28 決着
28
レッドドラゴンの巨大な顎が、一口で十を飲み込む。その瞬間、俺は弾かれるように駆け出した。
「うらな!」
思わず、我を忘れて叫ぶ。どういうことだよ、何の冗談だ。まさか、あの姉御が……
無策に――何も考えずに真っ直ぐ【ダッシュ】で近づき、十を助けるべくレッドドラゴンの背後から一気に飛びかかった。敵がこちらを振り返り、大きく口を開く――
あ、やばい
そこでやっと、致命的なミスに気がついた。ドラゴンブレス――これは直撃コースだ。まともにくらった事が無いから生き残れるかわからないが、ただあの炎柱は熱そうだという、漠然とした考えだけが頭によぎった。
――ドン!
死を覚悟した次の瞬間、レッドドラゴンが放ったのは炎柱ではなく、閃光だった。
衝撃と轟音が広場中に響き渡り、俺は分厚い壁にぶつかったかのような爆風に煽られ、元いた位置まで弾き飛ばされた。
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。慌てて起き上がると、そこには喉元から胸にかけて吹き飛ばされた無惨なレッドドラゴンの体があった。
爆煙と瓦礫、そして飛び散らかるレッドドラゴン肉片の中、十が現れた。大きく右手を上げ、勝ち誇りながら。
「はっはー。どんなもんだ。私の、【デストラクト】……」
「おい! 姉御!」
言いかけて、崩れかかる十。慌てて駆け寄って受け止める。
見るとそのHPゲージは空になっていた。少し焦ったが、スースーとかわいい寝息を立てているのを確認して安心した。どうやら生きているようだ。
【デストラクト】――良く分からないが、恐らく名称とこの姉御の様子からして自爆する類の魔術だろう。たしかに、爆発を操る【爆術】なら自爆技があってもおかしくない。
相変わらず無茶なヤツだ。まあ姉御は最初から、この【デストラクト】ありきの戦いをしていたのかもしれない。それなら、計算通りなのかもな。
「フハハハハ! 見事! 見事なり」
とにもかくにも、俺達は二頭のドラゴンを撃破した。けしかけた張本人のヨルムンガンドは、ゲラゲラと大笑いしている。
こいつらの生態なんか知らないが、同属を二頭を目の前で殺されて、こんなに楽しそうなのはどういう事なのか。仲間意識とかは無いのか? まあ、怒り来るって襲い掛かられても困るから、触らぬ神になんとやらなのだが。
「まさか、双竜がやられるとはな。フハハ。なかなかの見物であったぞ。人間共」
「っは。そりゃどうも。それで、例の物は貰えるのか?」
「もちろんだ。我は竜の王。二言は無い。ニッグ」
先ほどの赤毛の少年が、いつの間にか戻っていた。相変わらず存在感の無い少年だったが、その手にはソフトボール大の大きさをした黄緑色の魔石が抱えられていた。
【爆破のペリドット】――その惹きこまれそうな黄緑の輝きは、魔石十二宮の名に相応しい美しさだった。ニッグから無言で受け渡されると、力がみなぎるような感覚がした。
これでやっと一個目の魔石十二宮か。後11個――まだ在り処すらわからないのも結構あるし、随分と時間がかかりそうだ。
「ヨルムンガンド。もう一つ聞きたい事がある」
「ふむ。言ってみろ」
【爆破のペリドット】を受け取った後、ヨルムンガンドに話しかけた。
「他の魔石十二宮の在り処の事なんだが」
「アンラの小僧に教えてもらったのではないのか?」
魔王に教えてもらったのは、どちらかと言うと魔石十二宮を持っている――もしくは在り処を知っていそうな奴の居場所だった。特に三柱神が一柱――世界蛇・ヨルムンガンドと、七悪魔筆頭である傲慢の君・ルシファが真っ先に候補としてあげられていた。
「ってわけでアンラに、まずはお前かルシファかのどっちかに行けって言われたんだよ」
説明すると、ヨルムンガンドは少し困った様子で唸っていた。
「魔石十二宮に限らず、地上の事ならルシファに聞いたほうがよい。アイツは一応、地上における魔界の住人の筆頭だからな」
「勿論ルシファの所にはいずれ向かうつもりなんだけど、結構遠いみたいでね。なにか知っている事があれば教えて欲しい」
「そうだな。いくつかは知っておる」
大きく一呼吸入れて、ヨルムンガンドは記憶をたどるように続けた。
