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宙の花標  作者: ながる
第三部 月に叢雲風に花

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43.報道

 画面をスクロールすれば、他の写真も並べられていた。手を引かれているものや、温泉で写真を選んでいるときのもの(巧妙にトリミングされていて、場所は判らないようにされていたけど)、車に乗り込むところなんかが、いかにも楽しそうに、仲睦まじそうに。

 自分で見たって、ちゃんと恋人の距離に見える。


「……切り取られると、こういう風に見えるのね」

「ツバメがしたように、多少の加工は入ってますよ。意外と落ち着いてますね?」

「びっくりしすぎて、何に驚いていいかわからなくなってるの」


 ()()()難しい顔でひやりとした声を出していることから、事態はだいぶ大きなものなのかもしれない。

 パッとウィンドウがもう一つ開いた。似たような見出しに似たような写真。スクロールする前に、また別の窓。その次に開いたのは映像だった。ニュースなのか、ワイドショーなのか、どちらもなのか、窓は重なり続けている。

 呆然としているうちに端末が鳴った。父さんなのを確認するかしないかで勝手に繋がる。


『他の連絡には出るんじゃない』


 ひとこと終わると、電源ごと切れた。

 端末に伸ばした手が微かに震えている。その手を、飛燕が労るように包み込んだ。




 端末は電源が落とされているし、映像は音がカットされている。初めの衝撃が少し落ち着いたので、いくつかの記事をちゃんと読んでみた。

 見出しと写真はインパクトあるものだったけど、内容は正確とは言い難い。だいたい、婚約云々のくだりは、どの記事も明言は避けていた。それでも見出しに釣られて先入観で読めば、そう誤解する人は多いだろう。

 写真はどこも似たようなものを使っていた。温泉の写真を除けば、監視カメラなどのコマ違いじゃないかと。調べようとしたけれど、すでにその時期の映像は残っていないらしい。


「直後に抜いておいたんだろう。リアルタイムだったかも。こっちだってヤバそうなのは、つど消してるんだからな。そうじゃなくても半年くらいすればどれも自然に消えてもおかしくねーし、つまり、計画的にコツコツ溜めてた奴がいるってこった」


 不機嫌な声はそう言った。

 ちなみに、ツバメとはパソコンの方で話している。他の回線は安藤が閉じていてくれているらしい。


「各社一斉にってことは、誰か――まあ、疑いようもなく久我だろうな。こっちのメリットがひとっつもねぇ」


 毛色の違った記事の中には「世紀の意趣返し」という記事もあった。崋山院に盗られた娘。さらにその娘を久我が取り戻すのだと。

 うんざりしてきたところで、小さく並んでいたウィンドウの一つが画面いっぱいになった。音声もついてくる。

 揺れるカメラの先には父さんの姿。


『このたびはおめでとうございます!』


 そう言って向けられたマイクを一瞥して、父さんは笑った。でも、目が笑っていないのでリポーターも一瞬マイクを引いている。


『報道は確認を怠らないでいただきたいですな。うちの娘が婚約した事実はない。仮に、社長()が決めたのであれば、これから抗議しに行くところです』


 それ以上浴びせられる質問に答えることもなく、車で立ち去る映像が続いた。


「これを流したのは一社一回のみですね。それも視聴者が多い時間帯とは言えません」

「言い訳程度だな。奴らが間違いでした、なんて大々的に訂正したことなんてねぇし、見る奴は見たいものしか見ねえ」

「崋山院の広報は抗議文書を公開していますが、天野様との交友は全面否定するわけにいきませんので、『今はしていないけれど、あるいは』という方向で憶測が広がり続けていますね……」


 これだけ反響が大きくなったのは、記事中の天野さんの肩書きのせいだ。


「『若きホープ』はいいとして、『久我コーポレーション建築事業部一級建築士』って、どういうこと?」


 そこだけどうしても腑に落ちない。『天龍社』の名前がどこにもないのだ。


「ちょっと、情報が錯綜していて正確性に欠けますが、デザインコンペの入賞の後、本社に引き抜かれた、というのがおそらく事実かと」

「違うな。引き抜くのに入賞させたんだよ」


 冨士君が告げた意味がそれだ、ということは。


「……冨士君は知ってたの?」

「いくつかの情報を組み合わせれば予想できただろうから、知ってたかどうかはわかんねぇな」

「こうするために私に断れって言ったのかな……」


 力なくこぼれた言葉に、ツバメも安藤もしばし黙った。


「……婚約が成立していれば、そのままあちらのいいように進められたかもしれません。一概に、言えません」


 たらればの話になる。本人だけが知っている、ということだ。


「まあ、断らせた上で取り返せば、坊ちゃんの信頼は厚くなるかもなぁ?」

「でも、伯母様は『天龍社』をこちらの手に、って言ってたのよ? 本社に移られたら意味がないじゃない」

「坊ちゃんがクソババアの言うことを聞くつもりならな。もっとでっかいこと狙ってんのかもよ?」


 知らんけど。そう言ってツバメは鼻で笑った。

 冨士君にも、もちろん天野さんにも連絡はつかないようだ。本人が閉じているのか、周囲が閉じさせているのか。

 伯母様からの連絡もシャットアウトしているので、周囲の騒ぎとは裏腹に、うちは驚くほど静かだ。自分にできることがないというのは、本当に落ち着かない。


「しばらく情報収集合戦だろうから、先にこっちの業務少し片づけるよ。俺が行くまで出歩くなよ? 星に引きこもる手もあるんだが、得策じゃねぇ。ムジナをこき使ってやる。採蜜が終わってんのだけが救いだな」


 珍しく、ツバメも溜息をついた。

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