70 船上
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雷湿原に向う為、俺達はまず目的地に最も近い都市――魔術都市へと【シフト】を使って移動した。そこから雷湿原へのルートを調べると、陸路で行くには半島に沿って連なる山脈をいくつも越えないといけないらしく、なかなか困難である事がわかった。
そこで海路で向かう事にした。しかし、こちらもクリミナル半島方面に行く船がなかなか見つからなかった。やはりクリミナル半島という場所自体、ほとんど人が住んでいない辺境のようだ。
結局クリミナル半島ではなく、その先にある島の集落へと向う貨物船になんとか頼み込み、雷湿原の近くで降ろしてもらう事になったのが昨日の事だ。そして今は、雷湿原へ向けて海上を進んでいる所である。
……
「クー! 海だよ」
「わかってる。一々騒ぐな」
「すっごいよねー。だって船だよ? 帆船だよ? 海賊船だよ? こんな船、見たことない!」
確かに帆船だが、海賊船じゃねーよ。ただの貨物連絡船だ。船員に聞かれたら海に叩き落されるぞ。
さっきからさあきの奴、はしゃぎっぱなしだった。というのも――俺もそうなのだが――船に乗ること自体、生まれて初めてなのだから仕方が無い。俺だって乗り込む時は、テンション上がったし。
久遠の奴は船や海には一切興味が無いようで、早々に船内の人々のもとへ、伝承の収集に行ってしまった。俺が言うのもなんだが、あいつはマイペースすぎるな。
この世界の船は、基本的に帆船のようである。木造の巨大な帆船――所々魔術を込めた魔石を利用してはいるが、それは補助動力や生活面に使用するだけで、メインの動力としては使用していないようだ。良く分からないが、魔石では出力不足か、単にコストが割に合わないかのどちらかなのだろう。
出発してまだ数時間だ。クリミナル半島へは順調に行って三日ほどかかるらしい。雷湿原の周辺はいつも天気が悪いらしいが、今はまだ海も穏やかで、船は景気よく進んでいた。
「まーたボーっとして」
甲板に置かれた荷に腰をかけていると、気付いたらさあきが目の前にいた。どうやら、話しかけられていたらしい。全然気付かなかったな。
「なんだよ」
「別にー」
そう言ってさあきは、パタパタと船の先端へと走っていった。強い潮風に煽られて、長いポニーテールがバサバサとなびいている。
「危ないぞ。落ちても助けないからな」
「へへっ嘘だー。クーは助けてくれるよ」
さあきはカラカラと笑いながら船の先端から危なっかしく体を乗り出す。そして海面を真上から見下ろし、楽しげに目を細めていた。
やがてさあきが、こちらに向き直る。
「今だって、クラスのみんなを助けようと頑張ってるじゃん」
「は?」
突然、なに言ってんだこいつ。クラスの皆を助ける? 俺はそんな事、頑張った記憶なんかないんだが。
「別に、助けようとなんかしてねーよ」
「そうですかーっと」
そういってさあきは大きく伸びをする。猫のように大きく背筋を伸ばすと、すらりと細いウエストが服の隙間から見えていた。何の気なしにじっと見つめていたが、さあきは意にも介さない。なんというか、無防備だなこいつ。
「で、何悩んでるの? クー、王都を出てから少し変だよ」
言いながら首を傾げるさあき。こいつ、さっきから妙に突っかかってくると思ったら、そういう事か。
別に悩んでいるわけじゃない。ただ少し気になる事があるだけだ。その事について考える時間が増えたから、変に思われたのだろう。
甲板から、さあきが立っていた船の先端へと移動する。船首に座り、船が海を切り裂いて進む様子を眺めていると、すぐ隣にさあきが座り込んできた。
「この前の夜、王子と二人で話をしてな」
「うん」
「王子の奴、魔界に乗り込んで魔王を倒すって宣言しやがったよ」
「へぇ。さすが王子だね」
「まったくな……」
王子は結局、ユグドラシルを起動する事を了承した。そして地上は任せてくれとも言っていた。ただ、肝心の現実世界に帰る方法に関しては、俺に一任されてしまった形だ。
「さあき。お前は現実世界に帰りたいか?」
「え?」
唐突に聞こえたのだろう。さあきは驚いて目を見開いていた。そしてすぐにその小さな顔は、困惑の色に変わる。質問の意図が読み取れていない様だ。
