愛那ちゃんの胸中2
最近の会長は、あまりに見てられない様子でしたから。
昔に戻った……というには、あまりにも悲痛な感情がひしひしと伝わってきて、見ていて痛々しかったです。昔の会長なら、どれほど辛い目にあっていても、常に人形のように一切の感情を表に出すことはなかったはずですから。
……まあ、その原因が鳳凰院綾華と昼食を食べられなくなっただけと聞いた時は、結構、とても、かなり、呆れましたけど。
会長。貴方、本人が知らないうちに勝手に婚約者にまでしている癖に、どこまで貪欲なんですか。昼休みのお弁当くらい、同性のご友人と……まあ、彼女がかなりの変質者であることは否定しませんが……食べることくらい、許容してあげても良いじゃないですか。
……会長って包容力あるように見えて、実は結構心狭いですよね。
今、鳳凰院綾華が後ろから会長に抱かれているのは、傍から見たら、父親と幼い子どものように見えるかもしれませんが、私からすれば、逆のように思えます。即ち、母親に縋って甘える、大きな子ども。
……まあ、そんなこと、口が裂けても本人には言えませんか。
「……なんで、愛那ちゃんまで写メ撮るの?」
「いやでしたか?」
「別に構わないが……」
せっかくなので、私もこの場面をスマホに保存しておくことにします。
……子どものような会長の姿なんて、レアですからね。この先会長に対してどれほど劣等感に駆られても、この画像さえ見れば、いくらでも穏やかな気持ちになる気がしますから。
きょとんとした表情の鳳凰院綾華と、眉間に皺を寄せて怪訝としてる会長を見ていたら、自然と笑みが漏れていました。
恋を知った会長は、以前より情けなく、格好悪くなった気がします。
……だけど、私はそんな会長が、なんだかとても好ましくて仕方ないのです。
きっと写メを撮って帰って行った生徒達も、同じ気持ちなのでしょう。
だって喜怒哀楽を露わに、鳳凰院綾華の言動で一喜一憂している会長は、とても人間らしくて生き生きしていますからね。
「……さて、差し入れでしたね。鳳凰院綾華。相変わらず、貴女の食べ物に関する勘は舌を巻きますね。レアチーズケーキと、チーズケーキ2種類買ってきましたが、どちらにします?」
「えっ、迷う……レア! ……いや、やっぱりベイクドも食べたい」
「……俺が別のを頼んで分けてやるよ」
「おお! さすが、要! 分かってる」
……いや、半分ずつ切って出してあげてもよかったんですが。
恐らくあーんを狙っている会長に対して、それを口にするのは無粋でしょうから、言わないでおいてあげましょう。
差し入れの際に餌付け姿を見るのは今さらですし。
「それじゃあ、私は紅茶を入れてきます。会長はストレート、鳳凰院は倍量のミルクのミルクティーでよいですね」
「あ、愛那ちゃんが何も言わずに自分から紅茶入れてくれてる……! しかも、倍量ミルクティー、よいの!?」
「どうせ、入れるのは私でしょう。ならば最初からやっても一緒です。ミルクティーに関しては……紅茶は、楽しむものですから。ならば正道云々より、個人の好みを尊重した方が良いと、思い直したわけですよ」
……貴女があまりに幸せそうに、私が作ったミルクティーを飲むものですから。
「ありがとう! 愛那ちゃん、大好き!」
満面の笑みで向けられる好意の言葉にちくりと胸が痛むのは、きっと気のせいではないのでしょう。
演技で取り繕ってばかりだった私の素の部分を、最初に肯定して、ありのままで生きるきっかけを作ってくれたのは……そして会長に対するコンプレックスから間接的に解放してくれたのは、貴女ですから。
私に向けられる「好き」と、会長に向けられる「好き」が、違うことは分かってますから。
……けれども。
「……会長。そんな睨まないで下さいよ」
「……睨んでない」
「会長もミルクティーがご所望なら、作って来ますから」
「……ストレートでいい」
そんな胸の痛みよりも、会長から嫉妬の視線を向けられる愉悦の方がずっと勝っているので、この感情には敢えて名前をつけないでおきましょう。
「じゃあ、ちょっと待ってて下さいね。お茶の用意をして来ますから」
それに何より私は、二人が仲良く幸せそうにしている姿を見ていると、穏やかで幸せな気持ちになるものですから。




