97 世界
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先生を倒すと、さあきを囲っていた光の壁が消えた。さあきを助け出すと同時に【異世界人召喚】と【無限の魔力】のスキル魔石を手に入れた。
先生と戦った俺達を含め、それぞれの場所で戦闘を行っていたクラスメイトは皆無事だった。劣化神と戦っていた3組の内2組――雷神トールと戦っていた十・三好、母神フレイヤと戦っていた御手杵・霞はすでに戦闘を終えており、俺達が先生を倒したすぐ後に合流した。
また、天界に大量召喚されていた天使達は、ドキュンネ三兄弟が戦っていた主神オーディンを含め、煙のように姿を消したそうだ。
その為、天界で戦う必要の無くなった王子や六道それにタクヤ達は、侵攻を続けていた魔界の連中を止めるべく地上へと向かった。俺はそれには参加せず、さあきとともに街に戻ったので、その後の詳しいいきさつは王子から聞く事になった。
そして現在、天界での戦いから一夜が明けている。
俺は当面の事後処理を王子達に任し、エ・ルミタスの十の屋敷で今後の事を考えていた。さあきの淹れたお茶を飲みながら、どうやって皆を元の世界に戻るように説得するかを思案中だ。
王子はまだいい。こっちが真剣に話せば、納得してくれる可能性はある。だが六道やフーのハゲなど、どう考えても元の世界よりこの異世界の方が楽しいと思っている奴らは、どうしてくれようか。
先日からそんな事ばかり考え、毎回同じ結論に達していた。どう考えても、あいつらが元の世界に戻りたいなんて言うはずが無い。
あの時、他に選択肢が無かったとはいえ、アンラから少し安請け合いしてしまったかもな。
「お悩みのようですね」
「えっ……?」
同じテーブルでのんびりと茶を飲んでいたさあきが、小さく驚きの声を上げる。何の前触れも無く、目の前に魔王アンラが現れていたからだ。
「……アンラか。相変わらずいきなりだな」
「はい。昨日はお疲れ様でした、一橋空海。そしてはじめまして、更科 沙愛」
「はじめまして……?」
なんだお前ら、初対面だったのかよ。意外だな。仕方が無いのでさあきにこの男が魔王アンラである事を説明すると、少し戸惑いながらも納得していた。
「何しに来たんだ。元の世界に戻る目処はまだついてないぞ。それとも、もう時間切れか?」
アンラにしてみれば、俺達異世界人にはとっとと帰って欲しいはずだ。居座るようなら、実力で排除しにこないとも限らない。
「いえ。今回は少し別用で――いや、関係はあるのですが、少し意見を伺いたい事がありまして、こうしてお邪魔させてもらった次第です」
どうやら違うようだった。
「意見? 俺にか」
「はい。一橋空海。そして更科 沙愛、あなたにも来ていただきたい」
「え? 私も?」
「はい。時間は取らせません。少し見ていただきたい場所があるだけです。」
なにを企んでいるのか? 微笑を崩さないアンラの顔からは、なにも読み取れない。その男の纏う雰囲気を察したのか、さあきも不安そうな顔をこちらに向けた。
まあ、いまさら俺達をどうこうするつもりは無いだろう。
「わかった。行こう」
「では、こちらへ」
すぐにアンラはその場に平面を作り出す。そこだけシャボン膜を張っように切り取られた、虹色の平面。さあきと共にそこに飛び込んだ。
……
ワープした先は、無機質な金属タイルが敷き詰められた、狭い廊下だった。後からやって来たアンラの先導のもと、俺達はその廊下を進んでいる。
「ここはどこだ?」
「【世界の裏側】と言うそうです。そうでしょう? 更科 沙愛」
「は、はい!」
さあきがびくりと答える。その目は空中を見つめていたので、どうやら【解析】スキルでマップ確認をしていたようだった。
「この場所は先日の騒動の際に発見しました。すこし荒っぽい方法でしたがね」
「ユグドラシルがぶっ壊れたのと関係があるのか?」
「フフ。お察しの通りです」
アンラが、少しばつの悪そうに苦笑する。実は、あの天界での戦いの後、突然ユグドラシルが機能を停止し、再び三界が切り離されてしまっていたのだ。
その結果、地上に侵攻していた傲慢の君ルシファを筆頭とする魔界本軍は、軍の供給源を断たれてしまった。その上で、王子やタクヤそれに実際に対峙していた五龍達の反撃にあい、ボロボロに痛めつけられ、最終的には大魔王である六道に従属したそうだ。
