31.関係
ファミレスの奥まった窓際の席で、ツバメはランチセット、私はパスタセットを頼んで一息つく。こういう画一化された店は機械対応なので、確かにちょっとした話をするのにはいいのかもしれない。店内には流行りの楽曲が流れているし、混んでいなければ、客は間隔を空けて配置される。
ツバメはいつもの格好に黒っぽいジャケットを羽織っているだけだったけど、崋山院の襟章はちゃんと付いていた。思い出したように髪を一つに括る様子がいかにもだるそうで、ちょっと可笑しい。
私が見ているのに気付くと、ツバメは嫌そうに視線を逸らした。
「……で? なんで外に出たんだよ」
「コンビニに買い物に出ただけだったの。すぐそこだし、無人だし……引っ越したばかりで、知ってる人に会うなんて思わなかったし」
ツバメは頬杖をついてため息をついた。
「……まあ、あっちもお嬢さんが出てきたところで運がいいって思ったんだろうし。じゃなきゃインターホンで呼び出しただろうしな……あれ持ってこられたら、お嬢さんは出ていくだろうし」
「う、うん……」
「嫌な手を使いやがる。帰ってこられたから良かったものの……」
「あ、でも、扱いは紳士的だったよ」
「絆されてんじゃねーよ」
そういうわけじゃ、と口をとがらせる。
「ツバメは? どうして出てきたの? 慌ててたみたいだったけど」
「俺は……パーティーの招待者にあいつの名前を見つけたから、どこにいるのか追いかけてて。特定する前にパソコン内蔵の通話アプリが反応して、設定もしてないのにおかしいなと思ってるうちに親父さんが……」
「そこで、父さん?」
「緊急だから無理な通信許してくれって……お嬢さんに連絡もらったこと会社から聞いたけど、折り返しても繋がらないからおかしいって。一緒にいないのか聞かれて。あいつが怪しいからって、いくつかある、あいつん家の情報くれて……お嬢さんは大丈夫だと思うけど、迎えに行ってくれないかって」
肩をすくめるツバメは、すっかり呆れ顔だ。
「タクシー呼んで飛び出したら、お嬢さんが帰ってきたとこだった。確かにここは親父さんの家だから、多少の干渉はあると思ってたけど、できると実演されるのは結構クル。もうぜってーあの人舐めたりしない」
「舐めてたの?」
「そこまでじゃねぇけど、こっちの畑で自由にされるとは思ってなかった、から……ちょっと、完敗した気分つーか……納得したっつーか……」
もにょもにょと歯切れの悪い言葉が、どこにかかるのか分からなくて、ちょっとだけ首を傾げる。ツバメは数秒黙ったかと思うと、開き直ったかのように背筋を正した。
「……あんにゃろが、口を滑らせたって」
「え。母さんの、こと?」
ツバメは黙って頷いた。
「横山さんが、自分で言ったの?」
「ミスを最適にカバーできるから、この世界で生き残ってんだよ。腹立つけど、そういうとこわかっちまうから……」
「そういうとこ?」
「人間不信だから、せめて仕事でもなんでも繋がってる相手には下手なごまかしはしないって。不特定多数には平気で嘘つくけどな。だから、禁煙車内が煙で霞むまで煙草吸ってやるだけで済ませてやった」
「……あんまり、許してないね。それ」
「何言ってんだ。許してなんてやらねーよ。こっちには、こっちの都合ってもんが……」
コホン、と咳ばらいを一つして、ツバメはもう一度まっすぐ私に向き直った。
「お嬢さんが、何も知らないというのは知ってる。でも、俺の感覚で崋山院側の話をするのも違うと思うから。俺の知ってるお嬢さんのお袋さんのことだったら、グダグダ言うより会った方が早いと思う」
隣に置いていたキャリーケースがガタリと揺れた。
「ただし、ちゃんとあっちにも話をつける。それで、ダメだって言われたら時間をもらうことになる」
「……あう?」
ツバメは頷く。
「ツバメは、母さんと連絡を取れる仲なの?」
そんなに近い関係だとは思ってなかった。父さんがツバメを知っていると言った、そのくらいだろうと。
急に血の気が引いていくような、頭の中が白く塗りつぶされていくような、そんな感覚に襲われる。
「変な関係じゃねーよ。取引先なんだよ。花の。婆さんからの紹介だって、安藤が間に入って。……だから、あの星に関わっていけば、いつかは分かるんだろうって、そう思ってたんだろう?」
言葉の後半は、キャリーの中のアンドゥに向けられる。アンドゥからの返答はなかったけれど。
「ついこの間も挨拶しに行って、こういうことになってるって伝えてきた。婆さんが死んだときに、安藤から一応のあらましは伝えられてたみたいだけど、安藤がいなくなってるとは思ってなかった。かなり動揺してて……だから、本当はお嬢さんが成人してから進めるはずだった話を前倒ししても、いいんじゃないか」
配膳ロボットがやってきて、ツバメが料理をそれぞれに分けてくれても、私はちょっと世界からずれていた。
ツバメが母さんを知っている理由が分かればそれでいいと思っていただけで、その人に会うことなんて想像してもいなかった。
つまり、ツバメは私なんかよりずっと母さんと会って、話して、親しいわけで……私は、興味はあるけど、母親が恋しくて仕方がないという程でもない。その程度で、会ってもいいものだろうか。失望させやしないだろうか。それとも。
それとも、あちらも会いたくない、のだとしたら――
私は唐突に頭を左右に振った。サラダの皿に手をかけたまま、ツバメの動きが止まる。
「あ、会わなくていい。そんな、急に、き、きっとあちらも困る、はず」
ツバメが見ているのは分かる。でも、顔を上げられない。どうしてだろう。
どうして、こんなに――





