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宙の花標  作者: ながる
第二部 地上の星に舞う蝶は

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19.寄生

 父さんが鳴らしたインターホンで私たちのお喋りはお開きとなった。

 ツバメの登録を済ませてしまうと、父さんは二枚あるうちの一枚を取り上げて、私へと突き出す。


「……え?」

「味方からも引きこもるような発言があったからね。お前が一枚管理しなさい。私もマスターキーを持っているが、その方がいいだろう」


 顔認証や暗証番号が必要なのは一階の出入口だけ。部屋のドアは確かにこれだけで開くし、何かあった時のために持っていた方がいいのかもしれないけど……

 受け取りながらツバメを見ると、仏頂面をしていたけど、文句は言わなかった。


「誰だよ……昼行燈なんて言ったのは……」


 ぼそぼそと呟かれた言葉には、父さんは反応しなかった。

 もう一つ、山と『華』の字が花に見えるようにデザインされた崋山院の襟章をツバメに渡して、父さんは行ってしまう。


「得体のしれない人間だな」


 小さな襟章を器用に親指で弾き上げながら、ツバメは小さくため息をついた。


「そう、かも」

「お嬢さんもよくわかんねーのか?」

「だって、家にはお婆ちゃんや安藤がいたけど、父さんはどこかに出張していることがほとんどだったもの。あんな風に怒る人だなんて知らなかった」

「……お嬢さんが婆さんやあいつを妙に信頼してるのはそういうことか……「普通」にゃあ遠い環境だったな」

「そうかな」

「まあ、俺も「普通」を知らねぇけど」


 私の普通はほぼ本家の中だけで完結されている。買い物も友達とのやり取りも、学業でさえ、家から出なくても済んでいた。公立の学校の子たちも、ほとんど同じようだと思っていたのだけど……違う、のだろうか。

 どうやら、そこからも外れるツバメの「普通」とは、どんなものなんだろう。

 ツバメは一際高く弾き上げた襟章を宙で掴み取ると、寄り掛かっていたシンクの縁から身体を離した。


「崋山院の一員なんて蕁麻疹が出そうだが、使えるモンは使わないとな。まずはパソコンと――」

「私も一緒に行く」


 はぁ? と目をすがめたツバメは、服の裾を掴もうとした私の額を指で小突きながらそれを却下した。


「お嬢さんは、通販で充分だろ? こないだみたいに急ぐわけでもねーし、俺のそれなりの服もまだねぇ。昨日の今日でウロウロすんな!」

「でも、個人的に出かけるのなら気にしないって、父さんも……」


 目当ての物だけじゃなく、いろんなものが目に入る外での買い物は楽しかった。さすがに、それを理由に加えるとまずいのは判ったので言わないけど。

 ツバメは大きく息を吐き出して、もう一度シンクの縁に寄り掛かる。


「……あのな、お嬢さん。あんたの親父さんが切れ者なのか、うっかり者なのか知らねーけど、俺はまだそんなに信用に値する人間じゃねーの。婆さんには一応恩があるからここまで来たし、()()()もいるからな。星のことには口出しされたくねーから、協力するが、それ以外は本当はどうでもいいんだぜ? お嬢さんが個人的に一緒に出掛ける相手には、ふさわしくねーんだよ」


 言葉の勢いに任せて煙草を取り出し咥えると、流れるように火をつける。自動換気のスイッチが入って吸気の音がし始めてから、ツバメはハッと換気扇を見上げた。一度口から煙草を離し、逡巡して、諦めたようにまたそれを咥える。


「他人の部屋で、気遣いも出来ねぇ」

「でも、ツバメは気づけるじゃない。そういうのは誰に習ったの? お婆ちゃん? 学校では、教えてくれないもの」

「学校……学校、ねぇ……」


 ひどく怖い顔で床を睨みつけ、煙を肺に溜めると、それをゆっくりと吐き出しながら、ツバメは唇の端を引き上げた。


「いい機会だから、お嬢さんがこれ以上俺に近づかないように、立場の違いを解らせておくか」

「立場……」


 ツバメは何度か頷く。


「俺は両親の顔を知らない。『父』と呼んでた奴はいた。物心つく頃には家にいたのはそいつで、いつもパソコンに向かっていた。カーテンは閉め切られ、食料はデリバリーで届く。ごみは玄関横に置いておけば回収に来るだろ? 酒癖が悪かったそいつは、たまに気まぐれで俺を膝に置いてパソコンをいじってた。他に興味引くものも無い家だ。操作を覚えるのもすぐだった」


 長くなりそうな予感がして、床を見つめたままのツバメの横で、私もシンクに身体を預ける。


「そいつはそれを面白がって、自分のスキルを俺に教え始めた。天才だったんじゃね? プログラムが何なのか理解する前に、仮想空間を自由に泳げるようになった。小さなほころびからあちこちに侵入して、いたずらしては世間が騒ぐのを面白がってた。小学校に上がるころになると、さすがに周りの目がうるさくなる。『父』は一応入学手続きをしたけれど、病気だ怪我だと学校は休みがちだった。殴られて青あざ作って、行けないこともあったけど、あいうえお表よりパソコンの向こうの世界の方がずっと面白かったからな」


 ツバメは根元まで吸ってしまった煙草を携帯灰皿に突っ込んで、新しい煙草に火をつける。綺麗な空気など、吸ってはいけないかのように。


「中学も似たようなもんだった。出席日数が足りなくとも、配信の課題を提出すれば何とかなった。その頃には『父』は身体を壊しがちで、といって酒をやめる気もなく、奴の受けてた仕事を俺が代わりにやらされることも多かった。仕事って言ってもまともなモンじゃない。データの改ざん、横流し、証拠のでっち上げ、機密情報の売り買い。蛇の道は蛇。似たような人種は集まるもので、粋がってた俺はよく一緒に仕事をしていたグループに名前を付けた。リアル中二病だな」

「……なんて名前?」

「『Swag world(イケてる) associatio(世界秘)n low-key(密連合)』頭文字をとって、『swa-low(スワロー)』だよ」


 私は思わず息を呑んだ。

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