【番外編1】愛那ちゃんの胸中1
※番外編更新の間は、完結表記をいったん外します
どうしようもない劣等感に、苦しんでいた時がありました。
どれほど、努力を重ねても。
どれほど、人当たりの良い演技で取り繕っても。
絶対に敵わない存在を前に、絶望していました。
これでせめて、彼が私のことを見下していたなら、まだ救われたのかもしれません。少なくともそれならば、心根は私の方がまだ美しいと、信じることができたかもしれないので。
だけど、彼は私の存在すら、認知していませんでした。いえ、彼は人間という存在全てに、興味を抱いてませんでした。彼の目には、等しく誰も映ってなかったのです。それが、益々私を惨めな気持ちにさせました。
……ええ、もちろん、彼の不幸な境遇は私も知ってました。家族から注がれた愛情という点では、比べものにならないほど、私の方が恵まれているということも。だけど、その事実は当時の私には何の慰めになりませんでした。寧ろ、私は不幸を抱えてなお、折れることなく立つ彼の心の強さにすら、私は嫉妬したのです。
そんな自分が、嫌いでした。自分の醜さを、認めたくありませんでした。
だから私は、交換留学の話に飛びついて、中等部の三年間を、海外で過ごしました。
帰国後も、あえて彼とは違う専門性の高い学科を選ぶことで、彼から距離を置こうとしたのです。
そして実際、それは成功していました。少なくとも私は、小等部の頃よりは、心穏やかな学園生活を送ることができていたのです。
ーーそれ、なのに。
『ーー副会長、斎ノ原愛那』
私はその言葉を絶望めいた気持ちで聞いていました。
……何故、皆は私を彼に近づけさせるのでしょう。
「副」だなんて、明確に彼より劣ることを示すような枕詞がつく役職に、私を押し込むのでしょう。
私は、彼に近付きたくないのに……っ!
再びあの、劣等感を抱きたくないのに……っ!
どれほど心の中で吠えても、選挙の結果は絶対。辞退は許されてません。
その日私は絶望的な気持ちで、生徒会室へと足を運んだのでした。
……それなのに、不思議ですね。
彼から……会長から逃げ続けた中等部の頃よりも、ずっと距離が近くなった今の方が、私の心は穏やかなのですから。
「ーー変なことはしてませんね!」
差し入れを持って来た時に、いつもそう言うのは、最早挨拶と化しています。
……いや、別に今となっては、疑ってなかったのですが、今さら普通に差し入れを持って来たと言い換えるのも恥ずかしくて……。何か不自然じゃない言い方はないものですかね。
ーーしかし、そう思っていた私の視界に入って来たのは、明らかに異常な光景でした。
「わあい、愛那ちゃんだ! 今日は何何? チーズケーキ?」
「いつも悪いな。斎ノ原」
「……いや、何、貴方達平然としてるんですか。おかしいでしょうどう考えても」
私の……私の感覚がおかしいのですかね?
いや。そんなはずはないでしょう!
「何で貴方達は二人で一つの椅子に座っているんですかっ! どういう距離感ですか!」
……例えるならば、だっこおばけ。
後ろから覆いかぶさるように書類にサインをしている会長の腕の中で、鳳凰院綾華がノートパソコンで資料を作成している姿は、性的なニュアンスは感じませんが、どう考えても生徒会室に不適切で異常です。
「……仕方ねぇだろ。この方が早く綾華のミスを見つけられて効率が良いんだよ。……綾華。そこ数式切れてる」
「おっと! ありがとう。要。よく自分の仕事しながら、見つけられんね」
「こんくらい、普通だろ」
……いや、どう考えても普通じゃないですから。どういう目してるんですか、会長。
というか一瞬納得しかけましたが、それ、会長が後からチェックすれば良いだけじゃないですかね? その格好で仕事し続けることの方が効率悪いと思うのですが。
……しかし、残念ながら、私がそれを口に出すことはできませんでした。
「……本当。お前は俺がいないと駄目だな」
鳳凰院綾華の頭に顎を乗っけて、そう宣う会長の顔は、何というか……言い方は悪いですが脂下がっていて。
学園一丹精な顔立ちの会長の緩みきった顔は、女性からすれば魅力的に感じて、頬を染めるのかもしれませんが、同性で過去の会長を知っている私からすれば……すみません。正直ちょっと気持ち悪いと思ってしまいました。
私は咳払いを一つして気持ちを沈めてから、副会長としての役目を果たすことにしました。
「……効率を求めるのも良いですが、一般生徒の目も気にして下さい。生徒会長がこれじゃ、示しがつかないでしょう」
「この体勢で勤務してから、何人か一般生徒がここに来たが、皆スマホで写真を撮ってから笑顔で帰って行ったぞ。何故か、俺を激励したうえで」
「……………」
……遅かった……!
既に目撃されているとは……せめて来客があった時くらいは離れて下さいよ。色々ズレてる鳳凰院綾華はともかく、会長は根本的には常識人なはずでしょう。おかしいって何故わからないんですか。
「……まあ、それだけ、先日の喧嘩が堪えていたってことですかね」




