case.3-1 冥王と死神さん
ルシファルナの戦い
「クハハ! 脆い脆いッ!」
「クッ……!」
黒い大剣を片手剣のように扱い、そしてそれを振り回すエレボス。
私はそれをギリギリの距離で避けているが、ただ避けているだけで中々攻めに転じる隙がない。
「フッ、弓使いなど所詮は雑魚よッ! 距離を詰めてしまえばあとはこちらのモノだ!」
そう言いながらエレボスは、距離を離してくれない。
むしろ少しずつ詰められている。
確かに、彼の言うとおり、遠距離攻撃を主とする私にとって、近距離戦というのはあまり慣れていないのだ。
さらに今回は、突然襲われたという特殊ケース。
戦闘の準備が出来ていなかった。
だがこのまま、やられっぱなしというのも癪だ。
―――そろそろ反撃をしましょうか。
「“矢弾”ッ!」
前方、エレボス目掛けて瞬時に矢を撃ち放った。
「無駄だッ!」
しかし、それをエレボスは大剣で受け止めながら前進してくる。
「喰らえェッ! “大山裂破”ッ!!!」
そう、エレボスが叫んだ時。
すぐに危険な技だと分かった。
そう思い、私はスキル『幻想』の効果の一つ、“幻影”を使った。
指定した位置に自分の分身を作り、そして本体とその分身とを自由に行き来することが出来る技……それが“幻影”だ。
「フンッ! ……ァ?」
私は咄嗟の判断で遠くに分身を生成、後に分身と位置を交代した。
今、エレボスが攻撃したのはすなわち分身である。
―――危機一髪、だった。
「幻術か。小賢しい」
「貴方と私では、力の差が歴然ですので。それにしたって、どうして私を狙うのでしょうか」
少し距離を取ることができて、余裕が出た私は、素直な疑問をエレボスにぶつけてみた。
すると意外にもエレボスは、その問いに答えてきた。
「いいだろう。話せる部分は話してやろう」
大剣を地面に突き刺し、そこに両手を起きながらエレボスは話し始める。
「―――これは我が主の命令だ。その内容は至ってシンプル。貴様……ルシファルナを捕縛し、連れて帰ること。ただそれだけだ」
「私を……? 何故でしょうか。私を連れ去る理由が分かりません。まだ我が主、魔王ルミナス様なら理解は出来ましたが……」
「フン、逆に考えてみろ。『魔王ルミナスではなく、貴様を連れ去る理由』か、『貴様を捕まえて利益の生まれる人物は誰か』。その二つの疑問の答えは共通しているのだからな」
……魔王様ではなく、私を連れ去る理由。
私を捕まえて得をする人物。
そして、“冥王エレボス”を従える主の招待。
私はこの時、嫌な予感がした。
まさか、とは思ったが、私はある一つの答えに辿り着いたのだ。
そんなことが、あり得るのだろうか。
ずっと信じていたあの方に、裏切られる……そんなことが。
「フン、ようやく気づいたか。だからこそ、先程我は、“嫌だが”と言ったのだ」
まさか……まさか。
かつて冥界を滅ぼし、私を拾い、拾った私に価値を与えた……そんな方が。
いいや、きっと何かの間違いだ。
そうだ。
私を攫う理由が無いじゃないか。
来てほしいなら、いつも通り脳に声を届ければいいのだ。
わざわざこうして、エレボスまで寄越して私を連れ去るのだから、きっと首謀者は別の人物のはずだ。
あり得ない。
そんなこと、絶対に認められない!
「どうした。頭を左右に振って」
私は、無意識の内に頭を振っていたようだ。
だが、今はそんなこと気にしている場合ではない。
今すぐ魔界の民を移住させるために説得をし、約束の一時間後……いや、夜までに魔王城へと帰還しなければ。
そして、あの方について調べなければ。
その全てを実行するには、まずこの冥王が邪魔だ。
そろそろ、終わらせたい。
「準備は、出来たか?」
そう言いながら、エレボスは大剣を引き抜いた。
私は愛用の弓をしまい、本来の戦い方で戦う決意をする。
「―――我をナメているのか?」
それは、暗く、冷たく、鋭い言葉だった。
怒りと、呆れを含む威圧の言葉。
だが、私は動じない。
何故なら。
―――私の天職が“言霊師”であるから。
言葉を操るなら、恐らく私の方が上だ。
端から負けるつもりなどない。
“言霊師”は、文字通り“言霊”を操る職業。
“言霊”、というのは、言葉に宿る霊力……つまりオカルティックな力の事で、一種の呪いみたいな物なのだ。
使った“言霊”が実現し、他にも催眠等の能力にも長けている。そんな特徴を持つ。
ただし、超常現象を巻き起こしたり、人智を超えた力は発動出来ず、尚かつこの力を行使出来るのは一日に3回までだ。
しかし、制限付きとはいえこの職業は強いと思っている。
「ナメてなどいませんよ。ただ、少し私の『勝機が見えてき』ましたので」
「何だと……?」
今ので、私の意識を込めた言霊は効果を発動した。
効果は、『幸運値の上昇』。
希望を語るだけで、幸運値など容易く上がってしまうのだ。
まだまだ、こんなので終わりではない。
「ああそうだ。私、『貴方より強い力を誇る』ので。負けても泣かないで下さいね?」
「……ほう? 言うではないか」
今の言霊には、“催眠効果”を混ぜた。
それにより、簡単に言えば相手が弱くなる。
もっと正確に言えば、『相手が術者を自分より強いと思い込む』為、実際自分がどれだけ強かろうが、術者がどれだけ弱かろうが関係なくなるのだ。
能力値逆転の催眠、といえば分かりやすいだろうか?
