赤の戦い
今、この場にいる勢力は3つある。
一つは侵攻してきたボレア軍。今一つは大城塞ダグザの守兵達。そして赤霊騎士団。
この内2つの勢力の長は唸り声を絞るようにして発した。ダグザの守将ルーオパは心配から、ボレア軍のオブシ将軍は感嘆と敬意からである。長方形に固まったボレア軍の人数はざっと5千を数えるというのに、赤霊騎士団は騎士100名。一人に付き従士が二人いるが、つまりはたかだか300人で相対しているのだ。それも平野でだ。
極めつけは先頭が騎士団長と“一剣”ということにあるだろう。強者が他者を導く、という考えはボレアも共有することである。ゆえにオブシは敵に対して感嘆の念を禁じえない。
一方心配でたまらないのはルーオパである。赤霊騎士団より圧倒的に多い人数を持ちながら戦に加わらず、彼らが全滅してその風評が知れ渡ったのならルーオパの名声は地に落ちる。ゆえに支援したいとも思ったが、軍閥による影響で彼らとはろくに連絡を取っていない。
その状態で助けに入って赤霊騎士団に策でもあったのならむしろ邪魔にしかならない。
「長弓兵は何人いる?」
「使える者は50ほどです」
「き、北に配置しろ。万が一、万が一に備えてだ」
それでも用意をしたのは派閥の境界を超えて、応じる決意をしたからかもしれなかった。
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間者からの報告を受けて、騎士団長リアンは困ったような顔をした。軍と騎士は派閥が違う。ならば味方であろうと諜者を潜ませているぐらいは当然のことだった。同じ国の守り手すら動向を掴んでおくのは騎士団長にとって当然だ。むしろ、ボレアの守将ルーオパがそうした真似をしないため、騎士が悪者であるような気がしてくる。
「長弓兵ですか……思ったより考えていますが、考えないで欲しかったところです。歩兵の一隊ででも良かったものを」
確かに長弓兵なら砦から戦場まで届くだろう。だが、それは曲射が降り注いでくることを意味する。機会がズレでもしたのなら、赤霊騎士団に当たってしまう。ルーオパは考えつく中で最も確実な手を選んだ。善人なのだろうが、考えものだ。
「撃つ機会を誤らないぐらいは期待できましょう」
「そうですね。おや、本当に優秀ですねあの人は」
北西の方角に煙が空へと向かって伸びていた。真っ黒の煙は自分がやったと示す合図だ……黒い煙には動物の糞が必要であることから、帰ってくればさぞ文句を付けてくるだろう。
「では私が左を」
「右を」
二人の後ろの騎士が、赤い旗を掲げる。それは合図であり、決断の証。赤霊騎士団が戦争で行う行為は元よりただ一つしかなく、タイミングの問題でしか無い。
「「突撃!」」
遠くから見ていた者達にはまるで地が爆ぜたように見えただろう。恐るべきは赤霊騎士団の練度である。馬上戦闘といえば騎士の専売特許のようだが、実のところ習得が難しいために修めたと言える域にある騎士は多くない。
常日頃から戦闘用の馬を養えることに加えて、専用の装備が必要になるという金銭的問題がまず立ちはだかる。さらにそこから日々の訓練を行い、適性でふるいにかけられてようやく真なる騎士となるのだ。
だが、赤霊騎士団の恐ろしさはそこだけではない。馬の行動に付いていき、主人の左右を守る従士の存在が非常に大きい。なにせ自分の武具に加えて、主君の武具の予備まで持って走るのだ。生半可な者では務まるものではない。
ゆえに赤霊騎士団は六大騎士団中、随一の予算食いである。それは都を守る華美な装備を必要とする 白盾騎士団の倍を超えていた。
それが許される……あるいは許されなければならない理由。
「こっ……来い!」
「相手は赤霊騎士団! 不足は無いぞ……!?」
潰されていく。数で圧倒的に勝るはずのボレア軍が赤霊騎士団によって引きちぎられていく。勇敢をもってなる北の国の戦士たちは屈強だったが、支えきれずに突破を許してしまう。
もちろん、これには理由がある。一般的な騎士を遥かに上回る赤霊騎士の技量も確かにあるが、彼らは死ぬことを北の戦士以上に恐れていないのだ。占領したはずの砦から狼煙が上がったことで混乱している中、網目を縫うように騎馬が駆け抜けていく。その度に随伴する従士達が死んでいく。時には騎士本人も。
彼らは赤霊騎士団。既に死に、護国のために動く赤い幽霊なのだ。普通、突撃の際には叫び声を上げるものだが、赤い甲冑の騎士達は鬨の声すらなく敵へと食い込んでいく。個人の最強はツコウだが、組織として考えた場合ケイラノス最強は間違いなく“赤”である。
「オゴォォォ――!」
そんな中、ボレア兵の中からまるで猿のような叫びと共に飛び出してきた敵がいる。驚くべきことに、馬に乗る人の高さまで跳躍してそのまま攻撃に移る気でいるようだ。
振りかざされる質の悪い斧、そして剛力。いずれも騎士団長リアンにとっては意外だっただろう。
「ぬるいが……そうかあなた達がボレアの改造兵。まぁ……」
並の重甲冑すら叩き割る一撃を、リアンはあっさりと左手の盾で防いだ。それも完璧な角度で行われており、改造兵の一撃は盾を砕くことすらできなかった。すかさず振り下ろされた戦棍によって頭を潰されて短い距離を落ちていく。
「私にとっては大したことはない。問題は何体いるかですが……」
「フン!」
離れた右手側を見ればアルマンもまた、改造兵を叩き潰している最中だった。それも3体。同じ“一剣”であるツコウが六体を同時に相手取って潰したのだ。アルマンにできないはずはない。
「アルマン。もっと離れて、こいつらが混ざった部隊を叩く。全ては――」
「ケイラノスの盾であるゆえ。了解しました」
少ない兵同士の間隔をさらに上げて、騎士たちは突貫を続ける。普通であれば相手の弱いところを狙って混乱させる。熟練の指揮官には部隊のささいな挙動で、敵の技量を推し量れるのだ。
しかし、その常道さえ無視して強い側へと立ち向かう。流石に被害者が出始めるが、赤の騎士団に躊躇は無い。なぜなら勝つべきはケイラノスであり、自分達では無い。我らは赤霊。母国に害をもたらす敵に、たとえ死んでも食らいつくのだ。
その勇姿に誰もが奮い立つ。大城塞ダグザから空を切る矢が飛び出してきた。斜めに食い破る赤霊騎士団の邪魔にならぬよう、飛び越える軌道で降る矢。そして城門までもが開かれた。
「行くぞ! 赤霊騎士団に頼らず、我らのねぐらは我らで守る!」
「予想外だが、歓迎するか。命をかける熱意があれば良いのだが」
ダグザの守将ルーオパは熱に当てられ過ぎたようだ。守将自身で先陣をきり、軽装兵達を引き連れて戦場へと向かってくる。それを見たリアンは苦笑する他無かった。
この日で決着は付くだろう。ボレア兵は勇猛果敢だが装備も不揃い。加えて切り札の改造兵達はアルマンとリアンに遠く及ばない。もっとも……この日に起こる事態がこれだけということも無かったのだが、戦場には関係の無いことであった。




