アホのことヒロイン9
一人取り残されて佇む私の頭上で、昼休み終了の鐘がなった。
「……とりあえず、場所移動しようかな」
ここだと、先生にばれかねないしな。一番安全そうな場所は………。
「ーーなんでいるの、武宮。今、授業中よ」
「……アホ女帝こそ、なんでいる。ここ、俺の場所」
一番見つからない場所をと思った結果、消去法で温室に来たわけだが、授業中なのにわんこと遭遇した。……人のこと言えないけど、武宮と堂々とサボり過ぎだろ。
「……まあ、いっか。武宮がいても。……アニマルセラピーだと思えば」
「帰れ。……虫、出るぞ」
「う……虫はいやだけど………まあ、植物から少し離れたとこなら大丈夫でしょ」
……そもそもだね。学園が雇った専属の庭師さんが、この温室も毎日丹精込めて手入れしてるわけだから、そうそう植物に虫なんかつくわけがないのだよ。最初の時がたまたま運が悪かっただけで。
私としたことが、たった一度のトラウマで、こんな絶好なサボり場所を武宮一人に独占させていただなんて……今から、無駄にした歳月分取り戻させてもらおうではないか。
「というわけで、ベッドもーらい!!」
私は近くにあったソファベッドに飛び乗った。
このわんこはけしからんことに、公共の場である温室を私物化して、お昼寝用の大型ソファベッドまで置いているのだ。
さらにけしからんことに、元々のゲームの設定ではわんこルートに行くと、なんとこのベッドで姫乃ちゃんとにゃんにゃんする描写も出てくるのだ。
学生らしくない、不純異性交遊。
なんと嘆かわしい風紀の乱れだろう。
起きるか分からない……というか今の所まず百パー起きるはずない未来だから、直接罰することは出来ないが、とにかくけしからんので女帝様権限で、ただ今このベッドを没収する!!
全てはわんこを健全な道に戻す為、そして、ぐるぐる考え過ぎて疲れてしまった私の脳の休息の為……つまりはお昼寝の為に!!
「……俺の昼寝場所」
「んー、武宮も半分使えばいーでない。こんなでかいんだから」
なんせにゃんにゃんしても体を痛めないくらい大きなベッドだ。
半分こして昼寝も出来るだろう。
「…………本当アホ」
わんこがなんかかわいくないこと言ってるが、聴こえませーん。さて、吠えてるわんこは無視して、寝てしまうか。
……あ、でも優雅なシエスタタイムを堪能する前に、わんこに一つ聞きたいことがあったんだっけ。
「ねえ、武宮。……武宮はさ、何でそんなに姫乃ちゃんが好きなの?」
「……どういう、意味だ?」
「いや、だって姫乃ちゃんって、はっきり言って、変態じゃない。あれ見て幻滅したりしないの?」
いくら、わんこキャラにして限度ってものがあると思う。どちらかと言えば……いや、考えるまでなく姫乃ちゃんはアウトな部類の変態だと思うのだけど、それでも何で武宮は変わらない愛を向けることができるんだろう。
それもすべてはゲームの強制力のせいなんだろうか? ……だとしたら、流石に少し武宮がかわいそうな気もするぞ。恋を通り超して、もはや呪いみたいだな。
「……ドエム、でも……姫乃は、姫乃だ」
しかし、武宮から返って来た言葉は、私が想像していた以上に迷いがなくはっきりしたものだった。
「真っ直ぐで、自分に正直で……俺が、一番つらかった時、助けて、くれた……生まれて初めて、好きになった、人。……幻滅、できるわけ、ない。報われなくても、俺は、ずっと姫乃が……姫乃だけが、好きだ」
そう言って、目を細めた武宮の顔は、ゲームの中のスチルにもなかったほど、ひどく切なげなものだった。
「なるほど………よく、分からん」
「…………」
「あ、いや、武宮の姫乃ちゃんに対する気持ちじゃなく、こっちの話よ」
ゲームの設定まんまのこの世界で、すっかり捻れて崩壊したストーリー。
私と姫乃ちゃんだけじゃなく、既存のキャラクターまで、ゲームからかなり変容してしまっている。
……既存のキャラクターの一人である要も、含めて。
だからこそ、私は、よけいに分からなくなってるのかもしれない。
三択の選択肢がないこの世界で、何を選び、どう生きるべきなのかを。
「……まあ、いーや。とりあえず一度寝てから考えよう」
……目が冷めたら、突然奇跡的にアホが治って、万事うまくいく考えが浮かぶかもしれない。
いや、そんなことあり得ないのは、わかってるけど、とりあえず今は少し思考を放棄したい。
放課後、目を覚ましたら、ちゃんと要と向き合うから。
スケバンマッチョさんの言った通り、自分の気持ちを洗いざらいぶつけるから。
だから今だけは……もう少しだけは、現実逃避させて欲しい。
「おい……待て……寝るな……っ」
武宮が遠くで何か言ってるのを聞き流しながら、私はそのままゆっくりと夢の縁から沈んでいった。
ーー姫乃ちゃんを守るように、前に立ちふさがった要が、私を睨んでいる。
『あら、犬がいっちょまえの男の眼をするようになったじゃないの』
私の口から出た言葉は愉悦を含んだ、どこか艶かしい響きを持っていた。
あぁ、これは女帝様だ。
私じゃない。
ゲームで要ルートの時に、追放された正しい女帝様の姿だ。
『……いいわ。解放してあげる、あんたをそんな眼にさせたお嬢さんの傍にいなさい。別にそれで契約を打ち切るほど私も父も狭量ではないわ。第一、竜堂寺と切れたらうちも損失が大きいもの』
そう言って女帝様は、要と姫乃ちゃんに背を向け、颯爽と学園を去っていく。
一度も振り向くことはなく、気高く、自信に満ち溢れた姿を崩すことなく。
あぁ、かっちょいい。
最後まで、女帝様は女帝様のままだ。
誰にもすがったり、醜い足掻きを見せたりしない。
女帝様は孤高の悪役だ。
全ては女帝様にとって、ただの遊び。
自我を持った犬に執着したりなんかしない。
そして、女帝様はそんなものに、「誰か」に執着なんかしなくても、寄りかからずとも、平気で生きていける力と、強さがある。
………じゃあ、私は?
女帝様と姿形が同じなだけで、中身は前世と変わらないアホな私は、女帝様のように生きていけるのだろうか?
たった一人で、強く、美しく。
……要が、隣にいない、そんな世界を。
「――おい、アホ!! 起きろっ!!」




