28話 再来
カーテンの隙間から太陽の光が差し込み、眠る俺の目を突く。
今日は土曜日。会社は休日。用事も特に無し。
独身の特権だよな。休日を惰眠で費やす事が出来るのは。
実際は意識が眠気で朦朧していて、脳内のみで目は開いてない。てか、まだ眠い。
昨晩というよりも、今日の深夜まで久々に一人ゲームをしていたから、あまり寝ていない感覚だ。
今日は別に用事も無いし、昼過ぎまで寝よう。そう思い、夢の世界に入ろうとした俺だが、
「起きてくださーい。康太さーん。朝ごはん出来てますよー」
「…………あ、あぁ……そうか。悪いな、すず————————ね!?」
2週間で培った声での条件反射で眠たい体を起き上った俺は驚きで覚醒する。
聞き覚えのある声に俺は重たかった瞼が痛い程に開かれ、その視界にニシシッと笑う少女が入る。
「おま、おまおまおまおまっ! なんでお前がここにいるんだよ鈴音!?」
「お久しぶりです、康太さん。1か月ぶりって所ですか?」
人の質問を流さす鈴音。
鈴音が家出を止め実家に戻って1か月が経過した。なのに、なんでこいつがここに……。
「はぁ……またゴミを増やして、コンビニ弁当の箱も溜まってますし、私が帰ってから全く自炊してませんね。栄養バランスも偏るのに……。折角久々に作ろうと思ったのにあまり材料も無くて、献立は侘しいですが、食べてください」
人の家に不法侵入して尚、この言い草。こいつは違う意味で大物になりそうだ。
しかも自然に人の家で食事も作ってやがるし、なんだ通い妻か?
「お前まさか……また家出とかしたんじゃないよな……?」
不信に思った俺が聞くと鈴音は茶目っ気に舌を出し。
「さあ、どうでしょう?」
イラついた俺は迷う事なく、凛に電話したのだった。
凛に電話が通じ、鈴音が俺の家に来たという事を報告すると、電話越しに驚愕した素っ頓狂な声が返って来て、待ち合わせ場所として近くのファミレスを指定。俺の家だと大声とかで隣の里中さんに迷惑かかるしな。
鈴音が作った朝食はラップをかけて冷蔵庫で保冷。後で食う事に。
ファミレスの奥の席で待っていた凛の許に鈴音を連れて行くと、凛は鈴音の耳を引っ張り。
「貴方って子は! コンビニに行くって言ってたのに、なんでこーちゃんの家に行っているの!?」
「いたたたたっ! ごめん、ごめんなさい! お願いだから耳引っ張らないで千切れるから!」
鈴音の絶叫が店内に響き、客数は少ないが迷惑だからと凛は鈴音の耳を解放する。
痛ぅ……と痛い耳を摩り涙目の鈴音に俺は言う。
「この際理由はいいが。なんで鈴音俺の家に入れたわけ? 俺、確か鍵は閉めてたはずだが」
「ああ、それなんですが。私が康太さんの家に行ったのには2つ理由があって。一つはこれです」
鈴音はそう言って取り出したのは鍵だ。この鍵に見覚えが……って
「それ俺ん家の合鍵じゃねえか」
「そうです。私、家に帰る時に返しそびれてて、この鍵を返そうかと思って家に行きました」
そういえばこいつに合鍵を渡していたな。
合鍵なんて滅多に使わないし、あくまでメインの鍵が紛失した時のスペアだからな。鍵を無くさない限り合鍵の存在なんてすっかり忘れるよな。
「ねえ、鈴音……返しそびれた事にとやかく言わないけど、それってさ、私に言って渡せば仕事とかで渡せるはずなのに、私、何も聞いてないけど?」
怒りで眉を轢くつかせる凛に鈴音は再び茶目っ気に舌を出し。
「2つ目の理由。康太さんに寝起きドッキリを—————痛たたたたッ!」
この親子は……周りに迷惑なのに、あ、別に修羅場じゃないので店員さん。ただの説教ですから。
流石に迷惑だから俺が窘めると、凛はごめんと鈴音を放す。
そして鈴音はどうしてか、母親から逃げる様に、まるで俺を盾にするが如くに背後に回る。
もうこの際突っ込まない面倒だから……。
鈴音が俺の家に不法侵入の方法が分かって、合鍵も回収できたから、俺はそもそもが疑問を言う。
「つーか、なんで鈴音がこの土地にいるんだ? 確か鈴音はここから何駅も離れた実家に戻ったはずじゃ? なんだ、土曜日だから遊びに来たのか?」
俺が聞くと鈴音は苦笑いを浮かばせ、凛は更に怒り指数が上がった様に神妙な顔をして。
「それがね——————————」
凛がその理由を話すと俺は驚く。
「学校を退学にされたぁああ!?」
今度は俺が店に迷惑となる程の声量を上げて、店員に頭を下げる。そろそろ店内を出た方がいいか。
だが、その前にその理由を聞かないとモヤモヤが残る。
「な、なんで退学になったんだよ? 自主退学か?」
凛は首を横に振り。
「殆ど学校側からの通告。鈴音、何日も無断欠席していたからね。それが理由」
無断欠席は学生でも社会人でも駄目な行為だが、学生ならある程度の温情はないのだろうか。
「鈴音の学校、厳しいんだな……。てか、病気とか嘘は言えなかったのか?」
「2週間も学校を休む病気なんて入院レベルだからね。後、鈴音が家出した後、私が情報収集で鈴音の知人とかに聞いて回ったから、そこから学校に報告が言ったんだろうね。だから『正当な理由なく、ただの親子喧嘩で無断欠席する様な素行不良な生徒は我が校にはいりません。退学を通告致します』って……」
「マジで厳しいな……」