「王子はもう、現実世界に帰るつもりが無いのかもしれない」
「え!? そんな事は……」
「あぁ。王子も帰りたくないわけではないと言ってた。ただ、何が何でも帰ろうという気でも無いそうだ。この世界を救って、それから考えるってさ」
「そうなんだ……」
「まったく、あいつもお人好しだよな」
この世界を救うという王子の考えは、わからないでも無い。むしろその考えの方が正しいのだろう。だが、正直俺にはどうでもいい。別に、俺達は世界を救うために召喚されたわけでもないんだし。
「それに他のクラスメイトも、この世界に慣れてしまっているからな」
王子、タクヤの二つの大きなグループに加え、十達や久遠のように少人数で動いている奴らも居る。すでにこっちにきて一ヶ月以上経ったのだから、慣れて当然だろう。
「魔石十二宮の事で悩んでるの? クー」
「別に、ここまで来て諦めるつもりは無いよ。ただ、どいつもこいつも、ほんとに好き勝手やってるよなってな。ま、俺も含めてだが」
ここまで会ってきたクラスメイト達は、みんな好き好きにこの世界を楽しんでいた。やりたい放題しすぎて、教国で一件みたいな事もあったが。
「わかっていたけど、現実世界に帰りたいなんて、俺の独りよがりなんだろうな」
俺は確かに現実世界に帰りたい。だがそれは、この世界が嫌で、現実世界が好きだからという訳でもない。ただ『なぜ俺達はこんな世界来てしまったのか』――それが分からないから、納得が出来ないから、捜し求めているだけだ。
以前、久遠が境界神ユミールに対して『別の異世界人が俺達を召喚したのではないか』と言った。それは確かに可能性としてはありうるが、そうだとすると不可解な点がある。
『なぜ俺達は、クラス全員まとめて召喚されたのか』
元々、ロキが俺達を召喚したという話を魔王から聞いた時から、疑問だった。この疑問は、久遠の説が正しいとすると次のように、さらに不可解になる。
『誰が、何のために俺達クラスメイト全員を召喚したのか』
もしかしたら、理由なんか無くて、全くの偶然だったのかもしれない。しかし、そうだとしたらほとほと理不尽だ。人神ロキ――または天界の神々ならば、何か知っているのではないか。今はそれだけが希望だった。
「私は……」
さあきはうつむいて、肩を震わせていた。よく見ると、その眼には涙が浮かんでいた。かすれるような声でさあきは言う。
「私は帰りたいよ。お母さんにもお父さんにも、カズにも会いたい。こんな世界、居たくない」
カズってのはこいつの弟だ。たしか5年生だったか。ちっこくてよく泣く奴だった。そういえばあいつ、さあきにべったりだったから、今頃ぎゃーぎゃー泣いてるんだろうな。
だけど、なんでお前がここで泣くんだよ。カズじゃあるまいし。
「だって、クーが悲しい事、言うんだもん」
「悲しい? 何がだよ」
俺が聞くと、さあきは顔を上げ、声を震わせながら言った。
「クーは、みんなの為に頑張っているんだよ? それを独りよがりだなんて。そんな事無い。みんな、クーのこと凄いって言ってるもん。タクヤも、王子も、うらなちゃんも、くあらちゃんも、奈々ちゃんも、美羽ちゃんも――」
なんだよそれ。聞いた事無い。
「みんな。クーに期待してるんだよ。クーなら現実世界に帰る方法を見つけてくれるって。あいつに任せとけば大丈夫って。だってだって、約束してくれたじゃん……」
そこまで言うと、さあきはついに泣き崩れて、後は何を言っているのかわからなくなってしまった。
良く分からんが、いつの間にか謎の期待を掛けられていたようだ。半分以上はさあきの幼馴染フィルターが掛かっていそうだが。そうか、知らなかったな。
別に、俺はそんなに大した事はしていない。俺より王子の方が遥か強くて高尚だし、俺よりタクヤの方が遥かに金も地位の手に入れている。あいつらの方が、遥かに凄いだろう。というか、あいつらについていけば、おそらくこの世界で安泰に暮らせてしまうはずだ。
「そんなの、違うよ。私はクーと……」
泣きじゃくるさあきの頭を軽く叩いた。反射的に黙るさあき。その隙に、潮風に含まれる塩分でベタベタになってしまった髪の毛を、傷めないようにゆっくりと梳いてやる。
