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放課後RPG  作者: グゴム
終章
84/100

84 決断

          挿絵(By みてみん)           

84


 ふざけるな――


 何故こんな世界に――しかも俺達担任によって召喚されたのか。その理由が、ただ単につまらなかったからだと?


 俺達を召喚し、成長させ、手応えのある敵に仕立てた後――殺してスキルを奪う。そんな事のために俺達を巻き込んだのかよ、コイツは。


 ほぼ無意識に腰の短剣を引き抜いくと、それを見て久遠が言う。


「戦う気か? 一橋氏」


 当たり前だ。この野郎は、一発入れてやらないと気が済まない。大体この状況で、逃げる訳には行かないだろうが。


「それに、トールの前にいる姉御だけなら助けられるかもしれない。だが先生に捕まってるさあきは、見捨てる事になるだろうが。そんな事はできない」

「でも、勝ち目は無いよ?」


 三好も俺に聞きながら、片手剣を引き抜く。


 そんな事、わかってる。あのよこたてが打ち負けるレベルの敵が三人、さらに後ろには、そいつらを作り出し、天界アースガルズの神々のスキルを全て奪った担任がいる。


 どう考えても、勝ち目は薄い。勝ち目は無い。こんな無理ゲー、すぐにでも逃げだしたい。だが、今回ばかりは、逃げられない。さあきが――あのさあきが捕まってるんだ。


 あいつを見捨てるなんて、出来る訳がないだろうが。


「……最終的には逃げる。その前に、さあきと姉御を助けるのが先だ。俺と三好が連中をくい止めるから、久遠は隙を突いて二人を取り戻して――」

「無理だ」


 その声は、俺の肩口から聞こえた。厳格に響く、女の声だった。


 次の瞬間、目の前の空間に亀裂が入る。それはよこたてを含めた俺達こちら側と、対峙する先生達あちら側とを分断するように広がっていった。


 ミルが両手を構え、薄黄色の光を発していた。どうやらミルが【界術】を発動し、結界を張ったようだ。


「ミル! 余計な真似をするな」

「頭を冷やせ。クーカイ。勝てる相手ではない――そんな事もわからぬのか?」

「ふざけるな。さあきを見捨てろって言うのか?」


 姉御は結界のこちら側に居るが、一方で先生に捕まっているさあきには完全に手が出せなくなってしまった。ミルに対して息巻く俺に、久遠が冷静な様子で口を挟む。


「ミル氏の言う通りだ。勝ち目は無い。一橋氏――お前は、無謀な敵に戦いに挑む奴では無いはずだ」

「わかってる。だが――」



「……クー」


 その時、声がした。ミルの結界の向こう側、先生に拘束され、力なく四肢を垂らした、さあきの声だった。


「……私はいいから。早く逃げて」


 どうやら、気絶から復帰したようだ。だが、まだ話せるような状態じゃない。あの野郎、黙って、気絶しとけよ。


「ざけんな。黙ってろ、さあき。すぐ助ける――」

「クーは死んじゃダメなの!」


 突然、さあきは暴れ始めた。体力はまだ戻っていないのに、ジタバタと体をゆすっていた。


「クーが死んだら、誰がみんなを助けるの。私一人なんかの為に、無理するなんて、クーらしくない! バカ! そんな事、言ってないで、早く逃げてよ! 目を覚ましてよ!」


 息を切らし、聞き取りづらい叫び声。顔は涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃだ。力の限り手足を振り回すさあきを、先生が両手で押さえつける。


 それでも、さあきは叫んだ。その声は力無く、かすれていて、だけど――必死だった。


「私は大丈夫。クーが助けに来てくれるの、待ってるから」



 ……黙れ。さあき。


「一橋氏」

「クー」


 ……わかってる。久遠も三好も、そんな目で見るな。選択肢なんて、最初から一つだ。



「さあきを諦めて……逃げるぞ」



 ――アハ! アハハハハ! 


 担任の粘つくような高笑いが、エントランスに響いた。


「そうか逃げるのか。賢明だ。懸命だ! いいぞ。更科さらしな君は生かしておこう。早く戻ってきた方がいい。地上ミズガルズが、魔界ニブルヘイム――天界アースガルズが消えてなくなる前にな!」


 高らかに宣言し、担任は両手を開いた。すると結界のこちら側――入り口側に大量の魔法陣が浮かび上がる。そして、魔法陣一つ一つから、大量の羽人間――白目をむいた真っ白な天使達が現れた。


 それぞれが剣や槍で武装し、無機質な敵意をむき出しにしている。


「久遠、比治山に【変化】だ。空中から連中を牽制しろ」

「了解した」

「とりあえず宮殿を出るぞ。俺は姉御を拾ってくる。三好は道を切り開いてくれ」

「おっけー」


 【空術】【シフト』による瞬間移動ワープはできない。ならばユグドラシルの転送装置まで、こいつらを切り伏せて進むしかないだろう。


「ミルはしっかり掴まってろよ」

「うむ。急ぐが良い、あの結界、長くは持たぬぞ」

「わかってる。行くぞ」


 三人がそれぞれに動き出した。俺は【ダッシュ】を起動し、姉御の下へ駆けつける。姉御の状態はひどく、かろうじて意識を保ってはいたが、ほとんど気力だけで意識を保っていた。


