34 侵入者
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ヴァナディースの街に到着した時には、すでに夕時だった。
旅人用の宿屋街へ向かい部屋を借りると、すぐに食事も兼ねて街を出ようと提案したのだが、その前にさあきが水浴びに行ってしまった。十も一緒だ。まったく、飯食ってからでいいだろうに。
というわけで、待ちである。手持ち無沙汰に宿屋前の段差に腰掛けて、ヴァナディースの街並みを眺めていた。
ヴァナヘイム教国は、この世界でも1,2を争うほどのでかい国であり、その首都であるヴァナディースも、世界有数の人口を擁する都市だそうだ。
指導者であるヴァナヘイム教皇が住むという神殿を中心に、大小様々な建物が乱立している。雑然としており綺麗な街ではないが、人も建物も、とにかく規模が半端なく大きかった。
また、街の中央にある神殿には、その巨大さと美しさには感動してしまった。圧倒的な高さ塔と壮大な聖堂が合わさったそれは、街中どこにいても目に入る。近くで見れば、さらに圧倒されてしまうのだろう。
だが、人も建物も、何もかも規模が大きいのだが、なんとなく違和感を覚えた。何でもありの雑多な自由都市エ・ルミタスと比べているからかもしれないが、いやに静かだったのだ。
良く言えば落ち着いているとも言えるが、というよりは単に活気が無いように感じる。まあ宗教が統治する国なのだから、敬虔な気質の人が多いだけなのかもしれないが。
「クー。おまたせー」
「腹減ったなー。飯、行こうぜ」
拍子抜けするような声に、一気に現実へと戻された。
振り返るとさあきと十の2人が立っていた。水浴びの後で少し濡れて髪を、2人ともポニーテールにしていた。
さあきのそれはいつも通りの髪型だが、姉御のそれはポニテと呼ぶには、かなり寸足らずなショートポニテである。それでも絵になるのは、元がいいからなのだろう。揃いの髪型をして仲良く並ぶ二人は、年の離れた姉妹のようだった。
「クー。道、調べてくれた?」
「あぁ。この通りを行けば、食い物を売ってる屋台が並んでいるってさ」
「いいねー。楽しみ!」
俺達は、暗くなり始めたヴァナディースの街へと繰り出した。
……
――かすかに音がした。
食事の後、宿に戻った俺達。すでに外は暗闇に包まれており、起きているのは睡眠障害の俺一人である。小さな蝋燭の明かりを頼りに、十の屋敷からかっぱらって来た本を読みつつ、眠くなるまでの暇を潰していた。
そんな時、廊下からかすかな物音が聞こえたのだ。耳を澄ますと、忍び足の音がこちらに近づいている。
少し、嫌な予感がした。明かりを吹き消し、短剣に手をかける。【眼力】スキルの一つ【夜目】により、窓から差し込む月光だけでも、周囲を鮮明に見渡せた。
入り口は一つ。木製のドアにはかんぬきが掛かっている。部屋に入ってくるならぶち破るか、先に何らかの手段でかんぬきを外しにくるだろう。
ドアの横にスタンバイ。準備はおk。どんとこい。
てぐすね引いて待ち構えていると、侵入者はやって来た。しかし、確かにそいつはドアから入ってきたのだが、その方法は予想の斜め上を行く物だった。
木製のドアを――すり抜けてきたのだ。まずドアから手が現れ、次いで足、頭、そして体が順々にドアを通り抜ける。そう、まるで幽霊のように。
一瞬驚き、躊躇してしまう。が、どうやらこっちには気がついていないようなので、とりあえずぶん殴ってみる事にした。
最後に左足が部屋に入りきった瞬間、間髪入れず蹴りを叩き込む。意外にも攻撃は普通にヒットし、侵入者はゴロゴロと転がって、部屋の壁にぶつかり変な格好で止まった。
