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宙の花標  作者: ながる
第三部 月に叢雲風に花

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31.相談

 父さんからの連絡は寝る前に来た。

 緊迫感もなく「姉さんはせっかちなんだから……」と溜息をついていたけど、概ねツバメの意見と同じようだった。


「学生の間の費用は父さんが何とかしようと思ってたから、そう急ぐことはないけど、まあ、世間を見てくるのも悪くない。津波黒君の言うように一年は確実に表に出ない契約なのだから、紫陽(しはる)が嫌でないのなら、親交を深めるのもいいんじゃないか」


 まだ仕事をしてるのか、通話の向こうで何かビープ音が鳴った。


「父さんは『天龍社』を知ってるの?」

「もちろん。冨士君の研修先だろ? コンタクトは取ったことがないんだが……一度話をしてみたい会社ではあったな。そういえば、冨士君とも話をしたのかい? 一緒に旅行に行くほど仲良かったかな」

「い、一緒には行ってないよ。同じツアーにいただけ。話だってそんなに……」

「ふぅん?」


 半目になっている父さんの姿が見えるような相槌に、ちょっと苦笑する。一応心配してくれているのは伝わった。


「冨士君は天野さんと仲いいみたいで。だから、あんまり仕事の上で嫌な思いしないといいなって……」

「冨士君が? そう……なるほどね。ところで紫陽、いつから冨士君を「君」呼びなんだい?」

「え? 散策中に本人に訂正させられたの。「日本一高い山じゃない」って……」

「ふぅん?」


 二度目の「ふぅん」に笑ってしまう。婚約云々の話が出てるのに、身内と仲良くなるのはダメなんだろうか。


「少し話はしたけど、別に仲良くはなってないよ。父さんだって聴いたんでしょ? 「ハンデ」とか言われてるもの」

「まあね。津波黒君とは……」

「ツバメとはお庭見に行ったりしてちょっと勉強になった。いてくれると心強いんだけど、一度星に帰るって」

「……そうか。まあ、よろしく言っておいてくれ」

「うん」


 通話を切って、息をつく。

 崋山院のいいように婚姻は決められると思ってきた。それでいいと諦めていたはずだった。

 でも、相手の会社を乗っ取って裏で実権を握る。そんなことが私にできるだろうか。……ううん。そうはしたくない。

 ベッドに身体を投げ出して、じっと天井のまだ向こうを見る。


「……揚羽さんも、こんな気持ちだったのかな……」

「揚羽様が、どうかなさいましたか?」

「ううん。なんでもない」


 産みの母との嬉しくない共通点に思い至って、眉をしかめる。


「ん。やっぱり、飛燕。揚羽さんに作業したいって連絡して」


 解決策はなくても、共感は得られるだろう。揚羽さんの仕事を手伝いながら、話を聞いてもらうことにした。





 私がお手伝いできるような作業は、それから一週間ほど後だった。

 小規模な商業施設の横の歩行空間にお花を植え替えていく。一応色によって植える位置が決まっているので、小型の空間(エア)投影機で確認しながらの作業となる。出来上がれば綺麗なグラデーションになるはずだ。


「もう。カスミさんはいつもちょっと強引よね。嫌ならスパッと断っちゃってもいいのよ? 紫陽はしっかり働く気でいるんでしょ? 学生の内から婚約なんて言ったら、特に久我の社風だと、就職してもそれなりの扱いしかしてもらえない可能性もあるもの」


 揚羽さんはそう言いながらもサクサクと作業を進めていく。私が一つを植えるうちに二つを終わらせる勢いだ。一つの区画を終わらせて、また次、と場所を移しながら同じ作業を繰り返す。


「お話自体はそんなに嫌でもないんです。考え得る候補の中で考えても、お相手の人柄も悪くないですし……ただ、そこに会社の思惑が……ギスギスした意地の張り合いの渦中に巻き込まれたくないっていうか。きっと、私じゃそれを跳ね除けることもできないんだろうなって」


 揚羽さんはちょっと驚いて、手を止めて私の方を向いた。


「え? 紫陽(しはる)はそれでいいの? 鷹斗君とは……」

「え? ツバメ? ツバメは……私が地上(こっち)で誰と何してようと興味なさそうだし、星の管理を続けてくれるなら、これからも会うことはできるし……」


 再三嫌いだと口にするのだから、崋山院の関係者である限りツバメとどうこうはない気がする。

 揚羽さんはしばしフリーズしていて、初めて私の植えた花の数の方が多くなった。そんなに不思議だろうか?


「揚羽さんはいっぱい口説かれたかもしれませんけど、私は、全然子供扱いで。いいんですけど。あ、結婚して天野姓になったら、攫ってくれたりしますかね?」

「紫陽?」


 気付けば、心配そうな顔が覗き込んでいて、私も少しびっくりする。

 なんだか話が逸れたような気もしたので、慌てて話を戻した。


「あ。冗談ですよ? もちろん。「天龍社」は久我の本社と関係は薄いんですよね? そういうところから関係改善に繋げられるといいなとは、思ってます。できるだけ、無理のないように……」

「……そう。悪い思いがないのは幸いだけど、それはそれで辛いこともあるから……私はお義理母様が理解してくれたから、救われた部分もあるもの。猶予期間があるのよね? 最終的な判断は、ゆっくり、自分の気持ちと向き合ってから決めなさいね」

「……はい」


 顔に伸ばされた手は、土まみれの軍手で、揚羽さんはハッとしてその手を引っ込めた。


「……んもう。決まらないわね。せっかくちょっと親らしいこと言えたのに」


 少し拗ねたようにそう言うので、私は笑って作業を続けたのだった。


 非公式の両家の顔合わせは、季節が変わり、今年一番の暑さを記録した日に行われた。

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