その流れの発端となるユグドラシルの機能停止については、なぜ起きたのか不明だったそうだ。俺はその話を聞いた時、なんとなくアンラが関わっていそうだという予感はあったが。
「先日、ユミールと協力し、ユグドラシルの力も使って、ようやくこの場所に辿り着きました。そして見つけたのです。"探し物"を――」
長い通路の先に、両開きのドアが見えた。金属製で人工的なドアだった。
ドアの前には境界神ユミールがいた。ちんちくりんな使い魔モードではなく、本来の流麗なる大人ユミールの姿だ。
「きたか。クーカイ」
ユミールが無愛想な表情のまま言う。使い魔モードの時はわりと愛想が良かったのだが、大人モードの時はダメらしい。相変わらずこいつはよくわからん。
「あぁ。何か、見せたい物があるんだって?」
「そうだ」
「こちらです」
ユミールが憮然とした態度で返事をし、アンラが部屋の扉を開けた。そこには、奇妙な物体があった。
「……ディスプレイ?」
目の前にあったのは電子モニタ――つまり、ディスプレイだった。しかも、かなり大きく、畳ほどの大きさははあるだろう。どうやら起動しているようで、画面には何かが表示されていた。
近くで見ようとディスプレイに歩み寄ると、気がついた。その部屋には大量の四角い箱が、上下左右見渡す限りに存在している事に。
「なっ……」
思わず、息を呑んだ。それぞれ触手のように伸びた導管で繋がり、一つ一つが生き物のように、時折チカチカと光を放っている。それはコンテナのように巨大で、数え切れないほどに大量の箱の集合体だった。
これは、完全にコンピューターだ。何故、こんなものが……
固まる俺とさあきに、アンラが言った。
「ここは【世界の裏側】の中心部です。ここにある箱は、この部屋以外にも大量にありました。この箱にどのような意味があるのかわかりません。ですが前に一橋空海――あなたから聞いた"外の世界"の話の中で、コンピューターという便利な魔法の箱があるというを話思い出しまして、あなたに確認してもらおうと考えた次第です」
確かに前、アンラには俺達の世界の事を色々と話した。その中にコンピューターの話があったかまでは覚えていないが、どうやらアンラはその話を思い出し、俺を呼んだようだ。
「確かにこれは、コンピューターだろうよ」
「やはりそうですか……」
「ただ、俺が知っているコンピューターと全く同じかといわれれば、そうでもないがな」
ディスプレイを指差し言う。そこには、文字化けしたように奇妙な文字が羅列されていた。俺にはまったく読み取れない、異質な文字だった。前に見た古代エルフ語のようにも見えるから、久遠なら読めたかもしれない。
「そうですか」
アンラが、予想通りいった様子で頷く。続けて、ディスプレイに近づくとそれを指で操作し始めた。妙に慣れた手つきで画面を操作し、ある画面を開いた。
「では、これに見覚えは?」
ディスプレイには、次のように日本語で表示されていた。
一橋 空海
Lv 62
HP 1736
STR 201
DEX 256
VIT 138
AGI 331
INT 119
CHR 291
スキル/死55, 短剣47, ダッシュ35, 風術31, 水術33, 隠密42, 眼力37, 神殺し2, 無限の魔力1, 異世界人召喚1
「これは……俺のステータスだ」
「……ステータス?」
俺の言葉に、アンラが聞き返す。ユミールも不機嫌そうにこちらを睨んでた。そうか、こいつらにはステータスがわからないのか。
「あぁ。強さを数値化したものだ。俺達異世界人ならば、目をつむって念じれば誰でも見る事ができる。但し、自分の物だけだがな」
「そうですか、これはステータスと言うのですか……」
俺の説明に、アンラが妙に納得した様子を見せていた。しかしそれよりも、俺は状況が全くつかめなくなってきた。
ここには俺達のステータスが記録されているようだ。そしてこの装置――おそらくはコンピューターなのだろうが、一体なんでこんな物が――
「それでは、やはりこれが我の"捜し求めていた物"か――つまらぬ」
突然、背後にいたユミールが、吐き捨てるように言った。




