61 合成術
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「どういう事だ……」
「うーん」
「……」
次元の狭間に無数に存在する足場の一つで、俺達三人は揃って頭を抱えていた。
【シフト】によって移動した場所は、次元の狭間の別の地点だった。その地点にはやはり足場が無く、無限に続く空間で再び落下した俺達を、久遠が再度比治山に【変化】して事なきを得ていた。
【シフト】が正しく発動しなかったこの結果について、久遠がいつもよりは少しだけ自信なさげに呟いた。
「恐らく、ここは"次元の狭間"。地上とは違う世界という事なのだろう」
「どういう意味だよ」
「俺にもわからん。だが確証の無い仮説ならある」
「構わん。さっさと言え」
「クー……だめだよ」
思わず言葉が荒くなったのを、さあきがたしなめる。別に、怒ってるわけじゃあないんだが。単に、手詰まり感に焦っているだけだ。
「……悪い。で、なんなんだ? 仮説って」
「【空術】は空間を操る魔術だ。空間の座標同士を繋げたり、空間の方向を曲げたりな。だが、"出来る事"はそれだけなのだろう」
「出来る事……」
「【空術】では、同じ世界の空間しか操作することが出来ないという事だ」
ここは地上ではない。そして魔界でも、天界でもない。異次元空間――次元の狭間だ。つまりこの場所から脱出するためには、次元を超えないと話にならない。
地面にへばりついて生きる蟻が決して空を飛ぶ事など出来はしないように、空間しか操作できない【空術】では、別次元の世界にいく事など出来やしない。それが久遠の考えた仮説だった。
万能な移動術だと思っていた【空術】【シフト】まで役に立たないんじゃ、さすがにまずいな……
俺と久遠の間に、重たい空気が流れる。話についてこれていないさあきも、俺達の様子を見て事態の深刻さを感じているようだった。
「まだ、可能性はある」
「なに?」
やがて久遠が、静かに言った。
「不確定だが、もうこの方法しか無いだろう」
……
「これで全部だ。【空術】がエンチャントされている魔石は七峰から貰った奴だけだから、あまり多くは無いぞ」
「十分だ。最悪【変化】してエンチャントし直せば良い」
久遠に言われて、俺達は所有している魔術がエンチャントされている魔石を全て取り出していた。特に【空術】のエンチャントされている魔石が必要らしい。
久遠はそれらを【空術】とそれ以外に分けて、自身のポーチに放り込んでいた。
「で、どういう作戦なんだ? そろそろ教えてくれよ」
ここから脱出できれば別になんでもいいのだが、久遠がどういう方法で脱出する気なのか、いまいち分からなかった。
「……この世界の魔術には、12種類ある事は知っているか?」
「ああ。知ってるぜ。火水風土の四大魔術、光闇時空の二対魔術、それと――」
「――爆雷界波のはぐれ魔術」
前に魔王から教えてもらった。魔石十二宮と対応しているいから良く覚えている。
「一般には地上ではこの魔術体系は誤解され、基本の四大魔術以外は、系統・流派が乱立している。聞いた事があるだけで、【竜術】【神術】【呪術】【氷術】などがある。それらの多くは勘違いか、詐称だ」
突然始まった久遠先生の魔術講義。それが今、何の関係が有るというのか。まあ、今更慌ててもしょうがないし、のんびり聞いてやるか。
「ヴァナヘイム教国の教皇は【光術】を神術といって使用していたな」
「良く知っているではないか、一橋氏」
そこから、久遠の魔術講義はさらに加速した。
「二対魔術ならば、希少ながら人間にも使用者がいる。はぐれ魔術にしても、雷神トールや破壊の君フェンリルなど、実際にこの世界に現れた際に使ったという伝説が残っている。神や悪魔が使用者とはいえ、それらの魔術には実態があったのだ。さて、そのような未知の魔術の存在を知った人間達が行った事は何か――それは単純な話だった。自分達でそれらの魔術を作り出そうとしたのだ」
「魔術を作り出す……ねぇ」