「まず、ノルンに伝わる【光のダイヤモンド】、同じくエスタブルクに伝わる【風のエメラルド】あたりが良く知られておる。南のカラクムにも、【時のラピスラズリ】があると聞く、それとおそらく、ヴァナヘイムの連中も"何か"持っておろう」
ノルン――ノルン王国、つまり最初の国か。これは王子に教えておけば、何とかしてくれるはずだ。エスタブルグってのは、西の強国――エスタブルグ帝国のことだろう。ここからだとかなり遠い。それと南のカラクムってのも全然わからないから、この二つは後回しだな。っつーことは、ここからだとヴァナヘイム――北のヴァナヘイム教国が一番近いか。
「儂が知っておるのはその程度だ」
「いや、助かった。ありがとう。それじゃヴァナヘイム教国から回ってみるよ」
しかしこのヨルムンガンド、思ったよりあっさり情報を教えてくれたな。なにか代償を求める様子もないし。まあ楽で良いんだが、多少の違和感がある事は否めない。
世界蛇・ヨルムンガンド――こいつは神話上ならば、自ら地上に侵攻してくるような豪傑のはずだ。俺達の強さを試すにしても、部下をけしかけるのは無く、自ら戦いを挑んでくる方が自然に思われる。
――なぜ自身で戦わない? そしてこの素直な情報提供。なにか考えでもあるのだろうか。
「ヴァナヘイムに行くのなら、ついでにあの国を滅ぼしてくれると助かるのだがな」
ヨルムンガンドは、何の前触れもなくそんな事を言った。
「……それはまた、無茶苦茶な」
一瞬あっけにとられてしまった。何を言っているんだ、こいつ。そんなに簡単に、一国を滅ぼせるわけ無いだろう。しかもついでにって、どんな感覚だ。
「ヴァナヘイムは人間共の拠点の中でも、最大にして不落の場所。滅ぼした暁には褒美として、あの土地はすべて貴様にやろう。どうだ?」
本気とも冗談ともとれる調子で話すヨルムンガンド。これが、こいつの目的か? いや、それは無いだろ。いくらなんでも、荒唐無稽すぎる。
「さすがに約束はできないな」
「フハハハハ。まあ考えておいてくれ。ヴァナヘイムにいくのなら、送ってやろう。ニッグ!」
ヨルムンガンドの声に、傍でたたずんでいた赤毛の少年が突然、大きく体を震わせて答えた。続けて耳に響く咆哮とともに、少年は巨大なドラゴンへと姿を変えた。
【竜人】――魔王がそんな言葉を使っていた気がする。おそらく、この少年がそれなのだろう。ニッグは大きく一度吼えると、ゆっくりと体勢を低くした。
「遠慮するな。乗っていけ」
「待て。ありがたいんだが、麓の村に連れを置きっぱなしなんだ。送ってもらうならそこまででいい」
「そうか。好きにしろ。ニッグに命令するといい」
ヨルムンガンドの言葉に甘えさせてもらう事にした。いまだに目を覚まさない十を抱きかかえ、ニッグと呼ばれたドラゴンの背に飛び乗る。
「ありがとう、ヨルムンガンド。色々世話になった」
ヨルムンガンドは、俺の別れの挨拶に、言葉ではなく咆哮で答えた。その雄大な響きを合図に、ニッグは大きく伸びをして羽を広げる。そして大きく羽ばたくと、上空に開いた大穴をくぐり、あっという間に大空へと飛び立った。
ぐんぐんと遠ざかる地上を横目に、吹き飛ばされないようにごつごつしたドラゴンの鱗にしがみつく。油断したらあっという間に振り落とされそうだったが、しばらくして水平飛行に移行した後は、景色を楽しむくらいの余裕ができた。
「うお! なんだここ!」
飛び立ってしばらくして、十姉御が目を覚ました。一瞬、状況が理解できずに驚いた様子だったが、軽くいきさつを説明すると、すぐにドラゴンによる空中飛行を楽しんでいた。
「すっげー! 飛んでるじゃねーか!」
「落ちるなよ」
「はっはー! こいつはいい眺めだ」
気持ちのいい風を受けながら、俺たちは太古の地を後にした。
……
巨大なドラゴンがゆっくりと着地する。俺達は送ってくれたニッグに礼を言って別れ、麓の村に待たせていたファラ達と合流した。
そこで待っていたのは、エ・ルミタスの街に教国の軍隊が現れたという姉御の部下からの報告だった。
【爆術】【デストラクト】
HP消費・すべて。自身を中心に、大規模な爆発を起こす。使用後は戦闘不能に陥る。