すぐには追撃せず、他に敵はいないかを確認。壁に耳を当ててみるが、どうや、侵入者はこいつ一人のようだった。まあ、ドアをすり抜けるなんて忍法みたいな真似ができる奴が、そんなにいるとは思えないが。
「残念だったな。わざわざこんな時間に来たのに、不意をつけなくて」
そう余裕ぶって声をかけるが、さっきの"すり抜け"の正体がわからないので、気持ちが悪い。あまり迂闊には近づけなかった。どうするか。
しばらくすると、侵入者は気持ちの悪い動きをしながら立ち上がった。体中の関節が逆に折れ、右と左が入れ替わってしまっているような、奇妙で、奇抜で、奇天烈な動きだった。
起き上がった侵入者が、ふらつきながらもこちらに体を向ける。外套を頭からかぶっており、顔は確認できなかった。
「……お前、何者だ」
俺の問いかけに答える事はなく、その男は一転して、すぐ横にあった窓から逃げだした。来た時と同様に、ガラスの窓を音も無くすり抜けて、夜の闇に消えていった。
まったく、なんなんだよおい。
「……クー。どうしたの?」
今の騒ぎにより、ベッドで寝ていた二人が起きて―――いや、さあきだけが起きてきた。十はあの騒ぎにもかかわらず、まだ寝ていやがる。こいつ、あの騒ぎで起きないのかよ。
「よくわからんが、侵入者だ。さあき。今ここから出て行った奴を【解析】で調べてくれ。こんな夜中に、街中を高速移動しているやつだ。すぐにわかるだろ」
「ん? んー。ちょっとまってね。くぁ……」
眠そうにあくびをしながら、さあきは他人には見えないウィンドウを操作するために指を動かし始めた。
侵入者を逃して何をやっているのかという話だが、別に追っかける必要は無い。仲間が居て待ち伏せされても面倒だし、大体こっちには広域レーダー持ちが居るんだ。逃げ切れると思うなよ。
おそらく友森達の部下だろう。目的は不明だが、早くも居場所がばれてしまったらしい。別に強襲なんかしてこなくても、こっちから会いに行くつもりだったのに、ご苦労なこった。
「クー。そんな人居ないよ。外を動いている人なんか、一人も」
「あ? そんなはずはないだろ」
「でも、そっちの方向でしょ? やっぱり動いている人どころか、屋外にも誰もいないよ。建物の中とかには、そりゃまあ居るけど」
いや、待てよ。あの侵入者、ドアとか窓とか通り抜けられるんだった。すでにどっかの建物の中に入った後か。
「さあき。じゃあ、近くの建物にいる人間を順に調べて、変なスキルを持っているの奴がいないか確認しろ」
「えー……」
不満そうな声を上げて、今度は両手を動かし始めたさあき。はたから見ると、遊んでいるようにしか見えないが、今こいつは大量のポップアップを処理している。建物内のすべてのマーカーをチェックするのは、かなり作業量のようだった。
30分ほど広域レーダーと格闘した結果、特に怪しい輩は周囲にいないと言うのが、さあきの回答だった。
……
「なんだよ。結局逃がしたのかよ。追っかければよかったのに」
「うるせぇ。さあきが役に立たなかったんだよ」
「ぇえー。ゴメンナサイ」
朝。昨日の一件を、十がいまさらながらに文句を言ってきた。あの騒ぎで最後まで寝ていたのはどこのどいつかと、問い詰めてやりたい。
だがまあ、侵入者を逃してしまったのは事実だ。それは姉御の言う通りである。目的がよくわからない侵入者だったし、捕まえて話を聞いておきたかった。追っかけたほうが正解だったのかもしれないな。
まあ、今更言っても仕方がない。この話はとりあえず置いておいて、これからの話だ。
「さあき。お前の【解析】スキルが上がって、仕様が変わったらしいな。詳しく教えろ」
「前にも言ったじゃん。レーダーで見える範囲が広くなって、もっと"詳しく"調べられるようになっただけだよ」