「姉御、話は聞いていたな。逃げるぞ」

「ふざけんな、さあきは……」

「黙ってろ」


 力無く喋るよこたてを無理矢理に抱きかかえると、気を失ったのか、姉御はすぐに静かになってしまった。階段の上に立つ先生――そして傍らで拘束されたさあきに、視線を向ける。


「すぐ助けにくる。おとなしくしとけよ」

「……うん」


 さあきは、無理矢理に笑った。泣きすぎて、ぐしゃぐしゃになった顔を隠すように。

 

 だから、お前に心配されるようじゃ、お終いなんだよ。


「待ってるから! クー」

「……あぁ」


 俺は連中に背を向け、先を行く三好と久遠を追いかけた。



……



 わらわらと湧き出してきた天使達を、三好と久遠が蹴散らしている。そこにおれも参戦し、姉御を担いだまま支援し、進んだ。


 やがて湧き出してくる天使どもを切り抜け、ヴァルハラ宮殿の庭園エリアまでたどり着いた。そこから見えたのは、宮殿内に湧き出たのと同じ天使達が、天界アースガルズ中から湧き出しているという、異常な光景だった。


 わらわらと、何処からとも無く湧き出すそれら天使達は、ヴァルハラ宮殿の周囲を埋め付くすほどの勢いで増え続けていたのだ。


「っは……これはひどい無理ゲーだな。おい、ミル」

「なんだ?」


 庭園を駆け抜けながら、肩にしがみ付くミルに声を掛ける。


「あの天使共も【生命生成】とかいうスキルの仕業か?」

「……おそらくな。母神フレイヤはあらゆる生命を生み出す力を持つ。それは天使も対象だ。だ、我の知っているフレイヤは、あそこまで大量の天使など生み出せなかったはずだが」


 空を埋めつくしつつある天使共を眺めながら、ミルは言った。やはりこの天使の軍団、規格外の規模のようだ。


 そりゃそうだ。見た感じ、地平線を埋め尽くす勢いで湧き上がっている。少なく見積もっても、万単位だ。これだけの事ができるのならば、ラグナロクとやらはもっと簡単に決着がついているだろう。


 ロキの邪悪な変身の時もそうだったが、ミル――境界神ユミールですら、わからない事が多すぎる。おそらくは先生の仕業なのだろうが、【封技】の他にまだ秘密があるとでも言うのだろうか。



「一橋氏。この辺りにはまだ、天使達は発生していないようだ。追撃も今の所見えない」

「これからどうするの?」


 久遠は比治山の姿で【飛行】を用い、上空から周囲を見渡している。三好は走りながら、片手剣にこびりついた血のりを振り落としていた。


「逃げる。徹頭徹尾、全力で逃げきるぞ」

「でも【シフト】がどこから使えるのかわかんないんでしょ?」

「最初にここに来た時に使った転送装置ワープまで戻る。あれでとりあえず地上ミズガルズまでは行けるはずだ。急ぐぞ――あの天使軍団に襲われたら、ひとたまりも無い」

「了解。まったく、こんな事になるとはね。そういえば姉御さんは大丈夫?」

「あぁ。少し気を失ったんだろう。さっきまで意識はあったよ」


 俺の背中で気絶しているよこたてを、三好が無造作に覗き込む。視界の端に見えるよこたてのHPゲージは、徐々に回復を始めていたから、じきに目を覚ますだろう。


……


 やがてヴァルハラ宮殿の庭園エリアを超えた。ここまでくれば転送装置ワープまでは丘を登るだけだ。


 しかし、敷地の外ではすでに天使共が湧き始めている。地面のいたる所に魔法陣が浮き出し、天使達はそこから次々と召喚され続けていた。


「突っ切るぞ。切り結ぶのは最小限にしとけ」

「了解だ」

「はぁ。これはきついね」


 俺達は一丸となって天使の群れを蹴散らした。天使達一匹一匹も雑魚ではなく、まともに戦ったら時間と体力を取られてしまう。深追いをせずに、必要最低限に蹴散らしながら進むしかなかった。



 しかし、天使共を切り抜け、死ぬ思いでたどり着いた転送装置で見た光景は、装置に群がる天使共と、その中心で光を失った装置だった。


「クー。これは……」

「……っは。先を越されたみたいだな」


 まずい。完全に後手にまわってしまっている。


 背後からは、先ほどぶち抜いてきた天使共が追走している。走り抜けてきただけなので、ほとんど数は減っていない。このままでは挟み撃ちだ。時間も無い。


 この転移装置を占拠している連中を瞬殺して、起動させるか、ここからも撤退して、別に道を探すかのどちらかしか――


「一橋氏」


 不意に、久遠が俺の名を呼んだ。


「なんだ久遠。何かいい作戦でも思いついたか?」

「そうではない。が、あれを見ろ」

「あれ?」


 久遠は、西の空を指差していた。その先にはいつか見た、悪趣味な骨細工に彩られた巨大な飛空挺が浮かんでいた。







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