「そうだ。しかし、新しい魔術を作り出すなど、神でさえ不可能。当然研究は失敗し、新しい術体系など確立されなかった。そこで人間達は、方針を変えた。新しい魔術を作るのではなく、すでに存在する魔術を組み合わせる事にしたのだ」
そこまで久遠の話を聞いて、俺は俺はやっと何の話をしているかわかった。
「それって……」
「あぁ。魔術を掛け合わせて発動する魔術――【合成術】の研究だ」
久遠の口から出た言葉――【合成術】。二つの魔術を掛け合わせる事で新しい効果を持つ魔術を作り出す。ゲーム内の設定としては、ひどくありふれた話だ。たしかにこの世界ならば、合成術の一つや二つ、あってもおかしくは無い。
しかし今までこの世界を旅してきて、そんなスキルが存在するなんて聞いた事が無かった。
「確かに胸躍る話だが、【合成術】なんて存在するのかよ」
「もちろん。そうでなければ話に出すわけないだろ。実際、魔術ギルドに伝わる秘伝として伝えられ、一部に使用者がいる。ただし基本の四大魔術の掛け合わせのみだがな」
ここまでくれば、久遠のやろうとする事は明白だった。
「新しい魔術を作って、この次元の狭間から脱出する気か」
「その通り」
久遠は目をつむり、銀色の長髪と長い口ひげを蓄えた老人に姿を変えた。
「……それは?」
「魔術都市の長、魔術ギルドマスターの老公だ。前に魔術都市に立ち寄った時に謁見した」
「そいつが【合成術】を持っているわけか」
「うむ。他にも何人か熟練魔術師に面会したが、【合成術】のスキルを持っているのはこの老公だけだった。とにかく、後はこの姿で二種類の魔術がエンチャントされた魔石を使用し、スキル【合成術】を発動させて掛け合わせるだけだ」
さすが久遠――というか【変化】。なんでもありだな。
「だが、この空間を脱出する為の魔術の組み合わせは分かっているのか?」
「知らん。大体、この【合成術】のスキル自体、確認して以来使うのは初めてだ」
「おい……」
久遠は有用なスキル【変化】を持ち、色々と知っている賢い奴なのだが、どうもそれを利用する意識が少なすぎるようだ。能力は有るが、あまり使わない。まさに宝の持ち腐れである。
「異次元空間だが、移動する事に代わりは無い。だったら【空術】プラスなにかである事は確かだろう?」
「……それなら【時術】を掛け合わせてみろ」
「ほう。それは何故だ?」
「要するに、次元を超えて移動したいんだ。だったら、空間にプラスして時間を加えれば4次元空間になる。相対性理論は知らないのか?」
【空術】は同じ空間しか移動できない。そして今俺達がいる空間は"次元の狭間"――もしも本当に【合成術】でこの空間を脱出できるのだとしたら、それは空間に時間の――【空術】に【時術】の要素を加えるというのが、最もありそうな話だ。
「名前しか知らなかったが、なるほど、確かにそうかもしれないな」
「しかし、そんな便利なスキルを持っているなら最初っから言えよな」
「……さっきも言ったが、俺はこの【合成術】を使った事が無い。言ってしまえば盗み取った技術だから、詳しい仕様も知らない」
久遠は老公の姿のまま、自信なさげに目を細めた。
「ヘタしたら、ここよりさらに危ない空間に迷い込む可能性だってある。暴発して、予想もできない事態に陥るかもしれない。そんな賭けみたいな事は、気が進まないだろ」
「っは。もうこれしか方法が無いんだ。やるしかないだろ」
むしろ目の前に可能性があるのに、それを試さない意味がわからん。失敗したら、失敗した時に考えればいいだけだ。
「くっくっく……」
「なんだよ」
「一橋氏。お前は変な男だな」
「……お前にだけは言われたくないな。さあき、お前も笑うな」
久遠がポーチの中から【空術】【シフト】と【時術】【リワインド】がエンチャントされた魔石を取り出した。そしてそれぞれを片手づつに分けて持つと、効果を発動させるために、砕いた。
間髪いれず掌を合わせ、祈るようなポーズをとる久遠。すると目の前に、通常の【シフト】とは異なるゆがんだ曲面が現れた。
一発で何か出てきた。さて、これがどこに続いているか――
「ま、失敗したらその時だ。いくぞ」
「うん」
「了解」
久遠とさあきと共に、俺はその歪んだ曲面に飛び込んだ。




