case.8 圧倒的な力
「―――少し思ったんだがね? 一ついい提案があるんだ」
突然、空に居た堕天使バラキエルがそう言った。
「1対1の負け抜け戦にしないかい?」
「どういうことでしょうか、バラキエル様」
「いやねフルーレティくん。冷静に考えてみなよ。こちらの人数は7。それに対して向こうの人数は5。こちらが2人多いんだよ」
「はあ、それが……?」
「それにこちらのメンバーはそこの白龍王以外、全員が神クラスの力を持っている。となればどうだろう? 結果は見えてしまうだろう? 見たところ向こう側に援軍が来る様子は無いようだし」
「なるほど。勝利が分かりきっているからこそ、相手に僅かでも希望を与えるという戯れが出来るということですね? いいでしょう。それでは私とメフィは見ていますので、皆様で1対1の負け抜け戦を行ってくださいませ」
「ありがと、レティちん!」
今の会話は、ムルたちにも聞こえていた。
どうやらバラキエルの提案により、各陣営5名の選抜メンバーで、1対1の負け抜け戦となったようだ。
まあ、ムルたち魔王軍陣営にはメンバーを選抜する余地など無いのだが。
「聞こえてたかい? ベルちん」
『ああ。勿論聞こえていたさ、バラキエルよ』
「それじゃあ、1対1だからお互い一人ずつ先鋒を選んでよ」
『フッ、良いだろう。感謝するぞ』
―――“夜までの時間稼ぎに丁度いいからな”。そうベルゼブブは思っていた。
ある程度戦闘時間を長引かせて、そうして夜まで時間を稼ぐ。
そうすれば援軍がやってきて、そこから一気に奴らを攻めればいい。
ベルゼブブはそんな作戦を脳内で立てる。
リガーテという騎士の力は恐らく凡人レベルだろうが、その他のメンバーはどれも神クラスと言って差し支えないレベルだ。
その為、時間稼ぎなどは余裕だと思っている。
そうやってベルゼブブは仮定的に未来予想をしていく。
「じゃあこっちからはまず言いだしっぺの私から出ることにするよ」
そう言ってバラキエルが地面へと降り立つ。
ベルゼブブはそれを見てしばし長考した後、先鋒を発表した。
『ではこちらからは我が出よう』
先鋒は、自分だと。
ベルゼブブはさらに言葉を続ける。
『奴とは……バラキエルとは少々、いやかなりの因縁があるのでな。奴が先鋒であれば、こちらも我が先鋒として出ようではないか』
「そうね……まあ、仕方ないわね。いいわ、頑張りなさい。ベル」
『フッ、感謝しよう』
そう言ってベルゼブブは前へと進む。
それを見てバラキエルは笑う。
「フハハハ! やはりお前が出てくるよなぁ? ベルゼブブッ!」
『ああ、我だ。良いだろう? 久々に戦おうではないか!』
「ああ、いいねぇ! キミとなら随分と楽しめそうだよ!」
『それでは始めようか。長い長い戦いを、な』
そうして、戦いは静かに始まった。
そして、この場にいた魔王軍メンバー全員が思った。
“この中で一番の力を持つであるベルゼブブが先鋒であれば、夜までの時間稼ぎが余裕で出来るだろう”と。
それは、ベルゼブブ本人も思っていたし、相手であるバラキエルも、“時間稼ぎかもしれないな”と思っていたのだ。
しかし、その予想は誰も当たることはなく、そして誰しもが予想していない結末を迎えることになるのだった。
■
「オラっ! どうしたよベルゼブブ!」
「グァァァッ!」
ダン!と勢いよく壁に打ち付けられるベルゼブブ。
それをしたのは勿論対戦相手のバラキエルだ。
今は試合開始して僅か10分。
まだ沈みかけた日も沈みきっていない、夕方の今、均衡し、時間を稼げると思っていたこの戦いは早くも終わりの影を見せていた。
『貴様……ッ! 何だその……力……は!』
「いんや? 普通に戦っただけだが?」
『クソが……ッ! 強すぎる……』
「いいや、俺が強くなったんじゃない。お前が弱くなったんだよ。ベルゼブブ」
試合開始からずっと、ベルゼブブはバラキエルに圧倒されていた。
ルシファー戦から消耗していて、披露も溜まっていたベルゼブブは、思うように力が出せず、その結果がこれだ。
「あぁ、つまらないな。もっと楽しめると思っていたのに」
『クッ……意識が……もう』
「もういいよ、ベルゼブブ。飽きたから終わらせよう」
バラキエルは一歩ずつ、ベルゼブブへと歩み寄る。