「お前に心配される様じゃあ、終わりだな」
「なによ……」
「まあ任せとけって。なんとかする」
「……うん」
帆船は、潮風を捉えて海を進んでいた。
……
雷湿原。それは魔術都市の北に連なる山脈を越えた先、クリミナル半島に広がる薄暗い池沼地帯の総称である。クリミナル半島の東側から上陸してしばらくは、背の低いグラスと小さな池が続く普通の湿原だった。しかしある程度進むと、底なし沼の様なゆるい土地がひたすら続く泥土地帯に変わり、さらに上空掛かるぶ厚い暗雲が太陽の光を覆い隠していった。
さらに進むと、分厚い暗雲からは常に雷が散発し、ゴロゴロと音と光を鳴らしてきた。ここからが雷湿原の本領発揮のようだ。
そろそろ目的地である、雷神トールの神殿とやらを探さなければならない。さあきの【解析】スキルはかなりレベルがあがっており、確認できる周辺マップは半径5kmほどにまで広がっている。しかし、この見渡す限り沼、川、泥しかない広大な雷湿原が相手では、たったの半径5kmだ。大雑把な場所が分からないと探しようが無い。
「久遠。神殿の詳しい場所って教わってきたか?」
「一応な。雷だ」
「雷? 雷なんて、そこらじゅうにおちてるけど」
いまも激しい光と音を撒き散らしながら、雷は背の低いマングローブの様な木に落雷し、ぶすぶすとその樹皮と焦がしていた。
「雷の最も集中している場所、それが目指す神殿の目印だ」
「えー。ただでさえこんなに雷が降ってるのに……絶対雷に打たれちゃうよ」
さあきが不満の声を挙げる。たしかに、この雷の回数では俺達に落ちるのも時間の問題だろう。
「ほふく前進で進めば当たらないのではないか」
「ぜーったい、いや」
舌を出して拒絶するさあき。そりゃあ俺だって、泥まみれは嫌だ。ただ、この場所を進む限り、泥にはどうやってもまみれてしまいそうだがな。
「しゃーねーな。久遠――光宙に【変化】しろ」
「山本氏? なぜだ」
「いいから。で、前に空中神殿で、周囲に雷の領域を展開してカウンターする【雷術】を使っていただろう。あれを使え」
「【フィールド】の事か。任せろ」
そういって久遠は目をつむり、瞑想する。ものの数秒で現れたのは、ドキュンネ三兄弟の一人、山本光宙の姿だった。
続けて光宙のユニークスキルである【雷術】から【フィールド】を使用する。これは周囲に雷属性の場を発生させ、敵が襲い掛かってくるとカウンターで雷撃を食らわせるという魔術だ。
「これって、どういう事?」
光宙に【変化】し、周囲に紫色の薄膜を張った久遠の姿を見ながら、さあきが聞いてきた。
「別に、たいした事じゃない。雷を雷で撃退するだけだ。雷が落ちてきても【フィールド】の領域から延びる雷でカウンターする。で、元の電撃は領域の膜を通って地面に流れるはずだ。要するにアースみたいなもんだな」
「へぇー」
まあ、普通はそんな事実行できる方法がなどないが……【雷術】を持っている事が、この土地を進む最低条件なのかもしれない。
「じゃ、とりあえず進むか。方角は……とりあえず西だな。さあき頼むぜ」
「はいはーい」
そうして俺達は、雷の鳴り続く雷湿原を進み始めた。
雷湿原 Illusted by wad
一橋空海
Lv55
HP 1572
STR 176
DEX 221
VIT 128
AGI 283
INT 111
CHR 249
スキル/死47, 短剣42, ダッシュ31, 風術27, 水術28, 隠密38, 眼力34, 開錠20, 魔石加工12, 鎌19
更科 沙愛
Lv45
HP 1261
STR 190
DEX 141
VIT 186
AGI 112
INT 219
CHR 138
スキル/解析45, 棍棒31, 火術32, 土術27, 水術33, 隠密15, 調理38, ダッシュ11
久遠 道化
Lv47
HP 1471
STR 155
DEX 150
VIT 145
AGI 173
INT 191
CHR 175
スキル/変化22, 片手剣12, 隠密34, 聞き耳24, 開錠22, 探査24, 翻訳37
【雷術】【フィールド】
HP消費・持続。あらゆる攻撃を自動的に打ち落とす電撃場を周囲に作り出す。