「そうですよ。たった2週間学校を休んだだけで……って、ごめんなさいお母さん……」
流石に母親の激情な眼光に鈴音も口を閉ざす。
凛は深いため息を吐き。
「まあ、私にも非が無いって訳じゃないからね……」
そもそもな鈴音の家出の原因には凛も絡んでいる。
多感な時期の鈴音だけに非を浴びせるのは筋違いで凛も全部が全部鈴音が悪いとは思ってないから、怒り切れないのだろう。凛は甘い所があるからな。
けど、鈴音も鈴音で親不孝な奴だな……。
「んで。鈴音はこれからどうするんだよ。高校を中退したって事は今フリーなんだろ?」
「それなんだけど。鈴音には別の高校に編入させるつもりだよ。中卒だと就職は厳しいからね。実体験で。だから、最低でも高校までは卒業して欲しいし」
「それはそうだけどよ……。別の高校に編入って、つまりは転校するってことか? 高校で転校なんて漫画の中で実際は目の当たりした事がないから分からないが、そう易々と出来るものなのか?」
「出来ない高校と出来る高校があって、前いた所では編入を受け入れてくれる高校はあまり無かったよ。あったとしても偏差値が低い、殆ど男子校みたいな高校だったから……」
そんな所に一応美人の鈴音が編入すれば悪い遊び覚えそうだな……。
「って事は……お前、まさか」
「探したら、ここに何か所か良い学校で編入可能な学校があったから、そこを受けさせるつもり」
マジか、と俺は自分の顔を手で覆う。
まあ、少し考えればそうか。
前の場所で済むならいいが、そこに受け入れ可能な学校が無ければ親元の方がかかるお金は少なく済むからな。
「けどよ、学費とかどうするんだよ。シングルマザーでお金に余裕は無いはずだよな?」
「それは大丈夫だよ。話し合った結果、鈴音はバイトするって言ってくれたから。鈴音が稼いだお金と私で折半するつもり」
何故か語気強く言う凛に鈴音は手を挙げ反論。
「話し合った結果って、殆ど脅しだったじゃん! 学費稼がなかったら今後の食事とお小遣いは無しにするって!」
「うん、それがどうしたの? ここで一度お金稼ぐ苦労をしった方がいいからね、今後の為に」
親としての気苦労か、凛が怖いように感じるな。
「まあ……自業自得って事で諦めろ、鈴音」
「康太さんまで!?」
学生の内にアルバイトでも働く苦労をしればお金の大切さも知れるからな。
拗ねる鈴音だが、自分が悪いと猛省しているのか文句は言うも反論はせず、頼んだドリンクバーを注ぎに行き席を外す。
二人となると凛が俺に小さく頭を下げる。
「ごめんねこーちゃん。また鈴音が迷惑かけて……」
「本当だよ。目を覚ませば家にいるんだからな。もうちょっと親として娘に目配りしろよな」
耳が痛いのか顔を俯かす凛は、はぁ……と小さく息を吐くと、俺に言う。
「ねえ、こーちゃん。一つお願い出来るかな」
「俺に出来る範囲でならいいが、なんだ?」
若干身構える俺に凛はお願いごとを言う。
「……鈴音とあまり関わらないで欲しいの」
俺は凛から言い渡された願いに固まる。
凛は俺の反応に苦々しい顔をすると言葉を続ける。
「分かってる。実際の所はあの子からこーちゃんと接触している。だから、こーちゃんには理不尽な頼みだと思うけど……出来ればあの子を突き放してくれないかな」
「どうしてだ……?」
了承も拒否も後回しで、俺はまずその理由が聞きたかった。
「……あの子はね。父親って存在に憧れを持っているの」
父親。言葉にすれば軽くて簡単だが、俺は薄々鈴音からそう感じていたから驚きはしなかった。
「あの子は産まれた時から父親がいなくて、ずっと寂しい思いをしていた。全部、私の所為で……」
凛は下を向き、テーブルで見えない拳を強く握っているのだろうか、体が少し震えている。
「あの子をここに引っ越させたら、遅かれ早かれこーちゃんに接触するとは思っていた。まあ、引っ越した翌日に会いに行くなんて予想外だったけど……それだけ、家出の時のこーちゃんとの生活が楽しかったんだね」
凛はそういうと俺に再び頭を下げる。
「あの子に変な希望が生まれる前に、お願い。あの子を甘えさせないで」
凛の頼みに俺は暫し無言となって考える。
実際、凛の言っている事は正論で気持ちも良く分かる。
俺自身はあいつを甘えさせているなんて自覚は無いが……もし鈴音が変な期待をすれば後々面倒な事が起きる。
「……了承しかねるが、善処するよ」
俺が曖昧に答え、凛が顔を上げたタイミングで俺は言う。
「だがな、凛。俺がアイツを突き放しても根本的な解決にはならないだろ。あいつがずっと父親に憧れを持ったままに過ごさせるつもりなのか?」
「………それはこっちの問題だから。部外者のこーちゃんには関係無いよ」
辛そうな表情で言う凛に俺はその返しに怒る事は出来なかった。
まあ、実際に俺は部外者だからな。他人の家庭事情に首を突っ込める権利はない。
「あれ? どうしたの二人共。なんか深刻な顔して?」
俺達、大人の心情を知らない鈴音がコップを俺達の分もなのか三つ持って帰って来た。
俺達の会話を鈴音に教える訳にもいかず、愛想笑いを浮かべる俺達だが、俺は一言鈴音に言う。
「鈴音、あまり母親を心配させるなよ」
「ん? 分かったけど、なんで今?」