「時間稼ぎのつもりだったのかもしれないけど、残念だったね。キミたちは、私ら堕天軍の力には遠く及ばないようだ」
『……バラ―――』
何かを言いかけたまま、ベルゼブブは倒れてしまう。
「ああ、憐れな反逆者共よ。ベルゼブブが敗れた今、この状況で貴様らに勝ち目があると思うのか?」
ベルゼブブをムルたちの方へ蹴り飛ばしながら、バラキエルはそう言った。
「もう、無駄な足掻きはやめたまえ。これ以上の抵抗は、貴様らの死を意味するものになるぞ」
「クッ……」
ラグエルは唇を噛んだ。
まさか、ここまでバラキエルが強いだなんて予想していなかった。
このまま、夜まで二人の戦いが持ってくれると思ったが……。
だが、まだ時間的には夕方だ。
味方が帰ってくるにはまだ早い。
となれば、ベルゼブブの代わりに1秒でも長く時間を稼がなければならない。
「私たちは……抵抗するわよ……? まずは貴方を倒して……そして少しでも時間を稼ぐッ!」
「ほう。やはり貴様も面白いな、ラグエル。なら次はお前が私と戦え」
「いいわよ。やってやるわよ!」
バラキエルの挑発にのり、ラグエルは前へと歩み出る。
そして、その途中でベルゼブブを抱え、そのままレヴィーナの方へ投げつける。
「貴女たちで、その人を癒やしてあげて。私はその間に戦ってるわ」
「でも……あの堕天使の力は相当なものですよ……!?」
ムルはラグエルを心配して声を荒げた。
しかしそんなムルに、ラグエルは言う。
「安心してムルちゃん。私を誰だと思ってるの? いい? 私は【忍耐】を司る《七つの美徳》が一人、ラグエルなのよ?」
「ですが……」
「いいから私に任せておきなさい。貴女たちはそこで大人しく見ていればいいのよ」
そのままラグエルはバラキエルのもとへと歩いていく。
「さて、お待たせしたわね。始めましょ―――」
そうラグエルが言った瞬間の事だった。
「―――グラァァァァァァッウ!」
「いやァァァァッ!」
突如現れた高速の人影によって、ラグエルは勢いよく腹を蹴られ、遠く後方へと吹き飛ばされてしまう。
その、ラグエルを蹴り飛ばした人物とは……。
「―――おいおいフェンリル。余計な手出しは無用だぞ?」
「チッ、おいバラキエルッ! ルシファー様の御前だぞ! 早く終わらせろ、こんな雑魚共!」
そう、灰色の魔狼フェンリルである。
この戦いにしびれを切らしたフェンリルは、バラキエルとラグエルの戦いを強制的に終わらせたのだ。
「ルシファーの御前……?」
「アァ!? まだ気づいてねぇのかよ! 後ろを見ろ後ろをッ!」
「後ろ……? あ―――」
バラキエルはフェンリルに怒鳴られ、そのまま後ろを向いた。
そしてそのまま驚いた。
「フム。まだ終わってなかったか」
「い、いやすまない」
「まあよい。こちらは全て終わったからな」
「終わった……ってことは」
「ああ。『強制堕天』完了だ。来い、ルシファルナよ」
ルシファーは、後ろにいたルシファルナを呼んだ。
名前を呼ばれて、ルシファルナは虚ろな目をしながら歩いてくる。
「ルシファルナ……?」
レヴィーナは、何かルシファルナの様子がおかしいことに気づき、目を細めた。
「さぁ、こちらの準備は完全に整った。どうする? まだやるか?」
……ルシファーにそう言われ、ムルはすくんでしまう。
ベルゼブブとラグエルはやられた。
時間はまだ夕方で援軍が来る可能性は低い。
こんな絶望的なのに、まだ戦えるのか。
「フッ。もういいのだ。あんな魔王に着いていくより、我ら堕天軍についたほうが確実に良いだろう。それに、それが一番血を流さずに済む」
「あんな……魔王」
「ああそうだ。あんなポッと出の魔王より、遥か昔から悠久の時を生きる我についてきたほうが良いだろうさ」
「ポッと出……」
ムルはいつもみたいに怒りたかった。
しかし状況が状況だ。
今逆らえば、自分だけでなく、後ろにいる彼の仲間たちにも影響が及ぶかもしれない。
そう思うと、いつも通りの口調にはなれなかった。
「うぅ……」
思わず涙を流してしまうムル。
ルシファーに従いたくはないが、それが一番最善の手なら。
そう思って、足を前に出そうとした、その時だった。
「―――勇者、只今帰還しましたー!」
そう、何とも間の抜けた声が辺りに響いた。
「勇者の……帰還」
そんな誰かの呟きが、聞こえてきた。
生殺与奪の権