さあ、次で最後だ。
「おい貴様……あまりふざけるのも大概に―――」
「―――ああそうそう。私は『貴方からは見えない』ので。急に襲われても悪しからず」
「は……? それって一体―――ッ!!!」
今の言霊にも、“催眠効果”を混ぜた。
今のは、『相手から術者が見えなくなる錯覚を与える』催眠だ。
実際に術者が消えるわけではない。
少し、今の状況を整理してみよう。
エレボスから見た私の状況だ。
・強い
・見えない
・幸運
ということになる。
つまり、割と勝率はもう高いだろう。
ちなみに、だが。
私が今までこの力を使ってこなかった理由だ。
正直なところ、いつでも使うことはできた。
しかし、ルシファー様から「使うな」と言われていた為、本領を発揮することが出来なかったのだ。
どうやら本来の“言霊師”にはこんな芸当はできないらしい。
だからこそそれを隠すために他のスキルで誤魔化しごまかし。
だがそれももう限界。
そう判断して、今回は力を使った。
それにルシファー様にも、多少の疑惑が生まれた。
だから、躊躇は無かった。
「さあ。始めましょうか、元冥界の王よ。ここからが本番です―――」
「クッ……声だけとは……不気味なッ!」
―――ククク……愉しませて下さいよ?
■
大分、落ち着いてきました。
お陰で冷静に判断する事もできるし、力を使ったので今ではもうエレボスなど脅威ではありません。
あとは早く片付けて、魔界の民を移住させる説得をする……それだけでした。
しかし、事はそう上手く運ばないようで。
「チッ……仕方無い、か。黙って捕まっていれば良かったものを、無駄な足掻きをしよって。少々手荒く行かせてもらうとしよう」
そう、零したエレボスに私は危機感を覚え、すぐさま攻撃を仕掛けようとした。
が、しかし。
「―――“堕天の防壁”」
それは、エレボスが使った紫の障壁によって防がれてしまった。
そしてさらに、その障壁の中にいるエレボスは、新たな術を使った。
「―――“死門”解放。来たれ、地獄の死神よ―――」
そう、エレボスが言った瞬間だった。
エレボスの背後に、一つの召喚門が開く。
そこから一体の鎌を持った女―――そう、文字通り死神が現れた。
「フフフ、私の出番なのね。思ったより早くて驚いたわ―――」
「頼んだぞ。―――アルカナ」
(……ッ!? アルカナ……今、アルカナと言ったのか……!?)
アルカナといえば、この世界ではとても有名な神の名だ。
全ての種族の子どもたちが、また大人たちが小さかった頃に、御伽話として聞かされてきた話。
―――『死神さん』。
―――死神さんは悪い子の命を食べます。
―――死神さんは汚い心と魂を食べます。
―――死神さんは貴方の後ろに居ます。
―――彼女の名前は、アルカナ。
『貴方のイノチを狙ウ化ケ物。』
といったように、幼少期から聞かされてきたのだ。
それが、『死神の食べ物』といういかにも胡散臭いタイトルの怪奇御伽だ。
だから誰でも知っているのだ。
“アルカナ”という名前は。
死神で、アルカナ。
もう、ほぼ確定なのだろう。
彼女は……あの死神は、伝説のアルカナだ。
「さぁて、貴方には大人しく捕まってもらうわよ?」
瞬時に状況を理解したアルカナは、私を見てそう言う。
2対1……しかも相手はどちらも伝説・神話クラスの敵だ。
果たしてアルカナに、この私の力がどこまで通用するのか。
私は、しまっていた弓を再び取り出しながら、これから始まる戦いの覚悟をした。
ピアノ弾きたい




