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宙の花標  作者: ながる
第二部 地上の星に舞う蝶は

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18.交渉

 ツバメが振り返るころには父さんも真面目な顔に戻っていた。彼が携帯灰皿やライターを取り出す少しの間に、私もアンドゥをキャリーから出してあげる。

 警戒しつつ、がらんとした部屋を嗅ぎまわりながらツバメの傍まで行くと、わざわざぐるりと距離を開けながら通って玄関の方に向かう。

 ツバメはそれを目で追っていたけど、ちょっかいを出すことはなかった。

 一度深く吸い込まれた煙が吐き出されてから、父さんは仕切り直す。


「――それで。その話をするために呼んだわけじゃないんだろう?」

「ああ。仮オーナーと挨拶しておきたかったのもそうだが、昨日のこともあって、お嬢さんに「もうしばらく」と引き止められた。昔はともかく、今は花と蜂の世話が本業だと思ってるんで、帰りたいのは山々なんだが……お嬢さんは崋山院の中ではやりやすい(あるじ)みたいだからな。俺にとって。妙なのに口出しされたくねぇ」


 ツバメは咥え煙草にして自分の端末を取り出すと、昨日私が見せた資料を映し出して父さんに向けた。どうやったのか、それを見せてしまっても大丈夫なのか、私の方が妙な緊張をしてしまう。

 父さんは驚いた様子もなく一瞥しただけだった。


「お嬢さんがここに引っ越す予定だって聞いてな。見たら、結構部屋が空いてるじゃねーの。これ、かなり入居者選んでるよな? 普通なら、当然俺みたいに身寄りも、定住場所もない人間など、あっという間に弾かれるんだろう。そこで、相談だ」


 くるりと手の中で器用に端末を回すと、それを父さんに突きつける。


「お嬢さんにきちんと信頼のおける護衛がつくまで、出かけるときは俺が付き添う、というのはどうだろう。もちろん、お嬢さんが嫌じゃなければ、だし、外聞が悪ぃっていうならなるべく離れもするさ。気に食わないなら、さっさとまともなボディガードをつけろよ?」


 ツバメが煙草の灰を落とす合間を見て、父さんは私に確認する。


「紫陽は? それでいいのかい?」

「うん。安藤も、お婆ちゃんも信頼して任せていたもの」

「いや、まあ、星の管理とは、また少し違ぇけどな……この顔が役に立つというなら、使えばいい。目つきの悪さとこの傷で、半端な奴は近づいてこねぇ」


 ツバメは煙草を挟んだ手の親指で、顔の真中の一文字の傷をなぞった。


「紫陽がいいのなら、私に問題はないよ。それで、報酬、という話になるのだろう?」

「おう。話が早ぇ。金は要らない。ここの空き部屋を一つ俺に貸せ。そうだな。お嬢さんが成人するまでの二年でいい。ずっと居つく気はないから安心しろ? 基本、俺は星にいる。あんたみたいに時々寝に来るくらいだ」

「……目的は、『Kazan』の回線かい?」

「まあな。立地もいいし、敵味方関係なく立てこもれる。うるさい干渉が減るのは願ったりだ。あと、先に言っとくが、俺はちゃんと『Kazan』の下請けとしても契約してるからな。不利益になる行為は慎むさ」

「そうなのか。母さんはずいぶん先々まで手を回していたんだな」


 納得したというように頷いて、父さんはにっこりと笑った。


「でも、別に私は『Kazan』が潰れようが構わないから、それはどうでもいいかな」


 ツバメの三白眼が四白眼になるくらいに見開かれた。


「わかった。三階は今誰もいない。そこでどうだい?」

「お、おう。それでいい」

「少しだけ、条件をつけさせてくれ。警護として紫陽に付くときは、それなりの格好をしてくれ。さすがに示しがつかない。個人的に出かけるというのならば、私はうるさいことは言わないけれど……」

「この顔で、それなりの格好をすると、別の筋のモンに目ぇつけられるんだが?」

「そう長い間じゃないんだろう? お願いするよ。その分の衣装代は請求してもらって構わない」

「あー……」


 がりがりと頭をかいて、短くなった吸殻を携帯灰皿に放り込むと、ツバメは仕方なさそうに何度か頷いた。

 カードキーは防犯の面から別の場所に保管しているというので、父さんはそれを取りに、いったん席を外した。家の中を探検し終わったアンドゥも戻ってきたので、ちょうどいいとツバメにもイヤホンを渡す。


『無線でも快適ですね。人が少ないからか、干渉しないよう作られてるのか、本家とそう変わらず繋げます。紫苑様のパソコンもお部屋にあるようですが……今はあまり覗かない方が無難ですかね』

「パソコン手に入れねーとな。今度は余計なのに会わなきゃいいが」

『ジーナさんなら、()を作るのに夢中なんじゃないですか?』

「すげー自信……」

『そりゃ、あれだけストレートにアタックされれば、裏を読むこともないですよ。時間的に(ボディ)は諦めても、(かお)はこだわりそうです』

「じゃあ、やっぱり伯母様のところに安藤がいるってことになるのね……」

『見た目だけですよ』


 いつも少し遠くから見ていた私は、だからこそ錯覚してしまいそうだ。


「あいつのことだ。徐々にカスタマイズしてって絶対やる」

『まあ、それに夢中になって妙なことを考えつかないでいてくれるなら、ありがたいですね。ユリ様のような最後のストッパーがおりませんので』

「『安藤』はストッパーにならないの?」

『別方向に誘導することはできるかもしれませんが……監禁されてバラバラにされた上に、データをあちこちいじられて『安藤』を壊されることになりかねませんので』

「……好き、なのに、壊されるの?」

『人間やはり自分好みにしたがるというのは、ありますから。彼女が「好き」なのは、『安藤』ではなく、人間らしく振舞う『モノ』ですよ』


 理解できそうで、よくわからない。それでも彼女は『安藤』だから好きなのではないのだろうか。


「『安藤』でなくなっても、好きでいられるのかな……」

「違ったところで、アイツは壊してしまうまで気づかないタイプ(アホ)なんだよ。関わるんじゃねぇ」


 渋い顔のツバメに、私はそっと頷いた。

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