「その、"詳しく"って所を詳しく教えろっていっているんだ」
「"詳しく"は、"詳しく"だよ」
頭が痛い。俺にその【解析】スキルを操作させてくれ。それが出来れば話は早いのに……
「わかった。質問を変える。そのレーダーで、他人のスキルを詳細まで調べられるようになったんだよな」
「ん。見えるよー。前は見えなかったなのに、不思議だよね」
「それと、レーダーの見える範囲が広くなったって言ったけど、正確にはどれくらいなんだ?」
「え? えーと。よくわかんないけど、たぶん……5kmくらい?」
そういう仕様を聞いてんだよ。まったく。
「って事は、ここからあの中央神殿は範囲に入っているんだろ?」
「うん」
さあきが頷く。それさえわかれば十分だった。
「おっけ。今日はまず、友森と三好のスキルを詳しく調べようと思う。予想はしているんだが、やっぱりやつらの手の内は把握しておきたい」
「え。めんどくせーな。問答無用でぶちのめせばいいじゃん」
姉御が朝食出されたサンドウィッチを手に取りながら言った。
「それは無しって言ってるだろ。そんな騒ぎを起こしたら、俺達はこの街にいられなくなっちまう。事を起こすなら、魔石十二宮を手に入れてからだ」
最悪なのは、魔石十二宮を手に入れる前に、三好と友森が本気で俺達を攻撃し始める事だ。そうなるとおそらく、教国全体を相手にしなければならなくなるから、この国にあるという魔石十二宮の情報を調べる事も、それを回収することも困難になってしまう。
だが昨日の侵入者の件を考えても、あいつらは”まだ”,本気で戦うつもりではないのだろう。本気なら、一息に近衛騎士団を含む軍隊で襲撃してくるはずだからな。そう意味では交渉の余地はある。
「とりあえず、さあきと姉御。お前ら、宿で留守番な。一歩も外に出るなよ」
「ぅぶふ!」
食いかけのサンドウィッチを、勢い良く噴き出す十姉御。隣では何を言われたのか良く分かっていないさあきが、目をパチパチと瞬かせていた。
「おい! どういう事だよ!」
「さっきに言っただろうが、まず、友森と三好を探すのが先だって」
「だから、なんで私達が留守番なんだよ! 私も探すの手伝うし」
「だーかーらー。必要ないんだよ。今から話すから黙って聞け。まず姉御。お前、目立つから邪魔」
「う!」
姉御がめずらしく言葉につまり、伏し目がちに目を逸らした。どうやら自覚はあるようだ。昔よりは進歩しているな。
「どうする気なの? クー」
静かになった十の代わりに、さあきが聞いてきた。俺は2人に今日の段取りを説明した。
……
「……ってことだ。さあきのスキルをフル活用すれば、今日中に三好と友森の情報は手に入る。一日くらい待て」
「うー……」
説明を聞いても、まだ不満顔な姉御。ここに来るまで、暴れてなかったからストレスが溜まってるのだろうか。仕方が無いな。
「姉御。お前、昨日不審者が襲撃してきたとき、寝ていやがっただろ」
「う? あぁ。それがどうした?」
「あの時、侵入者が気になることを言ったんだ。『サラシナサアキ、コロス……』ってな」
「本当か!?」
「ふぇ?」
姉御だけではなく、さあきも驚いて声をあげる。
「ああ。だからさ。今日はさあきを守っておいてくれ。俺が居ない間に、また奴が来て襲われても困る」
「任せろ! さあきは私が守る!」
「う、うん」
強い口調で宣言し、さあきの肩を抱く姉御だった。こんなにバレバレな嘘を簡単に信じてくれるなんて、嘘のつきがいの無い女である。
そういうわけで、俺は二人を残して宿を出た。目的地は中央神殿。ヴァナヘイム教皇が住むという、この街の中心部だ。
ヴァナディース Illusted by wad




