アホのことヒロイン7
「ーーって、貴女、何泣いてるんですか!」
気がつけば、だばたばと勝手に涙が溢れていた。……相変わらず、緩い涙腺だな。我ながら。
「……要が、行っちゃった……」
「そんなことで泣くくらいなら、さっさと追いかければ良いでしょう! あなた達の仲直りの為なら、私は喜んで終日留守番させて頂きますよ!」
「だけど……」
だけど……このまま追いかけて行くことが、本当に正しいことなのかな。
多分私が泣けば、要は胸の中に抱えたものを投げ捨ててでも、優しく許してくれるとは思う。
……だけど、それで本当に良いのかな。
それが要にとって、一番良い道なのかな。
そんな疑問がぐるぐると脳裏によぎって、その場から動けなくなる。
「……全く、貴女も会長も仕方ない人ですね」
泣いたまま黙りこくる私に、心底呆れたように愛那ちゃんは溜息を吐いた。
「とりあえず、私は紅茶を入れてきます。……差入れのバームクーヘン、私の分も食べて良いですから、それを食べて早く泣きやんで下さいよ」
「……愛那ちゃん……」
「調子狂うんですよ……あなた達は、不純異性交遊を彷彿させるくらい仲良くしていてもらわないと」
「……不純異性交遊って、愛那ちゃん、言い方古くない?」
「……私を茶化せるだけ、元気出たようで、何よりです。紅茶飲みとしては邪道と断言したいところですが、今日だけは紅茶の倍量ミルクを注いでも見ないふりをしてあげますよ。……その方が、好きでしょう?」
……愛那ちゃん、本当優しいなあ……。
ママン……は、要だから、是非お姉様と呼ばせて欲しい。
結局、要は戻って来ないで、ただ愛那ちゃんと世間話をして、その日は終わった。ミルクティーも、バームクーヘンも美味しかったけど、何だか少ししょっぱかった。
「……ねえ、姫乃ちゃん」
今日も今日とて、美容にいいらしい食材がふんだんに入ったお弁当を口にしながら、ふと聞いてみた。
「姫乃ちゃんは、原作ゲームとかけ離れた人生を送ってるけど……それが間違ってると思うことはないの?」
「はあ? 何でそんなこと思うのよ?」
姫乃ちゃんは、煮付けた手羽先(コラーゲン豊富らしい)の骨を豪快に空き箱に投げながら、眉をひそめた。
「ゲームのヒロインとして勝手に生まれ変わらせたのは、この世界の都合で、どんな目的があったとしても私の知ったこっちゃないわ。私はただ、私の生きたいように生きるだけよ」
「……そうか」
「……まあ、でもこれはあくまで私の話。貴女はもっと悩んで、原作の女帝様に近付く努力しても良いとは思うわ。手始めに、鞭を持つ所から……」
「ちょ、待って。原作の女帝様、鞭までは持ってなかったよね。それ、ただの姫乃ちゃんの願望だよね」
揺るがないなあ、姫乃ちゃん。揺るがない、ドエムの変態だ。
趣味はともかく、そのぶれなさは見習いたい。
……私も姫乃ちゃんみたいに、割り切れば、良いのかなあ。
あー……なんか、いい加減グジグジ悩むのも疲れたよ。誰か正解を教えて欲しい。せめて、ゲームみたいに選択肢があれば良いのに。
「ーー女帝様(笑)、済木姫乃……ちょっと、顔貸しな」
不意に背後から聞こえて来た声は、私がよく知る友達のものだった。
「え、助田番子!? もしかしなくても、貴女、私をボコボコにしにやって来たの!? その鍛えられた腕で、骨が折れるまで、私のことを痛めつけてくれるつもりなの!?」
「……姫乃ちゃん、どうどう。顔が。顔が、人に見せられないことになってる」
「……何だか、話に聞いていた以上に気持ち悪い娘だねえ」
「ーーああ、そのドン引きした目! イイ! 貴女、前から思ってたけど、やっぱりとてもイイわ! ちょっと、一度私の顔面殴ってみて頂戴!」
「……遠慮するよ」
「どうして……! ……ああ、分かったわ! 放置プレイ、放置プレイのつもりね!」
……スケバンマッチョさん、そんな助けを求めるような目で見られても、私にはこの変態をどうすることもできないよ。ごめんね。
そしてスケバンマッチョさん、姫乃ちゃんの性癖ドストレートだったのね……女帝様とはベクトル違うけど、同じ粛清してくれる女の子だものね………。性癖に刺さらないはずないさ。
「スケバンマッチョさん……話をするなら、教室で二人の時のがよかったんじゃ……」
「……いや、済木姫乃がいる前じゃないと意味はないから、いいのさ……改めて聞かせてもらうよ、女帝様(笑)……いや、鳳凰院綾華」
とりあえず姫乃ちゃんを放置することを決めたらしいスケバンマッチョさんの目が、真っ直ぐ私に向けられる。
「あんた、このままずっと、済木姫乃と昼食を一緒に摂るつもりかい? ……要様を、一人にしたままで」
スケバンマッチョさんの言葉が、チクリと胸に突き刺さった。
「人様の交友関係に口出すのは、出過ぎた真似だって私も分かってるよ。要様自身が、それを望んでないことは四年前のことで身に染みて理解したしね。だからしばらく黙って、あんた達の様子を見てたけど……やっぱり今の状況は流石にあんまりだと思うのさ。なんていうか……あんた達が離れるにしても、あまりにも唐突過ぎるじゃないか」




