case.10 勇者の本気
「―――グラァァァァァアッ!」
「にぃ、左に避けてっ!」
俺は月夜の指示通り左に飛んでフェンリルの攻撃を回避した。
そしてすぐ態勢を立て直し、剣を構えてフェンリルを見据える。
―――あれから、すぐに俺たちは戦闘になった。
各々がそれぞれの相手と戦うこの状況で、俺たち兄妹はフェンリルと呼ばれる獣人と対峙していた。
「チィッ……テメェみたいな戦闘経験のないカスの相手なんぞ早く終わらせて、早くルシファー様の所へ行きたいのに……ッ! いいから早く死ねやァァァアッ!」
再びフェンリルは高速で飛びかかってくる。
「にぃ、今度は後ろに飛んで!」
「ッ……ああ!」
今度も月夜に言われるがまま、俺は後ろへ飛んだ。
すると、またも回避することが出来た。
「ガァァァァッ! ウゼェウゼェ! ―――だったらまずはテメェからだッ!!!」
フェンリルは、月夜を見てそう叫んだ。
月夜が俺に回避指示を出しているのを聞いて、その月夜が邪魔だと思ったらしい。
「ヒッ……」
月夜がフェンリルの迫力に怯えてしまったようで、自分の身体を動かす素振りは見えなかった。
(これは……マズイ……っ!)
「月夜っ! そこを動くなよッ!」
「ふぇ……?」
「スキル―――『神速』ッ!」
小さく、そう呟いた俺は神速でフェンリルを追い抜かし、月夜を抱きかかえた。
「に、にぃ……! ありがとう!」
「いや、大丈夫だ。それより―――」
俺はフェンリルを再び見据えようと思って、背後を振り返った。
その瞬間―――
「に、にぃ!!!」
「―――えっ……グァッ!!」
―――痛い……痛い……痛いッ!!
何だ……背中が、焼けるように痛い……!
「グハハハ! まずはワンダウンッ!」
虚ろな目で見ると、フェンリルの手の鋭い爪から血が滴り落ちていた。
そして俺の背中には、三本の線上の傷跡が。
「にぃ……にぃ!! 今すぐ回復するからッ!」
月夜が、俺に回復魔法をかける。
しかし、回復量と、出血量が噛み合っていない。
明らかに傷……ダメージの方が大きかった。
実際、俺の背中の痛みは全く無くなる気配は無い。
「ガ……ハッ!」
ゴポッと口から血を吐く。
相当傷が深いようだ。
「クハハハ……次はテメェだッ! 女ァァァッ!」
(マズ……い。このままじゃ本当に月夜が……!)
ダメだ。動きたくても身体が言うことを聞かない……。
(ダメだダメだダメだ……! ここで動かなきゃ、誰か月夜を守るんだ……!)
―――クッソ……開幕ピンチとか……普通あり得るかよ……!
「つき……よ!」
「にぃ……にぃ!!」
二人は、手を伸ばす。
俺の指と、月夜の指が絡まる。
「ダメ……にぃが死ぬのは嫌なの……! だから私がにぃを助けなきゃいけないの!!」
「つき……よ?」
月夜が、いや、月夜の手が光りだした。
何だ……これは。
「グアッ……光は……光はやめてくれエェェッ!」
すると眩い光に目をやられたのか、フェンリルは襲いかかるどころか、一歩ずつ後ずさりしていった。
「にぃ……は……にぃは私が守るのっ!」
月夜の手の輝きは勢いを増していく。
「にぃの怪我は、私が治すっ! 『にぃは、怪我なんかしてなかった』って言えるくらい完璧に!!!」
月夜が、そう言った瞬間だった。
月夜から放たれた光は辺りを一瞬だけ包み、すぐにその光は消えてしまう。
それを認知できたのもつかの間、俺は別のことに驚いていた。
「痛く……ない?」
俺は急いで背中を触った。
すると、そこにはあるはずの傷が無くなっていたのだ。
「え……?」
「にぃ?」
どうやら、月夜にも分からないらしく、俺が背中を見せたら、月夜も驚いていた。
「何だか……よく分からないけど、助かったんだよな?」
「そう、だね?」
よし……これで戦える。
それにしても……今の力、あれは何だったのだろうか。―――月夜の、力だろうけど。
「―――まあ、考えてても仕方ないか。まずはフェンリル、お前を倒してからだ!!」
俺は手に持つ剣をフェンリルに向けて、そう言い放った。
するとフェンリルは目に見えて怒りを現し、そしてこう言った。
「ほざけッ! テメェらだけは絶対に殺してやるよッ! もうこっからは手加減なんてしねェ。本気で行かせてもらうぞッ!!!」
「ヒッ……」
月夜はまたもフェンリルの迫力に怯えてしまったようだ。
俺の服を掴む手が震えている。
―――月夜だけは、なんとしても守り抜いてみせる。
「―――限界突破……。オーバーキルスタンバイ。行くぜェ……『偽獣神化』ッ!!!!!」
そう、フェンリルが叫んだ瞬間、フェンリルの雰囲気はガラッと変わった。
