが一度ユミールの方を見る。そして一瞬間をおいた後続けた。
「あの日、私はユミールと協力して"世界"を――『存在の鎖』をぶち壊した。そしてたどり着いたのがここ【世界の裏側】だった。そして"探し物"を見つけた――」
俺達が天界で死闘を繰り広げていた時、こいつらはこの【世界の裏側】を探していたようだ。同時に、アンラの本当の意図が全て分かった。
こいつが俺に初めて会った時、魔石十二宮を集めさせてユグドラシルを起動させる事を提案したのは、俺達を外の世界に追い返すためでも、天界への侵攻するためでも、天界に降り立った災厄を取り除くためでもなかった。
ただこの【世界の裏側】――そして"探し物"を見つける為だったのか。
「我の場合――」と前置きし、ユミールが言った。
「無意識に刻まれた使命である大結界の管理を放棄し、魔石十二宮の一つ【境界のトパーズ】を貴様らに託したのは、貴様らが限りなく異質な存在だったからだ。大挙として現れた貴様ら異世界人の存在は、これまで何回かあった異世界人召喚とは様子が違っていたからな。停滞したこの世界を変革する者――そいつが起こす行動で、我の"探し人"が見つかるかと一縷の望みをかけた。そしてそれは、その意味では正しかった――」
ユミールはそこで言葉を切り、再び忌々しげに眉をひそめた。
「……しかし何の事はない。結局見つけたのは、この無機質な箱だ。こんな物が我らの過去を操り、我らの記憶を改竄し、我らを操っていたとでもいうのか? くだらん!」
この【世界の裏側】には、誰もいなかったと言う。しかし目の前に広がる、不気味な音と光を発しながら起動している装置を見ると、言い知れぬ不安感を感じた。
おそらくここは"この世界そのもの"だ。この世界を、文字通り形作る装置。そしてアンラやユミールそしてこの世界の全ての住人達は、この装置によって作り出されし物体――
【世界の裏側】は――いやこの世界そのものが、誰かによって作り出されたとでも言うのか
何のために?
俺には、わからない
わかるはずもない
「我々は、この【世界の裏側】を破壊します」
――ばかな。アンラの言葉に、俺は思わず耳を疑った。
【世界の裏側】は、おそらくこの世界を形作る装置だ。世界そのものと言ってもいい。これを壊せば、世界の住人である自分達に影響が出る事に、気付いていない二人ではない。最悪"この世界"そのものが消滅してしまう可能性すらある。
だが、二人は揃って言う。
「我々の存在を、このような得体の知れない無機質な箱が決めておるなど、我慢がならぬ」
「この【世界の裏側】が、もし本当に我々を作り出し、我々の歴史を操作しているような存在なのであれば、我々はこれを破壊し、そして新しい歴史を作り始めます」
だが、そうすればこの世界は――
「構わぬ」
「やってみないと、わからないでしょう」
……なにも、壊すことはない。この世界が誰か――超越的な存在によって作られた虚構の世界だとしても、それでも良いという考えはあるはずだ。
「これから先は我らの世界――我らの歴史は、我ら自身が作り出す。口出しするな」
「あなた達には感謝しています。私達に、世界の真実を見せてくれた。そして一橋空海、あなたが我々の立場ならば、我々と同じ考えにいたるはず――」
生成された異世界。人ですらない無機質な装置によって造られた、自分自身の人格と記憶、そして歴史。それに従い、ただ役を演じるだけのするだけの存在。
もし俺がこの世界の住人で、この世界がそんな虚構の世界だと知ったとき、俺はその真実を受け入れることができるのか――
「俺は……」