灰色だった毛並みが、一瞬にして真っ黒に塗り変わり、溢れ出ていた赤色のオーラは、金色に変わった。
あれが、『獣神化』なのだろうか。
マノンさんから教えてもらったが、あれは全能力値を一瞬にして限界以上まで引き上げる、フィニッシャー向きのスキルだという。
獣族であれば、スピードやパワー、他にも攻撃の精密度が上がるという。
「オラァ……行くぜェ? 構えろやァァァァッ!」
「月夜ッ!」
フェンリルの攻撃をすぐに察知した俺は、すぐに月夜を抱えて、『神速』で移動した。
「まだ終わらねえぞォッ!」
避けたと思ったら、フェンリルはさらに追撃を加えてくる。
それを俺が『神速』で避ける。
これを何度も繰り返していた。
「チッ、ムカつくな。ならこれでどうだッ! “分身”ッ!!!」
そう言うと、フェンリルは何人にも分身した。
あれは、ルインさんがよく使う技の一つ、“分身”か。
クソ……敵にするとこんなにも厄介に感じるというのか。
「行くぜェ? “神爪”ッ!!!」
フェンリルの手が、爪が金色に輝く。
そしてそのまま全ての分身が俺たちへ襲いかかってくる。
「あれは……避けられないか。なら、倒すまで……だ!」
「にぃ……! 私も手伝うよ!」
「よし、やるぞ!」
「うん!」
月夜は杖を構えた。
フェンリルの数は、大体50体くらい。
前方からのみ、攻撃を仕掛けられている。
それなら、前方に与える広範囲の技を使うほうがいいか。
(なら、ちょうどいいのがあるな……!)
「私から行くよ! ―――喰らって、“風天”ッ!」
月夜は、空から無数に降り注ぐ風属性の魔力弾を放つ。
さらに、
「光が弱いなら……これも受けて! “光天”ッ!!!」
続けて光属性の魔力弾が降り注ぐ“光天”も使った。
2色の魔力弾は、フェンリルの分身を何体も消し飛ばしていく。
そして、中でもやはり1番ダメージが効いていそうだったのは、光属性の“光天”だった。
「にぃ、残り半分はお願い!」
「ああ、任せろ!」
月夜の攻撃で、フェンリルの分身はもう半分以下まで減っていた。
これなら、俺でも何とかやれるか。
「うし……見せてやるぜ勇者の実力を! サタールさんとベルゼリオさん直伝の“鬼龍流”の力を受けてみろ!」
「クソ……ガァァァァァッ! まだまだだァァァァァッ!」
フェンリルがそう叫ぶと、分身は再び増えた。
しかも、今度はさっきの倍近い、100体程の数まで増えていたのだ。
(だけど、まだこれなら何とか……!)
「行くぜ……受けてみなッ! ―――“鬼龍流奥義・百鬼夜行”ッ!!!!」
サタールさんから何度も教え込まれたこの技、“百鬼夜行”を放った俺。
不格好ながらも剣先から放たれた魔力は、すぐに無数に分散して、魂のような形を形成した。
そしてその魂に、鬼や妖怪のような形が浮き出てきて、それがフェンリルの分身へと襲いかかる。
“百鬼夜行”は、次々と分身を薙ぎ払っていて、俺は技が成功したことに喜んでいた。
―――しかし、その油断がまた俺のピンチを招いた。
「にぃ……うえ―――」
月夜がそう言ったが、俺はそれに反応することが出来なかった。
「―――クハハッ!」
気づけば、再びフェンリルの奇襲に気づかず、俺は背中を切り裂かれていた。
「―――ア……ガ……ッ!」
「にぃ!?」
さっきより多い血が背中から溢れる。
ダメだ……さっきよりも痛い!
「回復するなら、その度に俺が何度でも切り裂いてやろうッ! まずは一人……そして次はテメェだ、女ァァッ!」
「えっ……! そ……んな!! にぃ!」
すまない……月夜……。
もう、声があんまり……出な―――
「ハッ、安心しなァ!? 今からテメェもこの男みたいにしてやるからよォッ!」
「ヒッ……いや……いやだよぉ……にぃ……!」
―――なんで、こうも俺は油断してしまうんだ……! 勇者だからって、浮かれてたのか……?
(クソ……俺は……勇者のくせに何にも守れないまま終わるのか……?)
いや……ダメだ。
そんなの絶対にダメだ……
動け、動け、動け―――
「う……ご…………けェェェェェェッ!」
「無駄だァッ! 全てはルシファー様の支配の下にイッ!!!」
爪が、振り下ろされる。
「月夜……月夜ォォォォォォッ!!!」
ダメだ。動かない。動けない。
もう……俺には―――
そんな、俺が痛みと絶望に震えていた、その時だった。
「―――任せておきな。俺っちが助けてやるよ」
「え……?」
その声は、そんな絶望に陥っていた俺の、俺たちの“希望”だった。
突如として現れた、俺たちの救世主は―――
「―――魔帝八皇が一人、【憤怒】のサタール。ヘヘッ、今ここに帰還したぜェ!」




